第四章 事例研究
第一節 大塚製薬株式会社
第一項 大塚製薬株式会社の会社概要
大塚製薬株式会社(
Otsuka Pharmaceutical Co., Ltd.
)は、1964
年に創立された、医薬品と食料品の製造・販売をしている企業であり、本社は日本の東京都にある。そ の前身は大塚武三郎が創立した大塚製薬工場の販売部門(除く四国
4
県)である。設立後、ずっと大塚グループの中核企業として活動し、
2008
年大塚ホールディン グス株式会社が設立された後は、その完全子会社となった。2018
年度大塚製薬株式 会社の売上高は5541
億円で、その中医薬関連事業による売上の割合は72.8
%で、残 りの27.2
%はニュートラシューティカルズ関連事業であった。ニュートラシューティ カルズ関連事業とは「日々の健康維持・増進をサポートする栄養製品や化粧品・医薬 品を展開する事業」13である。実際に、大塚製薬は最初医薬品であるオロナインH
軟 膏の製造元として知名度が上がり、その後栄養ドリンクであるオロナミンC
ドリンク やポカリスエット、栄養食品カロリーメイトなどの成功を通じて、シナジー効果を活 用し、医薬関連事業とニュートラシューティカルズ関連事業を見事に両立してきた。現在、大塚製薬は長期的日本国内における輸液シェアの
50
%以上を占めている。同社のホームページのデータによれば、現在
5689
名の従業員を持ち、医薬品、臨 床検査、医療機器、食料品、化粧品の製造、製造販売、販売、輸出ならびに輸入の事 業に携わっている。2019
年、大塚製薬の親会社である大塚ホールディングスの製薬会社世界売上高ラ ンキング14における順位は23
位で、武田薬品工業とアステラス製薬に次ぐ日本製薬の 第3
位である。第二項 大塚製薬株式会社の歴史沿革
1964
年に大塚製薬工場から販売部門(除く四国4
県)を分離し、大塚製薬株式会 社が創立された。1965
年にビタミン入り炭酸飲料水「オロナミンC
ドリンク」が発売され、大人気 であった。1970
年に大塚製薬初の自社工場「徳島工場」が操業開始。1973
年に徳島工場研究所の理念「世界の人々の健康に貢献する革新的な製品を創 造する」を制定し、これは現在の企業理念でもある。1981
年に中国へ参入し、中国大塚製薬を設立した。1990
年にネスレ社と販売提携契約を結んだ。2002
年に中国の天津市に天津大塚飲料を設立し、ニュートラシューティカルズ関 連事業を進出させた。2008
年に大塚ホールディングスが設立され、大塚製薬はその完全子会社となった。2010
年、大塚ホールディングスは東証一部に上場した。13 大塚製薬ホームページにより,https://www.otsuka.co.jp/two-core-businesses/,2019年12月20日閲覧.
14 AnswersNews, 2019年5月15日.【2019年版】製薬会社世界ランキング 売上高トップはロシュ、2 位はファイザー―上位陣は軒並み増収. https://answers.ten-navi.com/pharmanews/16219/, 2019年12
第三項 中国における大塚製薬の歴史
大塚製薬株式会社の中国における初参入は、
1981
年に中国医薬工業会社(中国医 药工业公司)と中国医薬対外貿易総会社(中国医药对外贸易总公司)と天津市医薬集 団有限公司(天津市医药集团有限公司)との共同出資で設立した中国大塚製薬有限公 司(中国大冢制药有限公司)である。中国大塚製薬は中国初の合弁製薬会社でもあり、中国の医薬品産業にとって、画期的な意味を持つ存在でもある。中国大塚製薬は
1981
年2
月28
日に天津市で創立され、1984
年5
月17
日に操業を開始した。同社は中国 で初めてプラスチック製の輸液瓶を使用した企業で、より安全な閉鎖式輸液システム を中国に初導入した。このことが中国の臨床輸液が開放式輸液から閉鎖式へ全体的に 移行することにもつながった。さらに工場を建設するとき、大塚製薬は当時日本の
GMP
基準に従い、設計し立て たため、1986
年に中国大塚製薬は中国初のGMP
基準に合格した製薬会社になった。現在、
30
年間以上の発展を経て、中国大塚製薬は5
つの輸液生産ラインを所有し、年間
1.4
億瓶(袋)以上の輸液を生産できる。また、錠剤や目薬、液剤の生産能力も 所有している。中国大塚製薬の固定資産は2.3
億人民元で、年間売上は4
億人民元以 上である。従業員の数は
900
人以上で、輸液製品の中国市場におけるシェアは5
%を超える。設立当時、日本大塚と中国側の出資者の株式比率は半々であり、そのため会社の経 営権は分散された。実際に、統制力が低いせいで、中国大塚製薬は競争の激化してい る市場に段々追いつけなくなった時期があった。
たとえば、
2003
年に日本大塚製薬株式会社の要望により、錠剤の生産部門は全体 的に浙江大塚製薬有限公司に移管された。後者は日本大塚製薬の単独出資による完全 子会社で、1991
年に設立された。また、
2002
年に天津渤海軽工投資集団有限公司(天津渤海轻工投资集团有限公司)と一緒に作った合弁企業天津大塚飲料有限公司(天津大冢饮料有限公司)を通じて、
大塚製薬はポカリスエットの中国市場を開こうとしていたが、元々市場における競争 が激しかったのに、レッドブルやダノンなどの競合相手に遅れて参入したため、今日 でも後発者としてブランド力の増加に努力している。
IMS
社のデータベースによると、中国大塚製薬有限公司の2014
