それまでの内村は︑苦難を︑国家に有用な人と なるべく︑自己に課せられた試練とみて耐えて き た ︒だが︑不敬事 件は ︑この肝腎な国が ︑ 彼を受け つ げない破目 に 追い込んだのである︒﹁この 一 0 年間︑僕が最 善の力 を尽して仕え し 国は︑その子らの最も悪しき者のために貯え お きし見 ゆる汚名と苦悩とを僕の上に浴せ懸けた り ︒中略︒僕は今こ の国にありて曾て亜米利加にありし時以上の大 なる他国人なり﹂︵ⅩⅦ 朽 ︶ ︐か よ う に︑最高の 価値をおいた国が彼 を 捨て去ってしまっている︒この事実は ︑ 彼の 心 をど う 変えることになるのか︒
聴その 書 ﹁基督信徒の慰﹂において︑彼は ︑ ﹁国人に捨てられし 時 ﹂の一章を設けている︒ もともと本書は ︑ 必ずし 苦用 のも︑彼の体験を記したものとは言っていない︒ られし 時 ﹂︑第三章﹁基督教会に捨てられし 時
ぬ 治の病 仁罹 りし 時 ﹂など︑いずれも彼には︑ 類似の体験がある︒それなくしては決して書 き 得ないものである︒よっ
あり︑そのとった解決方法は ︑彼 みずからの 解 快方法である︒
じめに苦難の様相を述べ︑次いで非宗教的な慰め が ︑いずれも弱く︑一時の 柵的 糊塗的であり︑抜本的ではないこと︑ 最 後に︑今まで抱いていた価値の ︑ 神の言葉に よ る 転倒を行なって︑究極的㏄
断を下した主要な点は︑キリスト教が出世間の 道徳であり︑国家への愛も︑忠孝の徳も説かない ということにある︒これに対し︑キリスト教 側 ︑仏教 側と ︑賛否両あ 柵か 沸騰する︒今は︑これを 述
︒ へ
るのガ木りては︵
4︑上 ︶ @ 日
ない︒この事件の与えた︑内村への影響に入ろ う
︒
意外な進展を見せた事件の結果︑内村の身には ︑第一高等中学校よりの解職︑肺炎 て 高熱に浮か される病床生活︑
家屋への投石︑心労からくる 妻 加寿子の病死︑ という不幸が︑ 栢 次いて襲った︒こうした苦しい 経験をへて書き上げ られたのか︑その処女作﹁基督信徒の慰﹂︵
一
八九三明治二六︶である︒ここては︑本書を手 がかりとして︑この期の︑ 彼の苦難観を眺めたい︒
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︑内村の関係した︑女子独立学校の問題 にあったようだが︑雑誌自体︑既に︑非建設的な 批判のみに終始するマン冊り
︑新雑誌創刊への踏み切りは︑つぎ 易か っ たと思われる︒ 苦事情のもとになされたものである︒﹁東京独立雄 誌 ﹂廃刊の︑直接の契機 飽かれたした︒﹁東京独立雑誌﹂の内紛を機会 に︑ 彼は︑この局面を ︑ 何らかの形 て 打開する
@ ﹂とをはかった︒
" 援 題 問 よオ ・ l 三
︑第三期︵一九
00| 一九二
こ のしい目は︑いつまでも新しい目ではない︒やが て 古くなる︒いつでも同じことを舌ロ ぅ 内村の ︑千 農一律さは・世人に .<‑AH<>
はじめとする彼の苦難は︑苦難でなくなる︒ 新 しい価値の物さしを得た彼は︑手厳しく社会を批 制 するに至る︒しか ポ︐ ︒ し ︑それは︑単なる傍観者の批判に終始し ︑人 問罪・にはびこる︑悪の深淵にまでメスをふる ぅ も のではなかった︒ 新 ;" 叫 最後の頼りを求めて赴く︒その結果︑神の国に 属する者の目で︑ものを見ることを教えられ︑ 国 に 捨てられたことを' 。 。
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ゆる 口
田
吋の世の判断を述べ
る︒一例をあげよ
価値に何を何程 加
俗 的な社会の出来
﹁不敬事件﹂に DO 7 の構文である︒日本文では︑まず﹁
|は
﹂ と 主語OO る ︒次いで︑﹁非ず﹂と否定し︑最後に ︑ 神の 国の目で
より︑国に至上価値を置げなくなった内村に ︑は ぅ ︒﹁人間の進歩の標準は ︑ 飲む酒の種類︑軍 備に加ふ
じめて OO へし手︑ 足 れ彼に取りて最重要の問題なり﹂︵Ⅰ 椰 ︶︒ こ
事 な ︑攻撃し続けている︒
キリスト教が姿を現し を 出し︑そして︑これ
‑ みた判断をもって︑﹁
6 戦闘艦の数にあらず
の 文体と論法を用いて に 対する常識的なこ OO
|
なり﹂と結ばれ︒彼は自己の人格的
さかんに内村は ︑
た ︒彼はその神に ︑
L ﹂ 撰
その第一巻・第一頁において︑はっきりと﹁東京 独立雑誌﹂とは異なる︑﹁聖書 之 研究﹂の性格 なう たっている︒
﹁ " 聖書 之 研究雑誌 " は " 東京独立雑誌 " の後身 なり︒ 彼 なる者は殺さんが 為 めに起り︑ 是 なる 者は活さんが 為 めに
生れたり︒ 彼 なる者は傷けんが 為 めに剣を揮 ひ︑ 是 なる者は癒さんが 為 めに薬を投ぜんと欲す︒ 責むるは彼の本分な
