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第一節 「国」の成立と変容‑一国際社会の略史‑‑

本章では,第二章で明らかにした今日的課題を詳細に検討するために、まず、現荏 の国際社会や国に生じている問題状況などを整理し,第二章で整理した二つの目的が、

現在、およびこれからの国際理解教育で育成していく必要があるのかを検討したい。

そして、それらを現時的な形に変えて,国際理解教育の理論を検討したら、どのよう になるのかについて,具体的に考察したい。

(1)近代国家の成立

ヨーロッパでの三十年戦争をきっかけとして,ヨーロッパ諸国間の問題を処理する ために開かれた、初めての国際会議で、 「ウェストファリア条約」 (1648年)が締結さ れた。これ以降,国民、領土、政府、主権という四つの要素を含む国家を中心とした 国際体系の基礎が生まれ,国際体系が確立されたといわれるl。ただし、ここでは、ヨ ーロッパにおいて創られた国と国との間に生じる問題の平和的な解決が「国際」平和 を意味していたことは言うまでもない。そして、この条約が成立した頃のヨーロッパ は、絶対君主制に基づいた、キリスト教的世界主義によって統治された国家で占めら れており、どの国も、このキリスト教的世界主義により、国家の安定と、国家間の安 定をも可能にしていた。その後、絶対君主‑の民衆の対抗による革命によって、絶対 君主制が崩壊すると共に,民族が国家の基盤となり、政治に大衆が参加できるように なることで,いわゆる「近代(国民)国家」が成立する。また、 19世紀以降は,政治・

経済との一体化による国が再建・発展する過程の中で,民族全体を包括するほどに国 の権力が増強されていき、これによって国家の数を増大させるきっかけとなった2。さ

らに,一民族のみで国家が形成されるのではなく、社会的イデオロギーを軸として、

複数民族の政治的共同体として、国家が形成されるようにもなる。この変化は、各国 家における,ナショナリズムの興隆‑とつながった。このような近代国家の発展の一 翼を担ったのは、政治と経済との一体化と、それに影響された教育の拡充であった。

とくに,義務教育は、統一言語の普及や国民意識形成に重要な役割を果たし、統一さ れた国民国家形成に重要な役割を果たした。これらの近代国家は、ヨーロッパを中心 に帝国主義の下に形成され,ほとんどが,アジア・アフリカ地域に植民地をもつこと になる。大航海時代を経て,主として西ヨーロッパ諸国によって進められていた対外 領土の拡大,すなわち植民地政策によって、ヨーロッパ以外の地域にまたがって国の 領土が拡大した。この政策は,ヨーロッパ以外の地域での近代国家の成立を促進させ

ることにもなる。こうした近代国家の成立により,まず自国の国益を重視する傾向が 強く表れ、そのための領土拡大(植民地政策)がヨーロッパ諸国のみならず、他の国 でも見られるようになっていく。もちろん日本においても、その近代化と,近代国家 の確立過程の中で,植民地政策がとられたことは、ここで改めて確認するまでもない。

また,近代国家成立以前からの対立構造が、この時期の国民国家形成に隠蔽され、再 び現代になって、紛争というかたちであらわれていることも忘れてはならない。

(2)世界大戦の勃発と国際社会

自国の国益重視の傾向が著しかった19世紀から20世紀にかけては国益をめぐって の戦争が相次いで勃発した。とくに20世紀は「戦争の世紀」とよばれるほど,数多く の戦争とそれをめぐる開発が進められてきた。同時に,近代化、産業化による技術進 歩もあいまって,使用される新しい兵器も次々に開発され,戦争の規模が拡大してい った.その第一は,第一次大戦の勃発である.第一次大戦では、開戦まもないころは、

兵士らが土豪を掘り進めていく方法がとられていたが、戦争が進む中で,戦車,機関 銃などの兵器が開発され、大戦も終盤になると飛行機が登場するなど,容易に国境を 越える攻撃を可能とし、大量殺教を可能にした.また,第一次大戦が繰り広げられた 場所はヨーロッパが中心であったが、植民地化にあったアジア、アフリカの人々が強 制的に連行され、戦争に動員されたことも,やはり広範囲にわたる世界戦争であった

ことを表している。

当時に至っては、どの国家でも、国家は自明かつ普遍のものとなっていた。とくに、

ファシズムの色の濃い国家では、国民は、国益のために働き、命を落とすことも辞さ ない構えを必要とされた。国益のためであれば,他の民族ごと抹殺してもよいという 考え方が正当化されていく。そして、大戦後は、世界の平和を求め、国際連盟が設立

されるなど、平和‑の取り組みもなされたが,そのかいもなく、第二次大戦が勃発し たことは、周知のことである。

第二次大戦では、一層戦争の兵器開発がすすみ、世界中を網羅する戦争を可能とし た。そして、ついに,人類全体を滅亡させる兵器開発の発端となった、原子爆弾の開 発、使用に至るのである。

(3)冷戦と国際社会

二度にわたる世界戦争を経て、植民地下にあった国々が次々と独立を果たし\ヨー ロッパを中心としていた国際社会の主たる構成単位は、新興国家の参加によって大き く変化する。しかし実質的に国際社会の実権を握っていたのは、東西二極に対立した

