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井戸博之

ドキュメント内 夜だからこそ学べる (ページ 122-154)

1996(平成8)年度卒業生、1998(平成10)年度修士修了生/日産自動車(株)SCM本部SCM企画部 Tokyo University of Science

経営工学科

学生

OB

Tokyo University of Science

声  06.6.1 9:47 AM  ページ  122

学生OBの声

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学が可能であるか」「学費と生活費をど

うするのか」という2つであった。これ らについては、私だけでなくあらゆる勤 労学生にとって切実な問題であると思 う。

私の場合、入学時に勤めていた会社

(電気工事業)では、数週間から数カ月 のサイクルで仕事場を転々としなければ ならず、1カ月以上も通学できないこと もあった。そのため、2年生になるとき に特許事務所(所在地:千代田区外神田)

へ転職することにした。この仕事を選ん だ理由は、「職場からの通学時間が20 分程度である」「もともと工業所有権に ついて興味を持っていただけでなく、大 学卒業後に継続できる仕事でもある」

「給料はダウンするものの学費や生活費 をなんとか賄うことはできる(余談だが、

理科大の学費は比較的安いので、とても 助かった)」というものである。だが、

私のように幸運に恵まれて転職に成功す ることは非常に稀であり、様々な理由か ら大学を去っていった学生もいた。

私の感想としては、特許事務所や会計 事務所といったように国家資格(弁理士、

税理士、公認会計士等)を必要とする職 業の場合、職場内で資格取得に向けて勉 強をしている方も多く、勤労学生に対し て理解があるのではないだろうか。

4. 実力主義

本学部では「実力主義」が貫かれてい る。講義は昼間(工学部第一部)と同じ 教授陣による昼間と同様の内容が行わ れ、評価も昼間と同じ基準で行われる。

しかも、4  年次になると卒業研究のた め各研究室に配属されることになり、昼 間の学生と一緒に研究を行うことにな る。そうすると、勤労学生の場合、社会 人としての視点に立って研究をすすめて いくことができるため、一味違った卒業 論文を仕上げることができる。こうした 環境は、私だけでなく周囲の勤労学生に とっても大いに励みとなっていたように 思う。私は、大学卒業後の進路として、

それまでの仕事を継続するのではなく、

大学院工学研究科への推薦入学制度を利 用して修士課程へ進学することを選んだ のだが、実力主義の下で揉まれながら学 業を積み重ねていったからこそ、こうし たチャンスを掴むことができたのであ る。

5. 大学で学んだことと現職との関わり 現在、私は自動車メーカーにて生産技 術関連のエンジニアをしている。大学で は「質管理工学(TQM)」を専攻してい たのだが、現職においても「品質管理

(TQM)」「生産管理」に携わっており、

「顧客満足に対する考え方」「各種の管理 手法」「統計的手法」等については大学 で学んだ内容を活用することができる。

けれども、私にとって最大の財産は「勤 労学生として過ごした4年間に対する自 信」であるように思う。仕事が忙しく深 夜残業続きであっても、「あのときに比 べれば」と考えるだけで奮い立ち、途中 で投げ出すようなことは決してない。こ れまでもそうであったし、これからもそ うである。

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第4章 経営工学科(i科)

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社会人として大学編入学に到るまで 私は宮城県の普通高校を卒業後、北海 道の大学に進学しました。学部は文学部 であり、歴史や哲学等を好んで勉強して いましたが、諸事情により中退し、生活 の糧を得るべく専門学校で情報処理技術 を学び、ソフトウェア開発者として日々 を過ごしていました。社会人3年目の半 ばが過ぎた頃、北海道の大学で開かれた 一般向けの公開講座に参加した時、関連 分野を体系的に学んだ経験の有無が今後 仕事を続けていくにあたり重要である事 を感じ、もう一度、大学で学ぶ必要があ ると考えるようになりました。

在学期間を通しての感想

正直言って、編入学当初から必ず卒業 するぞと考えていたわけではありませ ん。とにかくやれるところまでやろうと 考えていました。ソフトウェア開発者と 言っても、基本的に全ての工程に携わっ ていたので、突然システム障害が起こる こともあれば、夜間にシステム移行作業

をやらざるを得ない場合もあります。当 然それと並行して講義や試験もありま す。講義や試験が終わった後に仕事に行 くことは数え切れないほどありました し、夜間作業後、寝ずに試験を受けたこ ともその逆も多々ありました。それでも 何とかやってこられたのは、在籍してい る企業や上司の理解や同級生の協力があ ったからです。在学期間を通して、以前 文系の学部に通っていた私にとって、理 系の学部に通うことで知識の裾野が広が ったことも収穫でしたが、自分と自分、

他人と自分の関わり具合が変わったこと が一番の収穫だったと考えています。社 会人の方が大学に通うことを通じて期待 することは十人十色であろうと思います が、東京理科大学の「夜の顔」には、社 会人の方の期待に応える何かがきっとあ るだろうと私は感じています。

経営工学

現研究室

夢へのスタート地点

石井 元

2005(平成17)年度卒業生/東北ディーシーエス(株)システム第一部東京事務所 Tokyo University of Science

経営工学科

学生

OB

Tokyo University of Science

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教養の歴史  06.6.1 9:50 AM  ページ 1

