XIII. 考察
8. 利益と不利益のバランス
2011年に公表された米国医学研究所(Institute of Medicine: IOM)による新たなガイドラ インの定義では、システマティック・レビューを行うとともに、利益と不利益のバランスを 考慮することが基本条件として提示されている144)。今後、新たな乳がん検診の評価につい ては、いずれの方法についても、利益のみならず不利益も含めた検討が必要である。
USPSTF172, 173)はモデル評価を導入し、検診の対象年齢や検診間隔の検討を行うとともに、
利益と不利益のバランスを検討している。この場合、利益は死亡率減少効果であり、不利益 は偽陽性率と不要な生検率としている。この結果、不利益を減少させて利益を最大化するに は、隔年検診が適切としている。Marmot Report では 139)、費用効果分析のモデルをもと に、乳がん検診、大腸がん検診、子宮頸がん検診の年間救命数を提示している。このなかで、
50~69 歳を対象とした救命数が最も大きいのは子宮頸がん検診であり、乳がん検診はその
3分の1である。
モデル評価については、2010年にISPOR(International Society for Pharmacoeconomics and Outcomes Research)がモデル評価のガイドラインを公表しており174, 175)、このなかで
も予防対策はモデルの利用可能性の高い分野とされている。国際標準に基づくモデル評価 を行う場合でも、適切なパラメータを選択し、さらに感度分析を行う必要がある。このため には、わが国固有の疫学データを積み上げることが必須であり、今後は予防対策への応用を 見据えた研究が望まれる。
リスク評価の指標には、相対危険度(relative risk)と寄与危険度(attributable risk)がある。
乳がん検診では、介入群と対照群の乳がん死亡率の比が相対危険度であり、介入群と対照群 の乳がん死亡率の差が寄与危険度である。医療技術の評価には、相対的な評価だけでは不十 分であり、誤った解釈を招く可能性がある。寄与危険度は、医療技術の効果の大きさを示し ていることから、公衆衛生対策に有用とされる。ただし、あくまでも比較対照となる医療技 術との効果の差をみるものであり、特定の効果そのものをみているわけではない。診療ガイ ドラインでは、相対危険度による評価が用いられ、複数の研究結果を統合するためのメタ・
アナリシスが行われていることが多い。一方、寄与危険度は、治療必要数(Number Needed
to Treat: NNT)として報告される。NNT は寄与危険度の逆数としても算出される。
CONSORT(Consolidated Standards of Reporting Trials) statementでもNNTの報告が 推奨されている176)。
同 一 疾 病 の 治 療 を 比 較 す る た め に リ ー グ テ ー ブ ル も 報 告 さ れ て お り 、Centre for Evidence-based Medicine Torontoのホームページでは各種疾患のリーグテーブルが公開さ れている177)。しかし、このホームページにはがん検診のリーグテーブルは記載されていな い。
がん検診のガイドラインでも、近年、利益と不利益のバランスを評価するために、がん救 命に要する対象者数(Number Needed to Invite: NNI)あるいは検診者数(Number Needed to Screen: NNS)が用いられるようになった178~185)。
USPSTFでは、40歳代のNNIは1,904人であるのに対し、50歳代では1,339人、60歳 代では377人であることから、検診対象を50歳以上としている。ただし、検診対象として 明確なカットオフポイントが示されているわけではない178)。
Canadian Task Force on Preventive Health Careでは、NNSと偽陽性者数、不要な生 検者数をもとに利益と不利益のバランスを検討している134)。例えば、40歳代のNNS 2,108 人に対し、偽陽性者数690人、不要な生検者数75人であるが、50~69歳ではNNS 721人 に対し、偽陽性者数204人、不要な生検者数26人である。一方、50~69歳と70歳以上の NNS、偽陽性者数、不要な生検者数の差は、40歳代と50~69歳に比べてそれほど大きくな い。このため、明確な線引きとなる NNSを示していないが、40 歳代では利益と不利益の 差が小さいあるいは接近しているという判断から、40 歳代への乳がん検診は推奨していな い。
NNI と NNS のいずれを用いるかは、ガイドラインあるいはエビデンス・レポートによ り一定ではない。また、算出方法も一律ではなく、point estimateや追跡期間を考慮した検 討など様々である。NNI(NNS)は、特定の介入の評価にはわかりやすい指標ではあるが、ベ
ースラインのリスク、追跡期間、結果(アウトカム)の影響を受ける。ベースラインのリスク が低い場合にはNNI(NNS)は過大評価され、追跡期間が長いとNNI(NNS)は小さくなる。
また、結果(アウトカム)は2つの選択肢(例えば、生と死)に限定され、連続した数値が示す 結果についての評価はできない。がん検診に関するBeralらによる先行研究178)は、同じ無 作為化比較対照試験の結果を用いてもNNSは 400~2,000 とばらつきがあることから、そ の要因は対象年齢や追跡期間による差異であるとしている。本ガイドラインの評価に用い たマンモグラフィ単独法およびマンモグラフィと視触診の併用法の相対危険度、寄与危険 度、NNIを比較したのが表31である。表31では、NNIは、わが国における乳がんの累積 死亡リスクに、海外の無作為化比較対照試験の結果を外挿したものである 186)。40 歳代と 50歳以上ではNNIに乖離がみられる。また、マンモグラフィ単独法のNNIは、マンモグ ラフィと視触診の併用法に比べて小さい。しかし、今回、検討対象となった研究はすべて欧 米の研究であることから、この結果をわが国の状況にあてはめたものが、そのままわが国の 現状を反映しているかは明らかではない。これらの検討は、今回初めての試みであることや わが国の研究に基づくものでないことから、明確な閾値を設定したり、リーグテーブルを作 成し、検診対象を限定することは行っていない。NNI あるいは NNS を用いた検討を行う ためには、わが国におけるマンモグラフィ関連検診の死亡率減少効果を明らかにするとと もに、不利益についても情報収集を行う必要がある。そのうえで、わが国における、利益(死 亡率減少効果)と不利益(偽陽性、過剰診断、偶発症など)を定量的に比較し、ほかのがん検診 でも応用可能な方法をあわせて検討していく予定である。
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