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他  姓

ドキュメント内 『宗教研究』172号(36巻1輯) (ページ 96-102)

  

     

       

  

  

        

それまでの内村は︑苦難を︑国家に有用な人と  なるべく︑自己に課せられた試練とみて耐えて  き  た  ︒だが︑不敬事  件は  ︑この肝腎な国が  ︑  彼を受け  つ  げない破目  に  追い込んだのである︒﹁この  一  0  年間︑僕が最  善の力  を尽して仕え  し  国は︑その子らの最も悪しき者のために貯え  お  きし見  ゆる汚名と苦悩とを僕の上に浴せ懸けた  り  ︒中略︒僕は今こ  の国にありて曾て亜米利加にありし時以上の大  なる他国人なり﹂︵ⅩⅦ  朽  ︶  ︐か  よ  う  に︑最高の  価値をおいた国が彼  を  捨て去ってしまっている︒この事実は  ︑  彼の  心  をど  う  変えることになるのか︒ 

聴その  書  ﹁基督信徒の慰﹂において︑彼は  ︑  ﹁国人に捨てられし  時  ﹂の一章を設けている︒  もともと本書は  ︑  必ずし  苦用  のも︑彼の体験を記したものとは言っていない︒  られし  時  ﹂︑第三章﹁基督教会に捨てられし  時 

    

ぬ  治の病  仁罹  りし  時  ﹂など︑いずれも彼には︑  類似の体験がある︒それなくしては決して書  き  得ないものである︒よっ 

  

あり︑そのとった解決方法は  ︑彼  みずからの  解  快方法である︒    

  

じめに苦難の様相を述べ︑次いで非宗教的な慰め  が  ︑いずれも弱く︑一時の  柵的  糊塗的であり︑抜本的ではないこと︑  最  後に︑今まで抱いていた価値の  ︑  神の言葉に  よ  る  転倒を行なって︑究極的㏄ 

断を下した主要な点は︑キリスト教が出世間の 道徳であり︑国家への愛も︑忠孝の徳も説かない ということにある︒ 

これに対し︑キリスト教 側 ︑仏教 側と ︑賛否両あ  柵か 沸騰する︒今は︑これを 述 

︒ へ 

るのガ木り 

ては︵ 

︑上  ︶ @   日 

ない︒この事件の 

与えた︑内村への影響に入ろ う 

︒ 

意外な進展を見せた事件の結果︑内村の身には ︑第一高等中学校よりの解職︑肺炎 て 高熱に浮か される病床生活︑ 

家屋への投石︑心労からくる 妻 加寿子の病死︑ という不幸が︑ 栢 次いて襲った︒こうした苦しい 経験をへて書き上げ  られたのか︑その処女作﹁基督信徒の慰﹂︵ 

一 

八九三明治二六︶である︒ここては︑本書を手 がかりとして︑この 

期の︑ 彼の苦難観を眺めたい︒    

  

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年中 

   丁 

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Ⅰ 

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285  

本古村 

「は  故、 追て  い却 

  

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ぬは 

︑内村の関係した︑女子独立学校の問題 にあったようだが︑雑誌自体︑既に︑非建設的な 批判のみに終始するマン         

  

         

冊り 

︑新雑誌創刊への踏み切りは︑つぎ 易か っ たと思われる︒      苦   

  

事情のもとになされたものである︒﹁東京独立雄 誌 ﹂廃刊の︑直接の契機      飽かれたした︒﹁東京独立雑誌﹂の内紛を機会 に︑ 彼は︑この局面を ︑ 何らかの形 て 打開する 

@ ﹂とをはかった︒ 

" 援 題 問 よオ ・  l 三 

︑第三期︵一九 

00 

|  一九二 

こ の 

しい目は︑いつまでも新しい目ではない︒やが  て  古くなる︒いつでも同じことを舌ロ  ぅ  内村の  ︑千  農一律さは・世人に  .<‑AH<> 

はじめとする彼の苦難は︑苦難でなくなる︒ 新 しい価値の物さしを得た彼は︑手厳しく社会を批 制 するに至る︒しか   ポ︐ ︒ し ︑それは︑単なる傍観者の批判に終始し ︑人 問罪・にはびこる︑悪の深淵にまでメスをふる ぅ も のではなかった︒ 新    ;" 叫 最後の頼りを求めて赴く︒その結果︑神の国に 属する者の目で︑ものを見ることを教えられ︑ 国 に 捨てられたことを 

