第2章 平和構築の過程における弱者の人権の保障
2 女性の権利の保障
それぞれ期待される行動といった、「社会的・文化的に形成された性別」
(ジェンダー)である64。この男女の実質的平等を実現するためには、
「生物学的な性別(身体構造としての性別)」と、「社会的・文化的に 形成された性別」を区別する言葉が求められ、後者が「ジェンダー」と いう用語として使われるようになったのである。
世界には様々な社会・文化が存在し、それぞれの価値観等に起因する ジェンダーxxxviiiに基づく偏見や不平等(ジェンダー格差)に関わる問題 が存在し、様々な指標によって、一般的に女性のほうが男性よりも社 会・政治・経済等の面において不利な立場に置かれる傾向が示されてい る。
特に、PKOの主たる活動地域であるアフリカxxxixにおいては、教育 や保健、経済分野などにおいて、男女間の格差の問題を抱えていること が多く、女性は不利な状況に置かれる傾向にある。
こうしたことから、平和構築の過程においては、活動地域の社会・文 化との摩擦や軋轢を生じないように配慮しながら、ジェンダーに基づく 偏見や不平等をなくすための支援をしなければならないし、隊員自身が 偏見や不平等を助長する侵害者にならないよう、保護すべき女性の権利 を十分に理解しなければならない。
xxxviii 「フェミニズム」とは「男女平等思想」「女性解放思想」をいう。法律
上も差別が明確に存在した時代に行われた法律上の平等などを求めて闘った 婦人参政権運動などのフェミニズム運動(第一派フェミニズム運動)を経て、
性役割批判の展開や個人を拘束する「女らしさ」や「男らしさ」などの観念 からの個人の解放を主張する第二派フェミニズム運動が行われるようになっ たが、この第二派フェミニズム運動の中で社会的・文化的・心理的な性差や 性別を含意する概念として誕生したのが「ジェンダー」である。(江原由美 子・山田昌弘『ジェンダーの社会学 入門』岩波書店、2012年)
xxxix 平成24年10月に世界経済フォーラム(World Economic Forum)が発表
した「The Global Gender Gap Report 2012」によると、日本の男女格差を測 るジェンダー・ギャップ指数(Gender Gap Index:GGI)は135カ国中101位 となっている。なお、本指数は、経済分野、教育分野、政治分野及び保健分野 のデータから作成されている。
イ 女性への差別
ジェンダーに基づく偏見や不平等(ジェンダー格差)という問題に関 する国際社会の動きについて言及すると、国連憲章は、前文で「男女の 同権」を明確に保障するとともに、人種、言語、宗教及び性別による差 別を禁止している。この女性の平等権を保障するという憲章の規定は、
様々な人権に関する国際的な協定によって再確認・強化されてきた。国 際協力の分野では、2015 年までに世界の貧困削減を目指すミレニアム 開発目標(MDGs)の 8 つの目標 xlの一つに「ジェンダー平等の推進と 女性のエンパワーメント」が掲げられ、ジェンダー格差の撤廃に向けた 活動がなされている。
ウ 女性に対する暴力
また、近年、人身取引や女性に対する暴力の深刻化、女性の HIV 感染 拡大、災害や環境改善における女性の脆弱性への対応が新たな課題とな っている。特に家庭内暴力、名誉殺人、拘禁施設内や紛争下における強 姦などの性的暴力等、女性への暴力はジェンダー格差に根本的な原因が あると考えられており、こうした問題を排除して健全で、持続可能な成 長を実現するには、ジェンダーの視点を考慮した取り組みの強化が必要 と考えられている。
xl ミレニアム開発目標(MDGs)として、2015年までに達成すべき8つの目 標は次のとおり。
1 極度の貧困と飢餓の撲滅 2 初等教育の完全な実施 3 ジェンダー平等の推進 4 乳幼児死亡率の削減 5 妊産婦の健康の改善
6 HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止 7 環境の持続可能性の確保
8 開発のためのグローバルなパートナーシップの推進
(2)女性の権利を保障するための枠組み
図2-3 平和構築の過程における女性の権利を保障するための枠組み
:条約 出典 筆者作成
女性の権利を保障するための枠組みとして、条約、安保理決議、勧告、
宣言等があり、ここでは主要なものだけをとりあげる。これらのうち、条 約は法的拘束力があるが、勧告、宣言は法的拘束力をもたない。安保理で 決定された決議に関しては、内容によっては法的拘束力を有するものもあ る。
女性の権利を保障するための条約のうち、女性への差別を撤廃するため のものとして、「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬 に関する条約」、「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約」、
「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」及び「女子に対 するあらゆる形態の差別の撤廃に関する選択議定書」があり、女性に対す
ジェンダーに基づく偏見・不平等(ジェンダー格差)
女性に対する暴力への対処
女子差別撤廃条約(1979年)
