第2章 第1世紀『暮しの手帖』の誌面構成とテーマ
1.55 件/冊
(6)「暮しの技術」
「暮しの技術」に分類されている記事は、目次見出しでは、主に「あれこれ」に含まれている記事の 一部で、様々な生活上必要とされる技術についてまとめられる記事であり、戦後の生活の近代化・欧風 化に伴う暮しの変化に対応した生活技術の紹介・啓蒙が中心である。
「暮しの技術」は、「あれこれ」、「エチケット」、「私の報告」に分類されているが、その大部分 は確立期以降に掲載された記事である。「あれこれ」に含まれる、まとまったテーマとしては第 44 号か ら 47 号および第 53 号に連載された「お母さまの電気とくほん」、第 25 号から第 100 号まで連載された ちょっとした生活の知恵や工夫を紹介する「エプロン・メモ」、第 29 号から第 58 号まで連載された「知 っているようで知らないことの頁」、「断り方」や「仲直りの方法」など人間関係を円滑にするための 方法が掲載されている「いろんな人のいろんな考え―チエを借りたし」(第 60 号から第 70 号、および 第 76 号)がある。
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また害虫や食物の腐敗についての啓蒙記事(第 24 号、第 35 号、第 39 号、第 42 号)、「電話のかけ 方」(第 49 号)、「テレビのガラスをふきましょう」(第 50 号)など、暮しの中に登場した新しい機 器類の使い方など、多岐にわたっている。
「エチケット」は創刊期から取り上げられているテーマであるが全部で 9 件のみである。日常生活上 の心遣いやマナーの他に、食の欧風化に対応した食事作法についての記事が含まれている。第 6 号では
「デイナーの順序」、第 17 号で「テーブルマナー」、また確立期以降も第 34 号で「やさしい食事作法」、
第 81 号では、オードブルや果物の正しい食べ方を解説した「手でたべるものたべないもの」、第 99 号 では「レストランやホテルに招ばれたときには」が掲載されている。この食事作法についての記事は『暮 しの手帖』では珍しく繰返し取り上げられた記事である。第 99 号に掲載された記事は、結婚式に呼ばれ たが、西洋料理の正式な作法を知らないので、恥をかきたくないばかりに出席をあきらめたという、読 者である中年の主婦からの手紙に応えて掲載されたと説明されている。
「正式の、略式のといってみても、たかが食べ物を口に運ぶだけのことで(・・・)、デパートの食堂で なにかめし上がるくらいの、ごく気楽な気持ちでお出掛けなさい、というのが、じつをいうと、私たち の気持ちだが、これだけでは、ご納得いただけまい(・・・)」と断ったうえで、創刊期の第 17 号と同様、
帝国ホテル指導による西洋料理の宴会における作法を写真入りで紹介している。椅子の腰かけ方、ナプ キンの使い方、テーブルにセットされているナイフやフォークの使い方など、その動作の一つ一つを写 真を添えてわかりやすく説明している。
刊行冊数
テーマ 記事件数 % 記事件数 % 記事件数 % 記事件数 %
あれこれ 7 58.3% 43 95.6% 181 92.3% 230 91.3%
エチケット 5 41.7% 2 4.4% 4 2.0% 11 4.4%
私の報告 0 0.0% 0 0.0% 11 5.6% 11 4.4%
掲載件数合計 12 100.0% 45 100.0% 196 100.0% 252 100.0%
平均掲載件数/冊
表2-12 分類「暮しの技術」に含まれる記事のテーマ別構成比
時期区分 創刊期 確立期 完成期 合計
第一世紀
第1号から第100号 第1号から第19号 第20号から第38号 第39号から第100号
19冊 19冊 62冊 100冊
0.63件/冊 2.37件/冊 3.16件/冊 2.52件/冊
(7)「一般」、「教養・趣味」
第 1 世紀の分類「一般」に含まれているのは、評論、人々の生活を追った「ある日本人の暮し」など のルポルタージュ、旅行案内、科学記事など様々な記事であり、完成期に入って掲載件数が増加した分
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野である。創刊期では科学や歴史などについての教養主義的な記事の多さが特徴的であったが、完成期 第 1 世紀では「時評」さらに第 2 世紀では「政治・経済・社会」に分類されている記事件数が最も多く なる。『暮しの手帖』を特色づけるのは、この「一般」および「教養・趣味」・「あれこれ」に分類さ れている記事、および次節で紹介する「随筆」の内容であり、それが旧来の婦人雑誌と『暮しの手帖』
の最も大きな相違点である。
なお第 1 世紀の分類名「一般」は、創刊期から継承されているが、第 100 号までの索引では、創刊期
「教養・趣味」から「一般」に分類しなおされている記事もある。そのため創刊期については「一般」
と「教養・趣味」をまとめて考察していく。
