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女性大学教員のキャリアとライフスタイル

藤森宏明

(東京大学大学院)

佐藤香

(東京大学)

河野銀子

(山形大学)

はじめに

欧米においては,大学などで研究職についている女性を対象とした研究は,おも に科学史や科学社会学,知識社会学の分野で行われてきた.たとえば,米国では19 世紀末には,女性研究者の全体的状況が把握できる人名録などの出版が行われてい たという1

日本で,女性大学教員が研究対象となりはじめるのは 1960 年代で,比較的大規 模な研究がみられるようになるのは1980年代以降である.『アカデミック・ウーマ ン―女性学者の社会学―』(加野 1988),『女性研究者のキャリア形成―研究環境調 査のジェンダー分析から―』(原編 1999)などに代表されるこれらの研究は,女性 学者・女性研究者・女性科学者などの呼称を用いて,知的生産を行う「研究者」と しての女性が,欧米同様「階層的分離」2 )と「領域的分離」3 )といえる状況にある ことを明らかにし、女性が少ない原因の検討や研究活動の男女差を生む構造的要因 を分析している.これらの研究は、調査時点における女性研究者の置かれている状 況を明らかにし,その環境改善や若手女性研究者の養成に関する提言をしてきた点 で重要である.

こうした 1980 年代における一連の動向は,ユネスコにおける「科学研究者の地 位に関する国際勧告」の採択(1974年),翌年の「国際婦人年」,さらに 1976年か らの「国連婦人の10年」といった,国際的な動向の影響を多分に受けている.国 内的には,男女雇用機会均等法(1986年)や男女共同参画社会基本法(1999年)が制定 され,あらゆる分野において男女平等が推進されるようになった.こうした動向を 意識した調査研究も徐々にではあるが見られるようになってきた.

しかしながら,科学技術分野における男女共同参画の実態は,それほど進んでは いない.平成 18 年度版の「学校基本調査」で4年制大学の教員数をみると,外国

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人および休職中の教員を含めた本務者に占める女性の比率は,設置者合計で17.4%

にすぎない.設置者別にみると,女性が最も多い公立で 24.5%,私立では 20.4%,

国立では 11.4%ともっとも少ない.国立大学協会(2000)によれば,1998 年時点 での4年制大学の女性教員比率は 10.1%であったから,10 年弱の期間に女性教員 比率は 6 ポイント上昇したことになる.国立大学でも 6.6%から 11.4%へと,5.2 ポイント上昇している.男女共同参画に関する制度やしくみが整うなかで,女性大 学教員比率が微増したことは確かである.しかし,アメリカ(32.6%)やフィンラ ンド(29.1%),フランス(27.5%),イギリス(26.0%)などと比べると少ないの が現状である.科学技術分野における男女共同参画の実現および科学技術立国を支 える人材確保という目的から女性研究者・科学者を増やすことが目指される背景に はこうした現実があるのだが,大学に勤める女性研究者の実態はそれほど明らかに なってはいない.

そこで本稿では,女性大学教員のキャリア形成と現在のライフスタイルについて 実証的な分析を行う.女性の場合,出産・育児・介護などの役割を担うことが多く,

キャリア形成に対するライススタイルやライフステージの影響が男性以上に大きい ことが知られている.大学教員についても同様のことが考えられる.たとえば,前 掲の国立大学協会(2000)でも,「男性の場合は,年齢上昇と共に,助手,講師,

助教授,教授と昇進するパターンを示しているが,女性の場合は,すべての年齢層 で,低いレベルで平坦になっている」ことを指摘している.また,研究領域によっ て女性大学教員の占める比率に大きな違いがあり,女性は家政学や人文科学などで 多く,工学や農学では少ない(学校基本調査).研究領域によっては,家庭と仕事の 両立が困難な働き方を要求されるため,結果的に研究を継続する女性が増えないと いう事情がある.次節では,これらの点を考慮しつつ,先行研究を整理したうえで 本稿の課題を確認する.

1.先行研究の整理

先述したようにわが国の女性教員に関する先行研究は,決して多くはないが,こ こでは2000年代以降におこなわれた2つの研究について見ていくこととする.

まず,男女共同参画学協会連絡会による文部科学省委託事業報告書『21世紀の多 様化する科学技術研究者の理想像――男女共同参画推進のために』(2004)を見る ことにしたい.これは,自然科学系 39 学協会に所属する研究者全員を対象とした 大規模アンケート調査(2003年8月実施)によって得た 19,291サンプルについて 分析したものである.おもな知見として挙げられるのは,次の4点である.

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① 最終学歴や学位に男女による違いはないが役職では明らかな違いがあり,部下 の人数や使用できる研究・開発費も男性のほうが多くなっている.