女性に対する暴力の撤廃に関する宣言
(1993年)
北京宣言および行動綱領(1995年)
安保理決議1325(2000年)
安保理決議1820(2008年)
安保理決議1888(2009年)
安保理決議1889(2009年)
国際刑事裁判所に関するローマ規程(1998年)
女性に対する暴力に関する一般的勧告 12(1989年)・19(1992年)
ウィーン宣言および行動計画(1993年)
女子差別撤廃選択議定書(1999年)
安保理決議1960(2010年)
女性への差別の撤廃
安保理決議2122(2013年)
安保理決議2106(2013年)
平和構築と紛争予防に おける女性の参画と
リーダーシップ
紛争下の 性的暴力の 予防の対処 同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬
に関する条約(ILO100号条約)・勧告(90号)(1951年)
雇用及び職業についての差別待遇に関する条約
(ILO111号条約)・勧告(111号)(1958年)
る暴力(人道に対する罪や戦争犯罪)へ対処するものとして、「国際刑事 裁判所に関するローマ規程」がある。他方、関連する主要な勧告、宣言、
安保理決議等は、条約の3倍以上の数が出されている。これは、それぞれ の社会・文化の中における女性の位置づけが千差万別であることから、締 約することによって義務が課される条約という形での合意を得ることは困 難であるが、法的拘束力を有しない勧告、宣言等であれば、多くの国から 同意を得やすいということが理由として考えられる。こうした現状を踏ま えると、条約だけでなく、関連する勧告、宣言等に規定される権利内容も、
国際社会の意見を反映した重要な規範であるといえる。この勧告、宣言等 には、国際社会でそのとき問題とされる行為が具体的に例示されているこ とが多いことから、現場において、どういった問題に直面する可能性があ るのかを把握する上で参考になりうる。
以下、採択順に規範について説明するが、①特に、女性に対する暴力と して、どのような人権侵害行為を現場において防止しなければならないの か、②国際社会、特に国連が女性に対する人権侵害行為をどのような方策 により防止しようとしているのか、という2つの視点から内容を確認する 必要がある。
ア 同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約
(ILO100号条約)65
「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条
約(ILO100号条約)」は、1951年6月の第34回国連総会で採択され
た。
この条約は同一の価値の労働に対しては性別による区別を行うことな く同等の報酬を与えなければならない、と定めることで、労働面での女 性に対する人権侵害行為の防止を企図したものである。条約は報酬につ いて定義を下し、金銭であると現物であるとを問わず、直接または間接 に使用者が労働者に対して支払う報酬で労働者の雇用から生ずるものを 含む、とする。
報酬を同一労働に対して男女同等に支払う、という原則を確立する方 法として、①国内法令、②法令によって設けられ、または認められた賃 金決定制度、 ③使用者と労働者との間で締結された労働協約、④これ らの各手段の組み合わせ、を規定している。
更に、行うべき労働を基礎とする職務の客観的評価がこの条約の規定 を実施するのに役立つ場合には、これを促進する措置をとること、とさ れている。
条約を補足する「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一 報酬に関する勧告(第90号)」が同時採択されている。
イ 同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する勧告
(第90号)66
「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する勧 告(第90号)」は、1951年6月の第34回国連総会で採択された。
上記アに既述したとおり、同時採択された「同一価値の労働について の男女労働者に対する同一報酬に関する条約(ILO100号条約)」を補 足する勧告であり、同一報酬原則の実施方法についての詳細な指針が示 されている。特に、政府が直接、間接に規制しうる分野での措置を細部 にわたって示し、この原則の実際上の適用の態様(職務分析、職業指導、
雇用相談、職業訓練、職業紹介、福祉・社会サービス、一般の理解の促 進、調査等)を具体的に示すことによって人権侵害防止の実効性を高め ている。
ウ 雇用及び職業についての差別待遇に関する条約(ILO111号条約)67 「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約(ILO111 号条約)」
は、1958年6月の第42 回総会で採択された。最新の基本条約の1つで、
労働分野が中心ではあるものの、より一般的な人権保障条約としての性 質を持つ。
この条約は、雇用と職業の面で、どのような差別待遇も行われてはな らないことを規定する。ここにいう差別待遇とは、「人種、皮膚の色、
性、宗教、政治的見解、国民的出身、社会的出身などに基づいて行われ