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第 1 章 既存研究の整理

2. 地域格差と少数民族

先行研究によれば、漢族地域と少数民族地域の間に経済格差が存在することになっ ている。しかし、その分析方法に少なくとも五つの問題を抱えており、彼らの結論を そのまま受け入れることは難しい。

(1)民族分布

第一に、東部と中部には少数民族、西部には漢族がそれぞれある程度の規模で分布 しているため、実際の民族分布はより複雑である。また、民族自治地方に少数民族が 多く居住しているとは限らない。なぜなら民族人口比率は民族自治地方設立における 法定の条件ではなく、一つの参考要素にすぎないからである(王、1998:61)。つまり 上述の地域分類では、漢族と少数民族の間の格差を反映することができない。

(2)省データ

第二に、省レベルデータを用いることの問題である。図 3.1は2000年における中国 の県級行政地域の1人当たりGDPのデータマップである。この図からより詳細な地域 間経済格差の状況が把握できる。東部は、環渤海、長江デルタ、福建、珠江デルタ、

中部においては地区級市の市区を中心に経済が発展している。その一方で発展が遅れ た県が、省境の山間部を中心に存在する。西部は発展が遅れた県が比較的に多いもの の、新疆、青海、チベットに局地的に発展している県が存在する。省内の県間所得格 差は無視できない大きさのようである。よって必ずしも東部と中部が相対的に豊かで、

西部が相対的に貧しいとはいえない。

これら二つの問題点を同時に解決するためには、省より下位の行政単位のデータを 用いて格差を分析すべきである。最新の県別少数民族人口統計は2000年人口センサス が公開されている。そこで本稿では、2000年の県レベルデータを用いて、全国におけ る地域間格差を分析する。

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図1.1 中国の県別1人当たりGDP(2000年)

出所)筆者作成。データの出所は、注5と注6を参照せよ。

注)市区は一括している。GDPは名目値であり、地域間の物価の実質化は行っていない。体制の異なる地域、

データが得られない地域、中印国境未確定地域をデータ欠落地域として表示した。西沙諸島、南沙諸島、中沙 諸島は描画しない。

(3)世帯データ

無論、所得格差は県の内部の方がより大きいかもしれないし、民族分布も下の行政 単位で分類すればするほど、より現実的なものに近づく。よってGustafsson and Li(2003)

のように、民族間世帯所得格差を分析するのが最善であるが、実のところ、それは難 しい。

その理由は二つある。第一に、人口センサスでは民族別の所得調査を行っているに もかかわらず、そのデータは公表されていない。第二に、自ら世帯調査を行い、サン プルを作成する場合、少数民族の居住地域は厳しい自然地理環境である場合が多く、

莫大な調査費用を必要とする。さらに中兼(2000:13)のいうように、少数民族に関す る自由な調査は許されないため、十分なデータが得られない。そのため、中国全体を 対象地域とする場合、世帯レベルからの接近には限界がある。Gustafsson and Li(2003)

0 1000km

(元) 10000 7500 5000 2500 欠損値

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が用いたサンプルには、チベット、新疆、内モンゴルの各自治区など多くの省が含ま れていない。筆者が行う県レベルでの地域格差の分析は、民族間の豊かさの格差を間 接的に考察するものにすぎないが、こうした背景から、一定の研究意義があるといえ る。

(4)GDP

第四の問題は、GDPを用いて格差を測ることである。GDPは所得を表した指標では ないにもかかわらず、先行研究では、地域の所得指標にGDPを用いて格差を分析する ことが多い。おそらく、その地域住民の生活水準をGDPが適度に反映しているからだ ろう。そうした解釈はおおむね間違っていないが、GDPの定義上、タバコ加工や石油 採掘など、高付加価値産業のある県の1人当たりGDPはきわめて高くなり、中国には そうした県が決して少なくないことが問題であり、それは図1からも読み取れる。な ぜなら、結果として、地域間所得格差を過大評価してしまうことになるからである。

こうした基本的なことよりも、常に問題視されているのが、中国の GDP統計そのも のに対する信頼性である。中国のGDP統計の信憑性を論じた小島(2003)の整理によ れば、(イ)行政サービス・帰属家賃収入・小企業や個人商店など第三次産業を十分に カバーしていない、(ロ)法人内部の自給的サービスの存在、企業組織の内生比率の高 さの「単位主義」によりGDPの値が実際よりも低く計上されている、(ハ)組織内にお ける統計単位の位置が高く末端組織を十分に捕捉していない、(ニ)政治的理由により 当局内部で統計を粉飾し過大評価している。

(イ)に関しては、2004年に行われた経済センサスの結果を用いた修正 GDPが現在 公開され、遡及統計もあわせて発表されているが、全国・省レベルGDPを見る限り、

特に第三次産業 GDP の値が大きく上方修正され、1993 年以降の年平均成長率も増加 していることがわかる(Holz2008)。現在のところ、修正後の県レベル GDPは一部の 県で公開が始まっているが、全国でそろえることは難しい。また(ニ)については、2006 年、四川省の地方政府で筆者が行った調査によれば、GDPの成長率が県長の業績評価 につながるため底上げされているという。したがって、GDPだけを用いて格差を分析 するのは一面的な考察といわざるを得ない。

とはいうものの、長所の多い GDPを使うにこしたことはない。そこで、1人当たり 純収入や文盲率など、生活の豊かさに関係する各種社会経済指標と併用し、それらの 計測結果が同じ方向を指し示せば、より頑健的な分析であるといえよう。

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(5)地域間の価格実質化

沿海と内陸、都市と農村といった、クロスセクションの物価の差異も、考慮せねば ならない。都市部の購買力平価を用いた実質地域格差の方が、名目値のそれより小さ いことを見出した鐘(1998)の研究を除けば、中国における地域格差研究の分野では、

あまり考慮されてこなかった点である。Brandt and Holdz(2006)が推計したデフレー ターを採用すると、都市農村、沿海内陸での購買力の違いを考慮したGDPの実質化が 可能である。

したがって先行研究に存在している、民族分布、省データ、世帯データ、GDP、地 域間価格実質化、これら5つの問題点を改善するために、本稿では、県級の複数の豊 かさを表す社会経済指標を用い、必要に応じて地域間で実質化を行い、第三章「地域 格差と少数民族 県レベルデータを用いて」で分析を進めていく。