② 配偶者の有無および子ども数も明確な違いを示しており,結婚や育児でそれま での職を離職した女性では常勤が少なくなっている.女性研究者ではプライベ ートを犠牲にするか,家庭をもって常勤の研究者を諦めるかの2者択一が迫ら れる傾向にある.

③ 男女で差があると意識されているのは,「採用」「管理職への登用」「昇進・昇給」

「雑務の負担」の4項目であるが,なかでも女性は「採用」と「雑務の負担」

における違いを強く意識している.

④ このような男女による違いをもたらす要因として,最も多くの回答者が「家庭 と仕事の両立が困難」をあげている.また,女性では「男性の意識」「職場環境」

「男性に比べて採用が少ない」「役職につきにくい」をあげる比率が男性よりも 高くなっている.

以上の知見は自然科学分野の女性研究者がおかれている現状を示しているが,他 の研究領域についても共通の傾向は認められると考えられる.

そこで次に加野(2004)を見てみよう。加野はすでに 1980 年代に日本の女性大 学教員に関する実証的な研究をおこなっており4,その蓄積および他の研究者によ って明らかにされた事実から,「論文を多く発表する多産型に占める割合は男性が多 く,業績を発表しない人では,女性の占める割合が不釣合いに多いという傾向」「そ して,女性は研究活動において男性よりも消極的であり,どちらかといえば教育活 動に指向する傾向が高い」点などを指摘している.ただし,これらの傾向は,加野 によれば「現象の表面」にすぎず,むしろ「そうした差異をもたらしている背景に こそ着目する必要がある」ことが強調される.これらを踏まえて,加野は大学評価 において男女共同参画の視点を取り入れることの重要性を指摘している.

以上を簡単にまとめておこう.女性大学教員は男性と比較すると家族を形成する ことが少ない。家族を形成するとキャリアにおいて不利になることが多いため,キ ャリア形成に女性特有のパターンがある.女性たちは,自分たちのキャリアについ て採用が少なく昇進が困難で,かつ雑用が多いと意識している.

本稿の中心的な課題は,2000年代の大学改革のなかで,これらの傾向がどのよう に変化したのかという点にある.すでに見たように,女性大学教員は少しずつ増加 している.その職業的状況はどのようになっているのだろうか。また活動状況やラ イフスタイルは男女で異なるのだろうか.本稿では,これらの点について検討を加 えていく.

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2.女性大学教員の職業的状況 2.1 職階・年齢・研究領域

われわれの調査回答者に占める女性の比率は 13.3%(175 人)である.これは,

平成 18 年度版「学校基本調査」でみた全国の女性教員比率 17.4%よりも若干低い が,同調査における大学院担当者の女性教員比率(10.8%)よりは高く,全国的状 況をほぼ反映していると思われる.

職階をみると,女性は教授が23.6%と男性の49.9%より少なく,助教授・准教授 や専任・常勤講師,助手,副主・特任助手などで多い(表1)5.先行研究におい て,女性は助手や副主などの「周辺」「二流」と称されてきたポストに多いことが指 摘されているが,われわれのデータでも同様の傾向が確認される.

表1 職階

教授 助教授・講師 助手・その他 合計 Sig.

女性 度数 41 102 32 175

% 23.4 58.3 18.3 100.0

男性 度数 562 452 130 1144

% 49.1 39.5 11.4 100.0

合計 度数 603 554 162 1319

% 45.7 42.0 12.3 100.0 ***

注:有意水準は,+は10%,*は5%,**は1%,***は0.1%である(以下も同様).

平均年齢を見ると,女性44.6歳,男性 49.1歳で女性のほうが若い.表2には年 齢階層別の構成比を示した。女性では30-40歳代が7割強を占めるのに対して,男 性ではこの年齢層が占める割合は5割強となっている.年齢の違いは平均在職年数 にも影響しているとみられる。女性の平均在職年数は9.3年に対して男性13.8年と 4.5 年の開きがあり,女性の約 65%は在職年数が 10 年未満である.つまり,現在 の女性大学教員の多くは,30-40歳代で,キャリア開始後10年未満の,相対的には 若手研究者であるといってよい.

表2 年齢

40歳未満 40~49歳 50~59歳 60歳以上 合計 Sig. 平均年齢***

女性 度数 50 67 37 9 163 44.57

% 30.7 41.1 22.7 5.5 100.0

男性 度数 194 393 375 168 1130 49.09

% 17.2 34.8 33.2 14.9 100.0

合計 度数 244 460 412 177 1293 48.51

% 18.9 35.6 31.9 13.7 100.0 ***

年齢と職階の関係について,教授の比率に着目して見ておくことにしよう(表3).

40歳未満では男女とも教授は少ない.40歳代になると,男性 26.2%,女性 14.9%

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