‑ 9 2‑
国賓EE]旨軽の‑爪Iの国
Lイ) 位 置 岡山か ら総社に続く 1 80号繍沿いの一 宮町で も中心的位直である橋崎地区
に卓
然 と区画亜傭 された一宮団地 (撮町団地)がある。目地 連投以前壮一面広 々とした水田地帯 で あ って現在 をお団地周辺には水田が多 く見 られ.禄の中に近代的確集O各種各様 の住宅が並ん で,一宮町 で も特色ある兼敏を皇 してhる。 岡山市か らバス ・汽車で約10分 と比蚊的近距牡 で, しか も道路事情 も恵 まれてL^て.EZl地色民の通学 ,通勤の健を有利ならしめてhる。
また吉備の中LLJ,舌傭浄彦神祉 など多 くの歴史的辻物 ,兼跡に周囲を取 b因 まれ,頼 光,教 育的面か らみて非常 に息せれた凍境を生 してt^る。
(。) 田地の建設 とその進行 開発公社に 上って民有地 (水el) 18万2 00 0
k i
に約355区 画の住宅,一宮団地がつ くられることが計画 され.腺当局の地域開発に基づ く要諦 とカレー致 し, 一宮町で も受け入れ体制ができて,土地月収比町 の方VC窄託 して任せ昭和5 9年頃か ら始 まっ た。 買収にかか った当時の坪 当b
の土地価格は4,
000‑ 5,000円雀鹿 であった0 5年後の昭和42年その名 も 「協 町団地」が完成 し.全行程が終了 した。 最初開発公社に よって 「建売 住宅
」
俺 地分革
」が手 がけ られたが.途中昭和JO年開発公社か ら分離 して 「雀 宅供給公社」の成立にか よん で,開発公社は宅地分譲のみ,住宅供給公社は建売住宅のみを取 り扱 うことに なった。 当団地に壮各地の住宅田地に見 られる賃貸住宅は見 られ なく,個人所有住宅 と会社の 寮のための分譲 (特別分譲)が1つ丁ノ(‑ ト式のみで他はすべて,平屋か二博達ての独立家屋 である。 昭和45年5月現在.戸数55さ戸.人口1,2 02人 (男585^,女占 17人) で 当初計画 された区画の住宅建設壮すべ て完了 してt^るO
表3‑ 5‑ 1 土 地 利 用 区 分
煉 住 宅 供 給 公 社 49323
, 〆
(258区画)宅 地 僚 機 1 4
0
08〝′ ( 6 0区画)盛 協 . 保 育 園 5059
〝 ′
( 2 区画) 一 般 宅 地 分 熊 10 452m, ( S 区画) 道 路 . 緑 地 250 407 n >
('') 食 観 緑町団地仕一辺508n程度の正方形の区画内に木造 ,7lt/‑ メ. ブロ ック造
b
の平屋お よび二階建の赤,青の屋根を もつ家屋 が どぼんの 目のように塵然 として建ち並んでh る。それ らには矩形 の もの (7ラ ,ト ‑ クス),星形の もの (ポイy ト.‑ ウス)が見 られ ・ 各戸に庭園 とかテラスのつhた もの も多 く見 られる。埋売住宅 として建て られた家屋は年度別 にその塾が規定 され,すべてが同質である。一 方宅地身 許の家庭は各 自息L^思いの設計で.そ の住民の独創的ア十デアの結晶 とも見 られ る見変わ Dを もの も見 られるo団地内に壮暗 7mほ ど の メイy道路が数 本直交 し,それに交わる枚魚適格 (約4m)が これ も直交 して無数に走 って いて,それ ら紘すべて舗装 され, マイカー族の通勤に便利が られている0 1 8 0号瀕のバス停‑95‑
よbEfI地iE門前に立つ と. まず眼につ くのが町内有志 9人が共 同出資 して経営 してhる一宮シ ヨ,ピンクセンターである。その他個人経営 の薬局.電機 店.理髪店,食堂,売店 があb, こ れ らの ものに 上って団地の大体 の日常の消奨仕満た されてt^るOこの ことから見 ると団地はさ
しずめ1つの消費機能を もつ1つの都市 と考 えられるO
公団の管理 してhるもの として.遊閑地.保育園.緑地があD.遊園地.緑地は子 どもの遊 び也 として,広 く利用 されてhるO また団地内に比中鉄Jl'スの2ヶ所の停 留所がある。 これは 団地が通 勤者の健をはか って 「中鉄 バス」 との交渉の1 ,誘致 した もので.朝7時 と8時発の バス,それに午後送 りパスが当団地内を通過する エ9配慮 されている。以上の よう75:諸施設が 団地内に設け られ ているのは ここで 四 六 時中生活 ,活動する主婦や子 どもたちのために,i たここで休息をとる世帯主を含めてのそれぞれの家庭の生活 のために,支障を きた さない とL^う
