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原因分析の課題

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 49-59)

5. 知識抽出:原因分析手法

5.1 リスク知識の表出化における課題

5.1.1 原因分析の課題

5.1.1.1 原因分析の必要性

リスク知識の蓄積については、いかにして客観性の高い知識を抽出するかが大きな課題 である。これは、どんなに多くの事例が集まっていても、リスク知識を参考にする人(知 識の利用者)にとって意味のない情報であれば、失敗から学ぶことは不可能であるためで ある。そのため主観性の高い分析ではなくいかに客観性を保つかが重要となる。

失敗や事故の原因分析手法として、情報処理システムの障害事例情報の分析や対策手法 を整理・体系化するとともに、得られた教訓を取りまとめた「情報処理システム高信頼化 教訓集」がある[IPA 14]。また、失敗学の対角線図や失敗まんだらに代表されるツールを用 いた手法や、ヒューマンファクタのM-SHELLモデル、VTA(Variation Tree Analysis)などの 手法もある[Leplat 87] [NASDA 00]。しかしながら、マネジメント分野にそのまま適用でき る手法は存在しない。失敗経験の分析手法および知識獲得方法については、マネジメント の観点で「結果」ではなく「意思決定プロセス」に着目する必要がある。すなわち、「判 断/行動の問題箇所(意思決定の結果)」と「判断/行動の理由(意志決定を行う際の背後要 因)」 に着目する必要がある。

我々の組織でも、プロジェクトの振り返りという形で本研究の着手前からプロジェクト で得られた教訓を残すための取り組みはあった。しかしながら、この取り組みが十分に機 能していないのではないかという疑問もあり、改めて組織におけるプロジェクトの振り返 り(事後検証)の課題を洗い出すこととした。

5.1.1.2 事後検証の取組み概要の現状

我々の組織における事後検証の取り組みや、目的および進め方を以下に示す。

(1) 事後検証の取り組み

社内では、従来から製品不良・事故を招いた技術的側面の観点について事後検証および 再発防止に繋げる「落穂拾い」という文化がある[馬場 96]。ここでは「お客様に迷惑をか けた」という観点で反省を行っているが、プロジェクトマネジメントの観点での議論は行 われていなかった。

そこで、プロジェクトマネジメントの観点で損益悪化・納期遅延を引き起こした要因を 分析し、再発防止策を検討することで、プロジェクトを通して得られた教訓を組織内で共 有する試みとして、組織内で2004年から事後検証の機会が実施されている。

事後検証の参加者には、プロジェクトに携わったプロジェクト関係者のほか、プロジェ クト活動に携わる様々な人材に声を掛ける。組織の経営層クラスにも参加を要請するとと もに、他のプロジェクトを任されているプロジェクトマネジャーおよび今後プロジェクト マネジャーを目指す開発者も自由に参加できる環境にあり、会議を開催するアナウンスは 広く展開している。

(2) 事後検証の目的

事後検証を行う目的は、実際に起こったプロジェクトについて、失敗要因を明らかにし たうえで同じ失敗を防ぐための再発防止策を検討することで、プロジェクト活動から得ら れた知見を組織内で広く共有することにある。具体的には、以下の効果を得ることを期待 している。

 プロジェクトの混乱に陥った原因を深く追求することにより、当該プロジェクト のプロジェクトマネジャーが今後のマネジメントに教訓を活かす

 プロジェクトの教訓を学ぶことにより、他のプロジェクトのプロジェクトマネジ ャーが自らのマネジメントに教訓を活かす

 今後、プロジェクトマネジャーを目指すリーダクラスがプロジェクトマネジャー の立場にたって、教訓を学ぶ

 サポート部門の支援方法の改善を見出し、今後のプロジェクトマネジメントに活 かす

(3) 事後検証の進め方

事後検証は、分析参加者以外のプロジェクト関係者やPMO、上位マネジャーおよび他 プロジェクトのプロジェクトマネジャーなど組織内のさまざまな役職および役割の人が 出席しプロジェクトの失敗要因・再発防止策を討論する会議50のほか、事前準備・事後処 理も含めた一連の流れからなる。事後検証の流れを表5.1に示す。

