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第 5 章 BaV 10 O 15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 55

5.5 まとめ

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 68 る。よって、Tc より高温では温度を下げるにつれて、∆R/Rの振動の振幅が減少すると考え

られる。

今回の研究で示したように、転移温度より高温と低温の両方で光誘起スペクトルに変化が 存在するが、転移温度より高温と低温でダイナミクスが決定的に異なることは、他の強相関 電子系ではほとんど報告されていない。考え得る1つの理由として、研磨によって引き起 こされたサンプル表面に残ったストレスが、物質の本質的な光誘起ダイナミクスを隠してし まっていることが考えられる。これは今回の物質にも当てはまることである。劈開面の光学 的な性質を研究することは、遷移金属酸化物のような強相関電子系の光誘起ダイナミクスを、

正確に議論するために重要であるということを、今回の研究の結果は示唆している。

第5章 BaV10O15 の劈開面における光誘起ダイナミクスの温度依存性 69 スのプロセスに影響を与えているためだと考えられる。強相関電子系における光誘起ダイナ

ミクスを理解するためには、劈開面における研究が重要であることを、今回の結果は示唆し ている。

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第 6 章

総括

本研究では、軌道と格子の相互作用が働く軌道整列系V酸化物AV10O15(A=Ba, Sr)を対 象として、主にフェムト秒ポンププローブ分光測定を用いて、光誘起相転移の探索、光誘起 ダイナミクスの微視的なメカニズムの解明、そして、軌道整列が光誘起ダイナミクスに及ぼ す影響を統一的な視点で理解することを目指して研究を行った。その結果、軌道と格子の相 互作用が光誘起ダイナミクスに影響を及ぼしていることが観測された。以下に、本研究で得 られた結果をまとめる。

第4章では、BaV10O15 とSrV10O15 の研磨面において、フェムト秒レーザーを用いた反 射型時間分解ポンププローブ分光測定を行い、温度による相転移の存在がどのように光誘 起ダイナミクスに影響を与えるかを考察した。軌道と格子の自由度が強く結合しており、

123 KにおいてVイオンのt2g軌道が整列し、V三量体が形成される構造相転移が起こる、

BaV10O15では、光誘起反射率変化は、瞬時応答を示し、それに続いて約1 psで緩和した後、

ほとんど時間に依存せず一定値をとるという時間依存性を示した。瞬時応答成分の~ω依存 性より、光照射により軌道整列が壊れ、その後、電子と格子の結合を通じてエネルギーが格 子へと移り、V三量体が壊れたと考えられる。これは三量体相から三量体のない相への光誘 起相転移であると考えられる。光誘起相が持続するのは、BaV10O15では、V三量体のない 状態において自由エネルギーに準安定点が存在するためだと考えられる。一方、最低温まで 構造相転移のないSrV10O15では、数psまではBaV10O15 と同様のダイナミクスが観測され たが、その後、数10 psの∆R/Rの時間依存性では、時間に対する振動が観測され、振動の周 期はプローブ光の波長に依存することがわかった。この∆R/Rの時間依存性を説明するため に、次のようなモデルを考えた。光照射により光誘起状態がサンプル表面付近に現れ、その 後、光照射によって生じた格子の拡張、つまり格子の歪みが時間経過とともにサンプルの奥 行き方向へ弾性波で進んでいき、この格子歪みに伴って、電子の励起状態が現れる。つまり、

格子歪みと結合した電子の励起状態がサンプルの奥行き方向へ進んでいくというモデルを考 えた。このようなモデルで∆R/Rを計算すると、測定結果とよく一致することがわかった。

また、ポンプ光強度依存性の測定では、BaV10O15 では、∆R/Rはポンプ光強度に対して線 形に増加せず、閾値が観測された。この振る舞いは光誘起相転移の考えと一致している。一 方、SrV10O15では、∆R/Rはポンプ光強度に対して線形に増加し、閾値は観測されなかった。

