第6章 まとめ
6.2 今後の研究課題
実証分析1については、耐震改修の方法(居住しながらの改修か、眺望・外観等に配慮し た改修か、リフォームの方法との組合せ)や進め方(改修後も従前の居住者が住む場合か)、
物件規模・属性(貸し手は個人か企業か)の違いなど、更にデータを精査することで、より きめ細やかな傾向分析を可能とするよう、モデルの精緻化を図る必要がある。また、建物倒 壊危険度を 2013 年時点のもので一律に分析していることから、建物倒壊危険度など、説明 変数の時間的な変化を考慮した分析51も必要である。また、本稿では、人口や建築物が集積 し都市化が著しく進展した東京都内の共同住宅の賃貸市場・売買市場を扱ったが、他の地域 においても、市場構造の違いなどに着目した分析が必要である。
本稿では検証には到らなかったが、情報の非対称性の有無、その程度について実証的に分 析するために、耐震性能の証明・表示制度等の効果、さらには、未診断建築物や耐震新診断 結果の公表による効果についても分析が必要52と考えられる。そして、情報の非対称性が存 在する場合、その対策の1つと想定される広告表示義務化の検討に当たっては、費用便益分 析を行う必要がある。その際、耐震性能の表示・説明の強化による消費者行動への影響分析 や住宅の耐震化による社会的便益、耐震改修に当たって必要となる改修以外の費用(引越費 用、引越先の斡旋、借り手との交渉)、耐震性能の表示・説明の強化に関する費用の定量化 等の研究を蓄積していくことが必要である。また、消費者にとって情報価値の高い分かりや すい表示内容・方法のあり方も、今後の研究課題である。
実証分析2について、建築物の倒壊による近隣への影響の把握については、東京都が公表 する情報が市場参加者に伝わっているのかという点でも検証が必要である。すでに公表さ れている未診断建築物は広く報道されており、また、今後東京都において予定される特定沿 道建築物の耐震診断結果の公表については、ほかの地方公共団体における不特定多数の人 が集まる施設等の耐震診断結果について広く報道されている53ことからも、より多くの市場 参加者へ情報が伝わることが期待される。分析に当たっては、これら未診断建築物や沿道建
51 Nakagawa et al.(2009)では、1998年の「地域危険度調査」に報告された地域危険度ランキングが1980年 代から1998年までの期間にほぼ安定していたことを示した上で、地域危険度ランキングの上昇とともに東京都内 の地価公示が低下することを明らかにしている。一方、顧ほか(2011)では、東京都において2000年代の都市再 開発が進行した結果、地域危険度に直接影響を与える周辺環境が著しく改善し、地域別の地域危険度ランキン グが大きく入れ替わったことを活用して、地域危険度ランキングの変化が地価の相対水準(各時点の平均地価か らの乖離率)に及ぼす効果について計測している。
52 表示制度は、基本的には情報の非対称性対策として位置づけられるため、まずは売り手と買い手、貸し手と借り 手の間に情報の非対称性があり、それを緩和する内容になっているかを確認して実施する必要がある。例えば、
耐震改修済マークや耐震基準適合証明書の有無の情報について売り手と買い手、貸し手と借り手との間に情報 の非対称性があり逆淘汰が発生しているのか、当該表示により情報の非対称性が緩和されるのか等について検 証が必要である。
53 新潟県、神奈川県などでは、すでに不特定多数の人が集まる大規模な建築物等の耐震診断結果について公 表(新潟県:2017年1月30日公表、神奈川県:同年3月17日公表)しており、日本経済新聞(新潟県:同年3月 14日、神奈川県:同年3月18日)などで報道されている。
築物の耐震診断結果を踏まえたデータの分類、沿道耐震化率のさらなる向上等によって情 報を充実させ、他の地域との比較も行いながら、引き続き、モデルの精緻化を図ることは重 要であると考えられる。
また、本稿では、建築物の耐震性能の向上による近隣外部性への影響について市場がどの ように反応しているかについて観察することはできなかったが、建築物の倒壊防止による 外部性の把握に当たっては、被災時における道路閉塞等に伴う広域的な影響を踏まえた分 析が必要と考えられる。
補足1 耐震性能が不足する賃貸共同住宅数の推定
本稿で注目する耐震性能が不足する賃貸共同住宅のボリュームを把握するため、その戸数の 推計を行う。推計に当たっては、平成
25
年住宅・土地統計調査(総務省統計局)を加工している が、同調査では、賃貸住宅の耐震診断結果のデータはないことから、佐藤(2013)を参考にして推 計を行う。具体的には、「持ち家」において耐震診断を行った結果を用いて、耐震性能が確保され ていなかった戸数の割合を「未耐震率」(ただし、母数は耐震診断実施戸数。)として、「持ち家」と「民営借家」の耐震性能(=未耐震率)が等しいと仮定する。
推計結果(2013 年調査時点)を表補1に示す。「持ち家・一戸建・木造」において、耐震性能不 足の住宅数が最も多い。このほかにも、「一戸建」において「民営借家・木造」が多いほか、「共同 住宅」において「持ち家・非木造」、「民営借家・木造」および「民営借家・非木造」において、耐震 性能不足の住宅数が多いという結果となっている。なお、住宅・土地統計調査では、建築時期は 完成時点を指すため、同表内における建築時期「1981~1990」の中には、旧耐震基準に基づい て建築確認を取得したものも含まれ、推計値よりも数%多いと想定されることに留意が必要である。
表補1 耐震性能が不足する住宅数の推計(2013年調査時点)