年の売上高は14
億人民元であり15、また2016
年に中央財経大学商学院が公表した中国における外資 系製薬会社競争力ランキングでは、中国大塚製薬グループは第4
位であった16。第四項では、モデルを使い、中国大塚製薬の参入形態の合理性を検証する。
15 IMS社ホームページ,最終閲覧日:2020年1月5日.https://imstat.org/ims-china/
16 新華網,中央財経大学商学院.「2015外資企業在華競争力指数報告」より引用、研究対象は17社の大
図表4.1 2019年大塚製薬の中国における一部の子会社
中国大塚製薬有限公司(中 国大冢制药有限公司)
・1981年設立
・合弁、持株比率それぞれ:大塚製薬株式会社50%、中国医薬 投資有限公司(中国医药投资有限公司)46.36%、天津市医薬集 団有限公司(天津市医药集团有限公司)3.64%
・資本金3.15億人民元。
・医薬品の製造販売、主に輸液 広東大塚製薬有限公司(广
东大冢制药有限公司)
・1993年設立
・単独出資、資本金2840万米ドル
・注射剤、液剤など医薬品の製造販売 大塚製薬研発 (北京) 有限
公司(大冢制药研发⁽北京⁾
有限公司)
・2003年設立
・単独出資、資本金150万米ドル
・医薬品臨床開発 大塚 (中国) 投資有限公司
( 大 冢 ⁽ 中 国 ⁾ 投资有 限 公 司)
・2003年設立
・単独出資、資本金約2.2億米ドル
・持株会社、中国における事業投資など 大塚 (上海) 薬物研究開発
有限公司(大冢⁽上海⁾药物 研究开发有限公司)
・2008年設立
・単独出資、1792万米ドル
・抗生物質類薬品、抗感染症薬、心血管疾患薬、抗がん剤、神 経変性疾患治療薬などの医薬品の研究開発
大塚慎昌 (広東) 飲料有限 公司(大冢慎昌⁽广东⁾饮料 有限公司)
・2005年設立
・単独出資、資本金2320万米ドル
・清涼飲料水の製造販売 ファーマバイト(上海)健
康科技有限公司(芳维特⁽
上海⁾健康科技有限公司)
・2012年設立
・合弁(アメリカのPharmavite LLCとの)、大塚側持株比率 95%、資本金20万米ドル
・栄養製品の販売 四川大塚製薬有限公司(四
川大冢制药有限公司)
・2002年設立
・単独出資、資本金3362万米ドル
・錠剤、向精神薬、液剤、カプセル、吸入薬、スプレー剤なの 医薬品の製造販売
天津大塚飲料有限公司(天 津大冢饮料有限公司)
・2002年設立
・合弁、大塚側持株比率69.27%、天津渤海軽工投資集団有限公 司(天津渤海轻工投资集团有限公司)、資本金4323.6万米ドル
・清涼飲料水及び嗜好飲料の製造販売 浙江大塚製薬有限公司(浙
江大冢制药有限公司)
・1991年設立
・単独出資、資本金5433.3万米ドル
・医薬品の製造販売 出所:筆者調べ
第四項 大塚製薬の中国における参入形態に対する検証
前述したように、日本大塚製薬は二本の柱として、医薬関連事業とニュートラシュ
は二つの事業を一気に中国へ移そうとしたのではなく、先に医薬関連事業による進出 に挑んだ。この二つの事業にはシナジー効果が存在するとはいえ、携わるノウハウや 技術、資源などが完全に一致するわけがないため、参入形態の検証を行うときも、分 けて考慮する必要がある。
1.医薬関連事業に対する検証
大塚製薬の医薬関連事業の進出の始まりは
1981
年に作った合弁企業「中国大塚製 薬有限公司(中国大冢制药有限公司)」で、当時の中国輸液市場に革命的な変化をも たらした。まずは進出当時の「
Step 1
海外直接投資を実行すべきか否かの判断」。中国企業 と比べ、輸液をメインとする研究開発や生産管理技術などにおける圧倒的な所有資源 の優位性を大塚製薬が持っていた。また、現地の生産販売などの価値創造プロセスを 内部化することで、中国における収益を最大化できるため、内部の優位性は存在する。最後、立地の優位性についても、中国の生産と消費国としての魅力を考えれば、問題 なく所有している。したがって、大塚製薬の中国に対する海外直接投資は合理的であ る。
図表4.2 折衷理論による大塚製薬の参入形態の選択
大塚製薬が持つ優位性 適切な参入形態
所有と内部化と立地の優位性 海外直接投資 出所:筆者作成
それから、
Step 2
に移行する。大塚製薬は中国を市場として認識し、中国拠点を単 独に生産から販売まで行う個体として捉えていたので、当時グローバル統合の意図が 見当たらなかった。次の
Step 3
では、まず複製不可能で、他社からの獲得が難しい補完的資源があるかどうかを確認する。
1981
年の時点では、中国参入にまったく未経験の大塚製薬は、中国における生産や流通販売などに関連するノウハウを把握していないため、現地企 業との提携を通じて、これらの補完的資源へアクセスする必要があった。
したがって、モデルからは合弁の形態が適切だという結論にたどり着いた。大塚製 薬の当時のこの意思決定は合理的であった。
ただし、時間の経過とともに、
1990
年代に入った後、外資系製薬会社の中国への 次々の参入により、競争があっという間に激化し、合弁の形態が必ずしも適切である とは言い切れなくなった。ヨーロッパとアメリカと日本の輸液市場では、市場集中度 が高く、規模の大きい数社の輸液生産企業が市場をシェアするのに対し、中国では規 模の小さい輸液生産企業が数多く存在する。2008
年、中国の輸液生産企業の数は300
社を超え、競争のプレッシャーが極めて大きいと言えよう17。では、