第5章 教養

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人間科学科目の変遷

1

開設から大綱化まで(

1976 〜 1993

開設当初の教養担当科目は、一般教育科目、外国語、体育であった。

一般教育科目は、人文科学系列、社会科学系列、自然科学系列の3分 野に分けられ、そのほとんどが半期ではなく、通年の4単位科目であっ た。卒業のためには、3分野にわたり、24単位の修得が必要とされた。

履修分野のかたよりを防ぐために、1979(昭和54)年からは、1分野最低4 単位以上の修得という条件が追加された。自然科学系列には数学と物理 学が含まれ、この2つの科目と英語すべてに合格することが、2年への進 級条件とされた。

外国語は、英語、ドイツ語、フランス語の3言語で構成されていた。

卒業のためには、英語8単位、ドイツ語またはフランス語4単位、計12単 位の修得が必要とされた。

体育は、実技と講義に分けられ、講義は保健衛生と体育理論という2 科目で構成されていた。卒業のためには体育実技2単位、保健衛生1単位、

体育理論1単位、計4単位の修得が必要であった。体育実技については、

平日に履修困難な学生のために、日曜日に野田のグラウンドで集中授業 を行うなどの便宜も図られた。

1987(昭和62)年より、一般教育科目の中の総合科目として全学の学生 を対象に、特別教室セミナー2単位が開講された。これは、夏休みを利 用して野田の特別教室において、2泊3日の集中講義形式で行われる。毎 年テーマを決めて、学外の専門家を交え、泊りがけで講義と討論を行う というものである。翌1988(昭和63)年からは、自然科学系と人文・社会 科学系の2つのテーマに分けて、夏休みに2回開催され、現在に至ってい 金刺亮介東京理科大学教授

原 民夫東京理科大学教授

大村昌彦東京理科大学専任講師 教養の歴史  06.6.1 9:50 AM  ページ  126

工学部第二部教養の歴史

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る。ちなみに、第1回のテーマは「人間と自然環境」であり、翌年のテー

マは自然科学系が「現代の宇宙観」、人文・社会科学系が「モラル――その 源流からの考察」であった。

工学部第二部教養の人的構成の歴史

1976年 兼担教員11名、非常勤講師8名で出発 1978年 山本格治教授(数学担当)

1979年 木俣登教授(物理学担当)

樋口清教授(フランス語担当)

1986年 山本格治教授定年 木村哲三助教授(数学担当)

金刺亮介講師(法学担当)

1989年 樋口清教授定年 1990年 木俣登教授定年

喜岡俊英講師(物理学担当)

1992年 大村昌彦講師(英語担当)

1995年 喜岡俊英助教授、工学部第二部電気工学科へ ピーター・ダイン嘱託講師(英語担当)

1996年 木村哲三教授退職、大東文化大学へ 吉岡朗講師(数学担当)

2000年 吉岡朗助教授、理学部第二部数学科へ 原民夫助教授(数学担当)

2006年現在 教授 金刺亮介、原民夫 講師 大村昌彦

嘱託講師 ピーター・ダイン 教養の歴史  06.6.1 9:50 AM  ページ  127

第5章 教養

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2

大綱化から現在まで(1994〜2006

1991(平成3)年2月大学審議会が「大学教育の改善について」の答申を行 い、同年7月大学設置基準の一部改正が行われた。改正の中心は「設置 基準の大綱化」であった。すなわち、従来の設置基準がどの分野から何 単位ずつ履修すべきかなどを規定する厳しい規制主義をとってきたのに 対し、大綱化は「自由化」をキイワードに、できるだけ規制をはずし、

大学改革をそれぞれの大学の自主努力に任せようというものであった。

工学部第二部では、大綱化に対応すべく、1994(平成6)年に大幅なカリキ ュラム改定を行った。改定のポイントは、いわゆる教養科目の自由化と 1年次からの専門教育の強化であった。

(1)大綱化の直接的影響

大綱化が工学部第二部教養のカリキュラム改定に及ぼした直接的影響 としては、以下のことが挙げられる。

・卒業所要単位が128単位から124単位へと、4単位減少したこと。

・数学と物理学が、後述の一般科目からはずれ、専門基礎科目に組み入 れられたこと。

・それまで必修科目とされていた英語以外の外国語と体育について、必 修とするか選択とするかは学部の判断に任されることになったため、

工学部第二部では選択科目としたこと。いわゆる第二外国語の選択化 は、英語以外の外国語学習の重要性を認識しつつも、それらの修得が 工学部第二部の学生にとって大きな負担となっていたことを考慮した 結果である。

・人文科学、社会科学、自然科学という区分が取り払われ、人間科学と してまとめられたこと。英語以外の外国語と体育も、この人間科学に 組み入れられることになった。

・こうして、これまでの一般科目24単位と外国語12単位と体育4単位、

計40単位は、一般科目として、英語8単位と人間科学20単位、計28単 位として再編成されることになった。

・自由科目4単位が新設されたこと。ここには、専門科目、専門領域外 科目のどの科目の履修単位も充当することができる。これはいわゆる 教養科目の単位減を考慮した結果でもある。

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