  

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ミヂ 

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『 

召  ㌣  耶轄坤  。  立技  粕 

ゆる 口 

田 

吋 

の世の判断を述べ 

る︒一例をあげよ 

価値に何を何程 加 

俗 的な社会の出来 

﹁不敬事件﹂に  DO 7  の構文である︒日本文では︑まず﹁ 

|は 

﹂ と 主語 

OO る ︒次いで︑﹁非ず﹂と否定し︑最後に ︑ 神の 国の目で 

より︑国に至上価値を置げなくなった内村に ︑は  ぅ ︒﹁人間の進歩の標準は ︑ 飲む酒の種類︑軍 備に加ふ 

じめて  OO へし手︑ 足 れ彼に取りて最重要の問題なり﹂︵Ⅰ 椰 ︶︒ こ 

事 な ︑攻撃し続けている︒ 

キリスト教が姿を現し  を 出し︑そして︑これ 

‑ みた判断をもって︑﹁ 

  戦闘艦の数にあらず 

の 文体と論法を用いて  に 対する常識的なこ OO 

| 

なり﹂と結ばれ 

︒彼は自己の人格的 

さかんに内村は ︑ 

た ︒彼はその神に ︑ 

L ﹂ 撰 

        

その第一巻・第一頁において︑はっきりと﹁東京 独立雑誌﹂とは異なる︑﹁聖書 之 研究﹂の性格 なう たっている︒ 

﹁ " 聖書 之 研究雑誌 " は " 東京独立雑誌 " の後身 なり︒ 彼 なる者は殺さんが 為 めに起り︑ 是 なる 者は活さんが 為 めに 

生れたり︒ 彼 なる者は傷けんが 為 めに剣を揮 ひ︑ 是 なる者は癒さんが 為 めに薬を投ぜんと欲す︒ 責むるは彼の本分な 

り しが︑慰むるは是の天職たらんと欲す︒義は 殺す者にして愛は活かす者なり︒愛の宣伝が義の 唱道に次ぐは正当の 

順序なり︒ " 聖書 之 研究 刀 雑誌は当に 此 時に 於 て 起るべ き ものなり﹂︵ⅣⅠ︶ 

もとより︑この主張あったからと言い︑手のひ ら 返すよ う に︑かの社会批判が止んだわげではな い ︒それは︑同じ 

月に ︑ふたたび万朝報社に招かれ︑時事論説 欄 に 筆をふるっていることからもわかる︒ただ︑ 時 を 同じくして︑聖書 

研究会が始められたよ う に︑今少し問題を掘り さげて考える態度になったと言えるだろう︑この 

聖書研究会の目的 

を ︑研究によって得たことの﹁実際的生涯﹂︵ Ⅳ 2 ︶に適用することに定めた彼には︑社会は絶 えず関心の的であっ 

た ︒単なる社会批判から︑その病める社会の病 因 にまで︑観察の目を行き届かせようとしたので ある︒ 

その上︑時は︑日本における︑最初の社会主義 運動の勃興 期 にあたる︒日本の社会主義運動 は︑ 一八九八年︵明治 ︵ 7 ll ︶ 二 二︶の﹁社会主義研究会﹂をもって︑その 出 発 点とされている︒この社会主義運動は︑当時に おいて︑特にキリス 

