理由 :次 に赤い斑点 と白い斑点のイ ワナについての疑間が書かれ、
実際に標津地方の分布を調べることまで しているか ら。
② 内容
:自分の思っていたとおり、忠類川のイワナは赤い斑点であっ
なものにす ることがで きる。つ ま り、欠落のあるままの表現体では、「釣 り 上げたばか りの魚のこの白い斑点」 とヽヽう報告 と「 この間、忠類川で釣 った イ ワナは、赤い斑点ではなか ったか。」 とい う疑間 とが対 となる表現構造の アンパ ランスさ。また「赤い斑点ではなかったか。」が、論証ぬきのまま「赤 い斑点 と白い斑点」 とい う事実へ移行 して しまう論理構造の飛躍。先の学生 の理由付けか らもわかるとお り、 これらから、補完内容の適切さが保障 され、
空欄には「赤いイ フナの存在を確認する」 とい う内容が補完 されることにな る。 この ように、 ここでは、
2層
にまたが って機能 と構造を検討することで 欠落箇所を補 うことができる。いわば、手掛か りは文章構造の内部に閉 じ込 め られているのである。 この箇所では表現体の構造は閉 じているとい う言い 方ができる。開いた構造
これに対 し、発端部に続 く箇所で標津地方の赤い斑点 と白い斑点のイフナ の分布を確かめたあ とで提出される疑間を補 うには、同様の手順では うまく いかない。それは、
いったい、 この二つのイ ワナは別種なのだろ うか。それ とも、斑点の 色の違いは、水質や食物などの環境条件の違いによって生 じた同種内の 変異なのだろ うか。
とい う段落で、 これは、「 赤い斑点 と白い斑点。なぜだろ うか。」を より明瞭 に、検証できる形で表現 した ものである。 この箇所を空欄に して、内容の補 完をもとめると、多 くの学生は適切な内容を得 られず、また「別種か同種か とい う疑間」 とい う内容を予想できても、その理由付けが薄弱なものばか り である。なぜだろ うか。
結末部の段落に次の表現がある。
もはや疑間は何一つない。 この二つのイ ワナは、互いに独立 した別種 だ ったのだ。おそらくこの両者の間には、長い時間をかけた種分化の歴 史があったに違いない。
ここに「別種」 とか「種分化」 という語が用いられているが、種に関する
ことばは、 この箇所以前には、同 じ段落内に「 二種のイ フナ」 とい う表現が あるのをのぞけば、空欄部にあるだけである。欠落箇所のあるまま読んだ場 合、どうしても結末が唐突である印象はぬ ぐえず、そこか ら、欠落箇所が種 にかかわ る話題であること、 さらに、文章全体にかかわ る疑間 としては「 赤 い斑点 と白い斑点。なぜだろ うか。」が先行 していることか ら、二つのイ ワ ナの種に関する疑間 として「 別種か同種か」が予想 され ることになる。空欄 部を「 別種か同種か とい う疑間の提示」 とい う機能だ とす ると、文章全体の 構造は安定する。 しか し、その箇所の表現 として「 種」 とか「 同種」「 別種」
とヽヽう語が最適であるか どうかは、 じつは不定のままである。
「種」については、生物分類学上 も厄介な問題をもつ概念であるが、石城 氏に したがえば、「 つ ま り種 とは、他の個体群 とは不連続な形態的特徴 と、
独 自の生態的特徴を持ち、 しか も生殖的隔離機構に よって他か ら隔離 されて いるもの、 とい うことになる。」 らしいぃ。 この点か ら文章の構造を見直す ならば、赤い斑点 と白い斑点 (不連続な形態的特徴)、 分布の偏 りと生育過 程の違 い (独自の生態的特徴)、 時期 と場所をず らせた繁殖行動 (生殖的隔 離機構
)と
種を規定す る3点を示 した上で、「 もはや疑間は何一つない。」 と 述べていることが分か る。 この文章は、いわば種をめ ぐるケーススタデ ィを おこなっているのである。だか ら、文章全体を支配す る疑間は「 種」にかか わる疑間 とならぎるをえない。空欄を補完す るとき、空機箇所の機能の上か らは予想ができて も、根拠を もって安定 しえなか ったのは、その実体を保障す る構造が、いわば文章外に 広がっていたか らである。す くな くとも先の「種」の定義を外挿 しないか ざ り、表現 として安定 しない。すなわち、 この箇所において表現体の構造は開 いて しまっている。
情報 とヽヽう観点か ら読むためには、 まず構造を想定 しなければならないが、
その構造に閉 した もの と開いた ものがあることに注意 しなければならない。
閉 じた構造においては、い くつかの層にまたが りながら、構成要素の機能や 構造を吟味 してゆ くことで、読む ことが可能 となる。一方、開いた構造では、
構造内の関係を もとにするだけでは、各構成要素は安定 しない。機能は確認
できても、実体 としてはプラックボ ッタスになって しまう。先の例では、「別 種か同種か とい う疑問」
