寄 稿
ジョン・ウォーカー
医療法人鉄蕉会 亀田メディカルセンター 経営管理本部・特命副院長
動の早さです。流行はすぐに時代遅れになります。
近年,特にブームとなっているのは,タトゥーとし て親しまれているボディアートです。ボディピアス,
ラメ入りの化粧や,ネイルアートも現代の流行です。
確かにこれらの流行を取り入れたファッションは自 身を表現するための手段の1つです。しかし,職場 におけるファッションへの適性を考える必要があり ます。例えば,医療現場では派手なツケ爪は黴菌が 入りやすく,菌を完全に取り除くことは困難です。
開業医,または病院の受付係の対応は,患者さまに とってその施設の第一印象を決定づける,施設の顔 となり,ひいては医師やその施設が提供する医療の 質の良し悪しを決定づける要因となります。さらに,
医師本人の外見も間接的に医療に取り組む意識のレ ベルを示し,患者さまはそれらを医師の能力を判断 する材料とするのです。そうした患者自身の判断が 必ずしも正しいとはいえませんが,彼等の医師を評 価する判断材料の1つになります。オペ室で行われ る手術の効果や質に関して評価は難しい反面,無礼 な態度,突拍子もない格好や,不潔な待合室はすぐ に目に付きます。特に「沈黙は金なり」が美徳とさ れている日本的な文化のなかでは,言葉よりも外見 が大きく物を言うのではないでしょうか。
今回のテーマは,専門家としての品格を磨くため のガイドラインを作成するのが意図ではなく,人目 に付く職務のなかで,我々が社会人として,医師と しての専門性や,そして個人として我が身を振り返 り,それを改善する意思があるかということを問い たいのです。この投稿文をとおして,医療を専門家 である皆さま方に呼びかけたいのです。なぜならば,
患者さまへのケアは皆さまの人生のなかで最も親密 な関わり合いの1つになるからです。
私が所属する組織を含め,日本の病院を観察して いますと,品格を磨く余地は十分あるように思いま す。医師や看護師に関して世間は先入観を持ってみ ております。病院の事務職員,放射線技師や理学療 法士などにおいても同様です。それが正しいかどう かは別として,警察官や旅客機客室乗務員,または 政治家までにも「らしさ」があり,その先入観から
逸脱した格好は悪影響を及ぼします。
患者さまは医療従事者に几帳面かつ清潔であって ほしく,並外れた外見による個性などを望んではい ません。命さえも預けて信頼を置く医療従事者へ期 待するものは,一般社会人,知人,友人,ときには 家族よりも遥かに水準が高いのです。だからこそ,
友人,隣人,もしくは全くの他人では許せる範囲内 でも,医師や看護師の態度や外見となれば話は別に なります。また,医療現場は患者さまにとって敷居 が高く,その従事者に向かって意見はなかなか言う ことはできません。その結果,患者さまの不満話の ほとんどは家族,友人,隣人や職場の同僚などの間 で交わされています。当然ながら,悪い情報は良い 情報よりも速く広まります。また,だれかが嫌な思 いをすると,良い思いをした時以上に多くの人々に その経験を伝えるのが人間の 性 というものでしょう。
さが
私が亀田メディカル・センターに就職してから18 年以上経ちます。ここでの積極的な改革には目を見 張るものがありました。そして,数々の日本の病院 を訪問してきた経験から,改善できそうなプロフェ ッショナルなイメージづくりと,専門家らしい外見 と態度について述べたいのです。
今でも日本の多くの病院では,職員に課せられる 業務条件について医師はほとんど例外扱いになって います。経営管理からは全く独立しており,労使関 係の「正常化」を拒む医師も少なくありません。日 本社会の組織ではほとんどの雇用者に対して実績評 価が定期的に行われます。多くの医師の場合,通り 一遍で,しかも大抵の場合,特に評定基準をもたな い採点になります。医療スタッフの業績や消極的な 態度などを管理者が認識していなければ,正常な危 機管理が欠落し,病院としては大変な問題点になる と考えられます。医療スタッフの数が多くなるほど,
きちんとした業績評価システムを導入しなければ,
水準以下の業績を見落とし,患者さま(または病院 の評判)にとって危険な結果になる可能性がありま す。
しかし前にも書きましたが,今回のテーマは業績
専 門 家 と し て の 品 格 を 築 く
〜 何 を イ メ ー ジ す べ き か
〜 寄 稿
的な側面ではなく,プロフェッショナルとしての品 格を磨くという点です。
具体例として,グローバル時代のなかで時代遅れ とみなされている外見に関する問題のいくつかが,
何気なく日本の医療文化独特のものとして残ってい るように感じられます。順不同に申しますが,まず は履物です。医師やその他の医療現場のプロがさま ざまな履物(サンダル,運動靴;すべて靴下を履い ていたり履いていなかったり)を履いているのには 驚かされます。かかと部分のない靴や,すり減って いる靴は特にみすぼらしく見えます。もしも旅客機 のパイロットがサンダルを履いていたり,あるいは 政治家が国民の前にかかとのすり減った古びた靴を 履いて登場したりしたらどう思うでしょうか?
