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分子機械「光動力キラル分子モーター」に関する研究

ドキュメント内 研究業績・活動報告2001 (ページ 36-40)

本研究室で開発した「光動力キラル分子モーター」は熱異性化と二重結合のシス-トランス光異性化 により,単一方向の回転を起こすことがわかっているが,その回転機構と動力学については,未だ解 明されていないところがある.特に不安定シス体 (3R,3’R)-(M,M)-cis-2 は,NMR により存在が確認さ れているが未だ単離されておらず,その動力学は未決定のままであった.本研究により新たに,キラ ル 分 子 モ ー タ ー 合 成 法 の 改 良 , 不 安 定 シ ス 体 (3R,3’R)-(M,M)-cis-2 の 単 離 に 成 功 し た . さ ら に

(3R,3’R)-(M,M)-cis-2 の熱異性化反応における動力学について明らかにすることができた.

  中間体アルコール (±)-cis-5および (±)-trans-6に対し,それぞれ2-メトキシ-2-(1-ナフチル)プロピ オン酸 (7; M NP acid) を用いて光学分割を行った.(±)-cis-5に適用した場合は,従来のキラルジクロ ロフタル酸を用いた光学分割に比べ,やや分離が向上したにすぎなかったが,(±)-trans-6に適用した場 合は驚異的な分離の向上がみられた.それぞれ分割したジアステレオマーの1H-NMRより求めた化学 シフト値の差 ( 値) はともに非常に大きな値を示し,セクター則を適用することにより絶対配置を 決定した.

  安定トランス体 (3R,3’R)‑(P,P)‑trans‑1の塩化メチレン溶液に–20 oCで光照射した.生成した不安 定シス体 (3R,3’R)‑(M,M)‑cis‑2との平衡混合物をキラルカラム (CHIRALCEL OD–H, hexane, –20 oC)  を用いたHPLCで分離を行った.わずかに熱で異性化した安定シス体 (3R,3’R)‑(P,P)‑cis‑3 を含めた3 種の異性体をそれぞれ分取することに成功した. 

不安定シス体 (3R,3’R)‑(M,M)‑cis‑2のヘキサン溶液を,15–33 oCの各温度でCDの変化を測定した.C Dスペクトルは明瞭な等吸収点を示し,二成分系の反応であることを確認した.CDの変化量の最も大き な224.4 nmでの値から不安定シス体 (3R,3’R)‑(M,M)‑cis‑2 と安定シス体 (3R,3’R)‑(P,P)‑cis‑3の比 率を求め,各温度での速度定数k と半減期t1/2を求めた.さらにArrheniusとEyringプロットから,活 性化エネルギーEa = 19.7 kcal mol–1,活性化エンタルピー H‡ = 19.0 kcal mol–1,活性化エントロピ ー S‡ = –15.1 cal K–1 mol–1を得ることができた. 

                       

               

Me Me

Me Me hexane

(3R,3'R)-(P,P)-cis-3 Scheme 1.

(3R,3'R)-(M,M)-cis-2

-300 -200 -100 0 100 200 300

210 220 230 240 250 260 270 280

∆ε

λ (nm) (3R,3'R)-(M,M)-cis-2 (3R,3'R)-(P,P)-cis-3

OH O MeO Me

(S)-(+)-1 (MαNP acid) 2. 2‑メトキシ‑2‑(1‑ナフチル) プロピオン酸のエステル体の立体配座に関する研究    当研究室で開発した 2‑メトキシ‑2‑(1‑ナフチル)プロピオン酸 (MαNP 

acid, 1) は,2級アルコールに対して HPLC における大きな不斉識別能 と磁気異方性効果の両方を有するカルボン酸であり, MTPA をはじめとす る従来の試薬を凌駕するカルボン酸である. MαNP acid を用いた絶対配 置決定法の概略を下図に示した. MαNP acid のエステル体はメチルエー テル,エステルカルボニルおよびメチンプロトンが syn の配座が優勢で あることから,図右に示すように 1H NMR 化学シフト地の差 ∆δ を求める ことでアルコール部分の絶対配置が決定できる.しかしながら,なぜ sy n のコンホメーションが安定なのかは未解決であった.そこで本研究では  syn の配座安定化の要因を探るべく研究を行った. 