表 5.1 事後検証の流れ 流れ 内容

(1)事前準備

会議で有益な議論を行うために、プロジェクト概要の整理や 失敗要因分析、再発防止策策定を行い、会議での説明資料を 作成する

(2)会議 報告された失敗要因・再発防止策をもとに、組織的な形式知

としての失敗要因・再発防止策を作成する

(3)事後処理 会議にて作成された、組織知識を広く社内に展開する

このなかで、事後検証のもっとも重要な活動である「(2)会議」では表5.2に示す議論を 行っている。

表 5.2 会議の内容

50 上位マネジャーは、プロジェクトに関与していたとはいえプロジェクトの詳細な情報までは把握してお らず、プロジェクトメンバと保有しているプロジェクト経緯などの情報に大きな差がある。また、組織に よっては、この会議の出席をプロジェクト関係者だけでなく、組織内に広く公開している場合もある。た だし、この場合もプロジェクト状況を詳しく把握していない上位マネジャーと条件は同じである。

(2)会議

(2-1)プロジェクト報告 (2-2)報告内容に関する議論

(2-2-1)分析内容に関する議論 (2-2-2)再発防止策に対する議論

会議は、「(2-1)プロジェクト報告」と「(2-2)報告内容に関する議論」の二部構成に分か れる。

まず、対象プロジェクトのプロジェクトマネジャーから、「(2-1)プロジェクト報告」が 行われる。「(2-1)プロジェクト報告」では、討論の対象となるプロジェクトを理解するた めに、顧客概要やプロジェクトの目的、システム構成等の背景情報を説明する。次に、プ ロジェクトが陥った失敗事象を説明し、当該プロジェクトのプロジェクトマネジャーや PMOが中心となり分析・検討した、失敗の根本原因に関する分析結果および同様のプロ ジェクトが同じような失敗に陥るのを防ぐための再発防止策等を説明する。

「(2-2)報告内容に関する議論」では、「(2-1)プロジェクト報告」において報告された失 敗原因や再発防止策について、上位マネジャーやPMOなど会議の参加者がが各々の経 験・体験をもとに失敗分析結果や再発防止策について議論する。議論は、会議出席者から の質疑にプロジェクト関係者が応答する形で進める。議論の中で、失敗に至った根本原因 とその再発防止策・教訓を精査し、社内の組織的な知識として纏める。

「(1)事前準備」では、プロジェクトマネジャーおよびPMOの当該プロジェクトを担当 するアセッサーが中心となり、「(2-1)プロジェクト報告」の準備を行う。担当アセッサー は、対象プロジェクトのプロジェクトマネジャー、PMOメンバ、その他プロジェクト関 係者に呼び掛け、「(2-1)プロジェクト報告」の報告内容を決定し、その説明資料を作成す る。主な報告項目を表5.3に示す。

表 5.3 事前準備における主な作成内容

「(3)事後処理」では、「(2)会議」において纏められたプロジェクトの失敗要因・再発防 止策を組織内で広く共有できるようにしている。

5.1.1.3 事後検証の課題分析内容

現状のプロジェクト活動を通して得られた個々人の失敗知識に対する課題を明らかにす るため2つの調査を行った。

1つ目は組織内において蓄積・共有されている失敗知識としての教訓事例の分析である。

従来から、本研究の対象組織を含む社内では、組織毎に失敗の再発防止に向けた取り組み は行われていた。プロジェクトで発生した失敗を分析し、再発防止策を検討し組織内の業 務プロセスの中に取り込んでいた。しかしながら、現状では、組織内の標準的な失敗分析 手法は存在せず、当事者がそれぞれのアプローチで原因分析を行っている。また、プロジ ェクト完了時の報告書(以後、プロジェクトマネジメント教訓事例と呼ぶ)には分析の過 程は記載されておらず、分析結果およびそこから得られる教訓しか記載されていない。そ こで、分析プロセスの問題点を洗い出すことは困難であることから、報告書の記述内容か