第6章 総括 71 このように2つの物質において光誘起ダイナミクスが異なるのは、電子的な励起と格子歪み

の結合状態が異なり、SrV10O15ではサンプルの奥行き方向へと進んでいくが、BaV10O15で は自由エネルギーの準安定点で安定するからだと考えられる。

第5章では、BaV10O15の劈開面における光学反射率の温度依存性の測定、及びポンププ ローブ分光測定を用いた光誘起ダイナミクスの温度依存性の測定を行い、研磨面と劈開面に おける違い、及びBaV10O15において転移温度よりも高温の軌道整列していない状態におけ る光誘起ダイナミクスをSrV10O15と比較するという観点から考察した。光誘起反射率変化 は、T >Tcでは、時間に対する振動を示し、一方、T <Tcでは、瞬時応答とその後の約1 ps の緩和が現れ、さらにそれに続いて数psの緩和が現れて、その後、ほとんど時間に依存しな い振る舞いを示した。これは、Tc より高温では、光照射により光誘起状態がサンプル表面付 近に現れ、その後、光照射によって生じた格子の歪みが時間経過とともにサンプルの奥行き 方向へ弾性波で進んでいき、この格子歪みに伴って、電子の励起状態が現れる。つまり、格 子歪みと結合した電子の励起状態がサンプルの奥行き方向へ進んでいくということが起こっ ているが、Tcより低温では、三量体相から三量体のない相への光誘起相転移が起こり、光誘 起相は進まず、自由エネルギーの準安定点にトラップされることを示唆している。また、振 動の振幅は、高温から転移温度へ向かって温度を下げていくと、減少していくことが観測さ れた。これは、転移温度より高温においても、局所的にV三量体が形成されており、自由エ ネルギーに準安定点が存在し、系がそこに部分的にトラップされて、格子歪みと結合した電 子の励起状態が進んでいくことが妨げられるためだと考えられる。さらに、劈開面における 光誘起反射率変化では、絶対値と時間依存性において、研磨面とは異なる結果が観測された。

また、反射率の温度変化も、研磨面とは異なる振る舞いが観測された。このような違いは、

研磨されたサンプル表面に残ったストレスによるものだと考えられる。

以上から、軌道の自由度と格子の相互作用の存在は、電子的な励起状態と格子歪みの結合 において異なる状態を引き起こし、光誘起ダイナミクスに重要な役割を果たしていることが 明らかとなった。

次に、課題として残っている点を列挙する。4.2.1において、BaV10O15では、10 Kにおい て、光誘起反射率変化は瞬時応答を示し、これは光照射による軌道整列の融解が起きている ことによるものであると述べた。これを電子構造の観点から考えると、光照射により軌道整 列に関係するin-gapがつぶれて、ギャップ遷移のspectral weightが低エネルギー側へと移っ ていると予想される。光照射により、ギャップ遷移のspectral weightが低エネルギー領域へ 移される現象は、ペロブスカイト型バナジウム酸化物 [21]や一次元モット絶縁体[5, 7, 90]

で観測されている。しかしながら、このような電子構造の変化が起こっているかどうかは、

本研究で測定可能なプローブ光のエネルギー領域よりも、低エネルギー側を調べないと分か らない。よって、本研究の測定結果だけでは、このような電子構造の変化が起こっていると は言い切ることができない。今後、測定系の改良により、より低エネルギーのプローブ光で の測定が可能になれば、光照射による電子構造の変化の描像が明らかになるであろう。ま た、4.3と5.4において、光誘起状態の空間分布モデルを考え、これに多層膜反射を適用し て、BaV10O15の光誘起反射率変化を計算した結果から、光誘起ダイナミクスの解釈を行っ

第6章 総括 72 た。本研究では、転移温度よりも高温においてと転移温度直上において、計算を行い、実験

結果とよく合った計算結果を出すことができ、光誘起ダイナミクスを説明できた。しかし、

転移温度以下の10 Kにおける実験結果は、このような方法で説明できていない。指針の一 つとして、軌道整列の融解のような時間的に速い電子励起過程が起こっているため、光誘起 状態の誘電率に緩和時間を持った成分を盛り込むことが考えられる。このようにして、光誘 起状態の空間分布モデルに多層膜反射を適用して計算した結果から、10 Kにおける光誘起ダ イナミクスを説明できれば、より統一的な視点から光誘起ダイナミクスの温度依存性を理解 できることが期待される。

最後に、本研究は軌道整列系V酸化物の光誘起ダイナミクスに着目し、その解明を目指し て研究を行ってきたが、本研究で得られた結果が実験事実の1つとして蓄積され、強相関電 子系における光誘起ダイナミクスの統一的な理解の手がかりの1つとなり、この分野のさら なる発展に貢献できれば幸いである。

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