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「大学教員の生活実態に関する調査」:ねらいと枠組み

佐藤香

(東京大学)

米澤彰純

(大学評価・学位授与機構)

1.はじめに

少子化や国・地方それぞれの財政危機を背景として、日本における大学と都市・地域の あり方が再び大きな注目を集めている。構造改革特区制度を利用して都心部に集中的に設 立された株式会社大学をはじめ、学生の利便性への配慮や社会人学生獲得を目指した都心 キャンパスの設置や再生が注目を集める一方、国立大学における財政配分の選択と集中の 議論、多くの地方公共団体が抱える財政難の問題、さらに、少子化による若年人口の減少 などにより、地方にある大学に対しては、国公私立を問わず、その社会的・経済的存立基 盤が揺らぎつつあるからである。

厳しさを増す社会の目に対して自らの存在意義を説明すべく、各大学は自らを取り巻く 都市・地域との組織的な関わりを強化しようとしている。教育・研究・社会貢献等の活動 などを通じた大学と都市・地域との関係形成において、中心的な役割を果たすことが期待 されているのが大学教員である。同時に、大学教員自身は、ますます厳さを増す大学教員 の労働市場の中で、いかに個人としてのキャリア形成をはかり、また、同時に生活者とし ての営みを築いていくべきかの狭間に立たされている。

現代社会における基本的な問いとして、大学の存在が地域社会としての都市に対してど のような影響を与えているかは大学と都市・地域との関係を考える上で重要である。しか し、従来の大学と地域の研究や、第三者評価などにおいては、その中核的な担い手として の教員に注目した研究はなかった。

第1部では、都市と大学の問題を、主にマクロな視点から、国際比較を含めた歴史的な 変化、政策と大学および学生の需要・供給のダイナミクスを中心として検討した。第2部 では、大学の教員が、この都市・地域の問題をどうとらえているかに焦点をあてて検討す る。なお、日本の大学は、地方都市までを含めれば、大部分が都市およびその郊外に立地 することから、大学と都市との問題は、事実上大学と地域の問題のなかに包摂されて研究 が進められてきた。そこで、ここでは、大学教員とそれを取り巻き、あるいは近接する都 市との関係を、大学と「都市・地域」との関わりと整理する。その上で、この「都市・地 域」との関連に焦点を当てた大学教員の生活実態の把握と分析を行い、大学と都市・地域 との関係のあり方を問う研究に対して、新たな展開を開こうとするものである。

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2.大学教員と都市・地域

我々が都市・地域と大学との問題において、大学教員に注目することにしたのは、以下 のような理由による。

第1に、大学教員は、大学の歴史のはじめから現在に至るまで、大学の中核的な構成員 であり、彼らが大学、そして大学を取り巻き、あるいは大学に近接する都市や地域をどう とらえ、どのように公的、私的に関与しているか、大学と都市・地域の関係の主要部分を 規定すると考えられる。

第2に、現代日本において、大学と関わりをもつ都市・地域の様相が多様であり、この ことが、大学教員のライフスタイルやキャリア形成などにも大きな影響を与え、翻って大 学と都市・地域との関わりのあり方にも違いがあらわれると考えられる。すなわち、東京 を中心とする首都圏では、工業等制限法の規制を長年受ける中で作り上げられ、再開発が 進められてきた都心型キャンパスが存在する。そして、首都圏には同時に、多くの郊外型 キャンパスが存在し、同じ都市に属する大学のあり方として全く様相が異なるといってよ い。また、京都、大阪、神戸という複数の「中心」都市を抱え、それぞれに大学が展開し ている近畿圏は、首都圏とはまた異なる形での都市と大学との関係を形作っている。さら に、つくば市に代表される学園都市では、大学や研究所自体が都市の中核的な産業であり、

大学教員や学生の生活空間も、この学園都市の中に位置付く形で計画的に都市が形成され ている場合が多い。また、大都市以外の地方都市やその郊外への大学設置も、1960年代後 半以降、地方分散政策など様々な経緯を経て長い歴史の中で進められてきている。このよ うに、各大学が多様な都市・地域の環境のなかで、それぞれどのような形で大学を取り巻 く社会に関わるかが、そこに仲介する大学教員のライフスタイルやキャリアへの関わりに おいて、異なってくると考えられる。

第3に、大学教員のキャリアと人的ネットワークの特性において、大都市や学園都市等 に集中して存在する、少数の研究大学の果たす役割が大きいと考えられる。すなわち、大 学の数は2006年現在で744校にもなるが、大学院で一定規模の研究者や大学教員を継続的 に排出する大学の数は限られ、しかもその多くは大都市や学園都市に立地する。このため、

