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半経験的分子軌道計算の適応性と課題

ドキュメント内 熊本大学学位論文  (ページ 104-110)

  クラスレート研究に際しては,ゲスト包接や結晶のパッキングに大きな影響を与える

CH/O

CH/!,

そして

!/!

などの微弱な相互作用を対象として議論を行うため,単結晶X線解析を基盤とした綿密な検討 が必要であると考えられる.しかし,これらの相互作用や包接現象についての詳細な情報を実験化学的手 法のみで明らかにすることは容易でなく,しかもホスト化合物の性質によってはX線解析に適した晶形を 得ること自体が困難を伴うことも多い.このようなホストの研究に関しては,推論をもとに進めていかな ければならず,結果として系統的な研究が阻まれる要因となっている.そこで,以上の不利益を補うため の新たな手法として,著者は分子軌道 (MO) 計算を用いた計算化学的アプローチを提案すべく,包接体 のX線構造を再現する計算やゲスト包接に伴う安定化エネルギーの推測を試み,新たな機能を有するクラ スレートホストの設計や分子認識の解明に分子軌道計算が利用可能か検証を行った.

 

2

章から

4

章までの各論毎に行った分子軌道計算の検証過程では,ab initio法や

DFT

法による計算が現 時点で事実上不可能とされるような大きな系(クラスレーションモデルなど)を対象とする構造最適化計 算においても,半経験的分子軌道法は十分に適用可能であることが明らかとなった.さらにその計算精度 に関しても,

PM6

法による半経験的

MO

計算では

CH/!

相互作用などの微弱な相互作用や包接体のX線構 造をおおよそ再現することができた.

  弱結合の評価に際しては,通常,分子の分極が十分に評価できる大きな基底関数系で,しかも電子相関 を考慮した

MP2/cc–pVXZ (X = T or Q)

あるいは

MP2/aug–cc–pVXZ (X = D or T)

以上のハイレベルな量子 化学計算が望ましい39b).さらに,分散力の寄与が大きい

CH/!

相互作用などに関しては,

MP2

法では分 子間の引力を過大評価するために誤差が大きく,その結合エネルギーを正確に再現するためには

basis set

limit

に近い非常に大きな基底関数を用いて

CCSD(T)

法で電子相関を補正する必要がある.仮に,DFT計

算で代用しようとしても,分散力を評価できないことが確認されている

B3LYP

などの汎関数は自ずから 除外され (p. 57),結局は高コストな計算手法を選ばざるを得ない.著者が行っているクラスレート研究に おいても,可能であればハイレベル計算を用いて適切に評価すべきと考える.しかしながら,結晶充填構 造など多数の分子を対象とした分子軌道計算は,現時点で最新の計算機性能をもってしても実際に行うこ とは不可能に近い.このような諸環境の下,計算速度と計算結果の正確性のバランスをとることで結晶場 や生化学的領域での使用を主眼としている

PM6

36g–h) は,クラスレート研究においても極めて合理的な 手法であると考えられた.実際に

PM6

法を用いて計算を行ったところ,1

H NMR

測定において観察され た弱結合が関与する束縛回転現象,そしてX線解析によって得られた結晶充填構造やそこで見られた弱相 互作用についても,構造的特徴を適切に再現することができ,ほとんど矛盾なく説明することが可能であ った.すなわち,これらの結果は電子相関を加味した極めてハイレベルの量子化学計算でなくても,計算 コストの低い

PM6

計算で十分実用的な精度が得られる可能性を示すものである.ここで一例として,ホ スト

5c

の束縛回転現象を検討する際に行った単分子構造最適化 (p. 57) に要した演算時間をそれぞれ示 した.半経験的手法である

PM6

では約

90 sec

で終了したのに対し,汎関数

B3LYP

を用いた

DFT

計算で

はその

10

3倍を超える約

100,000 sec

もの膨大な時間を要した.以上の計算結果からも,

DFT

ab initio

と は比較にならないほど計算コストが廉価で,しかも条件(汎関数)によっては

DFT

計算よりも再現性で 勝る半経験的

PM6

法は,現時点で最も実用的なツールであり,実験的な試みをも容易にする可能性を秘 めている.

