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光誘起ダイナミクスの温度依存性

第 5 章 BaV 10 O 15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 55

5.4 光誘起ダイナミクスの温度依存性

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 60

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 61 Tc より高温では、∆R/Rは時間分解能(<< 250 fs)以内に瞬時応答を示し、それに続き、

緩和時間τ ∼1 psの緩和を示す。その後、∆R/Rは時間tに対して振動を示し、振動の周期 は~ωprに依存する。この振る舞いは、最低温の10 KにおけるSrV10O15 の振る舞いと似て いることに注意したい(第4章, [89])。(SrV10O15は最低温でもV三量体を形成しない。) Tc より低温の10 Kでは、このような振動は消える。このように、転移温度より高温では振動 を示すが、転移温度より低温では振動が消える現象は、電荷整列を示すLa1xCaxMnO3(x= 0.5, 0.58)薄膜においても観測されている[15]。図5.6(a), (b), (c)に、様々な遅延時間におけ る∆R/Rの温度依存性を示す。(a)~ωpr=1.0 eV, (b)1.4 V, (c)2.5 eVである。Tcより低温にお ける∆R/Rの不連続な変化が明確に見られる。

図5.7にEpr||bにおける∆R/Rの時間依存性を示す。同じデータが図5.5に示されている が、スケールを拡大している。(a)135 K, (b)180 K, (c)210 K(全てTc より高温)である。図 5.7に見られる、∆R/Rの瞬時応答とτ∼1 psの緩和は、電子状態の励起と、それに続く、格 子へのエネルギーの移動によるものであり、Tcより低温の場合と似ている。その後の数10 psの時間tに対する反射率の振動を、以下の式でフィッティングした。

∆R/R=αcos (ωt+φ) exp (−t/τ)+β+γt (5.2) ここで、最後の2項は∆R/Rのバックグラウンドに対応し、最初の第1項が振動に対応する。

フィッティングの結果を図5.7(a), (b), (c)に示す。また、様々な温度T における振動の周期 2π/ωを、プローブ光の波長pr)の関数として、図5.7(d)に示す。

このような時間tに対する∆R/Rの振動は、サンプル表面とサンプルの内側から反射され たプローブ光が干渉することによって起こる[19, 57, 70]。つまり、光照射直後、光誘起状態 がポンプ光の侵入長程度でサンプル表面に現れ、その後、光照射によって生じた格子の拡 張、つまり格子の歪みが時間経過とともにサンプルの奥行き方向へ弾性波で進んでいき、こ の格子歪みに伴って、電子の励起状態が現れる。つまり、格子歪みと結合した電子の励起状 態が、音速vでサンプルの奥行き方向へ進んでいく。光は光誘起状態と元々の状態の境界 で反射され、この光はサンプル表面で反射された光と干渉する。このような干渉は、境界 の位置とサンプル表面の間の距離(vt)と、プローブ光の波長λpr に依存する。この結果、t に対する∆R/Rの振動が現れ、その振動周期は~ωprに依存する。図5.7(d)に見られるよう に、振動の周期(2π/ω)は、プローブ光の波長が増加するにつれて、増加する。今考えてい るモデルでは、異なるλprの値に対して、屈折率が同じ場合、振動の周期はλprに比例する (2π/ω=λpr/2nv)ことになる。よって、図5.7(d)の振る舞いは、今のモデルと一致する。