H O L1

L2

MeO O Me

H O L1

L2

MeO O Me

R S

H O-MαNP L1 L2

X X

∆δ(L1) > 0

∆δ(L2) < 0

MαNP plane

X

∆δ = δ(R,X) – δ(S,X)

2級アルコールの絶対配置 (X) の決定

syn syn

high field shift

high field shift

  まず安定立体配座の熱力学的安定性について検討するため, MαNP の (–)‑メンチルエステルについ て低温で 1H NMR を測定した. syn 配座が熱力学的に安定であるならば,低温にすることで syn 配座 の存在確率が増し,それに伴う NMR ピークのシフトが予想される.重クロロホルム中低温では,いず れのジアステレオマーにおいても syn 配座が熱力学的に安定であることを示す実験結果を得た. 

次に syn 配座安定化の要因として, NMR 測定溶媒中の酸性プロトンを介した水素結合的な相互作 用を考慮した.酸性プロトンの存在しない重シクロヘキサン中では, ∆δ 値は重クロロホルム中より もかなり小さかった.そこで重シクロヘキサン溶媒中にクロロホルム,およびメタノールを添加する と, syn 配座の存在確率の増加に起因する 1H NMR ピークのシフトが観測された.また,種々の測定 溶媒中における ∆δ 値の比較を試みた.測定溶媒中のプロトンの酸性度が大きくなるに従い ∆δ 値が 大きくなり,重メタノールを用いた時に最も大きな ∆δ 値が得られた. 

以上の結果より,測定溶媒中の酸性プロトンを介した syn 配座の安定化が示唆される結果を得るこ とに成功した. 

 

3.オルト置換ジアリールメタノール類の光学分割と絶対立体化学の決定に関する研究 

  我々はこれまでにキラルフタル酸法により種々のアルコールの光学分割と絶対立体化学の決定に成 功している.キラルジクロロフタル酸1 とアルコールとを縮合させて得られるエステル 2A, 2Bはシリ カゲルの中圧ガラスカラムにより分離可能であり,還元または加水分解により2つの光学的に純粋な エナンチオマーを得ることができる.一方,エステル2A, 2Bは単結晶性が良く,X線Bijvoet法とカン ファー骨格の内部標準とにより二重に絶対立体化学を決定できるという長所を持っている. 

S N

O O O

Cl Cl

O OH

N OSO O

Cl Cl

O O OH

OH H DCC, DMAP

(1S, 2R, 4R)-(–)-1 2A + 2B

reduction or hydrolysis

*

X-ray analysis 1)

2) HPLC 3

Ent-3 R1

R1

R1 R2

R2

R2

+

    本研究では不斉点が立体的な影響を受けると考えられるオルト置換ジアリールメタノール類につい てキラルフタル酸法を適用した.その結果,今回試みた全てのオルト二置換ジアリールメタノール類 の光学分割に成功し,さらにそのうち2種に関してはX線結晶構造解析によりその絶対配置を確実に決 定することができた.またいずれの場合も容易に光学的に純粋なジアリールメタノールを回収するこ とができた.残念ながらX線に適した単結晶を得られなかったものに関しては当研究室で開発したMαN P Acid 法を適用することでその絶対配置を決定することに成功した. 

 

    

MeO

OMe

MeO

OMe

(R)-(+)-4

(X-ray) (R)-(+)-5

(X-ray) (S)-(–)-6

(MαNP) (S)-(–)-7

(MαNP)

HO H HO H HO H HO H

   

4.2‑メトキシ‑2‑(1‑ナフチル) プロピオン酸を用いた新規鏡像体過剰決定法の開発に関する研究  近年,天然物やキラル医薬品の合成法として不斉合成や酵素反応が盛んに研究されているが,これ らの方法において生成物の絶対配置の決定と鏡像体過剰(% ee: 光学純度)の決定が大きな問題となっ ている.鏡像体過剰を求める方法としては,旋光度法,クロマトグラフ法,NMR法などの各種分析機器 を用いる方法が報告されている.また最近,より感度の高いマススペクトル法も報告されている.し かしながら,これらの方法にはそれぞれ一長一短がある.特に,クロマトグラフ法とNMR法で用いるジ アステレオマー誘導法ではジアステレオマーを生成する際の速度論的光学分割の効果が避けられない 問題となる. 

