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分子間接触と磁気相互作用の考察

X- band EPR(電子スピン共鳴)

3. フッ素置換フェニルニトロニルニトロキシドの構造と磁性

3.6. 分子間接触と磁気相互作用の考察

4 種類のフッ素置換フェニルニトロニルニトロキシドにおける結晶構造内には、幾つか の分子間ラジカル接近がみられた。ここで分子間ラジカル接近と磁気相互作用、またはそ の大きさについて考察する。

2,3,5-F3PNN、2,3,5,6-F4PNNおよび-2,3,6-F3PNN

まず、2,3,5-F3PNN、2,3,5,6-F4PNNおよび-2,3,6-F3PNNには結晶構造における分子間接 近に共通点がみられた。分子間接近は静電引力によって支配され、分子内のフェニル基パ ラ位に水素原子が存在するこの3種類の化合物において水素結合鎖が観測された。また、

その鎖間では対称心で結ばれる分子間で二量体構造を形成していた。磁気測定から、

2,3,5-F3PNNと 2,3,5,6-F4PNNにおいては同様の磁気特性を示した。pT値の温度依存性は 温度低下に伴い値は上昇し4 K付近で極値をとった後、値は緩やかに減少していった。支 配的な磁気相互作用は強磁性であり、解析結果から強磁性相互作用は二量体構造に帰属さ れた。また、-2,3,6-F3PNNにおいても水素結合鎖間に二量体を形成し、結晶構造は酷似し ているがその磁気相互作用は反強磁性的であり、2,3,5-F3PNNおよび2,3,5,6-F4PNNとは異 なる結果であった。これを検証するためそれぞれの二量体構造をFig. 83に示し、分子の相 対配置、原子間距離、ラジカル平面とフェニル基の平面二面角から分子パッキングと磁気 相互作用の関係を考察した。

2,3,5-F3PNNおよび2,3,5,6-F4PNNの二量体構造における平面二面角はそれぞれ42.81、

48.32であった(Fig. 83 (a), (b))。これに対し-2,3,6-F3PNNは56.03と角度は大きい。この 平面二面角の大きさは NO 基同士の接近に寄与する。2,3,5-F3PNN はこのねじれが小さく NO基同士の接近より、NO基とフェニル基との接近が生じることが図から分かる。一方、

-2,3,6-F3PNNにおける平面二面角は大きくNO基とフェニル基の接触より、NO基同士の

接近が顕著になる。2分子間の相対配置をみても、2,3,5-F3PNNや2,3,5,6-F4PNNと比べて、

より head-to-tail の分子間接近が強く表れ、ラジカル同士の接近は顕著である。また、NO

基同士の結合角は1 = 90.63、2 = 50.21であり、接近は一方のNO基側に偏っている。こ のスピン密度が大きいNO基同士の接近は反強磁性相互作用がもたらされ、静磁化率の温 度依存性からその磁気相互作用の大きさは2JAF/kB = 18.0 Kと見積もられたことからも説 明がつく。2,3,5-F3PNNと2,3,5,6-F4PNNのNO基は、スピン密度の大きいNO基から離れ フェニル基と接近していることから強磁性相互作用が生じる可能性が考えられる。このと

きNO基同士による反強磁性相互作用の影響は原子間距離からもごく僅かと推測される。

実際に静磁化率の温度の積(pT)の温度依存性の測定結果から両者の二量体内磁気相互作 用は2JF/kB = 6.1 K、2JF/kB = 5.5 Kと見積もられ、強磁性相互作用が働いていることからも 分かる。また、2,3,5-F3PNNの強磁性相互作用より2,3,5,6-F4PNNの強磁性相互作用の大き さが僅かに小さいのは、NO基同士の影響を僅かながら受けていると考えられる。

これらの水素結合鎖と二量体構造を有する類似構造化合物については、結晶構造内での ラジカル平面のねじれが大きいときNO基同士の接近が顕著に表れ、二量体構造内での反 強磁性相互作用が強くなる結果となった。

