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各地にたくさんの「三角」を

ドキュメント内 研究紀要 第5号 (ページ 35-38)

このように、発言できる女性をさまざまな場 面に増やしていくには、三つの機能を各地域に 作ることではないかと思う。

一つは女性のネットワーキングの場。二つ目

がネットワーキングで出てきた苦情を処理する 地域組合的な組織。三つ目が、働きたいという 女性に職業訓練をし、出口を与える場である。

「男女共同参画社会」がテーマになって以来、

各地には公立の女性センターができ、さまざま な講座も開かれている。だが、多くが一回きり で終わってしまい、現状をなんとかしたいと考 える女性たちに「出口」を与えるまでにはいっ ていない。

主婦たちの講座に出かければ、決まって「働 けと言うけれど仕事がない」「いまさらそんな ことをいわれても」という恨み節が聞こえてく る。こうした人々に「働くのがトレンドです」

というだけでは、嫌がらせにしかならない。そ の結果、女性たちは本来自分たちを楽にするた めにあったはずのフェミニズムに敵意を抱き、

同性に嫌悪を抱くことにもなりかねない。

そうならないためには、まず女性センターで の講座をもとに作ったネットワークや相談業務 を通じて、女性たちに自分がいま悩んでいるこ と、したいことを話し合ってもらう。次に、こ の人々に、これまで述べてきたような日本を取 り巻く大状況の変化を理解してもらい、そのう えで「それなら私は働きたい」という人がいた 場合には、職業訓練の場へとつなぐ。職業訓練 の場のイメージとしては、雑誌「We」編集長 の稲邑恭子さんが2002年1月号の中で紹介して いるカナダの事例が役に立つ。ここには夫から の暴力に悩んで経済力をつけようとした女性が 多い。仕事につけるよう、カリキュラムは人手 不足のIT講座が多く、雇用主に自分を売り込 む方法や面接の方法などを教える。中でも受講 者が役に立ったといっているのは、自分の能力

や才能を見極める方法を教えてくれたこと、と いう。教養でなく、お金を稼げる仕事力に直結 したカリキュラムと、自分を見極める力、それ を売り込む対人能力など、長く家庭にいた人に は一から学ばないといけない技能だろう。こう したものが、日本の一般的な職業訓練には欠け ていることが多いのである。

また、すでに働いていて労働問題を抱えてい る人や、離婚問題・夫の暴力問題などを抱えて いる人のために、法的な解決と支援の場を設け る。これが地域ユニオンである。ネットワーク などであがってきた問題のうち、経済的に自立 したいという人や転職で別の道を開きたいとい う人には職業訓練につなげばいい。だが、いま 抱えているトラブルを何とかしたいという人に は、代理で交渉してくれたり、交渉の支えにな ってくれる組織が必要だ。

こうして、行き場のなかった女性たちをお金 を自力で稼げる場に送りだし、さらには意思決 定にかかわれるようにサポートしていく。

こうしたシステムのもとになるものはすでに ある。ネットワーキングの芽は女性センターで 始まっているし、女性のための地域ユニオンは 東京、大阪、北海道、新潟、福岡など、全国に 登場している。職業訓練だけは、一部の女性セ ンターで簡単なパソコン教室などが始まってい る程度だが、一部に、女性の経済的自立を目指 したIT訓練会社を立ち上げようという動きも ある。すでにあるものをできるだけ有機的につ なげ、有効に生かしながら三つの組織をつなげ た「三角」を各地にたくさん育てていくこと。

そこから始めなければ、女性も男性とともに経 済を担う多頭型社会は不可能ではない。

逆にこうした具体的な取り組みがなければ、

出口がないまま「第三号」や配偶者控除を奪わ れることに対し、自分の存在意義を奪われたよ うな屈辱を感じて一部の主婦たちは反発し、福 祉改革はとん挫する可能性が高い。一方、働く 女性は、厳しい経済状況の中で、いっこうに減 らない専業主婦のために補助金を出し続けるこ とに疲れ果て、自分もおりて「補助される側」

へと誘導されていくか、勤労意欲を失うか、主 婦を不当にさげすむか、いずれにしても人々が 連帯して生産的な社会を築くことからは遠い状 況が生まれるだろう。

問われているのは、日本社会を世帯主義の単 頭型・高コスト社会のまま維持し、女性をぶら さがるだけの存在にとどめておきたいのか、そ うではなく、一人一人が参加できる小回りのき く多頭社会へと転換するために長期的な設計図 と財政措置を導入する気があるのか、である。

さらにいえば、そうした政府を誕生させるため に、私たちが既得権益と思われていたものを手 放し、新しい支えを生み出す気構えがあるのか、

ではないだろうか。

豆の入ったつぼに手を入れた男が、豆を放し たくないばかりに手を握りしめ、その結果つぼ から手が抜けないという「つぼ男現象」から私 たちが抜け出すのは、いつのことだろうか。

1.セクシュアル・ハラスメントをめぐ

ドキュメント内 研究紀要 第5号 (ページ 35-38)