本研究を進める上で、研究対象の福祉用具等関係企業A社が関わっていた地域巡回入浴 サービス業界の動向を把握する必要がある。このため、地域巡回入浴サービスに大きな影 響を与える国や地方自治体による施策の変遷を明らかにしておかなければならない。
地域巡回入浴サービスは、宇都宮市の独自事業として取り組まれた以降、全国に波及し、
1980 年代に国の施策により制度化され、発展してきた。しかし、主要な施策は示されてい るものの、主要な施策以外をも含めた施策の変遷までは明確に示されていない。そこで本 章では、国および地方自治体による施策(A社が関与していた施策を含む)を詳細に提示 していく。
第 1 節 国および地方自治体による施策
地域巡回入浴サービスは、在宅福祉サービスの 1 つとして発展し、今日に至っている。
高田1)は、第 2 次世界大戦後のわが国における社会福祉を第Ⅰ期から第Ⅳ期に分類し、各 時期区分の特徴を示しており、第Ⅲ期では「…社会福祉のありようが検討された結果、在 宅福祉・地域福祉に収斂していくこととなり、第Ⅳ期における福祉改革推進の動因となっ た…」と指摘している。この指摘に基づけば、第Ⅲ期から第Ⅳ期で、在宅福祉サービスで ある地域巡回入浴サービスのあり様も変化していたと考えられる。
そこで本研究では、高田が示した時期区分を参考にし、1960~1975 年の間を「社会福祉 拡大期」、1975~1985 年の間を「社会福祉見直し期」、1985~1999 年の間を「社会福祉改革 期」に位置づけ論述していく。
1.社会福祉拡大期(1960~1975 年)※資料参照
1960~1975 年の社会福祉拡大期には、社会福祉 6 法体制による社会福祉基盤が整えられ た。高齢者福祉においても 1963(昭和 38)年に老人福祉法が制定され、そのなかで基本的 理念(第 2 条)が規定された。基本理念では「老人は,多年にわたり社会の進展に寄与し てきた者として,かつ,豊富な知識と経験を有する者として敬愛されるとともに、生きが.............
いを持てる健全で安らかな生活を保障されるものとする.........................
」と示され,第 4 条で「国及び地 方公共団体は,老人福祉に関係ある施策を講ずるにあたっては............
,その施策を通じて........
,前. 2. 条に規定する基本的理念が具現されるように配慮しなければならない...............................
」と規定され、高齢 者福祉における基本的な考えが示された。
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この頃、革新系地方自治体をはじめ、保守系地方自治体による独自の事業が展開され、
本研究の対象である地域巡回入浴サービスも 1970(昭和 45)年保守系地方自治体である宇 都宮市で始まり、1972(昭和 47)年水戸市、1973(昭和 48)年には他の 24 市町村に波及 した。国においても 1973(昭和 48)年からの身体障害者福祉モデル都市事業で「移動浴槽 車の整備」がメニューの 1 つに位置づけられるとともに、1974(昭和 49)年から厚生省(当 時)が所管する老人福祉開発センター等(現長寿社会開発センター)によって、人口 5 万 人以上の市、または、5 万人以上の人口を有する広域市町村圏の民間団体(社会福祉協議 会)に入浴車を貸与する事業が開始された。
2.社会福祉見直し期(1975~1985 年)※資料参照
1973(昭和 48)年のオイルショックによる高度経済成長から低経済成長への移行にとも なう国や地方財政の逼迫と、高齢化の進展や福祉ニーズの多様化に対応していくあらたな 対応が求められるようになった2)。1979(昭和 54)年に閣議決定された「新経済社会七ヵ 年計画」のなかでは、個人の努力、家庭、近隣、地域社会等の連帯を基に、効率のよい政 府が適正な公的福祉をめざす「日本型福祉社会」が提起されるとともに、在宅福祉サービ スの充実や民間活力の導入の必要性が示された。
また、同時期には特定の高齢者を対象とする福祉からすべての高齢者を対象にしていく 福祉の普遍化や一般化の進展、自立概念、ノーマライゼーション理念の浸透がみられ、在 宅福祉が脚光をあびていくこととなる。このようななか、在宅福祉サービスに位置づけら れるねたきり老人短期保護事業(1978 年)、通所サービス事業(1979 年)が創設されると ともに、地域巡回入浴サービスも 1981(昭和 56)年に「訪問サービス事業」の 1 つに位置 づけられ制度化された。この「訪問サービス事業」は、デイサービスセンターの訪問事業 として、入浴、給食、洗濯サービスの 3 つのサービス類型が設定されていた。同年 12 月に 中央社会福祉審議会・老人福祉専門分科会が厚生大臣(当時)に意見具申した「当面の在 宅老人福祉対策について」(中央社会福祉審議会 1981)のなかでは、「訪問サービス事業」
を「…今後、更に普及させていく必要がある…」3)と、その必要性が強調された。そして、
1985(昭和 60)年に創設された「福祉ボランティアのまちづくり事業」のなかで、入浴車 の購入費が認められ、制度の充実が図られた。
つまり、社会福祉見直し期の地域巡回入浴サービスに関わる施策は、在宅福祉の推進、
社会福祉理念の浸透、さらには福祉の普遍化・一般化といった流れのなかで制度化が図ら
