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学習の成果に関する議論: 能力研究

2. 先行研究のレビューと残されている課題

2.7. 学習の成果に関する議論: 能力研究

最後に,学習の成果に関する議論である能力研究について検討する。経験を重ね熟達 することによって,どのような能力を獲得しているのかについて,これまで検討されて きたマネージャーの能力研究をもとに検討を加えていく。

マネージャーの能力を説明する際に用いられてきたモデルとして,Mintzberg(1973)

の役割モデル,Katz(1955)のスキルモデル,Wagner and Sternberg(1985)やWagner

(1987, 1991),Katzをもとにした楠見(2012)のマネージャーの実践知構造モデル,

そして,チームパフォーマンスを向上させるFlinら(2008)のノンテクニカルスキル が挙げられる。また,医療者の専門職連携能力についても検討していく。

2.7.1. マネージャーの能力研究

マネージャーの行動研究に最も頻繁に引用されるモデルとして Mintzberg の役割モ デルが挙げられる。

Mintzberg(1973)は,5名の経営者の行動を観察し,マネージャーの行動は,計画

的で合理的なものではなく,断片的で短時間に行われる,口頭によるコミュニケーショ ンを重視したものであることを明らかにした。そして,「対人的役割」,「情報的役割」,

「意思決定の役割」の3つの役割からなるマネージャーの役割モデルを提示した。

対人的役割とは,自部署をまとめ,他部署とのコミュニケーションを行う役割である。

例えば,部署を導き部下を動機づける,部署の代表として雑務をこなす,自部署と他部 署・外部を結びつける役割が挙げられている。

情報的役割とは,情報収集と伝達の役割である。組織内外の情報を収集し,自部署に 情報を伝達するのみでなく,自部署の情報を外部に広めることもその役割としてあげら れている。

意思決定の役割とは,部署の業績に直結する役割であり,人・モノ・カネ・時間を配 分すること,予期せぬ障害に対処すること,自部署を変革すること,部署の代表として 外部と交渉することなどがその役割として挙げられている。

こうした Mintzberg のマネージャーの役割モデルでは,自部署だけでなく他部署と のコミュニケーション,情報伝達や交渉といった役割が指摘されている。

また,マネージャーのスキルについて,Katz(1955)は,ヒューマンスキル,テク ニカルスキル,コンセプチュアルスキルの3つに分類している。

ヒューマンスキルとは,他者と連携するための対人能力であり,コミュニケーション,

動機づけ,育成に関するスキルを含んでいる。テクニカルスキルとは,専門知識や技術 という専門領域の業務達成に関わる能力である。コンセプチュアルスキルとは,環境探

査や情報取集と分析,戦略的意思決定といった,組織全体や外部環境の動きを見極める 能力である。Katz は,職位の低いマネージャーほどテクニカルスキルが主となり,職 位が高くなるほどコンセプチュアルスキルが求められ,ヒューマンスキルは職位に関係 なく重要であるとしている。つまり,他者と連携するための対人能力は,職位に関わら ず重要であることが指摘されている。

また,Mumford et al.(2007)は,Katzの3類型モデルを発展させ,「対人スキル」,

「ビジネススキル」,「認知的スキル」,「戦略スキル」の4類型モデルを提示している。

Mumford et al.の対人スキルはKatzの言うヒューマンスキルに,ビジネススキルはテ

クニカルスキルに対応し,認知的スキルと戦略スキルはコンセプチュアルスキルに含ま れるものとして捉えられる。

Mumford らによると,ミドルマネージャーまでは,認知的スキルや対人スキルが中

心的であるが,シニアレベルになると,そうしたスキルは前提となり,より高度なビジ ネススキルや戦略スキルが求められるとされている。

そして,Wagner and Sternberg(1985)やWagner(1987, 1991)は,マネージャ ーの経営問題解決を支える実践知の構造を解明する研究を行っている。彼らは,マネー ジャーへのインタビューに基づいて,昇進後の初仕事,仕事の重要度評価,学生採用面 接,新規計画立案,毎日の仕事の効率的遂行,仕事の成功法といった問題解決場面にお いての行動を選択肢とした質問紙を作成し,各選択肢の重要度を求めた。因子分析の結 果,タスク管理(managing tasks),他者管理(managing others),自己管理(managing

self)の3つの因子で実践知が構成されている。

楠見(1998, 1999, 2001, 2009)は,その日本語版質問紙を作成し,社会人と大学生 を対象に実施した結果,同様の3因子が抽出されている。またこれら3因子合計尺度得 点とマネージャーとしての経験年数の相関が認められており,こうした実践知はマネー ジャー経験によって獲得されることが明らかにされている。

楠見(2012)では,このWagner らが明らかにした3つの実践知と,Katz(1955)

の 3 つのスキルモデルへの対応づけをおこないつつ改めてマネージャーの実践知の構 造を描き出している(図10)。

楠見によると,タスク管理はテクニカルスキルと,他者管理はヒューマンスキルと対 応し,自己管理はこれらのスキルをモニターしコントロールするメタ認知スキルとして 中央に配置されている。これらのスキルにもとづいて複雑な状況を分析し創造的に解決 するコンセプチュアルスキルは最上部に配置されている。これらすべてのスキルの土台 になるのが,省察や経験学習態度からなる批判的思考である。