 

                 

 

H3CO OH O

D3CO OH O

H3CO O O

H3CO O O

D3CO O O D3CO

O O HOH

HOH

HOH

HOH

H H

H

H +

(S,S)-3 : Y (S)-1

(R)-1-d3

13

13 13 13 13

(R)-2 : x

13

(S)-2 : y k1

k1 k2 k2

(R,R)-3-d3 : X'

(R,S)-3-d3 : Y' 13

(R)-2 : x

13

(S)-2 : y +

X = k1x

X' = ak2x Y = k2y

Y' = ak1y (S,R)-3 : X

k1, k2 ; 速度論的光学分割因子を考えた比例係数 a ; (R)-1-d3の存在比、アイソトープ効果等を含む係数

(a)

(b)

(c)

(d)

In general, (k1/k2) ≠1

X/Y' = (k1x)/(ak1y) =(1/a)x/y

X'/Y = (ak2x)/(k2y) = (a)x/y (X/Y')(X'/Y)

= [(1/a)x/y][(a)x/y]

= (x/y)2

= [(1st.,M)/(1st.,M+3)]

[(2nd.,M+3)/(2nd.,M)]

(2)

(1) X/Y = (k1/k2)x/y (eq.1)

(eq.2)

(eq.3)

(eq.4)

3A : [X + Y']

3B : [Y + X']

18.0 min

26.1 min Silica gel glass column

(22φ x 300 mm) Hexane / AcOEt = 20 / 1 n = 9500 ~ 11600 α = 1.96 Rs = 4.15

inject

RI

Figure 1.

 

 

本研究では,2‑メトキシ‑2‑(1‑ナフチル)プロピオン酸1を用いた新規鏡像体過剰決定法の開発に成 功した.本法はジアステレオマー誘導法でありながら,その速度論的光学分割因子を完全に排除する ことに成功しており,従来の方法と比べ,より厳密に鏡像体過剰(% ee)を決定することができる. 

様々な鏡像体過剰をもつように調整したアルコールについての測定結果を検討すると,重量より求 めた% eeと,1H NMRにより求めた% eeはよく一致した. 

                             

calcd % ee by weight

obsd % ee by NMR

0 20 40 60 80 100

0 20 40 60 80 100

Figure 3.

【研究活動報告】

 

物理プロセス制御研究分野

(2001.1〜2001.12)  教 授:八木順一郎 

助 教 授:小林三郎,高橋礼二郎  助 手:埜上  洋 

教 務 補 佐 員:張  興和 

研 究 員:嶋田太平,梁  小平 

研 究 留 学 生:J. A. Castro, S. Pintowantoro, M. A. Ribas,  大 学 院 生:H. Purwanto, 儲  満生,庄子裕史,竹濱良平,  

山崎知洋,戸田勝弥,夏井琢也,根岸利光,   

岡部  晋,佐藤  潤,高徳宗和   

 

本研究分野のグループ員の主な異動は以下のとおりである.金属学研究留学生特別コースの Castro が研 究を終了し1月に帰国後,3月に学位を授与された.3月には張教務補佐員が転出,庄子,竹濱,山崎の3名 が博士課程前期 2年の課程を終了した.4月より岡部,佐藤,高徳  (大学院前期 2年課程,金属工学専攻) の3名が,また10月よりRibas (金属学研究留学生特別コース) および儲 (工学研究科外国人留学生特別コ ース) の2名が加わった.中国政府派遣の梁研究員は派遣期間の終了に伴い10月に帰国後,日本学術振興 会外国人特別研究員として12月に再来日した.

本研究分野では移動現象論に基づき,各種素材製造業における単位プロセスの流動,伝熱,反応の諸現 象を数値シミュレーションとその実験的検証により明らかにする.さらに,エクセルギーの概念を導入してシステ ム全体の最適化を検討し,新プロセスを開発する.また,放出すると地球温暖化を促進させる炭酸ガスからの 有用物質の製造や燃焼合成法による新素材の製造に関する研究も行う.それらの研究内容は次のようなキー ワードで表せる:移動現象,反応速度,プロセス解析,生産効率,エネルギー効率,最適化,環境保全.

2001年の研究活動としては以下のように総括される.

ドキュメント内 研究業績・活動報告2001 (ページ 36-40)