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れたが、その対象は「訪問サービス事業」や「福祉ボランティアのまちづくり事業」に関 係する事業者に対するものであり、「限定的な制度化」であったといえる。
3.社会福祉改革期(1985~1999 年)※資料参照
1986(昭和 61)年に中央社会福祉審議会に設置された福祉関係 3 審議会合同企画分科会
(以下、合同企画分科会)から意見具申された「今後のシルバーサービスの在り方につい て」(福祉関係三審議会合同企画分科会 1987)においても、民間活力の導入が強調され、「…
国、地方を通ずる行政による適切な指導とあいまって、サービス供給者である民間事業者 自身がその倫理を確立し、…(中略)…サービスの質の向上を図るための自主的な措置を とることが求められる。…」4)と提言された。このような提言がなされた背景には、「…入 浴介護サービスのような社会的なサービスが十分に普及しないまま企業によるサービスが 先行してきた分野については早急に公的なサービス基準と担当者への指導監視システムを 確立する必要がある…」5)状況にあったことが 1 つの要因としてあげられる。
1988(昭和 63)年、意見具申に沿う形で行政指導を行う際の「在宅入浴サービスガイド ライン」(以下、入浴ガイドライン)が定められた。この入浴ガイドラインは「…少なくと もこの程度の要件を満たしてほしいという推奨の基準を示した…」6)ものであり、市町村 が入浴サービスを民間企業に委託する場合に「…ガイドラインに適合するサービスを提供 する企業に委託することが望ましい…」7)といった性格を有するものであった。また、意 見具申のなかで民間企業の健全育成の方策として「…社会福祉における政策融資として、
…(中略)…民間在宅福祉サービスに対する公的融資を行うべきである…」8)と示された 点に対して、社会福祉・医療事業団(現福祉医療機構)による政策融資が 1988(昭和 63)
年から開始された。
入浴ガイドラインによる規制や政策融資という形での支援を行っていく背景には、「…日 本における消費者の教育水準は高く商品・サービスの判断基準も高いので、行政側として は基礎的な条件整備に重点をおけばよい…」9)といった考えが担当部局の底流にあったと 推察できることと、すでにこのような形で規制と支援が行われていた有料老人ホームへの 対策を参考にしたものと類推できる。とくに、ガイドラインによる緩やかな規制は、当時 の公正取引委員会の動き―強い規制によって市場独占が促されないようにする―に配慮し たものでもあった10)。だが、入浴ガイドラインがどのような知見に基づき策定されたかは 明らかにされていない。そして、1981(昭和 56)年デイサービスセンターの「訪問サービ
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ス事業」として制度化された地域巡回入浴サービスに対し、1987(昭和 62)年度から入浴 車購入費が創設され、事業強化が図られた。
1989(平成 1)年には、合同企画分科会から「今後の社会福祉のあり方について」の意 見具申が行われ、そのなかでも在宅福祉の充実や民間福祉サービスの健全育成の考え方が 改めて示された。地域巡回入浴サービスもこの意見具申に沿うような形で、従来の「訪問 サービス事業」に加え、1992(平成 4)年には、在宅福祉サービスの拡充の一環として新 設された「在宅高齢者等日常生活支援事業」(1999 年から在宅高齢者保健福祉推進支援事 業となる)のなかの 1 つの事業に位置づけられた。この結果、単独事業として高齢者や重 度身体障害者に対する地域巡回入浴サービスを実施する場合についても財政的な支援(1 人 1 回 1 万 5000 円)が受けられるようになり、同サービスの一層の強化が図られた。また、
この時期には、「今後のシルバーサービスの在り方について」のなかで提言された福祉民間 企業による自主的な取り組みとして、1989(平成 1)年 7 月から(社)シルバーサービス 振興会によるシルバーマーク制度がスタートしている。この制度は、入浴ガイドラインの 基準をより具体的に定め、この基準に適合していると認められた福祉民間企業に対してシ ルバーマークを交付する制度であった。しかし、このシルバーマークの交付基準もどのよ うな知見に基づいて作成されたかは明らかになっていない。その後、地域巡回入浴サービ スは公的介護保険制度のなかで、「訪問入浴介護」として位置づけられている。
つまり、社会福祉改革期における地域巡回入浴サービスに関する施策は、社会福祉見直 し期で示された在宅福祉サービスの充実や民間活力の導入の下、「限定的な制度化」で対象 とならなかった事業者も補助の対象とするあらたな制度の導入や、入浴車購入費の創設を 図ることで、すべての事業者と一部事業者への財政面への支援を可能にした。また、入浴 ガイドラインの策定と政策融資による支援やシルバーマーク制度によって、福祉民間企業 の健全な育成を図る環境を整え、同企業の地域巡回入浴サービスへの参入を促したといえ よう。だが、福祉民間企業の参入を促した入浴ガイドラインとシルバーマーク制度の交付 基準がどのような知見に基づき策定、作成されたかについては明らかにされていない。第 6 章第 2 節に示すように、入浴ガイドラインとシルバーマーク制度が策定、創設された当 時、地域巡回入浴サービスに関わる知見の蓄積は、本研究対象の福祉用具等関係企業A社 が蓄積していたものしか確認できなかった。この点から、A社が入浴ガイドラインとシル バーマーク制度の基準づくりに関与していた可能性が考えられた。