X- band EPR(電子スピン共鳴)の測定
5. まとめ
本研究ではフェニル基にフッ素原子を置換した新規ニトロニルニトロキシド系ラジカル F3PNNおよびF4PNNを4種類合成し、それらの分子間ラジカル接近とその磁気相互作用 の関係を調べた。また、分子内にS = 1とS = 1/2を含む混合スピン系有機トリラジカル
BIPNNBNOの合成、結晶化、磁気測定を行なった。磁場中量子現象を観測し、単結晶を用
いた強磁場EPR測定の結果から磁気相互作用について考察した。以下にそれぞれの結果を まとめる。
(1) 第 3 章で論じた「フッ素置換フェニルニトロニルニトロキシドの構造と磁性」では、
2,3,5-F3PNN、2,3,5,6-F4PNN、2,3,4,5-F4PNN、-2,3,6-F3PNN、-2,3,6-F3PNNの5種類の類 縁結晶における分子間配置と磁気相互作用について詳細に検討した。まず 2,3,5-F3PNN と
2,3,5,6-F4PNNが同形晶として得られ、結晶内にはNO基とフェニル基の接近による二量体
構造と、NO基とフェニル基パラ位水素原子の接近による水素結合鎖の2種類の分子間接 近が観測された。両者における静磁化率の温度依存性を測定し、結晶構造から考えられる モデルで解析を行った。その結果、二量体構造内に強磁性相互作用が働き、これが磁気的 性質を支配していることが分かった(2,3,5-F3PNN: 2JF/kB = 6.1 K、 2,3,5,6-F4PNN: 2JF/kB =
5.5 K)。また、弱い反強磁性相互作用も存在し、これはNO基と水素原子の接近で形成され
る一次元鎖に帰属された(2,3,5-F3PNN: 2JAF/kB = 1.6 K、 2,3,5,6-F4PNN: 2JAF/kB = 1.4 K)。
分子パッキングから一次元鎖内の軌道の重なりは小さく、二量体内での重なりは大きい と考えられることからも、見積もられた磁気相互作用の大きさは妥当であると考えられる。
-2,3,6-F3PNNにおいても結晶内に二量体構造が観測された。二量体構造内におけるラジカ
ル接近はNO基同士であり、また、二量体間にはNO基とフェニル基パラ位水素原子との 間にも水素結合による接近がみられた。この水素結合による一次元鎖構造は 2,3,5-F3PNN,
2,3,5,6-F4PNNと類似している。静磁化率の温度依存性を測定したところ、反強磁性相互作
用の存在が明らかとなった。反強磁性ダイマーモデルによって解析を行った結果、二量体 内には反強磁性相互作用が働いていることが分かった(2JAF/kB = 18.0 K)。類似の結晶構造 を示す2,3,5-F3PNNおよび2,3,5,6-F4PNNおよび-2,3,6-F3PNNの磁性は、前二者が強磁性 的であるのに対し、後者は反強磁性相互作用を示した。このことは、3者に共通する水素 結合鎖の分子間配置は磁性にあまり寄与せず、二量体構造が磁性を支配していることをは っきりと示している。二量体構造の分子間配置には前二者と後者では大きな違いがある。
2,3,5-F3PNNおよび2,3,5,6-F4PNNはNO基とフェニル基による接近が強磁性相互作用をも
たらすのに対し、-2,3,6-F3PNNはNO基同士のラジカル接近が顕著であり、これが反強磁 性相互作用をもたらしていると結論づけた。
2,3,4,5-F4PNNは結晶内に独立な2分子(分子A, B)を含み、それぞれが均一な一次元鎖を
形成していた。その分子間接近は、分子A、分子BともにNO基と隣接するNNのO-N-C-N-O 中心炭素原子間に接近がみられた。その静磁化率の温度依存性と磁化曲線から、強磁性相 互作用と反強磁性相互作用の 2 種類の磁気相互作用が存在していることが分かった。pT 値の温度依存性を強磁性一次元鎖モデルと反強磁性一次元鎖モデルの和で解析を行った結 果、その磁気相互作用は2JF/kB = 9.5 K、2JAF/kB = 7.7 Kと見積もられた。分子Aと分子B によって形成されるそれぞれの一次元鎖内の分子間相対配置を詳しく調べると、分子Aの 場合、ある分子のNO基が隣接分子のNN(O-N-C-N-O)中心炭素原子のほぼ真上に位置して いるのに対し、分子Bの場合、ある分子のNO基は隣接分子のO-N-C-N-OのC-N結合の 上に位置していた。この結果、分子Bの分子間接近はNO基同士の接近を含むことになり、