り しが︑慰むるは是の天職たらんと欲す︒義は 殺す者にして愛は活かす者なり︒愛の宣伝が義の 唱道に次ぐは正当の
順序なり︒ " 聖書 之 研究 刀 雑誌は当に 此 時に 於 て 起るべ き ものなり﹂︵ⅣⅠ︶
もとより︑この主張あったからと言い︑手のひ ら 返すよ う に︑かの社会批判が止んだわげではな い ︒それは︑同じ
月に ︑ふたたび万朝報社に招かれ︑時事論説 欄 に 筆をふるっていることからもわかる︒ただ︑ 時 を 同じくして︑聖書
研究会が始められたよ う に︑今少し問題を掘り さげて考える態度になったと言えるだろう︑この
聖書研究会の目的
を ︑研究によって得たことの﹁実際的生涯﹂︵ Ⅳ 2 ︶に適用することに定めた彼には︑社会は絶 えず関心の的であっ
た ︒単なる社会批判から︑その病める社会の病 因 にまで︑観察の目を行き届かせようとしたので ある︒
その上︑時は︑日本における︑最初の社会主義 運動の勃興 期 にあたる︒日本の社会主義運動 は︑ 一八九八年︵明治 ︵ 7 ll ︶ 二 二︶の﹁社会主義研究会﹂をもって︑その 出 発 点とされている︒この社会主義運動は︑当時に おいて︑特にキリス
ト教 とは関係が深く︑内村にも少からぬ刺戟を 与えた︒この期の内村が ︑し ぎりと社会改良を口 にしたのは︑その 表
れである︒
しかしながら︑その説く社会改良は︑内村も言 ぅ よ う に︑社会主義運動のそれとは︑相違する︒ 世間一般に言われ
6 社会改良は ︑ 必ず演説会をしたり︑雑誌を発 付 したり︑また争議を起すことである︒だが︑ そ ぅ した外面的な方法
では︑社会の病を根治することはできない︑ と 彼は考える︒﹁社会の病源は教育にあり︑教育の 病源は家庭に︑家庭
の 病源は個人に﹂︵ x Ⅸ M ︶と︑社会改良の拠点 を ︑内村は︑その最小の構成単位である︒各個 人の心の改良に置く︒
では個人の心を ︑ 何を基準にし︑軟玉せよと 言 ぅ のであるか︒内村は︑社会悪の根本原因が ︑各 個人の心の欲望に
(102) 102
Ⅱ
トキ れ
内村鑑三における 人問苦の問題
あることを指摘する︒とは言え︑あらゆる欲望 をなくせとは言わない︒﹁人の慾は絶つことの 出 来るものではない︒
慾は彼の固有性であって ︑ 彼の慾を全く絶つこ とは彼を殺すことである︒故に人を無慾にする︐ しとは不可能事であ る ︒無慾無慾といふて世の人は頻りに 毎慾 の 人 を 誉めるが︑然し其様な人は広き宇宙に一人も無 ぃ ︒然し慾はすべて 同じものではない︒高い慾があり︑低い慾があ る ︒貴い慾があり︑卑しい慾がある︒ 漸う して 世 に謂ふ 所の無慾の人 とは︑低い︑卑しい慾の無い人を謂 ふ︐ のである︒ 慾 にも種々の種類がある﹂︵ W 肛 ︶と言い︑ 金銭熊手名誉鍬丁 美 術 ︑詩歌︑哲学の慾Ⅰ金銭を目的としない労働 の 熊手自己を忘れるの 慾 Ⅰ 慾 念を全く絶たんとす る慾 山神を視んとす る慾︑の 系列をあげる︒人間が︑目的として 努 めるべ き は︑﹁成るべく 丈げ 高 き 慾を以て ︑ 成る へく丈 低 き 慾を駆逐
ることである﹂︵ W 諺 ︶︒
つまり︑内村の社会改良とは︑各個人の心の慾 式体系を︑キリスト教的価値体系でもち︑再編成 することによって のみ︑実現されるものである︒先の時期におい て ︑自己の苦難を︑キリスト教による価値転倒的 な みかたに ょ り︑ 解 決した彼は︑その新しくかち得た目で︑社会の 悪に 挑んだ︒しかし︑それは飽くまで批判にとど まり︑積極的な働き かげを欠くものであった︒それをこの期におい ては︑応用的聖書の研究の表れとして︑実践的に 社会一般の苦難解決 に︑のりだすに至る︒ ︵ 1 8 理想 ︶ 団 連動と非戦論は ︑か くして︑ こ ・の期の内村の苦難観にもとづく︑ 具 体 的行動である︒
当時︑一世の注目を集めた事件は︑足尾鉱毒草 件 である︒政府の保護奨励を受けて育った鉱山事 業 のひとつに︑ 古 同市兵衛の所有する︑栃木県足尾銅山があった︒ その鉱山から流出する鉱毒が︑渡良瀬川及び︑ 本流利根川に達し︑
流域の農作物を枯死させ︑農民に多大の被害を 与えていた︒内村は︑﹁万朝報﹂により︑この事 件 を大ぎくとりあげ た ︒それは︑何も︑鉱毒に原因するのではなく︑ もっと劇甚な毒である 一 1 人の心に湧き出づる 毒 ﹂︵Ⅱ 鵬 ︶によると 主張する︒端的に言 う ならば︑被害の根本田 は︑ 古河市兵衛の女に対する放縦な肉慾であると
号 コラ
︒被害を蒙る農民
の 苦しみを癒すの肥は︑この・古河の心の歌 望を 変える よ う に しなければならないわけである︒
ユ 03 (103)