• 検索結果がありません。

六朝「志怪」に表れる死者ならびに生者 死者関係――地獄の誕生―― -

ドキュメント内 untitled (ページ 120-153)

-前章の記述によって 死者性 の転倒現象の内実はかなり明瞭になったと思う。しかし、後漢 時代の文献からは死者が弱い存在になっていることは確実に言えるものの、典型的には地獄説に 表れるような「死後=苦」という考え方とはまだかなりの乖離がある。

地獄という純粋苦の死後世界の観念を根付かせたのは仏教、ならびに仏教の考え方をも吸収し た道教の影響によると考えてもよいであろう。しかし、既に述べたように、 死者性 の転倒現 象自体は仏教・道教が引き起こしたものではなく、長期にわたる 死者性 の変容を最終的に地 獄説が完成させたとするのが、本研究の立場である。

確かに、仏典の漢訳において地獄説は初期の段階(二世紀中葉以降)から翻訳されている。後 漢時代には安世高(二世紀中葉)訳の『佛説十八泥犁經』、『佛説罪業応報教化地獄經』、『佛説罵 意經』、『佛説鬼問目連經 、支婁迦讖訳の『道行般若經』(』 以前訳)泥犁品、康巨訳『問地

( )1

150 CE

』(『 』 )、 『 』 、 、

獄事經 經律異相 巻四九・五〇引 訳者不詳 大方便佛報恩經 (220頃訳)巻二 四があり 三国時代には呉・支謙訳『大明度經』(222 28〜 )巻三地獄品、支謙・竺将焔『法句經』(224)巻下 地獄品、康會(d.280)訳『六度集經』巻一、三、五 『陰持入經注 ( 、經文は安世高訳、注は呉、 』 3c

)、 『 』 、『 』 、

・陳慧の系統 西晉時代には法立・法炬( 末〜 初)訳 大楼炭經 巻二3c 4c 法句譬喩經 巻一 三 三〇 竺法護(、 、 d.316)訳 修行道地經 巻三地獄品がある しかも 初期の訳経では地獄を「太『 』 。 、 山」「太山地獄」と訳した( 六度集經 『法句譬喩經』など)から、地獄と泰山の結合が冥界を苦『 』 しみの世界にしたという仮説を立てることは不可能ではない。

しかし、仏教の地獄説が強い影響を発揮するのは六朝後期(劉宋、五世紀以降)からであるこ とを示す材料がある。それが本章で扱う六朝志怪である。いうまでもないが、志怪は様々な方面 にわたる怪異な出来事、人物について書き記した話であり、三世紀以降、小説の一分野として確 立したものである( 新唐書』芸文志は子部小説家に著録 。但し、六朝時代の志怪の編纂・執筆『 ) 当事者の意識としては事実の記録であり、創作ではない( 隋書』経籍志 『旧唐書』経籍志は史『 、 部雑傳に著録 『風俗通』と『捜神記』の序文を参照 。記載されている全てが当時流布していた。 ) 話と見ることはできないにせよ(口承を文字に移した時点での整理や解釈は当然入り込む 、当) 時の一般の信仰や捉え方を反映すると見ることは可能であり、死者との交流が主要なテーマの一 つとなっている点で、死生観や他界観を考える上で、無視できない資料である。

後述するように、志怪自体にも性格の変化があった。即ち、六朝後期には仏教的な応験譚や応 報譚を大量に吸収していくのであり、その意味では六朝後期に仏教の影響が強くなるのは理の当 然なのであるが、一方では六朝前期と後期で共通する要素も強いのであって、その点では仏教的 な地獄が従来の冥間観とどのように結びついていくのかを示す格好の材料となっている。換言す るなら、本章の目的は地獄がどの段階で導入されたかを示すだけでなく、 死者性 の転倒現象 の中で地獄がどのような形で成立し、 死者性 に決定的な性格付けを行うのかを見る点にある。