―
「 生育過程が違 うとヽヽう報告」
―
「繁殖
行動が隔離されているとい う報告」
―
「別種 とい う判断」 とい う構造は
読み取れても、「 別種か同種か とヽヽう疑間」に対 し「生育過程」や「繁殖行 動」の報告が最適な要素 として機能 し、最終的な判断を得ていることを確認 する術がないとい うことである。情報の実体 と機能の両側面を とらえるには、
読みにおいて構造に対す る明瞭な見通 しが もとめられ る。 しか も、表現体全 体の構造は一般に閉 じているが、下位構造においては開いていた り、閉 した りしている。そ うした下位構造や構成要素の関係を定めつつ、表現体全体の 安定 した構造を産みだせるように読みの方向性を維持す ることが重要である。
構成要素の機能 と実体
竹西寛子の「蘭」(第一学習社『 国語I』)は、読みにおける機能 と実体の かかわ りを考えるには格好の教材である。知人の葬儀か らの帰 りの車内か ら 物語は始 まる。「 ひさし」は懸命に歯の痛みを こらえている。思い余 って父 親に訴えると、父は大事に していた祖父譲 りの扇子を引 き裂 き、その骨を細 く裂いて楊枝がわ りに して くれた。「 ひさし」は、ず っと大切に して きた も のを父親に裂かせた ことへの 自責の念にか られなが ら、父親が本来の望み ど お りには人生を送 っていないことに気づ くのだった。 こうした展開の中に、
父親 と亡 くなった知人 との共通の知 り合いである料理屋の女将 との葬儀後の エ ピソー ドがはさみこまれている。
「蘭」の授業で、人物像や心情を読み解 こうとすると、 しば しば、それ ら が明瞭な像を結ばないまま終始す ることがある。あるいは、女将や父親につ いてさまざまに想像 し、小説の人物 としての内実をふ くらませていって も、
物語全体の見通 しが明る くなるわけでもない。物語の提示 した認は、す っき りした解決を見ないまま残 され る場合がある。なぜだろ うか。
物語は、読む ことによって、 さまざまな層にまたがる構造体 として立 ち現 れて こな くてはな らない。人物や時間や空間や、そのはか物語において言及 されているものすべてが、構造を形成 し維持す る機能を もって関係付け られ
ていな くてはならない。 ここにおいて構成要素は、その一定の表現のまとま りが意味す るもの、いわば物語構造における実体 とは関係な く、他の要素 と の関係のあ り方に よって識別 され る。た とえば、『 ごんぎつね』では、「 うな ぎ」が「 いわ し」 と等価であ り、 したが って交換可能であるのに対 し、「 栗 やまつたけ」 とは交換不能である。 これは、「 うなぎ」 と「 いわ し」が実体 として類似 しているか らではな く、「 ごん」の行為 との関係のあ りかたにお いて等価だか らである。 したが って、当然のことだが、人物像や場所、時間、
道具など構成要素の実体を明らかに しても、その機能を説明することはでき ない。構成要素は他の要素 との関係付けによってのみ、機能を明らかにす る からである。ただ、その ものの実体を提示す ることで、その要素がどのよう に働 くのかを推定 させるこができる場合 もある。『 少年の 日の思い出』では、
「僕」や「 エー ミール」の人物像を丹念に作 り上げることで、物語のなかで の「僕」 と「 エー ミール」の機能を安定 させ ることができる。
だがおそ らく、「 蘭」の場合、物語構造の構成要素である登場人物の機能 は、実体を明 らかに しても説明されえないのではないか。た とえば「女将」
については、その人物像をさまざまに想像させる表現が散 らば っているが、
そ こからは、物語の構造のどこに位置づけ、 どの ような機能を もたせれば よ いかはわか らない。「 父親」の心情に してもそ うで、表現の端 々か ら読み と れるように も思えるが、 しか し、それ らが総体 としてどのように機能 してい るかは不分明なままである。人物の実体を読み解 くことで物語の構造を明ら かにす ることは、 この教材の場合むずか しい。
この物語は、「 歯の痛み」を こらえるところか ら始 ま り、それが和 らぐと ころで終わ る。いわば、「 歯の痛み」 とその解決が物語的事件である。そ こ で、全てを「 歯の痛み」 との関係に組織 しなおせば、「 女将」は事件のきっ かけをつ くる者であ り、「 父親」は事件を解決す る援助者 として機能す るこ とがわか る。それは、「女将」や「 父親」が どの ような人物であるかが不明 のままであっても、何を したかが明らかであれば定 まる。「 歯の痛み」は、「女 将」が用意 して くれた水炊 きを食べた折「 治療の際の詰め物が取れて、そ こ に何かの繊維がきつ くくい込んだ」か らと思われ、「 父親」が渡 して くれた