-2,3,6-F3PNN

次に-2,3,6-F3PNNについて考察する。分子内には結晶学的に独立な2分子を含み、それ

ぞれが二量体構造を形成していた。分子BはNO基とフェニル基による接近がみられ、こ の ラ ジ カ ル 平 面 と フ ェ ニ ル 基 の 平 面 が 成 す 二 面 角 は 61.20で あ っ た(Fig. 84(b))。

2,3,5-F3PNNと2,3,5,6-F4PNNにみられた二量体構造内における平面二面角よりねじれは大

きく、head-to-headで分子は接近している。この分子配置はNO基同士の距離をさらに遠ざ

け、強磁性相互作用がより顕著に現れる可能性が考えられる。pT 値の温度依存性から見 積もった分子 B による二量体内磁気相互作用は 2JF/kB = 16.2 K であり、2,3,5-F3PNN や

2,3,5,6-F4PNN と比べて見積もられた強磁性相互作用は大きいことからも結果は対応して

いる。一方、分子Aによって形成される二量体構造は(Fig. 84(a))、ラジカル平面とフェニ ル基の平面二面角が 71.64と大きく、NO 基同士の接近も r1 = 3.102 Å と近かった。

r1

r1

r2

r2

r1

r2

r2

平面二面角 42.81

1 = 82.78

2 = 70.01

r1 = 3.139 Å r1 = 3.212 Å r2 = 3.480 Å r2 = 3.364 Å

平面二面角 48.32

1 = 84.82

2 = 68.75

r1 = 2.97 Å r1 = 3.049 Å r2 = 3.334 Å r2 = 3.211 Å

r1

r1

r2

平面二面角 56.03

1 = 90.63

2 = 50.21

r1 = 3.441 Å r1 = 3.679 Å r2 = 3.670 Å

Fig. 83. 二量体構造(NN 垂直方向から見た図) (a) 2,3,5-F

3

PNN (b) 2,3,5,6-F

4

PNN (c) -2,3,6-F

3

PNN

(a) (b) (c)

1

2

1

2

1

2

r1

O···NO 角(1)の角度も93.53とほぼ垂直に接近し、相における分子間接近と似た構造 を示している。実際pT値の温度依存性を解析した結果から、分子Aには反強磁性相互作

用は2JAF/kB = 22.7 Kが働くと見積もられた。この結果から相において2種類の二量体構

造を有していたが、それぞれ分子間で強くスピン結合し、また、磁気測定からも分子Bに よって形成される二量体ではS = 1、分子Aによる二量体ではS = 0を形成することが、結 晶構造と磁気測定によって証明された。

2,3,4,5-F4PNN

2,3,4,5-F4PNN について結晶構造から観測された分子間パッキングとその磁気相互作用

の関係について考察する。2,3,5-F3PNN、2,3,5,6-F4PNNおよび-2,3,6-F3PNNは分子内のフ ェニル基4位水素原子が静電引力によって支配され、水素結合ネットワークを形成してい たのに対し、2,3,4,5-F4PNNはフェニル基4位にフッ素原子が置換されていることから、結 晶構造の様相は変化していた。結晶構造は結晶学的に独立な2分子が存在し、分子Aおよ び分子Bはそれぞれa軸方向に均一な一次元鎖を形成していた。その分子間接近は分子A、

分子BともにNO基とNNのO-N-C-N-O中心炭素原子間に接近がみられた。しかし、磁気

測定から強磁性相互作用と反強磁性相互作用の2種類の存在が明らかにされ、分子A、分 子Bいずれかの分子パッキングに反強磁性相互作用の存在が考えられた。分子Aと分子B のパッキングについて詳しく検討していく。それぞれの分子パッキングをFig. 85に示す。