)配鹿のためであるO
G5 ̲i ̲ti t ‑‑I‑̲ ̲‑ :,I
」 二 二 二 三 iH 竺 ≡ =
写其 5‑ 5‑ 5 メ イ ン 道 路
写真 5‑ 5‑ 4
ノヨ ソビングセ/クー
写実 5‑ 5‑ 5 遊 風 地
‑ 94‑
次に当団地の住宅の構造 ,規模.肝返方法を見てみ ると,緑町団地にみ られ る家屋は木造, 非木造 (プレ‑ プ ,プロ ,ク) であD,住宅比建売住宅 と宅地分譲の2種 ''C,貸袋住宅は見 ら れをLJ,。前者は当団地の約75帝を占めておD,残b 25帝が宅地分譲であるOその内個人住 宅 としての宅地分誹 (これを普通分譲)がすべてとh って よく,わずかに岡山 マツダ自動車株 式会社の兼 としての宅地分譲が見 られ るの4Lであるo建売住宅壮大部分 が 占 Et2間,4 5畳 1問のhわゆる5D K. ちl l)Kであb. 1区画6 0‑ 70坪 (2 2 0‑ 2 5 0m) の宅地内 に 1占‑ 17坪の建て物が規 則正 しく並んでい るO宅地分譲妊同区画内に各人の好みに応 じて 各種の家屋 を建 ててhるぐ
図5‑ 5‑ 4 分譲 ・建売別図
‑l‥ ‥'●■'‥pl
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図5‑ 5‑ 5
年 度 別 住 宅 建 設 図
70レ ハ 7+徒 名
図5‑ 51 6
5D
X住宅平面図‑ 95‑
当団地では上 ・下水道完備 (上水道比横尾 ダムか ら,下水道ht排水路へ),緑地化 整備化凱 てしペが ,逮 売住宅にかhて吐現在 では庭 とかテラスが各戸において見 られるが,それは入居後各 自が建築 した との
ことで,すべてが完備 した ものでな く,最低眼底 の必要 を満たす程度の ものであるo
当団地にかける分譲価格は殺初坪 8,00n〜 9.0 0t]円程度 であった ものが, 4 4年頃 には8万 円に Tiで高騰 してhる。 これ ら住宅の支払L^方法 として壮観立分訣住宅 (住宅金融公庫の敵幣付住宅) と一 般分譲住宅k:分け られ る∩横立分譲住宅 を購入す る場合,公庫触発額は一般分譲住宅の場合エb,敵賀 額 を多 く受け るととがで きる。績立分譲住宅 とは,地方住宅供給公社法 (昭和40年法律第12 4号) に基 づLlて設立 した住宅供給公社 が住宅を必要 としてhる勤労者 自らの資金 をあらか じめ一定期間 を定 めて凍みたてて,期間満了後住宅金融公庫か ら受ける敵資金 をあわせ て活用 し.居住頚境の良好を集団 住宅 お よび宅地 を計画 し,勤労者の生活設計に健全 を目標 と明るい希望を もた らす ととを目的 として, 供給す る分譲住宅 をh う。
申し込みは次の条件を備 えてL^ることが必要である。
○ 自ら居住する専用住宅 を必要 とする者。
○ 住宅金威公庫 の融資を受け なければ住宅 を購入することのできをh者o
o 自己資金の凍み立てがで さる者o 1
o 資格 月収 (前年総所樽 の竜)が公庫債遭月額5倍以上 あb・公庫の償還が確実にで さる者o こ )して分譲住宅を申込み,横立完了後 (住宅の完成時) 譲渡すべ き住宅等を抽選,その他 の公正夜 方法で決定す る。
○ 借入金利息 お よび倍速期間な らびに償還方法。
① 借入金利息 ‑年利5分 5風 価避期間は木造, ノIL,‑ブ,不燃組立造仕 18年以内, プレ‑ブ 簡 易耐火は2 5年以内.耐火造壮 5 5年以内。
@ 公庫債遭開始時期 一公庫の抵当権設定の登記完了後1ケ月以内。
④ 仇遭方法 ‑元利均等併渡海月払山。
(‑) 人 口 ‑宮町人 口の約 1 0%を占める団地人口比団地建設以降・増加率におhて非常 に覇者 をものが ある。昭和42年に壮 10 9世帯5 4 2人 (男175人,女179人)の増
加で前年に比べ91ld帝の増加私 昭和45年 には90世帯555人 (男145人,女2 20人)の増加 で約16 71 2帝の増加率,昭和4 4年には2 1世帯10 1人 (男 ふさ^.