アメリカ合衆国とソビエト連邦であった。

イギリスは、第二次大戦までの間、三大国としてアメリカ,ソ連と並びその名があ げられていたが、第二次大戦後、次第にアメリカ、ソ連とイギリスとの間の差が開き 始めた。国民国家を主たる構成単位とする国際社会は,アメリカとソ連という東西の 二極に対立した大国が、国際社会の主導者としての実権を掌握していることを暗に示 した、チャーチルの「鉄のカーテン」演説は有名である。国際社会におけるイギリス の主導者としての実権の弱体化をきっかけとして、 19世紀まで国際社会の実権を掌握 していたヨーロッパ諸国の実権も弱り始める。そして、ヨーロッパ諸国の植民地下に あったアジア・アフリカの諸地域では、ヨーロッパ諸国から独立し,国家を興し始め た。国際社会での実権がヨーロッパ諸国から米ソ‑と移り,この二大国は、まずヨー ロッパ諸国を舞台として、そして,アジア・アフリカの新興国家‑と舞台を移し、そ れぞれに友好国を増やしていくことが大きな政治課題ともなっていく。こうして,独 立により,アジア・アフリカ地域で近代国家が数多く成立するが、米ソの二大国によ

る対立が激化するに従い、二大イデオロギーにより国際社会は二分化されていく。そ 'o)一方で、 1960年代以降は,国際社会の多くの場面において、いわゆる第三世界の台 頭も見られた時期でもあった。しかし、米ソの冷戦化における国際関係のもとでは、

事実上は、国が国として自由に他国との関係を取り結ぶことが困難でもあり,新興国 であってもこの二大対極の対立に巻き込まれていくことになる。さらに、この二大国 で争われた宇宙・核開発は、イデオロギーのみならず、その力で世界を二分した。核 開発は,原子爆弾の開発に端を発し、次々に開発が進められた。核開発の進展によっ て、二国は,国際社会‑の権力を増大させた。また、この対立の激化は,第三次世界 大戦の開戦をも想像させ、それは、すなわち全面的な核戦争の開始を意味するもので あったoその危険性が高まる一方であった頃には,一度核戦争が勃発すれば,世界中 が壊滅状態になると推測され、多くの国家の間で危機意識が共有されていくことにも つながっていった。これは、第二次大戦時のヒロシマ・ナガサキでの経験から容易に 予測される,人類の危機であった。

1970年代になると、二大国の緊張が高まる一方で,石油ショックに見るように,あ る地域での紛争・戦争が、他の直接かかわりのない地域へまで影響を与えるという現 象が生じたことで、とくに経済においては世界は一枚岩であるという意識が生まれて いく。ただし,この時期は、まだ国益のみ重視した国々の政策が多く見られた。そし て、新たに独立した国々を中心に、領土拡大、資源獲得のための戦争・紛争が絶えず 起こり始めた。その一方で、ヨーロッパ諸国や米ソ、日本といった、いわゆる「先進

軌を中心とした経済開発が活発化し、その結果、世界中を巻き込む重大な環境破壊 も、地球的な課題として問題化し始める。

また,この時代は「世界はひとつ」 「宇宙船地球号」という言葉が端的に示す様に、

「地球(グローバル)」の意識が高まりはじめた時代であった。多国籍企業の活動の活 発化が好個の例のように、経済活動における脱国境化はさらに加速し,環境破壊や紛 争の頻発などによる地球的課題が共有されていく過程で、グローバルな意識が生み出

されていく時期であった。そして、この意識が徐々に世界中の人々に浸透し始めたの も、この時期である。国益を重視する各国独自の政策であっても、それによって,自 国の正負双方の影響を他国にまで与え、他国の正負双方の影響を自国に受けるという、

相互に強力に依存しあった世界を生み出すことになったのである。

(4) 冷戦崩壊

1 グローバル化の急進

ほとんどの国家が米ソの二極に分かれ、米ソの二大国が国際社会の主導権を握って いたが、 1980年代後半に新たな局面を迎える。それはいうまでもなく、東西ドイツ統 一,ソ連の解体、そして冷戦構造の崩壊である。これによって、人類は,東西二大国 によって競って開発され、常に一触即発状態であった核戦争の恐怖からは、ひとまず 逃れることができた.しかし,その一方で、米ソの二大国の対立の影に身を潜めてい た,多くの諸問題が顕在化していく。たとえば、社会主義によりかろうじて統一され ていた東欧の多民族国家においては、 「民族自決権」を支えとして,人種・民族・宗教・

言語などが共通する集団単位で国家を形成しようとする動きが見えはじめ、アジア・

アフリカ諸国においても諸民族単位での独立の動きが見られるなど、局地的な紛争が 頻発する。

ここに至り、 19世紀に形成され冷戦崩壊以前まで続いてきた社会的イデオロギーを 軸として,一つの政治的共同体を組織しようとした「国」時代は、ある意味では過去 のものとなりはじめた。つまり,これ以降は、それぞれの民族に固有性を中心に、文 化的共同体としての性質を基準とした国家が数多く誕生していくのである。しかしな がら,先にも述べたように、この過程は決して平和な過程ではなく,社会主義の幕が 取り去られることにより、それまで封印されてきた、近代国家成立期までの争いが浮 上し,かつての民族間の対立構造が顕在化し,紛争を引き起こす結果となったのであ る3。現在の国際社会の中で起こっている紛争の多くが,第二次大戦時のような国家間 の利害が原因となっているのではなく,民族間による、宗教や文化をめぐる前近代か

らの対立である。そして、これらの紛争は、冷戦期に起こった中東戦争と異なり,規 模が細分化し、他の地域がその紛争の影響を被ることは少ないものの、メディアを通

じて、その生々しい状況が世界中に伝えられるようになった。

戦争、紛争に限らず,すべてのものがこれまでに容易に国境を越えるような時代を