図5.7から分かるように、振動の振幅は、転移温度より高温側から温度を下げていくと、

減少していく。図5.8に、式(5.2)のαを、温度T の関数としてプロットする。振幅αは、

T >Tcで温度Tを下げていくと、減少していくのが分かる。ただし、~ωpr=2.5 eVは除く。

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 62

0 100 200 300

0 0.1 0.2

(a) BaV10O15

R /R

Temperature (K) 1.0 eV

0.5 ps 1 ps

Epr || b 2.8 mJ/cm2

40 ps Tc = 123 K

0 100 200 300

−0.15

−0.1

−0.05 0

(c) BaV10O15

R /R

Temperature (K) 2.5 eV

0.5 ps 1 ps Epr || b 2.8 mJ/cm2

40 ps

Tc= 123 K

0 100 200 300

−0.05 0 0.05

(b) BaV10O15

R /R

Temperature (K) 1.4 eV

0.5 ps 1 ps

Epr || b 2.8 mJ/cm2

40 ps Tc= 123 K

5.6 様々な遅延時間におけるR/Rの温度依存性、Epr||bで、pr=(a)1.0 eV, (b)1.4 eV, (c)2.5 eV

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 63

0 20 40

−0.04

−0.02 0 0.02

(a) BaV10O15

R /R

Delay time (ps) 1.4 eV 135 K Epr || b 2.8 mJ/cm2

2.5 eV 1.0 eV

10 30 0 20 40

−0.04

−0.02 0 0.02

(b) BaV10O15

R /R

Delay time (ps) 1.4 eV 180 K Epr || b 2.8 mJ/cm2

2.5 eV 1.0 eV

10 30

0 20 40

−0.04

−0.02 0 0.02

(c) BaV10O15

R /R

Delay time (ps) 1.4 eV 210 K Epr || b 2.8 mJ/cm2

2.5 eV 1.0 eV

10 30 00 500 1000

20 40 60

Wavelength (nm)

period (ps)

(d) BaV10O15

Epr || b 2.8 mJ/cm2

300 K 270 K 240 K

210 K 180 K 135 K

5.7 Epr||bにおけるR/Rの時間依存性、(a)135 K, (b)180 K, (c)210 K、太い実線はフィッ ティングの結果、(d)プローブ光の波長の関数としてプロットした様々な温度における振動の 周期

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 64

0 100 200 300

0 0.01 0.02

BaV

10

O

15

A m p li tu d e

Temperature (K) 1.0 eV 1.4 eV

2.5 eV E

pr

|| b

2.8 mJ/cm

2

T

c

= 123 K

5.8 R/Rの振動の振幅の温度依存性、Epr||bpr=1.0 eV, 1.4 eV, 2.5 eV

図5.9(a), (b), (c), (d)に様々な遅延時間における∆R/Rスペクトルを示す。(a), (c)がEpr||a、 (b), (d) が Epr||b、(a), (b) が135 K(> Tc)、(c), (d) が10 K(< Tc)の結果である。比較のた め、135 Kと210 K(どちらもTcより高温)の反射率の差分スペクトルを図5.9(a), (b)に、10 K(<Tc)と135 K(>Tc)の反射率の差分スペクトルを図5.9(c), (d)に、破線で示す。∆R/Rス ペクトルは、低エネルギー側ではプラスの値であり、~ωpr が増加するにつれて減少してい き、高エネルギー側ではマイナスの値になる。この振る舞いは両方の偏光方向、温度におい てである。さらに、∆R/Rスペクトルは、10 Kと135 Kの両方において、反射率の差分スペ クトルと振る舞いが似ている。10 Kの結果は既に報告されており、光照射による低温相から 高温相への相転移と解釈している[89]。135 K(>Tc)の結果は、Tcより高温における光誘起 状態は、より高温の状態に似ていると示唆している。

Tcより高温における光誘起反射率変化の定量的な議論は次のようになる。位置z(サンプル 表面からの距離),時間t(光照射後の時間)における複素誘電率(z,t)

(z,t)=C(z,t)PI+[1−C(z,t)]G (5.3) で与えられる [19, 89]。ここでPIG は、それぞれ光誘起状態と基底状態の複素誘電率 である。C(z,t)は位置z,時間tにおける光誘起状態の割合である。t = 0で、C(z,t = 0) = exp(−z/d)となる。dはポンプ光の侵入長である。その後、C(z,t)は時間発展する。これは、

波動方程式にしたがって、格子歪みと結合した電子の励起状態が進んでいくという時間発展 である。ここで、PIは、より高温の複素誘電率であると仮定する。つまり、135 Kのデータ

