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第 3 章 地域格差と少数民族:県データを用いて

Ⅳ 地域所得の収束

さて、前節での議論をまとめると、漢族地域と少数民族地域の間に豊かさの格差は 存在しているものの、中国全体の地域格差からみれば、両地域間の格差の寄与度は非 常に小さいことがわかった。換言すれば、地域格差は他の要因で説明されるといって よい。

民 族 分 裂 度 ・ 宗 教 分 裂 度 が 経 済 パ フ ォ ー マ ン ス に 与 え る 影 響 を 、Montalvo and

Querol(2005)は、Barro型の収束回帰を用いて検証している。本稿ではそれを応用

し、民族的要因が経済成長に与える影響を分析する。推計式は以下のとおりである。

,

, , , ,

1985 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 漢族人口比率 39 38 38 38 38 38 38 38 38 39 39 39 40 40 合計 74 74 74 74 74 74 73 72 71 70 70 70 70 70 農林牧漁 78 78 78 78 77 79 77 76 76 75 75 75 76 76 採掘 72 73 68 66 79 79 80 80 80 79 77 80 81 81 製造 82 81 82 62 80 81 81 80 79 79 79 79 81 81 電力・ガス・水道供給 72 76 79 80 77 77 77 75 75 74 73 75 74 74 建設 86 88 88 89 91 90 91 91 90 90 90 88 88 88 地質探査・水利管理 81 80 80 79 81 79 77 77 74 70 71 68 66 67 交通・運輸・保管・通信 82 79 79 79 80 79 78 78 78 78 77 77 78 76 卸売・小売・貿易・飲食 64 67 68 68 68 70 66 66 65 63 63 65 66 68 金融・保険 58 62 64 65 67 69 68 67 68 69 71 72 70 72 不動産 75 77 79 81 83 81 81 85 85 85 87 85 85 85 社会サービス 84 74 76 75 75 78 74 74 74 73 73 73 74 73 衛生・スポーツ・福祉 61 58 59 59 56 57 54 54 53 52 55 54 60 61 教育・文化芸術・放送・映画 47 45 44 44 44 43 40 45 44 43 44 44 44 45 研究・技術 87 89 85 85 83 84 83 84 82 81 81 78 80 81 公務員・共産党・社会団体 56 57 59 59 56 57 55 55 54 55 56 57 57 57

その他 85 90 81 79 87 89 88 85 84 76

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左辺は 2000年から2003年における1人当たりGDP実質成長率、右辺第二項は初期 時点である2000年の 1人当たりGDP対数値であり、 が負の値をとると convergence が発生していると判断できる。つまり、地域間で人口成長率と生産技術に差がないと 仮定した場合、地域間で均斉成長経路上の所得の決定要因を調整すれば、初期時点に おける地域と均斉成長経路の間の格差は、各地域が均斉成長経路に収束するにつれ消 滅するのである。

では、どのような要因を調整すればよいのだろうか。第三項は条件付収束をコント ロール変数である。マクロ経済指標は、構造変数(第二次産業GDP比率と第三次産業 GDP比率)、貯蓄(住民預金額対数値)、FDI(外国直接投資実現額対数値)である。

そのほか、人口・環境・インフラ・医療・教育水準として、流入人口比率(県内郷鎮 間、省内県間、省外から流入した常住人口数を全常住人口で除したもの)、人口密度、

植物被覆指数、土地退化指数、1人当たり上水道保有住居率、1人当たり病院ベッド数、

15歳以上文盲率を採用した。

第四項は少数民族に関する変数であり、2000年における少数民族人口比率のほか、

本章で定義した少数民族地域・チベット族地域・ウイグル族地域のダミー変数を加え た。

説明変数のデータは全て2000年のものである。

分析はクロスセクションの回帰分析であり、Whiteの方法で不均一分散の検定を行 い、標準誤差を調整している。サンプルサイズは2123である。

分析結果は表3.6にある。まず説明変数が一つだけの式では が有意に正の値、コン トロール変数を加えた式では、全ての場合において有意に負の値をとっているため、

条件付収束が発生していると判断できる。

さて、まず着目すべきコントロール変数は、第二次産業 GDP比率、財政支出、外国 直接投資が正に有意なことである。すなわち、FDIによって工業化が進展している沿 海部の県、あるいは政府支出によって工業化している県が、均斉成長経路に乗り高所 得地域に収束すると解釈できる。