  ただし,このように汎用性の高い

PM6

法であっても,Cl,Brなどのハロゲン原子を介したハロゲン相 互作用については現時点で正確に評価することが困難であり,本研究においてもホスト

5m,5p

分子の

C

aryl

–N

imide束縛回転に伴う

inner : outer

構造を予測した計算では,いずれも

inner

配座が優位であるという

結果を与えていた[実測では

outer

優位.5m (in CDCl3

), 32 : 68; 5p (in CDCl

3

), 27 : 73].このことは PM6

法がハロゲン相互作用(ここでは

C–X•••!)を過大評価していることを意味し

46),おそらくはハロゲン原 子の

d

軌道により生じる反発力を適切に記述できていないのが要因の一つではないかと推察される.また,

ハロゲン相互作用の評価に対する補正を含んだ

PM6–DH2X

47a) を用いて同様の計算を試みたが,inner 優位であるとの予測に変化は見られなかった46).ところで,PM6–DH2X法ではハロゲン相互作用以外に も分散力や水素結合に対する補正項の影響を受けるため,結果として

C–X•••!

相互作用について適切に評 価できていないと判断した.また,MP2/aug–cc–pVDZ による計算結果との誤差を小さく抑えた計算手法 であることからも

PM6–DH2X

法については分散力を過大評価する傾向が考えられた.

  以上のように,微弱なハロゲン相互作用や分散力の評価など,現時点ではまだ課題も多い半経験的分子 軌道法ではあるが,2012年には新しいハミルトニアンである

PM7

が公開されるなどパラメータの改善は たゆみなく続けられている.このような先進的な試みを支援するためにも,計算結果をただ享受するだけ ではなく,開発者へ積極的にフィードバックすることが必要であると考える.

総括

  著者は,phencycloneを基本骨格とする

Diels–Alder

環化付加体がクラスレート機能を有するという報告 を端緒に,CH/O 型水素結合や

CH/!

相互作用などの弱い分子間力のみでゲスト分子を包接する新しい型 のクラスレートホストを合成した.そして,

DTA/TG

解析や1

H NMR

スペクトル解析,単結晶X線解析な どの実験化学的手法と計算化学的手法を組み合わせ,クラスレートの結晶構造や微弱な分子間相互作用に 関して詳細な検討を行った.また,より効果的なクラスレートホストの設計を指向して,系統的にホスト 構造を修飾し,その包接能を検討した結果,ホスト‒ホスト間やホスト‒ゲスト間に観察される特異的な分 子認識機構の一端を明らかにした.以下に得られた知見を記す.

1) Styrene

系付加体ホスト

3

群は総じて包接能が低く,その原因としてはジエノフィル由来

aryl

基の高い

自由度の影響が示唆された.

Guest-free 3a, 3d

のX線構造では,エナンチオマーの関係にあるホスト同 士が対称中心を挟んで立体構造的に相補的な二量体を形成し,それによりジエノフィル由来

aryl

基の 配座が固定されていた.ゆえに,ホスト構造中に比較的柔軟な置換基をもつと,その自由度の高さか らゲストを包接するための空間やゲストを固定する相互作用が形成されにくいと考えられる.

2) Phencyclone

付加体ホストにおいて,ホスト間ネットワークを構築する主な駆動力は橋頭位のカルボニ

ル酸素を介した

CH/O

型水素結合であると推察した.Bridged >C=Oの酸素原子は歪みのないカルボニ ル酸素よりもわずかに塩基性が高く,また立体構造的に隣接分子の水素原子が接近しやすい.これら の性質は水素結合受容基として効果的であり,

head-to-tail

連結や

C-C

領域対面構造などに代表される

CH/O

ネットワークは結晶構造を決定づける重要な役割を果たしていた.また,ホスト­ゲスト間の認 識においても

CH/O

型水素結合は有効であり,ケトン類およびエーテル類の酸素原子は積極的に

CH/O

型水素結合を形成してホスト分子との結びつきを強めていた.

3) ジエノフィル由来芳香環が固定された構造であるホスト 4a

は,幅広い包接スペクトルと高いゲスト保

持力を示した.広い

!

平面を有する

phenanthrene

環に連続する

rigid

平面構造が,クラスレートホスト としての構造要件であることが確認された.また,4a の高い包接能は結晶構造中に共通して観察され たホスト柱状構造に起因し,edge-to-face 二量体や

CH/!