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 65

1 2 3

−0.1 0 0.1 0.2

h

ω

pr

(eV)

R /R

0.5 ps

1 ps 40 ps [( R

210 K

R

135 K

)/ R

135 K

] (a) BaV

10

O

15

E

pr

|| a 135 K

−0.2 1 2 3

−0.1 0 0.1 0.2

h

ω

pr

(eV)

R /R

0.5 ps

1 ps 40 ps [( R

210 K

R

135 K

)/ R

135 K

]

−0.2

(b) BaV

10

O

15

E

pr

|| b 135 K

1 2 3

−0.1 0 0.1 0.2

h

ω

pr

(eV)

R /R

10 K

0.5 ps 1 ps

40 ps

[( R

135 K

R

10 K

)/ R

10 K

] (d) BaV

10

O

15

E

pr

|| b

20 ps

1 2 3 −0.2

−0.1 0 0.1 0.2

h

ω

pr

(eV)

R /R 0.5 ps

40 ps 1 ps

[( R

135 K

R

10 K

)/ R

10 K

]

(c) BaV

10

O

15

E

pr

|| a 10 K

−0.2

20 ps

5.9 様々な遅延時間tにおけるR/Rスペクトル、(a)Epr||a135 K(b)Epr||b135 K (c)Epr||a10 K(d)Epr||b10 K、破線は、(a)(b)135 K210 Kの反射率の差分スペクト ル、(c)(d)10 K135 Kの反射率の差分スペクトル

に対しては210 Kの(ω)を、180 Kのデータに対しては240 Kの(ω)を想定する。さら に、ポンプ光照射によるサンプルの温度上昇を考慮して、Gは、緩和時間τで最初の温度か ら高温の(ω)に変わると考える[89]。つまり、135 Kのデータでは210 Kに、180 Kのデー タでは240 Kに変わると考える。このようにして、d=60 nm, v =8×103m/s,τ=10 psで、

R/Rの時間依存性を計算した結果を、図5.10(a), (b)に示す。(a)が135 K、(b)が180 Kに おける計算結果である。計算した∆R/Rは、実験で観測された振動を定性的に再現する。し かし、このモデルでは図5.8示した、Tcより高温から温度を下げていくことによる振幅の減 少を説明できない。

この問題に関して、BaV10O15のNMR測定において、Tc <T <200 Kの中間温度領域に、

別の相があることが示唆されている [45]。この相では非等価なVサイトの数が高温相より

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 66

0 20 40

−0.02 0 0.02 0.04

BaV

10

O

15

R /R

Delay time (ps) 1.4 eV 135 K E

pr

|| b

2.5 eV 1.0 eV

10 30

calc.

(a) (b)

0 20 40

−0.02 0 0.02 0.04

BaV

10

O

15

R /R

Delay time (ps) 1.4 eV 180 K E

pr

|| b

2.5 eV 1.0 eV

10 30

calc.

5.10 R/Rの時間依存性の計算結果、(a)135 K(b)180 K

も多い。このことは、長距離的な秩序はないが、V三量体が既にこの温度領域で形成されて いることを示唆している。この結果に基づき、Tcより高温であっても自由エネルギーの準安 定点が既に存在し、系がそこにトラップされて、それにより、格子歪みと結合した電子の励 起状態が進んでいくことが妨げられると考えられる。このことがC(z,t)における進んでいく 要素の抑制を引き起こし、結果として、∆R/Rの振動の振幅が減少すると考えられる。

そこで、実際に C(z,t)における進んでいく要素が抑制されたモデルを考えてみる。図

5.11(a)に、光誘起状態の空間分布を示す。光照射によって生じた光誘起状態のうち一部が、

格子歪みとの結合により進んでいくと考えている。よって、サンプル表面にとどまる光誘起 状態の割合を x1、進んでいく割合をx2とすると、x1+x2=1であり、C(z,t)は式(4.2)を用 いて、次式で表される。

