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第1節 はじめに

2011 年 3 月 11 日に東日本大震災が起きた。この震災により,東北地方,とくに福 島県は原発事故を併発し,甚大な被害をこうむった。この震災と原発事故による風評 被害で,福島県の観光客は大きく減少した。

このことを受け,NHK はテレビを使って被災地を支援しようと,2013 年の大河ド ラマの主な舞台地を福島県とした。1963年から放映を開始した大河ドラマの舞台地が,

このような背景から決定したことはなく,また NHK が舞台地選定の理由を明言する ことは,これまでになかったことである。

大河ドラマで取り上げられた主人公である新島八重は,これまでに地域に知られて いなかった人物である。彼女を取り上げた理由として NHK は,父や弟を亡くし,さ らに戊辰戦争で敗戦を経験しながらも懸命に生きた八重と,東日本大震災の被害から 復興に向けて頑張っている被災地の人々を重ね合わせたとしている。

大河ドラマの舞台となった地域について,観光振興の視点からの研究成果は多くあ る(中村哲:2003,深見:2009a,2009b,中村:2010)。しかし,大河ドラマが地域 の観光振興に利用されているにもかかわらず,地域の歴史的背景や住民の意見を交え た観光振興の研究成果は少なく,研究の多くは,経済効果や観光誘客数を分析とした ものとなっている(前原:2008)。このことを従来の研究の問題点として指摘できる。

本研究は,2013年に放映された「八重の桜」を対象とし,主な舞台地となった会津若 松市の観光にどのような影響があったかを明ら かにすることを目的とする。研究方法 は、文献・資料の分析を行うとともに、2015年 9月1日に会津若松市観光課や地域住 民に対する聞き取り調査を実施した。 なお、本研究におけるアンケート調査あるいは 聞き取り調査については、本研究について詳細に説明した後、その結果は本論文作成 のみのために使用することで承諾を得ている。また、調査を行った後,複数回やり取 りを行い,内容に不備がないか確認のうえ,本論文に記載している。

第2節 大河ドラマの誘客効果

1.大河ドラマの誘客効果 (1)大河ドラマ誘客効果の変遷

2017年現在,大河ドラマは 56作品となった。大原(1985)によると,大河ドラマ の観光活用は 1966年の第 4作「源義経」が端緒になったとしている。そして,大河ド ラマ放映中に観光客が増加し始めたのは 1969年の「天と地と」である(溝尾 1994)。

その翌年(1970年)と翌々年(1971年)も自治体による観光活用を行ったものの,

自治体が期待していたほどの誘客効果がないと考えられたため,これ以降,自治体で の大河ドラマを使った観光振興は消極的になった。

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大河ドラマを使った誘客が再度見直されたのは,1987年の「独眼竜正宗」で,仙台 市が大きく観光客数を伸ばしたことによる。その後の,1988年「武田信玄」の山梨県 小淵沢町(現:北杜市)や 1989年「春日局」の埼玉県川越市なども誘客に成功した自 治体である。以降,多くの自治体で大河ドラマを契機に観光振興を行っている。

とくに,1993年7 月~1994年3月に放映された「炎立つ」の舞台地である江刺市

(現:奥州市)では,歴史公園「えさし藤原の郷」が新しい観光施設となった。これ は,大河ドラマによる誘客を一過性に終わらせたくないと考えた自治体によって建設 され,2015年現在も奥州市の中心的な観光施設として活用されている。その後,舞台 地となった自治体の多くで,積極的に大河ドラマを契機に観光振興を行っている。

本稿では,2000年以降に放映された大河ドラマの観光活用に着目した。主な舞台地 をあげると表 9-1 のようになる。また,中村哲(2003)の提唱する 3 つの類型「一 過型」,「ベースアップ型」,「無関係型」に当てはめて 3 つの地域を事例として取り上 げた。

表 9-1 大河ドラマの舞台地となった主な地域

放映年 大河ドラマ 舞台地

2000(平成 12) 葵 徳川三代 東京,三河,関ケ原 2001(平成 13) 北条時宗 鎌倉,博多

2002(平成 14) 利家とまつ~加賀百万石物語~ 金沢,三河

2003(平成 15) 武 蔵 MUSASHI 巌流島,熊本

2004(平成 16) 新撰組! 東京,京都

2005(平成 17) 義 経 平泉,鎌倉,京都,壇ノ浦 2006(平成 18) 功名が辻 三河,高知

2007(平成 19) 風林火山 甲府,川中島 2008(平成 20) 篤 姫 東京,鹿児島 2009(平成 21) 天地人 米沢,新潟

2010(平成 22) 龍馬伝 東京,京都,高知,長州,長崎 2011(平成 23) 江 ~姫たちの戦国~ 東京,三河,近江

2012(平成 24) 平清盛 兵庫,広島,京都 2013(平成 25) 八重の桜 福島,京都

2014(平成 26) 軍師官兵衛 福岡

2015(平成 27) 花燃ゆ 山口

資料:『NHK大河ドラマ大 全 50作品』,「Audience Rating TV ~ドラマ視聴率 ~」,NHK大河ドラマ 一覧http://www9.nhk.or.jp/taigaをもとに筆者作成

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200km 0

福島県会津若松市

「八重の桜」(2013)

石川県金沢市

「利家とまつ」(2002

高知県高知市

「功名が辻」(2006)

「龍馬伝」(2010)

熊本県

「武蔵MUSASHI」(2003)