医療従事者がこういったものを公然と履いてもら っていては,せっかく世間で意識づけられた医療従 事者への尊敬と信頼も台無しです。
シアトルマリナーズのイチロー選手の無精髭はフ ァッション的に格好の良いものかもしれません。し かし,男性医師が同じ格好をしても,一般の方から は百歩譲ってもみっともなく不潔に見られるだけで す。ヒゲを剃る時間もない医者に診てもらっても,
「忙しすぎて手を抜かれるのではないか」,と患者 さまは思うかもしれません。患者さまの見解は,患 者自身にとって現実そのものであることを忘れては なりません。患者さまからすると「散髪をする暇が ありませんか?」という問いは「まともな医療を提 供する時間などないのでしょうか?」ということに 等しいのです。医療現場のプロとボサボサに髪を長 く伸ばしているテレビタレントとでは常識的な価値 観が違います。医療の世界では個人衛生は感染対策 にも関わります。
加えて,ネクタイに対しても抵抗があるようです。
もちろん,患者さまのケアの際にジャケットとネク タイなど論外であるというケースも多々ある事実は,
管理者は承知しています。しかしながら,事実とし て手術着などめったに用のない外来環境では,シャ ツとネクタイが最も患者受けします。つまりは,
「シャツとネクタイ=こぎれい,清潔,儀礼的で患
者さまを尊重している」,「ゴルフシャツまたはオー プンカラーにまくり上げた袖=きちんとしていなく 清潔感のない普段着,患者さまに対して特に敬意が 見られない」という認識が患者さまのなかに見られ るのです。オペ室や職員休憩室など部外者が入らな い場所ではだれが何を着ていようと,患者は興味も ありませんし,知らないかもしれません。しかし,
我々現場の人間はそうでないとわかっていても,公 の場で手術着を見かけると患者さまは消毒や感染対 策に懸念を持ちます。
患者さまは医療従事者の喫煙にも悪い印象を持っ ています。タバコの臭いは制服や髪の毛に残り,完 璧に消えることはありません。医療従事者,特に医 者や看護師が自らの健康を害していると,受け持ち 患者の健康リスクまでも軽視するのではないかと思 われがちです。これは誤った思い込みかもしれませ んが,患者さまにとっては懸念材料なのです。
そして余談ですが,若い日本人医師はアメリカの テレビに影響を大きく受けているように思います。
「Dr.House 」,「Gray's Anatomy 」,「E.R. 」などの 番組を現実として捉えている人がいます。しかし,
ご存じのとおり,これらはあくまで現実をモデルに したフィクションにすぎません。手術着のインナー に着る黒の T−シャツにはゴシックのイメージがあ るかもしれません。あるいは洗濯の回数を減らす効 果があるかもしれません。はたまたどちらでもない かもしれません。急いでいる時に手にメモを書くの は忘れないためには便利でしょうが,感染対策に最 も重要な手洗いの妨げになりかねません。
勤務時間外での地域に戻った時の姿態も重要です。
悲しいかな,プロフェッショナリズムとは自分を知 ることであり,24時間いつでもあるべき姿でいなけ ればならないということなのです。とはいうものの,
寝るまでジャケットにネクタイ姿でいなさいとか,
社交場では必ずソフトドリンクにしなさいとは言い ません。ただ,狭い地域では「通りすがりの人」に なれる機会は少なく,たとえ機会があっても,その まま無名でいるわけにはいきません。私たちにはそ の気はなくても,医療は地域の人々にとっては目立
専 門 家 と し て の 品 格 を 築 く
〜 何 を イ メ ー ジ す べ き か
〜 寄 稿