ト教 とは関係が深く︑内村にも少からぬ刺戟を 与えた︒この期の内村が ︑し ぎりと社会改良を口 にしたのは︑その 表 

れである︒ 

しかしながら︑その説く社会改良は︑内村も言 ぅ よ う に︑社会主義運動のそれとは︑相違する︒ 世間一般に言われ 

6 社会改良は ︑ 必ず演説会をしたり︑雑誌を発 付 したり︑また争議を起すことである︒だが︑ そ ぅ した外面的な方法 

では︑社会の病を根治することはできない︑ と 彼は考える︒﹁社会の病源は教育にあり︑教育の 病源は家庭に︑家庭 

の 病源は個人に﹂︵ Ⅸ ︶と︑社会改良の拠点 を ︑内村は︑その最小の構成単位である︒各個 人の心の改良に置く︒ 

では個人の心を ︑ 何を基準にし︑軟玉せよと 言 ぅ のであるか︒内村は︑社会悪の根本原因が ︑各 個人の心の欲望に 

(102)   102 

            Ⅱ 

トキ                 れ                                             

    

        

  

内村鑑三における  人問苦の問題 

  

    

  

あることを指摘する︒とは言え︑あらゆる欲望  をなくせとは言わない︒﹁人の慾は絶つことの  出  来るものではない︒ 

慾は彼の固有性であって  ︑  彼の慾を全く絶つこ  とは彼を殺すことである︒故に人を無慾にする︐  しとは不可能事であ  る  ︒無慾無慾といふて世の人は頻りに  毎慾  の  人  を  誉めるが︑然し其様な人は広き宇宙に一人も無  ぃ  ︒然し慾はすべて  同じものではない︒高い慾があり︑低い慾があ  る  ︒貴い慾があり︑卑しい慾がある︒  漸う  して  世  に謂ふ  所の無慾の人  とは︑低い︑卑しい慾の無い人を謂  ふ︐  のである︒  慾  にも種々の種類がある﹂︵  W  肛  ︶と言い︑  金銭熊手名誉鍬丁  美  術  ︑詩歌︑哲学の慾Ⅰ金銭を目的としない労働  の  熊手自己を忘れるの  慾  Ⅰ  慾  念を全く絶たんとす  る慾  山神を視んとす  る慾︑の  系列をあげる︒人間が︑目的として  努  めるべ  き  は︑﹁成るべく  丈げ  高  き  慾を以て  ︑  成る  へく丈  低  き  慾を駆逐 

ることである﹂︵  W  諺  ︶︒ 

つまり︑内村の社会改良とは︑各個人の心の慾  式体系を︑キリスト教的価値体系でもち︑再編成  することによって  のみ︑実現されるものである︒先の時期におい  て  ︑自己の苦難を︑キリスト教による価値転倒的  な  みかたに  ょ  り︑  解  決した彼は︑その新しくかち得た目で︑社会の  悪に  挑んだ︒しかし︑それは飽くまで批判にとど  まり︑積極的な働き  かげを欠くものであった︒それをこの期におい  ては︑応用的聖書の研究の表れとして︑実践的に  社会一般の苦難解決  に︑のりだすに至る︒  ︵  1 8  理想  ︶  団  連動と非戦論は  ︑か  くして︑  こ  ・の期の内村の苦難観にもとづく︑  具  体  的行動である︒ 

当時︑一世の注目を集めた事件は︑足尾鉱毒草  件  である︒政府の保護奨励を受けて育った鉱山事  業  のひとつに︑  古  同市兵衛の所有する︑栃木県足尾銅山があった︒  その鉱山から流出する鉱毒が︑渡良瀬川及び︑  本流利根川に達し︑ 

流域の農作物を枯死させ︑農民に多大の被害を  与えていた︒内村は︑﹁万朝報﹂により︑この事  件  を大ぎくとりあげ  た  ︒それは︑何も︑鉱毒に原因するのではなく︑  もっと劇甚な毒である  一  1 人の心に湧き出づる  毒  ﹂︵Ⅱ  鵬  ︶によると  主張する︒端的に言  う  ならば︑被害の根本田  は︑  古河市兵衛の女に対する放縦な肉慾であると 

号  コラ 

︒被害を蒙る農民 

の  苦しみを癒すの肥は︑この・古河の心の歌  望を  変える  よ  う  に  しなければならないわけである︒ 

ユ 03  (103) 

ドキュメント内 『宗教研究』172号(36巻1輯) (ページ 96-102)

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