図 10 楠見によるマネージャーの実践知構造モデル

楠見(2012)p.29より引用

2.7.2. 組織での連携を向上させる能力

より組織での連携に注目した能力として,チームパフォーマンスを向上させる上での ノンテクニカルスキルという能力が提示されている。ノンテクニカルスキルは,そもそ も現場安全のスキルとして,航空,石油・ガス生産と発掘作業,海運業,原子力発電,

軍事(航空と特殊任務),そして急性期医療(麻酔科医,外科医,手術室看護師)の分 析から検討されてきたものである(Flin et al., 2008)。今日では,医療従事者にとって も,医療に関する知識や技術であるテクニカルスキルのみでは十分でなく,ノンテクニ カルスキル(Non-Technical Skills)も求められるようになってきた(相馬, 2014)。

Flin et al.(2008)は,ノンテクニカルスキルを,各専門職が有するテクニカルスキ ルを実行あるものとするために必須のものとして強調している。なぜなら,こうした専 門職の意思決定やコミュニケーションの中身は,ほとんどが技術的なことであり,技術 的な業務を上手くこなす必要があるため,高い技術的専門性だけでは,ヒューマンエラ ーを防止するのには十分ではないためである。

また,ノンテクニカルスキルは,学習して向上させることのできる自己管理や社会性 のスキルであり,グループというより個人,パーソナリティ(個性)ではなく行動,通 常ではない状況のみでなく通常の状況に焦点を当てたスキルとして捉えられている。

Flin et al.(2008)は,こうしたノンテクニカルスキルの構造と特徴を以下のようにま とめている(表5)。

ノンテクニカルスキルは,認知的スキルである①状況認識,②意思決定,対人スキル である③コミュニケーション,④チームワーク,⑤リーダーシップ,ストレスと疲労の 制御である⑥ストレスマネジメント,⑦疲労への対処の7つのカテゴリーに分けられて いる。

コンセプ チュアル スキル

タスク管 テクニカル

スキル

他者管 ヒューマン

スキル 自己管

メタ認知 スキル

批判的思考 省察、経験学習態度

表 5 Flinらのノンテクニカルスキルのカテゴリーと要素

Flin et al.(2008)をもとに,大カテゴリーを加筆して引用

こうしたノンテクニカルスキルは,Katz や楠見が提示したスキルと対応させること ができる部分がある。認知的スキルは,コンセプチュアルスキルに,対人スキルは他者 管理,ヒューマンスキルに対応するであろう。ストレスと疲労の制御は自己管理やメタ 認知スキル含まれているが,よりパフォーマンスに与える生理心理的な事柄として捉え られている。

以上,熟達と能力の獲得について,Mintzberg(1973)の役割モデル,Katz(1955)

のスキルモデル,Wagner and Sternberg(1985)やWagner(1987, 1991),Katzを もとにした楠見(2012)のマネージャーの実践知構造モデル,Flin et al.(2008)のノ ンテクニカルスキルを検討してきた。その結果,熟達によって獲得している能力は,以 下のように整理することができる(表6)。

表 6 熟達により獲得される能力の整理

以上のように,熟達により獲得される能力は,専門職能力,対人能力,自己管理能力,

大カテゴリー カテゴリー 要素

認知的スキル

況認識 情報の収集、情報の解釈、将来

態の予測 意思

問題明示、代替案の比較検討、代替案の選択と実行、結 果の評価

対人スキル

コミュニケーション

明瞭簡潔な情報の送出、情報交換中に背景と意図を含 める、情報の受領・とくに傾聴、コミュニケーションを 阻害する要素の

チームワーク

他者の支援、コンフリクトの解消、情報交換協調行動 リーダーシップ 権威の利

、標準の維持、計

と優先順位付け、ワーク ロードとリソースの管

ストレスと

労の 制御

ストレスマネジメント ストレス兆候の発見、ストレス影響の認識、対処方 の実行

労への対処

労兆候の発見、

労影響の認識、対処方

の実行

能力モデル 専門職能力 対人能力 自己管

能力

況判断能力 省察能力 Mintzberg(1973)の役割モデル 対人的役割 情報的役割

意思

定の役割 Katz(1955)のスキルモデル テクニカルスキル ヒューマンスキル コンセプチュアル

スキル Wagner ad Strnberg(1985),

W a g n e r ( 1 9 8 7 , 1 9 9 1 ) の マ ネ ー ジャーの実践知構造モデル

タスク管

他者管

自己管

楠見(2012)のマネージャーの実 践知構造モデル

タスク管

・テクニ カルスキル

他者管

・ヒューマ ンスキル

自己管

・メタ認知 スキル

コンセプチュアル スキル

批判的思考 (省察、

経験学習態度)

Flin et al.(2008)のノンテクニ

カルスキル

対人スキル

・コミュニケーショ

・チームワーク

・リーダーシップ

ストレスと 労の 制御

・ストレスマネジメ ント

労への対処

認知的スキル

況認識

・意思