第一節 志怪における死者とかかわる話

第八章 六朝「志怪」に表れる死者ならびに生者 死者関係――地獄の誕生――

-一方、資料として扱う場合、志怪はやや厄介な問題を含んでいる。第一に 『捜神記、 』、『捜神 後記』、『異苑』、『拾遺記 、梁・呉均『続斉諧記』を除き、殆どが散逸しているため、李昉等撰』

『太平廣記 (』 978成)、『太平御覽 (』 983成)などに収集されたものから復元せざるを得ないとい うことである 『廣記』や『御覽』に記載する出典がどの程度依拠できるか、またどの程度原文。 に忠実に収録したかは疑問の点が残る。第二に、撰者と成立時期が確かなものはそれ程は多くな い。第三に、多くの文献では書承と見聞を共に採用しているため、後の時代の志怪には古い時期 の文献から再録されたものと、新たに記録された伝承が混在するということである。これらは 死者性 の変容を探るという目的にとっては明らかに不利な要素となる。

そこで、ここでは主として成立時代が比較的明瞭なものを題材として、大雑把に六朝前期(三 国・西晋・東晋)と六朝後期(宋・斉・梁・陳)に区分し、それぞれにおいて死者の在り方を規 定する要素を類型化するという戦略を採りたい(例えば、同じ話が複数のテキストに存在する場 合、それが六朝前期と後期のどちらに属すのかが考慮され、それ以上は深入りしない 。かなり) 大雑把な話になることは避けがたいが、ここでの目的は詳細な変遷過程を追うことではなく、前 章で行った考察と比較対照することを可能にするようなモデル化であるので(その意味では、そ もそも最初から大雑把な話を指向していると言える 、一定の効果はあると思われる。)

以上の視点から、以下の文献が主要な対象となる。

①六朝前期

晋・張華( )『列異傳? 』。『隋書』経籍志によると魏文帝(d.226)撰 『新唐書』は張華(。 d.300)撰とす る。内に西晉時代の話を含むので前者は無理だが、六朝前期であることは承認されてよかろ う。

晋・于寳『捜神記 。于寳( 晋書』』 『 82)は字令升、新蔡の人、東晋・元帝の時 『晋紀』を著し、、

『左傳 『易 『周官』などに注す。性陰陽術数を好み 「古今神祇霊異人物変化」を撰集し』 』 、 て『捜神記』三十巻を撰す 『捜神記』には二十巻本と八巻本があり、共に原本のままでは。 ないが、二十巻本の方が元の姿に近いといわれている。序によると、干寶自身に怪異の体験 があり(後述)、「況仰述千載之前、記殊俗之表、綴片言於殘闕、訪行事於故老、将使事不二 迹、言無異途、然後爲信者、固亦前史之所病。……及其著述、亦足以發明神道之不誣也」と 言うように、怪異を事実として記録し、その虚妄にあらざることを示すというのが、基本的 なスタンスである。

後秦・王嘉、梁・蕭綺『拾遺記 。王嘉は四世紀後半の一種の隠者で、預言にたけ、道安と交流』 があり、390年頃姚萇に殺される( 晉書』『 95)。もと十九巻であるが、残闕して蕭綺が十巻 にまとめた。一応、前期として扱う。

東晋・戴祚『甄異傳 。戴祚は東晋末の人。』 東晋・祖台之『志怪 。祖台之は東晋末( )の人。』 ?