※「平成 25 年住宅・土地統計調査結果」(総務省統計局)を加工して作成している。
※1 「一戸建」、「共同住宅」のほか、「長屋建」、「その他」を含む。
※2 持ち家の未耐震率は、耐震診断実施戸数を母数とした値である(耐震診断した結果、耐震性が確保されていなかった戸数 の割合)。
※3 民営借家の未耐震率は、持ち家と同じ値とした。
※4 1981~1990 年建築および建築時期不詳の住宅の中にも、旧耐震基準に基づくものが含まれていることに留意が必要であ る。(同調査での建築時期は完成時点を指すため、「1981~1990 年」には、旧耐震基準に基づいて建築確認を取得したものも 含まれる。なお、国による推計と同様、1982 年以降の住宅は耐震性能が確保されていると見なしている。)
住宅数 未耐震率※2,3 耐震性能不足 住宅数 未耐震率※2,3 耐震性能不足
(H25) の住宅数 (H25) の住宅数
(H25推定) (H25推定)
戸 戸 戸 戸 戸
専 用 住 宅 数 50,981,700 27,002,700 8,544,119 17,713,600 1,713,202 持 ち 家 31,184,200 25,401,100 7,945,140 5,454,500 436,983 木 造 23,928,400 23,573,100 7,755,417 118,400 28,258 ~1970 3,972,800 3,896,200 0.65 2,539,640 16,300 0.55 8,891 1971~1980 4,551,700 4,490,400 0.63 2,816,624 19,400 0.63 12,125 1981~1990※4 4,512,200 4,450,200 0.32 1,415,835 24,200 0.11 2,689 1991~2000 4,737,500 4,674,700 0.12 549,277 24,300 0.08 1,869 2001~Sep.2013 5,424,500 5,360,800 0.04 221,799 20,800 0.13 2,684 建築時期不詳 729,700 700,800 0.30 212,242 13,400 0.00 0 非 木 造 7,255,700 1,828,100 189,723 5,336,100 408,725 ~1970 285,800 147,100 0.39 57,344 128,800 0.44 56,719 1971~1980 1,070,100 261,800 0.26 67,967 783,100 0.31 246,077 1981~1990※4 1,392,100 330,500 0.10 32,585 1,039,400 0.07 76,137 1991~2000 1,978,100 466,500 0.04 19,198 1,496,900 0.01 9,689 2001~Sep.2013 2,430,900 569,500 0.02 9,336 1,846,500 0.00 2,360 建築時期不詳 98,700 52,700 0.06 3,294 41,400 0.43 17,743 民 営 借 家 14,492,600 1,601,600 598,979 12,259,100 1,276,218 木 造 4,316,700 1,516,900 587,533 2,317,400 370,213 ~1970 539,800 313,800 0.65 204,543 127,900 0.55 69,764 1971~1980 592,100 308,700 0.63 193,633 213,700 0.63 133,563 1981~1990※4 721,000 249,300 0.32 79,315 417,700 0.11 46,411 1991~2000 744,500 180,900 0.12 21,256 506,900 0.08 38,992 2001~Sep.2013 941,000 198,100 0.04 8,196 631,500 0.13 81,484 建築時期不詳 778,300 266,100 0.30 80,590 419,700 0.00 0 非 木 造 10,175,900 84,700 11,446 9,941,700 906,005 ~1970 224,400 11,800 0.39 4,600 205,800 0.44 90,628 1971~1980 798,000 14,300 0.26 3,713 774,500 0.31 243,375 1981~1990※4 2,136,100 14,100 0.10 1,390 2,107,600 0.07 154,384 1991~2000 2,657,200 13,000 0.04 535 2,620,500 0.01 16,961 2001~Sep.2013 3,400,800 16,500 0.02 270 3,308,300 0.00 4,229 建築時期不詳 959,400 15,000 0.06 938 925,000 0.43 396,429
一 戸 建 共 同 住 宅
総 数※1
また、同様に、2008年時点の推計結果を表補2に示す。ここで、未耐震率は、
2013
年時 点と同じ値としている。2013
年時点と2008
年時点における「共同住宅・民営借家」について、建築時期1980
年 以前の耐震性能不足の住宅数を比較する。調査上、非木造における1971~1980
年建築の住 宅数自体が増加していることから、1970