二量体などの分散力主体の相互作用だけでも 構造的および電子的な相補性が合えば強い結びつきを得られることが明らかとなった.ところで,ホ スト柱状構造同士の接合様式の違いから,4a の包接体は

cage,layer,channel

3

型に分類できた.

Cage

型ではゲスト分子が「糊」の役割を果たし,極めて強固な包接を実現していた.一方,layer 型,

channel

型の両包接体は極めて不安定であり,その低いゲスト保持能についてはゲスト包接空間の構造

的考察により説明できた.以上の分類は他のクラスレートにおいてもおおよそ適用可能であった.

4) Phencyclone

付加体ホストではその骨格の各領域ごとに特徴的な役割を有することが明らかとなった.

橋頭カルボニル側の

phenanthrene

上空間である

A

領域は,隣接ホストの芳香環ないし芳香族ゲストが 占める傾向が極めて高く,効果的に

edge-to-face

!/!

相互作用を形成し,結晶格子の構築に寄与して いた.特にホスト

5

群においては,この領域を介した調節機構が芳香族ゲストの包接構造と

guest-free

結晶構造とを切り換える可能性が示され,

PM6

法による安定性予測からその構造変換はわずかなエネ ルギー差で生じると考えられた.ゲスト放出温度が沸点より降下した

DTA

測定結果もこの説明を支持 した.また,

phenanthrene

部分のスチルベン骨格への変換は,構造の自由度を増大させ包接能の低下を もたらすと予想したが,実際には

edge-to-face

相互作用によるスチルベン部位間の特異的認識が観察さ れ,結果として包接スペクトルは狭まらなかった.しかし,そのゲスト放出温度は

phenanthrene

環含 有ホスト群より軒並み低下し,柔軟な構造ゆえにホスト

7

群のゲスト保持力は強くないと推察した.

5) 車輪‒車軸型ホストに着想を得て設計した B

領域を介した

parallel-displaced

型のホスト‒ホスト間認識は

styrene

系ホスト

3

群では認められなかった.しかし,それ以外の

non-hydroxylic

ホスト,特に

5

群で

はホスト格子を構築する基本的な構造単位(二量体構造)としてゲスト包接空間の形成に寄与してい た.また,ホスト

5c, 5d, 5g

などでは

N

imide

–C

sp2結合軸の束縛回転現象が観察され,phenanthrene平面

N-フェニル置換基の間に働く分子内 CH/!

相互作用の存在が確認された.さらに,この弱相互作用

による配座固定がゲスト包接空間をつくり出すことが判明し

(in 5c•butan-2-one)

,自由度が低いという 構造要件がクラスレートの形成に重要であることが改めて示された.

6)

主としてホスト間ネットワークの形成に用いられた

C

領域は,

acetone

や芳香族の包接に対しても効果 的であった.いずれの場合も

2, 3

位のメチン水素が重要な役割を果たしていた.また,5群のほぼ全て がこの領域で

C-C

領域対面構造を形成し,このことから強固なホスト間連結であることが推察された.

この領域はジエノフィル由来骨格の影響を直接受けるが,

maleimide

環構造を共通して有する

5

群は

S

領域に向けた >C=Oによる効果的な相互作用もあり類似のホスト間ネットワークを構築していた.

7) S

領域は

CH/!

相互作用を主としたホスト間連結に用いられ,通常この領域でのゲスト包接は弱いもの

であった.ただし,

4a

は例外であり強固なホスト格子に支持された

cage

型のゲスト空間を構築してい た.ところで,5群では反対方向を向いた

2

つの

maleimide >C=O

が橋頭カルボニルと併せて三次的な

CH/O

ネットワークを形成した.なかでも,

4’

位置換体ホストでは芳香族ゲストを挟んだホスト­ゲス ト繰り返し構造が観察され,maleimide >C=Oはゲスト包接においても有効であると考えられる.

8)

ハロゲン基を導入した

3d

および

5

群では

N-

フェニル環同士の

parallel-displaced

型構造がより柔軟に変 化し,ゲスト包接能の獲得に寄与すると考察した.ハロゲンを介した相互作用の一種である

C

aryl

–Br/!

相互作用はホスト間ネットワークの構築に有効であり,guest-free

3d

では

C

aryl

–H/O

型水素結合よりも 優先されていた.また,電気陰性度の高い

F

原子を介した

CH/F

型水素結合はホスト格子を強化する役

ドキュメント内 熊本大学学位論文  (ページ 104-110)