反強磁性相互作用をもたらすと考えられる。NO 基と NN 中心炭素原子の接近が強磁性相 互作用をもたらす例はいくつか報告されているが、その磁気相互作用の大きさは物質によ って大きく異なっていた。本研究により、NO基とO-N-C-N-Oの相対配置の変化に敏感に 磁気相互作用が変化し、符号をも変えることが明らかとなった。
-2,3,6-F3PNNは相とは異なり、結晶内に独立な2分子(分子A, B)が存在していた。分
子A、分子Bそれぞれが対称心で結ばれる分子間に二量体構造を形成していた。分子Bに よる二量体内には NO 基とフェニル基パラ位炭素原子との間に接近がみられ、分子 A は NO基同士の接近によって二量体を形成していた。0.5 Kにおける磁化の磁場依存性を測定 した結果、1/2 molが強磁性結合しS = 1種を形成していることが示唆された。残り1/2 mol が反強磁性結合し、S = 0種を形成していることが分かった。静磁化率の温度依存性の測定 を行い2種類のダイマーモデルにより挙動を再現し、その磁気相互作用を見積もった。分 子間パッキングから分子Bによる二量体構造内には強磁性相互作用が働き(2JF/kB = 16.2 K)、
分子Aによる二量体構造内には反強磁性相互作用(2JAF/kB = 22.7 K)が働くと決定した。ま た、それぞれ二量体間にはフェニル基同士の接近が観測された。分子 B は、二量体内の NO基フェニル基接近に加え、二量体間でのフェニル基同士の接近により、強い強磁性相 互作用がもたらされていることが分かった。一方、分子A二量体間に存在するフェニル基 同士の接近には、0 2JAF/kB 3.4 Kの弱い反強磁性相互作用が働くことが示唆された。
以 上 の 5 種 類 の 類 縁 結 晶 の 構 造 と 磁 性 を 詳 細 に 検 討 し た 結 果 、2,3,5-F3PNN、 2,3,5,6-F4PNN および-2,3,6-F3PNN では、強磁性相互作用および反強磁性相互作用がそれ
ぞれNO基とフェニル基の接近およびNO基同士の接近を持つ分子間配置に帰属された。
SOMO-SOMO の重なりが反強磁性相互作用をもたらすという考え方で理解することがで
きる。2,3,4,5-F4PNN は結晶中に独立な二分子を含み、O-N-C-N-O 部位の相対配置によっ て 、磁気相 互作用の 符号( 強磁性/反強 磁性)を も変える ことが明 らかと なった 。
-2,3,6-F3PNNでは結晶学的に独立な2分子がそれぞれ二量体構造を形成していたが、分子
B によって形成された二量体構造には、NO 基とフェニル基の接近が観測され、上記の
2,3,5-F3PNNや2,3,5,6-F4PNNと似た分子間接近であることから強磁性相互作用が働くとし
た。分子 Aによる二量体構造はNO基同士の接近がみられ、これは-2,3,6-F3PNNでも観 測された分子間接近に近いことから、反強磁性相互作用が働くと決定した。
(2) 第4章で論じた「S = 1とS = 1/2を含む混合スピン系BIPNNBNOの構造と磁性」では、
分子内にS = 1とS = 1/2を含む混合スピン系BIPNNBNOを合成し、構造と磁気的性質に ついて調べた。BIPNNBNOの分子内磁気相互作用はBNOユニット内に2JF/kB = 860 Kの強 い強磁性相互作用が働き、S = 1種を形成する。また、BNOユニットとNN間には2JAF/kB =