年以前について比較すると、「木造」では3万戸以 上減少(30%減)54しているのに対して、「非木造」では約6千戸(6.3%減)の減少に留ま っている。このことから、耐震性能が不足した非木造の賃貸共同住宅について、建替えの速 度は比較的緩やかであるといえる。表補2 耐震性能が不足する住宅数の推計(2008年調査時点)
※「平成 20 年住宅・土地統計調査」(総務省統計局)を加工して作成している。
※1 「一戸建」、「共同住宅」のほか、「長屋建」、「その他」を含む。
※2 持ち家の未耐震率は、H25 調査時点における耐震診断実施戸数を母数とした値である(耐震診断した結果、耐震性が確保 されていなかった戸数の割合)。
※3 民営借家の未耐震率は、H25 調査時点における持ち家と同じ値とした。
※4 1981~1990 年建築および建築時期不詳の住宅の中にも、旧耐震基準に基づくものが含まれていることに留意が必要であ る。(同調査での建築時期は完成時点を指すため、「1981~1990 年」には、旧耐震基準に基づいて建築確認を取得したものも 含まれる。なお、国による推計と同様、1982 年以降の住宅は耐震性能が確保されていると見なしている。)
54 建築時期「1971~1980」年における、「民営借家・共同住宅・木造」では、3万戸以上減少(15%減)。
総 数※1
住宅数 未耐震率※2,3 耐震性能不足 住宅数 未耐震率※2,3 耐震性能不足
(H25) の住宅数 (H25) の住宅数
(H20推定) (H20推定)
戸 戸 戸 戸 戸
専 用 住 宅 数 48,281,000 25,795,500 9,045,476 15,672,800 1,640,969 持 ち 家 29,162,900 24,129,200 8,360,435 4,658,100 410,388 木 造 22,896,200 22,486,100 8,171,069 118,800 32,290 ~1970 4,512,900 4,400,600 0.65 2,868,420 22,300 0.55 12,164 1971~1980 4,868,600 4,793,000 0.63 3,006,431 21,500 0.63 13,438 1981~1990※4 4,642,300 4,572,100 0.32 1,454,618 24,500 0.11 2,722 1991~2000 4,886,600 4,808,300 0.12 564,975 25,400 0.08 1,954 2001~Sep.2013 3,525,000 3,473,200 0.04 143,701 15,600 0.13 2,013 建築時期不詳 460,800 438,900 0.30 132,924 9,500 0.00 0 非 木 造 6,266,700 1,643,100 189,366 4,539,300 378,098 ~1970 289,500 152,800 0.39 59,566 127,400 0.44 56,103 1971~1980 1,029,000 268,700 0.26 69,759 735,000 0.31 230,962 1981~1990※4 1,305,500 323,900 0.10 31,934 960,600 0.07 70,365 1991~2000 1,975,600 484,800 0.04 19,951 1,476,100 0.01 9,554 2001~Sep.2013 1,612,200 382,800 0.02 6,275 1,217,900 0.00 1,557 建築時期不詳 54,900 30,100 0.06 1,881 22,300 0.43 9,557 民 営 借 家 13,256,500 1,666,300 685,041 11,014,700 1,230,581 木 造 4,325,800 1,598,200 674,411 2,252,400 407,261 ~1970 716,400 393,500 0.65 256,493 184,500 0.55 100,636 1971~1980 703,100 368,500 0.63 231,143 250,100 0.63 156,313 1981~1990※4 803,300 281,800 0.32 89,655 462,000 0.11 51,333
1991~2000 794,800 197,500 0.12 23,206 540,100 0.08 41,546
2001~Sep.2013 641,300 130,700 0.04 5,408 445,100 0.13 57,432 建築時期不詳 666,900 226,200 0.30 68,506 370,600 0.00 0 非 木 造 8,930,700 68,200 10,630 8,762,400 823,320 ~1970 238,500 11,900 0.39 4,639 219,600 0.44 96,705
1971~1980 787,100 13,900 0.26 3,609 762,300 0.31 239,541
1981~1990※4 2,156,000 12,200 0.10 1,203 2,131,000 0.07 156,098
1991~2000 2,763,900 11,800 0.04 486 2,730,200 0.01 17,671
2001~Sep.2013 2,242,600 9,900 0.02 162 2,194,800 0.00 2,806 建築時期不詳 742,600 8,500 0.06 531 724,500 0.43 310,500
共 同 住 宅 一 戸 建