①創刊期「一般」および「教養・趣味」
第 25 号の附録「暮しの手帖項目別索引」の分類によれば、創刊期の「一般」は「暮し方」、「研究と 調査」、「大人の社会科」の三つの小分類からなる。ただし「暮し方」は全件「随筆」にも分類されて いる記事で 22 件ある。
「研究と調査」の対象となったものは、「大学の学費」(第 11 号)、「板の間とタタミとどちらがよ いか」(第 14 号)、「おしゃれ計画表」、「洋装関係ねだん一覧」、「お金の上手な使い方」(以上、
第 15 号)、「男子服関係ねだん」、「新聞をどう読むか」、(以上、第 16 号)の 7 項目であった。「板 の間とタタミとどちらがよいか」では建築の専門家の意見、主婦の立場からの意見、あるいは読者への 調査結果など様々な立場からそのメリット・デメリットが紹介されている。また「新聞をどう読むか」
では総論としての「新聞」論とともに、政治面・経済面・社会面の夫々の読み方、新聞がどのようにし て作られているのか、また読者は新聞をどう読んでいるのかを紹介している。
住宅設計、台所設計にも共通していることであるが『暮しの手帖』におけるこれらの記事においては、
決して正解を示さないということがその特徴である。一人一人が自分で考え、判断することの重要性は これらの記事の作り方においても創刊期から重視されているのである。
大人の社会科に分類されている記事には様々な労働現場での人々の生活をおった「村の保育所」、「ミ ナト」(以上第 16 号)、「夜の停車場」(第 18 号)、また生活用品の製造工程を追った「日本の紙」
(第 9 号)、「一足の靴ができるまで」(第 11 号)、「珈琲茶碗・大倉陶園にて」(第 13 号)がある が、いずれもその工程は組写真で紹介されている。
「日本の紙」には染色家で、岩手県のホームスパンの染色や振興に尽力した人物として知られていた 及川全三が解説を書き39、工程の紹介の最後の頁には、「藍」、「薄藍」、「蘇芳」、「刈安」、「丹殻」、
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「クローム緑」の 6 種類の染料で染め上げられた和紙の実物が貼付されている。花森安治は「小紋」の 紹介において、「きものはたとえ亡びても、亡びさせたくないのは、きものの柄で」、「この古く、し かも新しい柄を、美しい服に着てみせてくれるひとは、ないのだろうか」と書いていたが、及川全三も、
洋紙に押されて、和紙はその姿を消しつつあるが、「和紙はそのまま滅びさせるのは惜しい紙で」、「わ たくしは今の暮しの中に和紙を使ひたいと思う」と書いている。「住」に分類されている記事で、この 時期最後の第 19 号から確立期にかけて連載された「日本の民家」でも、そこにみられる伝統的な住まい の工夫や美しさを紹介している。
時間をかけて作り上げられてきた伝統的な「美」を紹介するとともに、それを新しい生活の中に生か す方途を探ることは、創刊期から第 2 世紀にかけて一貫した『暮しの手帖』のテーマの一つであった。
第 2 世紀第 44 号の「編集者の手帖」には、「暮しの手帖は、創刊してからずっと今まで、この私たちの 暮しに伝えられてきたものの中から、いいものをよりわけて、それを次の世代に伝えていくことを大切 な編集方針として守ってきました」とある。
創刊期の「教養・趣味」は「世界」、「自然・科学」、「ぶっく・がいど」、「風俗」、「和歌・俳 句・詩」、「映画・演劇・音楽・美術」、「趣味・娯楽」の 7 項目に分類されている。分類に使用され た項目名からわかるように、きわめて教養主義的な誌面構成となっている。
「世界」に分類されている記事には、第 4 号から第 21 号まで連載された「古い国からの新しい手紙」
をデンマークの新聞特派員H.K.ニールセンが執筆している。ほかには平塚らいてう、山川菊栄らに よる「わが若き日」、「続わが若き日」、遠山茂樹らによる「みんなの歴史」などがある。
「自然・科学」では雪の研究で有名な、物理学者中谷宇吉郎の「雪の話」(第 10 号)、気象学者であ る和達清夫による「雲」(第17 号)、東京管区気象台技術課長坂田勝茂による「六十年間のお天気」(19 号から 22 号まで連載)、植物学者の牧野富太郎の「日本の花」(第 11 号、第 13 号)、鳥類学者の内田 清之介による「日本の鳥」(第 15 号)などが掲載されている。
「ブックガイド」は、第 4 号に掲載された後、中断されるが、その後第 10 号から連載されるる。執筆 者は田所太郎(第 4 号)、扇谷正造(第 10 号・第 11 号・第 19 号)、古谷綱正(第 12 号・第 13 号・第 18 号)、唐木邦雄(第 14 号)、山形暢彦(第 15 号)、渡辺伸一郎(第 16 号・第 17 号)である。田所 太郎は日本読書新聞社勤務、扇谷正造は朝日新聞社学芸部次長、古谷綱正は毎日新聞社勤務、唐木邦雄 は日本読書新聞編集長、山形暢彦は日本読書新聞社勤務、渡辺伸一郎は東京朝日新聞社勤務となってい る(ただしいずれも執筆時の肩書)。