『拾遺記 『甄異傳 『志怪』は一応、前期として扱うが、前後期の間と位置づけておくのが無難』 』 であろう。この他に、志怪ではないが、前章での後漢時代との関連をつけるために、以下の文献 を含める。

後漢・応劭( 後半)『風俗通 、現存十巻。応劭は二世紀後半の人で、著に『漢儀 『漢官儀』が2c 』 』 ある。序に「而至於俗間行語、衆所共傳、積非習貫、莫能原察。……私懼後進益以迷昧、聊 以不才擧爾所知、方以類聚、凡一十巻、謂之風俗通義。言通於流俗之過謬、而事該之於義理

( )主に参照した研究書・訳書は次の通りである。1

竹田晃『中国の幽霊:怪異を語る伝統 、一九八〇、東大出版会。 伊藤清司『死者の棲む楽園:古代中国の死生観 、一九九八、角川書店。 中村璋八・清水浩子『風俗通義 、二〇〇二、明徳出版社。

竹田晃訳『捜神記 、一九六四、平凡社。

安藤智信訳「冥祥記 、入矢義高ほか『仏教文学集 (中国古典文学大系第 60巻 、一九七五、平凡社。 小南一郎訳「法苑珠林 、荒牧典俊ほか『大乗仏典〈中国・日本篇 』第三巻、一九九三、中央公論社。 前野直彬・尾上兼英『幽明録・幽仙窟他 、一九六五、平凡社。

木村秀海監修『訳註 太平廣記 鬼部』二巻、二〇〇一、やまと崑崙企画。

也」と言うように、干寶とは全く対照的に怪異の虚妄であることを示すという傾向が強い。

晋・陳寿(233 297〜 )『三国志 、裴松之注。宋元嘉六年(』 429)。

②六朝後期

宋・劉義慶『幽明録 。劉義慶(』 403-444)、宋武帝劉裕の弟、長沙王劉道憐の次男(叔父道規の嗣 子)で 『世説新語』の撰者として有名である 『宋書』巻、 。 51に「爲性簡素、寡嗜欲、愛好文 義、才詞雖不多、然足爲宗室之表。受任歴藩、無浮淫之過、唯晩節奉養沙門、頗致費損」と 言うことを反映して、内容的には仏教的な説話も多いが、仏教と関係しないものの方が多数 であり、仏教説話集とは言えない。

宋・劉敬叔『異苑』十巻。劉敬叔、太始年間(465-471)没で、仏教信者であるとされるが、話には 仏教的な要素は殆どない。

宋・東陽無疑『齊諧記 。東陽無疑は不詳。』

南齊・王琰『冥祥記 。王琰は斉末梁初(五世紀後半〜六世紀初)の人。太子舎人、呉興(浙江』

) 、 ( ) 、『 』 (『 』 )。

省 令 義安 広東省 太守などを歴任し 宋春秋 二十巻の著書がある 隋書 経籍志 出身は当時の名族である大原王氏であり、この一族は東晋以来、仏教を信奉したことで著名 である(王青「 冥祥記》研究《 」、『魏晋南北朝時期的仏教信仰与神話 、二〇〇一 。本書自』 ) 序( 珠林』『 17)の中で、王琰が幼い時、交阯で仏像を入手し奉養してきたが、それを寺に 預けたまま行方不明になっていたのを、夢のお告げで発見する話(建元元年479のこと)を 出発点に、仏像の「幽異」や「経塔の顕效」を実証する伝承を収集したと記すように、基本 的に 仏教応報集 という性格を持つ。

以上を主対象として死者に関わる話を捜集したのが「資料」である(収集の基準は死者または死の 世界が具体的に語られていることであって、単に誰かが死ぬだけのものは含めない 。底本としたの) は魯迅校録『古小説鈎沉』、一九一一成(一九九七、斉魯書社)であって、必要に応じて原書や訳書

( )

を参照した。

1

これらの話は当然、全く異なるテーマとパターンのものを含んでおり、最初にこれらを分類・

整理する必要があろう。全体として、( )死もしくは死者が現世と何らかの交渉を持つことにかA かわるテーマと( )人の寿命と死の決定にかかわるテーマがあるが、多くは両方のテーマに含むB ような展開になっており、その延長線上に( )冥界訪問型が成立していると要約できるように思C われる。A・B・Cの各類は更に以下のような幾つかの亜類に分類することが可能である。

ドキュメント内 untitled (ページ 120-153)