ただし、人口密度・1人当たり病院ベッド数・植物被覆指数が負、土地退化指数が正 に有意であることを考慮すると、内陸部の低開発で環境が脆弱な地域、例えばチベッ ト・新疆・内蒙古・黒竜江などで、資源採掘など工業開発が進み、高所得地域に収束 していると解釈できる。

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表3.6 成長回帰の分析結果

1人当たりGDP(対数) 0.022 -0.044 -0.127 -0.118 -0.049 -0.051 (0.005)*** (0.000)*** (0.000)*** (0.000)*** (0.000)*** (0.000)***

第二次産業GDP比率 0.495 0.602 0.558 0.539 0.539 (0.000)*** (0.000)*** (0.000)*** (0.000)*** (0.000)***

財政支出(対数) 0.114 0.116 (0.000)*** (0.000)***

外国直接投資(対数) 0.004 0.007 0.002 0.002

(0.009)*** (0.000)*** (0.222) (0.319)

人口密度 -0.000

(0.005)***

15歳以上教育年数 0.006

(0.435)

1人当たり病院床数 -0.000

(0.002)***

上水道保有住居率 -0.012

(0.624)

植物被覆指数 -0.002

(0.000)***

土地退化指数 0.001

(0.017)**

少数民族人口比率 0.059

(0.011)**

チベット族居住地域 0.081

(0.036)**

ウイグル族居住地域 0.105

(0.002)***

Adjusted R-squared 0.003 0.050 0.102 0.136 0.055 0.057 注)筆者作成。被説明変数は2000年から2003年の実質1人当たりGDP成長率の対数値。説明変数は全て2000 年のデータ。かっこ内はP値で、標準誤差をWhiteの方法で修正している。サンプルサイズは2123。

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そして少数民族関連の説明変数は、前述の環境関連の変数と相関するため、それぞ れ別の式を設けて推計している。これらの推計結果では、少数民族人口比率、本章で 定義したチベット族居住地域ダミー・ウイグル族居住ダミーが有意に正に効いている。

それゆえ、少数民族地域における工業開発が地域所得の収束の決定要因になっている。

こうした内陸の工業県はますます外来人口が流入するため、地域内階層対立には注 意が必要である。

おわりに

本稿の分析から得られた結果を以下にまとめよう。

第一に、漢族地域と少数民族地域の間に豊かさの格差は存在している。

第二に、全国の地域格差の合計値に対する、漢族地域と少数民族地域の間の格差の 寄与度は小さい。その結果は実質GDP、医療、教育等を指標に用いても変わらない。

第三に、省内の結果は全国と異なり、新疆において寄与度の大きな漢族少数民族地 域間格差が存在していた。新疆におけるその格差の原因は、1950年代から漢族が大量 に移住し、彼らの新興地区が大きく発展したからである。また高賃金業種に占める漢 族の人口比率は高い。

第四に、県レベルデータを用いた Barro回帰分析の結果、条件付き収束が発生して いる。経済成長率、均斉成長経路の収束を調整する要因として、工業化、政府支出、

FDIのほか、環境劣悪、少数民族地域が挙げられる。内陸地域で工業開発している県 は人口流入が多く、高所得地域に収束する可能性があるものの、こうした地域は新疆 同様、漢族の流入を招き、地域内の階層間所得格差を増大させる要因となるため、注 意が必要である。

本稿で語れなかった問題は非常に多い。例えば、人口流入や主観的格差の問題につ いては、緻密な設計に基づく世帯調査を行い、誰がどの対象に対して、どの程度格差 を問題視しているのか、といった問題を考察し、計量分析を行う必要があるだろう。

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第 4 章 農村の格差と農民の移住: 郷鎮・村データを用