女58人)の増加で184・ 9帝の増加率を示 してhるo Lだ
L ^
忙増加率の割合壮低下の現 1 象をた どってLlるが,これはあ らか じめ規定 された団地人 口 (5 55世帯の枠組) のためで 当然の帰結 である。 これを町全体の転入者数 と比較 してみ ると,昭和4 1年 には一宮町全体 の転入者数1.177人に対 して団地内転入者数は583人 と約50飾近 くを占め.その後 も 規地内人口は町全体の人口増加に大 きく鮮申 してhるO (昭和42年には2 2飾,昭和45 年には50啓 一一・葬 5‑ 5‑ 2参 照 )‑ 9ムー‑
表51 51 2 男女月収 入着 (一宮町 .団地) 単位 :人 ・飾
宮 町 団 地 団地の町全体に対する割合
総数 輿 女 総数 男 女 総数 男 女
S.
4 1 1 1 77 80 2 5 75 5 8 5 29 4 2 89 5 0% 49% 55%S .42 952 46 0 492 2 14 ー09 105 2 2% 2 4% 21%
次に男女別人 口構成をみると各年度すべて転入者の男女比が比較的等 しく,ほんの少 し男が女 を上回 ってLlるのみであるO これは天敵 家族 ぐるみの転入者がほ とん どであることを基づけて t^るo Lたが って現住民の男女別比はほ とん ど等 Lhoこの団地住民壮新 しh住Lnを求めて各地 から集 まった全 く新 しh人種構成による集合体である。その転入者の先住地を調べてみ ると表5
‑ 5‑5の ように県内か らの砿入着が圧倒的忙多 く,昭和4 1年には9 8%,(男9 9多,女9 8 帝),僻 口42年9 5飾 (男9 4%,女9 4労),昭和45年9 5夢 (男92%,女9 4帝), 昭和4 4年9 0
%
(男 90%,女9 1飾) を占め県外か らの転入者は少 か^O また県内で も岡 山市が郡 をぬ き,約70%前後を占め,次に倉虫市.串山市,地元一声町か らの団地‑の転入者 も多 く■それに高松町,総社市,御津町 など比敏的近隣の市町村か らの転入が多い。一宮町か らの転入が比収的多 く見 られるのは二 男,三男の分家 とい う形 が, また新 しく住宅を 建設 しようとする人 々の一宮町在住の意志が当団地居住 とい う形 を とった もの と推定 される。
年度別に転入者数 をみ ると昭和4 1年 と45年の転入者が多 く,昭和4 2年, 4 4年は少ない.