現在地方都市の大学に勤めるものも含め、日本の大学教員の大半は、一度は大都市や学園 都市などでの研究生活を送ったものが多いと考えられる。さらに、これら研究者養成型の 大学院でキャリアを形成した大学の学生は、交友関係や配偶者・パートナーなども、自ら のキャリアのなかで過ごした都市・地域と密接に関わる形で形成されることが多い。もち ろん、現在は、産業界や行政機関などでのキャリアを経て大学教員になるものや、外国へ の留学経験者も相当数いると考えられる。これらを含め、大学教員が現在の職場に勤める までにどのようなキャリア・プロセス、特にその中でどのような地理的な移動を経験し、

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そのことが、大学教員の都市との公的・私的関わりにどのような違いをもたらしているか を検討することは大きな意味を持つ。

第4に、大学教員のジェンダー、特に、女性大学教員の都市との関わりについて、検討 することは重要で、意義がある。文部科学省『学校基本調査』によれば、2006年度におい て日本の大学教員のなかで女性が占める割合は、学長7.6%、副学長5.5%、教授10.6%、助

教授17.7%、講師 25.2%、助手 25.2%となっており、男女比で明らかに少なく、しかも職

階が上がるほど、その割合は減少している。また、一般的な傾向としては、男性は女性よ りも子育てや家事などを多く分担することが考えられ、その分、大学や私的な住居を取り 巻く地域との関わりを意識することも多いかもしれない。このようななかで、女性が上記 の大学教員のキャリアと人的ネットワーク特性においてどのように位置付き、また、都市 との関係をどのように担っているのかを解明することは、大きな意義をもつ。

以上、本研究では、大学教員を、大学と都市・地域との関係を取り結ぶ中心的なエージ ェントとしてとらえる。その上で、研究枠組みとして、図1のように、大学の存在が地域 社会に対し、どのようなインパクトを与えているのかの整理を行った。現在の多くの大学 は、大学が存立するための社会・経済的基盤の厳しさが増し、また、社会の方でも大学に 対してより直接的な形で存在意義を問うことが多くなったことから、大学が自らを取り巻 く地域社会(多くは地方都市を含めた都市)との組織的な関わりを強化しようとする。こ の地域との関わりを大学に勤務するスタッフとして第一義的に担うのが大学教員であり、

その意味で、大学教員はその公的な活動として地域社会と関わることが求められるように なってきている。それと同時に、大学教員は生活者でもあり、時に家族を持ち、子供を育 て、あるいは独立した個人として私的な領域でも地域社会と消費や余暇活動を含め、何ら かの関わりを持つことになる。現代社会における基本的な問いとして、大学の存在が地域 社会としての都市に対してどのようなインパクトを与えているかは大学と都市・地域との 関係を考える上で重要であるが、これは、大学や第三者評価機関などが組織として取り組 んだ様々な評価の報告書などを通じてとらえることができるのは主に直接的な効果にとど まり、むしろ大学教員の生活実態を把握することによってこそ、その間接的な効果をも含 めた大学と地域社会との連携の全体像がつかめると考えたのである。

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図1 大学教員を介在した大学と都市・地域との関わり

基本的な問い

◎大学の存在は地域社会に対しどのようなインパクトを与えているか↓大学教員の生活実態を通じて、間接的に明らかにする

・都市化を推進

・地域の文化活動 を活性化

地域社会との関わりかた

地域への愛着 活動

意識 消費

余暇 Private 1) 町内会など 2) 子ども経由 3) あいさつ 居住状況

家族状況 現在の職業状況

地域に対する大学の方針 Public

3.調査の概要

このような観点から、我々は、巻末に示したような「大学教員の生活実態に関する調査」

を作成し、2006年6月に全国の国公私立大学23大学の大学教員5,035名に対して発送した。

このうち、宛先不明で戻ってきたもの160通を除き4,875通が届いていると想定される。

全員に対して1回の督促を行った上で1352通が返却されたことから、有効回収率は27.7%

となる。

なお、大学教員の名簿は、廣潤社の『全国大学職員録 平成18年度版』を主に利用し、

このほか、廣潤社の職員録に名簿が記載されていない大学に関しては、大学のホームペー ジから入手し、いずれも勤務先に送付した。サンプルは、割り当て法によって、全国の大 学のうち、大都市の都心として東京23区に立地する大学(以下「都心大学」、大都会の郊 外として首都圏のうち、東京23区および政令指定都市をのぞいた大学(以下「郊外大学」)、

地方都市として四大都市圏および政令指定都市を除く中小規模の市に立地する大学(以下

「地方都市大学」)、学園都市に立地する大学(以下「学園都市大学」)として東日本および 西日本の四大工業地帯を除く都道府県に戦後「学園都市」として立地された大学(以下「学 園都市大学」)、に対して、それぞれ発送数がほぼ4等分になるように設定した。さらに、

これら「都心大学」「郊外大学」「学園都市大学」「地方都市大学」それぞれにおいて、文部

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