第3章 肘関節動作変更の諸特性検討
第3節 周波数変化が動作変更量に与える影響に関する評価
第1項
実験の背景・目的第一章で述べたように,振動刺激の周波数が変化するとき,運動錯覚や緊張性振動反射の 強さもまた変化することが知られている.例えば,運動錯覚現象は20-70 [Hz]で周波数が変 化する際に錯覚の明瞭度が増加することが知られている[38].また,緊張性振動反射は 20-200 [Hz]で振動刺激の周波数が変化するとき,反射の強さが増大することが知られている [61].
一方,振動刺激によって人間の関節運動を,本人の意思と関係なく変更することが可能で あるが,この動作変更は振動刺激によって生起される運動錯覚や緊張性振動反射が原因と 考えられている.そのため,振動刺激による動作変更量もまた,振動刺激の周波数を変更す ることによって操作することができる可能性がある.本節の実験目的は,振動刺激による動 作変更量が振動刺激周波数の変化によって操作可能であることを確認することにある.
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第2項
実験条件および実験手順前節で説明した基本的実験手法および実験装置を使用し,振動刺激の周波数を変化させ ながら動作変更量の変化を計測した.実験では,上肢認知アシストの実現を目指し,肘関節 伸展運動中に上腕二頭筋へ振動刺激を加え,肘関節伸展運動の動作変更を試みた.
〇実験中の肘関節運動
実験中,被験者は決められた角度域で,一定の角速度の肘関節伸展運動を生成した.角度
域は45-20 [deg]であり,肘関節伸展角速度は3 [deg/s]であった.肘関節角速度は日常生活動
作おいて想定される関節角速度よりも遅い角速度であるが,振動刺激による動作変更の様 子を明瞭に観察するために3 [deg/s]で実験を行った.
〇提示した振動刺激条件
今回は振動刺激の周波数を30 [Hz],60 [Hz],90 [Hz],120 [Hz]と変化させながら実験を行 った.この周波数帯は,神経生理学における運動錯覚の生起する周波数帯と[38][50],緊張 性振動反射の生起する周波数帯の中に納まる[62].また,振動刺激がない状態でも肘関節伸 展運動を行い,被験者が左腕(Reference arm)で示される自らの動作意図に対して右腕
(Vibrated arm)を合わせながら伸展運動を行うことができることを確認した.
振動刺激なし,30 [Hz],60 [Hz],90 [Hz],120 [Hz]の5条件で実験を行い,各条件につき 2回の実験を各被験者において実施した.
振動刺激の振幅は,前節で説明したバイブレータのピストンクランク機構により 1 [mm]
であった.
〇肘関節運動の教示
被験者が決められた角度域で,一定の角速度で肘関節伸展運動を行うことができるよう に,練習を行った.肘関節動作教示の手順を以下に説明する.
まず,実験者が被験者の左腕(Reference arm)の手首を把持し,3 [deg/s]で45-20 [deg]の 角度域において,肘関節伸展運動を被験者に行わせた.このとき,被験者は左腕(Reference arm)で感じている肘関節運動と同様の運動を右腕(Vibrated arm)で生成した.この練習を 繰り返し行い,被験者に所定の角速度・角度域で肘関節伸展運動を行う練習を行った.この 練習の後に実験者による肘関節伸展運動の教示なしで両肘において肘関節伸展運動を行わ せ,両肘伸展運動を生成可能であることを確認したうえで本実験を行った.
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〇実験手順
本実験の手順を以下に示す.
1. 両肘関節角度を0 [deg]にし,肘関節角度の記録を開始した
2. 実験者は被験者の左腕(Reference arm)の手首を把持し,45 [deg]まで屈曲させた.この とき,被験者は右腕(Vibrated arm)において左腕(Reference arm)で知覚した肘関節角 度と同様の肘関節角度を生成した.
3. 右腕(Vibrated arm)への振動刺激を開始し,振動刺激の開始と同時に被験者は肘関節 伸展運動を開始した.振動刺激なし条件の場合,実験者が左腕(Reference arm)を触れ ることで合図を伝え,被験者は肘関節伸展運動を開始した.
4. 被験者は左腕(Reference arm)の肘関節角度が20 [deg]に達したと感じるまで肘関節伸 展運動を行い,被験者が肘関節伸展運動を停止した時点で振動刺激を停止し,肘関節角 度の記録を停止した.振動刺激なし条件の場合,肘関節角度の記録のみを停止した.
先述のように,本実験においては,振動刺激の周波数を変化させつつ5つの条件で実験を 行ったが,各条件はランダムに提示し,被験者は次の実験で提示される振動刺激条件を認知 しない状況で実験を行った.
全ての被験者において,各振動刺激条件で2回の実験を行った.
第3項
実験結果本実験は3 [deg/s]で肘関節伸展運動を行うように被験者へ指示した.被験者7名での全実 験を通しての左腕(Reference arm)の角速度平均値は3.0 [deg/s]であり,被験者間の角速度 の標準偏差は0.5であった.
各5条件での実験結果の代表例(被験者1)を図3-4へ示す.赤色実線はVibrated arm(右 腕)の肘関節角度の軌跡を示し,黒色破線はReference arm(左腕)の肘関節角度の軌跡を示 す.振動刺激なし条件のときには両肘関においてほぼ同じ肘関節伸展運動を生成している.
各被験者において,振動刺激なし条件での両肘関節の角度差を,肘関節伸展運動開始時から 伸展運動修了まで算出した.角度差は以下の式によって求めた.