この差は岡山市か らの転入者数の違いがそのままあらわれているO この ようk:岡山市か らの転 入の もつ意義壮大 きなものがある。
表5‑ 51 5 男女別転入者 先任地 (団地) 単位 :人
先 住 地 昭 和 4 1年 昭 和 4 2年 昭 和 4.5年 昭 和 4 4年
男 安「
甘
男 女 計 罪 女 計 男 女 計岡 山 市 198 2D5 401 89 ▲8 157 1ー1 122 155 50 42 92
‑ 宮 町 15 12 27 7 4 ー1 7 6 13 5 5 a
倉 敷 市 8 7 15 4 9 15 占 7 15 2 1 5
津 山 市 占 7 15 1
0
1 5 1 4総 社 市 占 4 18 1 5 4
西 大 寺 市 5 5 8 1 1 2
御 津 町 i ̲2 8
D
1 1高 松 町 4 5 7 4 5 9 7 7 14
笠 岡 市 4 5 7 1 2 5
金 光 町 4 5 7
高 梁 市 5 5 i 4 2 d 2
0
2瀬 戸 町 5 2 5 1
0
1津 南 町 2 2 4 1 2 3 2
1
5協 方 町 2 2 4
備 中 町 2 2 4
ー 0
1備 前 町 2 2 4 2 2 4
.勝 山 町 2 2 4
l l
l先 住 地 男昭 和女4 1年計 男昭 和女4 2年計 男 T女昭 和 45年計 男昭 和女4 4l計年
中 央 町 3 1 4
邑 久 町 2 2 4 1 0 1
新 見 市 2 2 4 1
0
1 10
1美 作 町 1 2' 3 5
0
5久 米 南 町
2
1 5加 茂 町 1 2 5 1
0
1玉 野 市
2
1 5原 町 1 2 5 1
0
1 10
1大 任 町 1 2 5
早 島 町 1 1 2
赤 坂 町 1 1 2 ロ 11 1
三 石 町 1 1 2
足 守 町 T ロ 1 1 ー2 5 2 1 5
吉 備 町
0
1 1山 1
0
1 1 t ll 2牛 忽 町 1 U 1 8 1 1
和 気 町
0
1 1井 原 市 1
0
10
1 1加 茂 川 町 1
0
1 1 5 4 10
1昭 和 町 D 1 1
北 房 町 1 0 1
落 合 町 2
D
2 0 1 1哲 西 町 1
u
1成 羽 町 1
0
1川 上 村
1 0
1正 村
0 1
1吉 井 町
1 0
1集 塵 町 2
8
2建 部 町 1 1 2
福 田 村
0
1 1鏡 野 町 1
0
1八 束 村 1
0
1佐 賀 保 2 2 4
香 川 煉 1 2 3
島 根 県
8
1 1 1 1 2大 阪 府
0
1 1 5 4 90
2 2広 島 腺 5 5 d 5 5 8
東 京 都 2 1 5 1
0
1 1 1 2兵 庫 県
0
5 5 8 1 1 4 1 5愛 媛 腺 1 0 1
神 奈 川 漉 1
0
1 1 1 2福 岡 県 1 ロ 1
山 口 1 ロ 1
福 井 脱 l 1
0
1千 葉 保 1 1 2
不
明 1 0 1‑ 9 8‑
それでは団地における人 口は敦 しく動t^てhるが.居住す る人口は どの ような年令届の 人 々であろ うか。
年令別人口構成を理解するため.年令別転入者数をみると (表5‑ 5‑ 4参照),昭和 4 1年に壮0‑ 9才, 2 5‑ 59才が全体の6 1
密
,昭和4 2年には0
‑ 9才, 15‑ 5 4才が6 1%,昭和15年には0‑ 9才, 25‑ 5 9才が占 5%,昭和 4 4年 には0‑ 4 才' 15‑ 5 4才が日 常と2 5‑ 1 0才の年令層 と10才未満の幼児の年令屑が他 の年 令層 に比較 して多t^。 これか ら判断す ると若い親子の額家族が多 く見 られ るo そ してd 0 才を超える年令Jiは各年それぞれ4帝. 5年 . 6車, 5年 ととく微 々た る ものであ って, 当団地杜若 h世代の集合体 であるO このことが彰督 して一宮町全体の年令別転入者におLl て も0‑ 9才・ 20‑5 0才代の男女の転入者が多 く見 られ る。表 5‑ 5‑ 4 年令別転入者 単位 年令
年 令 昭 和 4 1年 昭 和 4 2年 昭 和 一5年 昭 和 4 4年
罪 女 計 顔 女 計 男 女 計 罪 女 計
0 一 一
4 45 25 70 占 15 19 22 19 一1 9 8 175‑ 9 54 28 60 9 9 18 17 15 52 6 4 10
10‑ 14 15 28 一1 5 5 10 6 8 14 2 5 7