26 Kの弱い反強磁性相互作用が働き、分子内で反強磁性ダイマーを形成していた。結晶
構造はb軸方向にフェリ磁性鎖を形成し、またa軸方向には分子内のビフェニル環のねじ れに起因する2種類の分子間ラジカル接近が観測された。1つはNN(S = 1/2)同士のラジカ ル接近、もう1つはBNOユニット(S = 1)同士のラジカル接近である。これら3種類の分子 間ラジカル接近はいずれも反強磁性相互作用をもたらすと予想されるが、隣接スピン間で 磁気相互作用が競合する可能性がある。静磁化率の温度依存性は、20 K付近に緩やかなピ ークを示し、4.2 K付近に鋭いピークを示した後、ゼロに向かって減少した。この結果から、
少なくとも2種類の反強磁性相互作用の存在が示唆された。0.4 Kにおける磁化測定では、
4.5 Tのスピンギャップと、6 22 Tで1/3磁化プラトーが観測された。その後23 T付近か
ら磁化は再び上昇し、29 Tで飽和磁化3Bに達した。途中、26 T付近に極めて幅の狭い非 自明な2/3磁化プラトーが観測された。単結晶を用いてX-band EPR測定を行い、その室温 における線幅の角度依存性からab面の二次元性が示唆された。また、磁化過程における全 磁場範囲で EPR 測定を行った。g 因子の温度依存性はスピンギャップ領域である 95
GHz(3.4 T)でいずれの結晶軸方向においても4 K付近で一定値をとった。また、1/3磁化プ
ラトーに達する190 GHz(6.8 T)でg因子のシフト量は最大となった。線幅の温度依存性は 1/3磁化プラトーに達する190 GHz(6.8 T)、特にa軸方向において顕著に線幅の増大が観測 された。20 K付近から線幅が増加して行き、4 K付近で急激に増大した。1.6 Kにおける共 鳴磁場の磁場依存性を測定した。共鳴磁場と常磁性ラインとの差(B)の磁場依存性は b, c
軸で高磁場シフトを示したのに対し、a 軸のみ低磁場シフトを示した。この結果から磁気 的な特異軸はa軸と考えられ、a軸方向の磁気相互作用が強いと示唆される。a軸方向の最 近接および次近接分子間相互作用を考慮すると、三重鎖磁性体とみなすことができるが、
これは隣接スピン間で磁気相互作用が競合する幾何学的スピンフラストレーション磁性体 である可能性がある。最近比熱測定が行なわれ、a軸方向に存在するS = 1間の反強磁性相 互作用を考慮したモデルで、磁場中比熱が定性的に理解できることが明らかになった。こ のことは強磁場EPRの解析を指示するものである。本論文では磁気異方性の小さい有機磁 性体におけるEPR共鳴磁場シフトの解析法を示すことができた。
謝辞
本研究は大阪府立大学大学院理学系研究科細越研究室において行い、研究を遂行してい くに当たり数多くのかたがたのご協力を頂きました。特に研究の機会と環境を与えてくだ さり、研究活動に対する数多くの御意見、御指導を賜りました細越裕子教授に心より感謝 いたします。また、審査をお引き受け頂き、多くの貴重な御意見を賜りました寺岡義博教 授ならびに森茂生教授、そして大阪電気通信大学青沼秀児准教授に心から感謝いたします。
本研究に必要な実験の多くは細越研究室にて行いました。本研究にご協力を頂きました 後輩の皆様に感謝いたします。特に西原禎文助教には数々の御意見とともに研究生活に対 する多くの御助言を頂きました。心より感謝いたします。
研究室外につきましても、強磁場EPR装置を利用させて頂きました東北大学金属材料研 究所の野尻浩之教授をはじめとする研究室の方々に深く謝意を表します。また、低温X線 構造解析装置の利用におきまして名古屋大学大学院理学研究科阿波賀邦夫教授、吉川浩史 助教に心より感謝いたします。
研究に直接かかわって頂きました方々のほかにも、博士後期課程を送る上で多くの方々 のご支援、ご協力を頂きました。最後に長期間におよぶ学生生活に理解を示し、精神的、
経済的な援助を惜しみなく施してくれた両親に感謝いたします。