𝐷𝑒𝑣𝑖𝑎𝑡𝑖𝑜𝑛 𝑜𝑓 𝑒𝑙𝑏𝑜𝑤 𝑎𝑛𝑔𝑙𝑒 = 𝑙𝑒𝑓𝑡 𝑎𝑟𝑚 𝑎𝑛𝑔𝑙𝑒 − 𝑟𝑖𝑔ℎ𝑡 𝑎𝑟𝑚 𝑎𝑛𝑔𝑙𝑒 (1)
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left arm angleはReference arm (左腕)の肘関節角度であり,right arm angleはVibrated arm
(右腕)の肘関節角度である.この式によって算出された両肘関節角度差を表3-2へ示す.
振動刺激が加えられていない条件下では,すべての被験者においてほぼ同じ角度で両肘の 伸展運動を生成できていることがわかる.
表3-2 振動刺激なし条件における肘関節角度差 Participant Average of deviation during
non-vibrated trial 1
Average of deviation during non-vibrated trial 2
Standard deviation
1 0.3° 2.1° 0.9
2 -0.5° 0.2° 0.3
3 1.8° 2.9° 0.5
4 -0.8° -2.3° 0.8
5 -1.5° 0.3° 0.9
6 2.6° 2.8° 0.1
7 -1.8° -0.8° 0.5
一方,図 3-4を見ると,振動刺激が加わる条件下では,両肘関節角度に差が生じている.
左腕(Reference arm)が被験者の意図する動作を示していることから,振動刺激により被験 者の意図する動作と異なった運動が生成されていることが分かる.次節では,各被験者にお ける周波数変化の動作変更量に対する影響を定量的に評価する.
振動刺激なし
45 周波数30 [Hz]
周波数60 [Hz]
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周波数90 [Hz]
周波数120 [Hz]
図 3-4 周波数変化実験の結果(代表例:被験者1)
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第4項
変化率を用いた周波数変化の動作変更量への影響の定量的評価周波数変化の動作変更量への影響を定量的に評価するために,動作変更量の変化率を求 めた.これは1 [s]あたりどの程度の動作変更が生じているかを示す値であり,式 (2)によっ て求めた.
𝑅𝑎𝑡𝑒 𝑜𝑓 𝑚𝑜𝑡𝑖𝑜𝑛 𝑐ℎ𝑎𝑛𝑔𝑒 = 𝑀𝑜𝑡𝑖𝑜𝑛 𝑐ℎ𝑎𝑛𝑔𝑒𝑡=5 − 𝑀𝑜𝑡𝑖𝑜𝑛 𝑐ℎ𝑎𝑛𝑔𝑒𝑡=0
5 (2)
Motion change t=5は肘関節伸展運動開始から5 [s]後の左腕(Reference arm)と右腕(Vibrated
arm)の肘関節角度差であり,Motion change t=0は肘関節伸展運動開始時の肘関節角度差であ
る.5は変化率を求めた区間が肘関節伸展運動開始から5 [s]であったため,5 [s]で除した.
今回は全被験者が少なくとも 5 秒間肘関節伸展運動を生成していたため,変化率の算出区
間を5 [s]に設定した.この式によって各条件において変化率を算出した.各条件2 回の平
均値と標準偏差を表3-3へ示す.また,変化率平均値の推移を図3-5へ示す.
表3-3 各周波数における変化率平均値
Participant
With 30 Hz vibration (°/s) (S. D.)
With 60 Hz vibration (°/s) (S. D.)
With 90 Hz vibration (°/s) (S. D.)
With 120 Hz Vibration (°/s) (S. D.)
1 1.4 (0.2) 1.7 (0.3) 2.5 (0.1) 2.1 (0.4)
2 0.4 (0.0) 1.6 (0.1) 2.3 (0.0) 1.9 (0.3)
3 1.0 (0.1) 1.7 (0.2) 2.7 (0.0) 2.8 (0.2)
4 0.5 (0.1) 1.6 (0.0) 1.9 (0.3) 1.9 (0.1)
5 1.1 (0.3) 1.7 (0.2) 1.7 (0.2) 1.8 (0.0)
6 0.4 (0.0) 2.4 (0.0) 4.3 (0.3) 4.1 (0.4)
7 2.1 (0.1) 2.9 (0.3) 3.8 (0.8) 3.8 (0.3)
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図 3-5 各被験者における変化率の推移
変化率平均値の推移より,以下の二点が明らかとなった.(1)振動刺激周波数が30 [Hz]
から90 [Hz]まで増加すると動作変更量変化率も増加するが,周波数120 [Hz]では周波数90
[Hz]と比して被験者7名中5名で変化率がほぼ横ばいか,低下する.(2)各被験者におけ
る変化率平均値を比較すると,変化率の値には個人差がある.
振動刺激周波数が 90-120 [Hz]と上昇する際に,一定数の被験者において変化率が横ばい か,低下することが明らかとなった.先行研究においては,肘関節静止の条件下における肘 関節角速度に関する運動錯覚現象が,20-70 [Hz]の周波数増加で増大し,80-120 [Hz]の周波 数増加で減少傾向にあることが示されている[66].一方で,緊張性振動反射は,20-200 [Hz]
の周波数増加により強度が増大する[62].振動刺激による動作変更の生成要因が,運動錯覚 あるいは緊張性振動反射のどちらか,あるいは双方であることを考えると,周波数が90-120 [Hz]と増大する際の変化率の横ばい・低下は,運動錯覚現象の低減が原因である可能性があ る.
本実験の結果,振動刺激周波数の変化により動作変更量を操作することができる可能性 が示されたが,周波数が 90-120 [Hz]で増大する際には,動作変更量変化率がほぼ変化しな い,あるいは低減するということ,さらに,周波数変化の動作変更量への影響には個人差が あるため,個人差の考慮も必要であることが明らかとなった.
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