図 9-1 NHK 大河ドラマ舞台地

資料:『NHK大河ドラマ大 全』 をもとに筆者作成

2.大河ドラマを活用した観光客数の3分類

(1)一過型 石川県金沢市:「利家とまつ~加賀百万石物語~」(2002 年)

2002年に放映された「利家とまつ~加賀百万石物語~」は,石川県金沢市が舞台地 となった。この年,石川県の観光客数は多少ではあるが増加し,金沢地域では前年比

111.7%を示した。とくに金沢市にある金沢城公園では 132%と大きな伸びを示した(図

9-2)。中村哲(2003)の類型に当てはめると,「一過型」の事例である。

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①放映前

石川県は,大河ドラマを誘致する前に誘致推進協議会を立ち上げ,1997(平成 9)

年に活動の研究を始めた。この推進協議会で,前田家を大河ドラマに取り上げてもら うため,NHKに要望することを決定した。

その後,1999(平成 11)年のNHK正月時代劇として「加賀百万石~母と子の戦国 サバイバル~」が放送された。NHK 正月時代劇に取り上げられたが,引き続き,NHK 会長に対する陳情や大河ドラマの魅力を語る会,講演会,加賀藩前田家のリーフレッ トを発行,イベントによる PR などの誘致活動を行った。様々な誘致活動を行った石 川県であったが,NHK からは「1年間の放送となると前田家では難しい」という返答 であった。しかし,2000(平成 12)年 4 月に「利家とまつ~加賀百万石物語~」放映 の決定を受けた。

②放映中

2002年 3月 23 日~2003年 1月 5日(289日間)に「加賀百万石博」を開催した。

この大河ドラマ放映中に,金沢市は,加賀百万石博を開催した。これは,仮設施設を 建設し,2001年9 月に復元した金沢城の一部と隣接させたものである。その際,建築 されたものは,大河ドラマ館,百万石シアター館,石川まるごと館など計 5館である。

このほかに,特別展示として石川県立歴史博物館所蔵の参勤交代絵図等の実物を展示 するとともに,創作菓子,正月料理,人間国宝の作品展示を行った。

図 9-2 「金沢地域」の観光客数の推移

資料:「統計からみた石川県の観光 平成13年~18年」をもとに筆者作成 注:「金沢地域」とは金沢市,かほく市,白山市(旧松任市,旧美川町),

野々市町,津幡町,内灘町を指す。

0 100 200 300 400 500 600 700 800 900

2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年

(万人)

(年)

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加賀百万石博覧会開催当初,石川県観光推進総室は特別展を催す予定はなかった。

しかし,石川県会議員から「加賀百万石博には,本物がない」という指摘を受け,特 別展示を行った。その一方,この意見があった際に,観光客の一カ所集中を懸念する 日本銀行金沢支店長から,「加賀百万石博で観光客の足を留めてはいけない。本物は本 物を見せる施設でよいのではないか。ただし,本物はいらないというわけではなく最 小限でいい。」という意味合いの意見が出された。これらの意見を鑑み,石川県立歴史 博物館で特別展を開催した。

博覧会開催当初,入場者数の目標を100万人に設定していたが,最終入場者数は 156 万人となり,石川県が目標としていた入場者数を上回ることになった。

③放映後

大河ドラマ放映後,日本銀行金沢支店が算出した2002年の石川県内の経済波及効果 は 355 億円であった。また,石川県は,大河ドラマ放映で得た観光客数を一過性に終 わらせないための施策として,大河ドラマで「加賀百万石」という名称が全国に浸透 したことを受け,その効果を持続・発展させるために同 年 9 月に加賀百万石誘客キャ ンペーン推進会議を立ち上げた。

そして,大河ドラマを契機に,10年以上続いている政策が加賀百万石ウォークであ る。これは,石川県全体で組織されており,地域住民のボランティアと隠れた名所を 2 時間ほどで巡る内容となっており,毎年コースが編成されている。大河ドラマで主役 となった利家とまつの名前を使った「利家とまつコース」が,金沢地域で 3 種類設け られている。この取り組みは,地域の隠れた観光資源を掘り起こし,人(観光客と地 域住民)との触れ合い,さらに,地域の観光関連産業との関わりを深めることを考え たという。

観光客数をみると,金沢地域の場合は,一過性 とはなっているものの,大河ドラマ 終了後も,地域の人々と観光客を繋ぐ観光政策の 1 つとなっており,地域に影響を与 えたことが分かる。

(2)ベースアップ型 高知県高知市:「龍馬伝」(2010)

高知県高知市は,2010年に「龍馬伝」の舞台地となり,放映年に多くの観光客が訪 れた。そして放映翌年の2011年以降も観光客数が増加し,大河ドラマ放映前を上回る 結果となり,2015 年現在も継続した取り組みが行われている。これは,「ベースアッ プ型」のタイプに当てはめることができる。

①放映前

2009年1 月に放映が決定した大河ドラマ「龍馬伝」の関連イベントとして,「土佐・

龍馬 であい博」が開催された。「土佐・龍馬 であい博」の本開催は 2010年である が,放映前の 2009年 8月から高知県全域でプレイベントが開催された。

2010年の土佐・龍馬であい博推進課のチーフ・国沢氏に,次のような話を聞いた。

「龍馬伝に関しては,降って湧いたような話でした。大河ドラマ誘致活動などは全く 行っていません。このような短い期間で,同じ市が大河ドラマで取り上げられるとい