図の(a)と(b)はNN垂直方向からみた分子パッキングである。両者を見比べると分子Aはほ ぼNO基が隣接分子のO-N-C-N-O中心炭素原子上に存在していることが分かる。このとき のラジカル平面同士の二面角は分子Aが51.70、分子Bが48.29で、分子Aのねじれ角は 大きく、これによってNO基がO-N-C-N-O中心炭素原子に接近することが分かる。分子B

r1

r2

r2

1

2

平面二面角 60.74

1 = 61.20

2 = 132.52

r1 = 3.247 Å r2 = 4.103 Å r2 = 3.994 Å

(b)

r1 r1

r2

1

2

平面二面角 71.64

1 = 93.53

2 = 43.53

r1 = 3.102 Å r1 = 3.425 Å r2 = 3.671 Å

(a)

Fig. 84. 二量体構造(NN 垂直方向から見た図) (a) 分子 A (b) 分子 B

のNO基はO-N-C-N-O中心炭素原子上より偏り、一方のNO基側に位置している。ここで それぞれのNO基とNNラジカル平面に対する相対配置を考える。図中(c)と(d)はNO基と NNラジカル平面のN-C-N原子の接近に着目し、それらの接近角度および相対距離を求め た。その結果を分子 A はTable 19、分子Bは Table 20にまとめた。分子 AのNO 基と O-N-C-N-O中心炭素原子に対する角度は1 = 87.38、2 = 93.01であり、そのときのrcos

は0.139 Å、0.159 Åであった。これに対して分子BのNO基とO-N-C-N-O中心炭素に対

する角度は1 = 77.67、2 = 94.36で、そのときのrcosは0.703 Å、0.250 Åであり、分子 A より NN中心炭素に距離があることが分かる。また、1を見比べると分子 Aは 68.37

で分子Bは78.64であった。このときのrcosは分子Aが1.203 Åであったが、分子Bは

0.647 Åであり、分子BのNO基はN1(b)原子に接近していることが分かる。これらの結果

を踏まえると分子AにはNO基とNN中心炭素の接近が顕著であり、強磁性相互作用がも

たらされる。これに対して分子BはNO基とNN中心炭素間に接近は見られるが、一方の

Fig. 85. 2,3,4,5-F

4

PNN の分子パッキング (a) 分子 A の原子 間距離 (b) 分子 B の原子間距離 (c) 分子 A NO 基接触 の角度 (d) 分子 B NO 基接触の角度

r1

r2

r3

r1

r2

r3

O1(a)

O1(b) N1(b) C1(b) N2(b)

O2(b) 2 1

1

2

O1(a)

O1(b) N1(b) C1(b) N2(b)

O2(b) 1

1

2

2

(a)

(c)

(b)

(d)

ラジカル平面同士の二面角 51.70 ラジカル平面同士の二面角48.29

NO 基にも接近が見られることから反強磁性相互作用が誘起されると言える。この結果か ら、僅かにNO基がNN中心炭素上からはずれることで磁気相互作用の符号が変化するこ とが分かった。

Table 19. 分子 A NO 基における相対距離

距離/Å 角度/ sin rsin/Å cos rcos/Å N1(b)C1(b)···O1(a) 3.037 1 =87.38 0.9989 3.034 0.046 0.139 N2(b) C1(b)···O1(a) 3.037 2 = 93.01 0.9986 3.033 0.052 0.159 C1(b)N1(b) ···O1(a) 3.264 1 =68.37 0.9296 3.034 0.369 1.203 C1(b)N2(b) ···O1(a) 3.387 2 = 63.58 0.8956 3.033 0.445 1.507

Table 20. 分子 B NO 基における相対距離

距離/Å 角度/ sin rsin/Å cos rcos/Å N1(b)C1(b)···O1(a) 3.295 1 = 77.67 0.9769 3.219 0.2135 0.703 N2(b) C1(b)···O1(a) 3.295 2 = 94.36 0.9971 3.285 0.076 0.250 C1(b)N1(b) ···O1(a) 3.284 1 = 78.64 0.9804 3.220 0.1970 0.647 C1(b)N2(b) ···O1(a) 3.651 2 = 64.17 0.9001 3.286 0.4357 1.591

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