0<z<vt C(z,t)=x1exp (−z

d )+ x2

2 [

exp (zvt

d

)+exp

(−z+vt d

)]

vt<z C(z,t)=x1exp (−z

d )+ x2

2 [

exp

(−zvt d

)+exp

(−z+vt d

)]

(5.4)

複素誘電関数(z,t)は、式(5.3)と式(5.4)を用いて表される。PIGは、それぞれ135 K

と210 Kのデータを用いている。

このようにして、d=60 nm, v=8×103m/s,τ=10 ps、x1=0.8、x2=0.2で、∆R/Rの時 間依存性を計算した結果を、図5.11(b)に示す。生じた光誘起状態の全てが格子歪みとの結 合により進んでいく、つまり、x1=0、x2=1として計算した結果(図5.10(a))に比べて、振 動の振幅が小さくなっていることが分かる。

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 67

0 1

z

C (z , t)

(a)

0 20 40

−0.02 0 0.02

0.04 calc. E

pr

|| b

Delay time (ps)

R /R

1.4 eV 1.0 eV

2.5 eV (b) BaV

10

O

15

135 K

5.11 (a)光誘起状態の空間分布モデル、生じた光誘起状態のうち一部が、格子歪みとの結 合により進んでいく、(b) (a)の光誘起状態の空間分布モデルを適用したR/Rの時間依存性の 計算結果

これらの実験結果より、BaV10O15では、軌道整列を伴う三量体相(T <Tc)と三量体のな い相(T >Tc)の両方において、光照射による反射率変化が観測された。さらに、どちらの場 合においても、光誘起状態はおおよそより高温の状態に対応する。しかしながら、ダイナミ クスは2つの場合で非常に異なる。T <Tcにおいて、光照射後、瞬時に(時間分解能の250 fsより速く)軌道整列が融解し、それに続いて約1 psでエネルギーが格子へ移り、V三量体 が壊れる。一旦このような光誘起状態(三量体の壊れた状態)が現れると、系は自由エネル ギーの準安定点にとどまり、その結果、サンプル表面付近に現れた光誘起相は、サンプルの 奥行き方向に進まず、サンプル表面で持続する。これにより、∆R/Rは数10 psまでほとんど 時間に依存しない振る舞いとなる。さらに、様々なフォノンモードのインコヒーレントな励 起による格子の温度上昇は、数psの緩和時間を伴う∆R/Rの緩和を引き起こす。

一方、T >Tcでは、光照射後、瞬時に電子状態が励起され、電子的な励起状態におけるエ ネルギーは、格子へと移る。この場合、光照射によって生じた格子の歪みがサンプルの奥行 き方向へ弾性波で進んでいき、この格子歪みに伴って、電子の励起状態が現れる。つまり、

格子歪みと結合した電子の励起状態が、音速でサンプルの奥行き方向へ進んでいくというも のになる。この結果、時間tに対して∆R/Rは振動する。高温側からTc に近づくにつれて、

Tcより高温であっても、V三量体は局所的に形成される。ただし、長距離秩序はない。これ により、自由エネルギーに準安定点が形成され、系はこの準安定点に部分的にトラップされ

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 68 る。よって、Tc より高温では温度を下げるにつれて、∆R/Rの振動の振幅が減少すると考え

られる。

今回の研究で示したように、転移温度より高温と低温の両方で光誘起スペクトルに変化が 存在するが、転移温度より高温と低温でダイナミクスが決定的に異なることは、他の強相関 電子系ではほとんど報告されていない。考え得る1つの理由として、研磨によって引き起 こされたサンプル表面に残ったストレスが、物質の本質的な光誘起ダイナミクスを隠してし まっていることが考えられる。これは今回の物質にも当てはまることである。劈開面の光学 的な性質を研究することは、遷移金属酸化物のような強相関電子系の光誘起ダイナミクスを、

正確に議論するために重要であるということを、今回の研究の結果は示唆している。

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