(1) プロジェクト報告

(1-1) プロジェクト概要 (1-1-1) 顧客概要

(1-1-2) プロジェクト目的 (1-1-3) システム構成概要 (1-1-4) 業務機能概要 (1-1-5) スケジュール (1-1-6) プロジェクト体制 (1-1-7) 損益悪化の推移 (1-2) 失敗要因分析

(1-3) 再発防止策の提案

ら課題を抽出する。プロジェクト活動を通して得られた個々人の失敗経験から得られる知 識とは、すなわち再発防止策もしくは再発防止策のコンセプト的な情報とも言える。そこ で、プロジェクトマネジメント教訓事例に記載している失敗原因に関する記述内容を分析 し、「再発防止に繋がらない」という観点で、原因分析における問題点を探る。

2つ目に、プロジェクト完了後の組織的な事後検証の場51での議事録を分析し、分析プロ セスの問題点を探る。事後検証の事前作業として当事者で原因分析を行うが、そこでの分 析過程を含めて事後検証の場で真の原因が何かを探っている。事後検証での議論内容を踏 まえて原因分析のプロセスにおける問題点を探る。

5.1.1.4 プロジェクトマネジメント教訓事例の分析

プロジェクトマネジメント教訓事例から原因分析における問題点を探るため、対象組織 だけでなく広く社内からデータを集め、再発防止に繋がらない記述の特徴を洗い出した [小池・内田 10]。

データは社内の8つの事業部門から31プロジェクトで、計65件の事例を収集した52。 なお、既にプロジェクトマネジメント教訓事例を管理している事業部門に対しては管理・

運用している様式で提出して頂くことし、管理・運用を行っていない事業部門には表5.4 に示す4つの項目からなる様式を用意し記述して頂いた53

表 5.4 プロジェクトマネジメント教訓事例の記述様

まず、プロジェクトマネジメント教訓事例データの分析54を行った。各事業部門から提 出頂いたプロジェクトマネジメント教訓事例に対し、プロジェクトマネジャーが再発防止 に繋がるかどうかという観点で分析を行った。分析は、プロジェクトマネジメントの有識 者を交え、それぞれのプロジェクトマネジメント教訓事例が再発防止の観点で有益かどう かを判断した。有益でないと判断したものについては、その理由についても議論した。

分析の結果、有益でないと判断したプロジェクトマネジメント教訓事例から、原因分析 および知識化を考える上で考慮すべき下記の5つの課題を抽出した。

51 組織内では、プロジェクトマネジメント教訓事例とは別の活動として実施している。教訓事例は組織内 の大規模なプロジェクトは全て作成することになっているが、事後検証はその中から特に選ばれたプロジ ェクトのみに対して行っている。

52 本研究の対象組織は、8つの事業部門の中の1つである。本研究は、1つの事業部門を対象としたもの であるが、広く社内からデータを集めることとした。なお、データ収集に関しては、問題関心に記述して いる研究依頼とは別プロジェクトとして取り組んだものであるが、このプロジェクトには筆者もメンバと して参画している。

53 記述内容の分析を行うことを目的としているため、必ずしも様式に拘る必要はなく、様式に囚われず自 由に記述しても良いこととした。

54 本節については、小池[小池 08]の学会発表資料を基に再構成しており、図表は引用である。ただし、こ の作業には筆者もメンバの一人として参画し、かつ学会発表においても連名者となっている。

【タイトル】

プロジェクトの失敗および教訓を表す要約した文章を記載する

【問題のあらまし】

問題が発生したときの背景や経緯およびその結果を具体的に記載する

【原因】

発生してしまった問題の原因を記載する

【対策】

再発防止に向けて取り組むべき施策を記載する

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 49-59)