15‑ 19 10 15 23 2ロ 5 25 17 5 22 14 2 1占 20一一 2 4 15 18 51 10 14 24 5 18 21 6 ll 17 25‑ 2 9 54 48 82 9 12 2ー 25 50 55 15 8 21 30‑ 5 一 49 58 87 15 12 27 17 25 40 10 i 1占
〜5‑ 5 9 59 54 75 ll 7 18 2一 17 41 占 5 9 40‑ 44 29 19 48 5 ll 14 ll 7 18 5 5 1
0
一5‑ 一9 ll 1
0
21 5 1 一 5 6 9 2ロ
25 0‑ 5 4 7 1
0
17 6 12 18 I 4 8 2 2 45 5‑ 5 9 12 7 19 4 2 .d 7 5 10 1 4 5
60‑..′占 4 5 5 8 1 4 5 5 2 5 1
0
1占5 以上 5 10i 15 5 2 7 5 8 15 5 4 7
(ホ) 団地族の特質 世帯主の大多数比毎 日.岡山市,倉敷市などに通勤 している5 0‑
48代の公務員 (県庁賄係の城見 市役所,我利所の職員,数負) で70年を占め,残9 5 0節が会社負であb.特に注 目に値す るのは義貞の故 が数十名 と多いことであるO (一宮町 全体か らみても県下で非常に教具の多L^ことで知 られてhるO) 家族構成は夫婦 と子 ども 1‑ 2人で,i 5‑ 4人が大多数 で老人層は少 なh典型的核家形態であ D,そ して子 どもの 年令別構成からみて, 10才未満の多L^ことは前述 した。その内共稼 ぎ世帯が40飾以上と
‑ 9 9‑
非常に勤労意識の痛い ことが わか るO
顔
b 占 0歩近 くの主婦は家に残 って内職を してい る。とれ壮何 も財政的 に負塵 を軽 くす るため とL^).tbは,暇 を もてあま した主軸の余暇利用と して行 をわれでいる 上)だO
この団地住民を学歴 か ら判析ナる と叔輩が高 く.団地内の会合 などにおいて も横猿的 で.
建設的意見が得 られ るとの ことである。そ して非常に開放的 でもD.閉鎖的 性格 を もってい な‑V,o反面団地故特有の仕頃 として .見栄意乳 糖故 意耗 (団地 意款)が旺盛であるこ とは hなめ をho例 えば マイカーが20J近 くあるととか ちもわか る。 しか し.hわゆる丁パー ト団地の 上うな
慨
941何する人で」 とい った近所不干 渉の態度は当団地 には比軟的少 か ^ よ)で.近所つ きあい.協調性 ,印体性が比較的 慣調 にい っているとの ことであ るO その点 では文化的団地 といえ 上う.年令,
赦甫 嶺鹿 ,収 入の類以 したサ ラ リーマン.そ して家族 構 碇の瓶 以.居住する家持や部屋の牌造,家具やその他 の家財の類以′そ して余韻 な くされ る 日常の行動の勅以 .それか ら環境の諸事情に対す るEfl地居住者の反応吐 きわめて頗以的 であ るo もちろん,かれ らの個性や磯煮 は多種多様 ではあるが.共通点 として,たLlたしJ'プライ バシー型 , 自己中心 (自弁の家庭中心主義)であれ 個人主義的 な所 もみ られる.しか しある面 で近代的 を生活 を営んでLr‑る個人 主義者か らな ってhるこの現地の社会 もコ ミユニテ ィ的 な ものを形成 してL^る。 永住の心構えの人 々の町内会.小 中学生の交 友,い ろhろのけhこクループ'それに的入金 なども広 く他 の人 々と親 しもうとLnD気迫が非常に 活発 の 上
)
に思 える.(‑) 団地の組執 同地がで きると自治組弟 として 自治会ができることは 御 存知の ことと思 うO また一方では これに対 して町会が
呑9
.‑宮町 の場合 これに当たる もの として町内会 が あ って'当団地の福祉向1,文化 の進展, 自主的団魅 宰営 に 上る団地内戦序維持 などの推進に ):きく貢献 し'他
に も的入会.子 ども金, pT Aなどが子 ど もの心 身の纏康の増 進.経絡17t教育的 面に卦L^て活躍 しているO
∈
) 町 内 金 網 成評 議 艮 (目 名) 庶務部香 魚 (1 1名) 防犯防災部 (1日 名) 保 蝕衛生部 (目 名) 福祉触生部 (1 1名) 婦 人 部 (1 1名)
(各ブロ
ック 上
bl名ずつ選出)@ 町 内会 審美 部
巌放
遠 一議γ爺 二
モ
慧部霊防 犯防災部一一
一
⊂ 雷部宝保 健他 部 ‑ ⊂ 蔑部芸
))))))名名名名名名■・‑.11■・‑1ー((((((
‑ 1Da‑
(2) 町 内 会 役 阜 構 成
理 串l (会 長 ・副食 長及Q妙 正 ・ 副部長 1 4名)