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前章、前々章を割いて、オタク文化とその中でもさらに下位文化として位置づけられる コスプレ文化について紹介を行った。

本論文では、コスプレ文化と文化装置を考えるための事例として秋葉原、お台場、池 袋、埼玉県宮代町の4つの地域と世界遺産という1つの事例を取り上げる。これらの地名 を見た時に事例が東京に集中している印象を受けるだろう。その理由としては東京が日本 社会の中で持つ特別な意味がある。

1つにはサブカルチャーのメッカとして東京が機能しているということである。たとえ ば原宿や本稿でも扱う秋葉原など、サブカルチャーが集積する場所が東京には数多く存在 する。これらはディストリクト内に文化装置が集中していることで、その場所自体が文化 装置化したのだということは、第3章でも述べた通りである。さて、この場合には、日本 社会全体に通底する文化が「地」になり、各サブカルチャーが「図」として文化装置によ って東京各地に存在するという構図になる。それと同時に、東京のそうしたサブカルチャ ー――とその文化装置――が存在する場所が「地」となる見方も成立する。そのことを説 明するためには、東京発のサブカルチャーが日本社会でどのような位置づけなのかを確認 する必要があるだろう。

現在、若者文化の数多くは東京から発信されるという状況にある。現在の「ポップカル チャー=東京発文化」という見立ても大げさではあるまい。こうした現象は今日に限った ものではなく、大正時代まで遡って考えることができる。

大正時代は都市の時代であった。竹村民郎は大正時代の文化を分析する中で「都市はも っとも大切な変化を日常生活にあたえていた。都市は大正時代の生活スタイルの支柱であ った」(竹村 2004: 40)と述べている。そして、その中において東京は極めて大きな存在 感をもっていた。

大正期の東京は、全国各地の都市の目標であり模範となった。昭和初期以降、日本 のあちらこちらの都市に、〇〇銀座がいっせいにつくられていくのはその反映であ る。(竹村 2004: 40)

なぜ東京は全国の都市の目標かつ模範となったのだろうか。竹村は当時の東京を次のよ うに分析する。

200万人の市民をかかえてふくれあがった大東京は、巨大なモンスターのように咆 哮して、昼夜をわかたず活動をくりかえし、そこから新しい生活スタイルや文化、さ らには新しい市民精神を生み出す母胎となった。(竹村 2004: 63)

マクロ的に見れば、当時の東京は工業化とそれを基礎とした都市人口の急増を迎えてい た。そして「重化学工業の発展につりあうように、住居、商業、農業、運輸、都市等の構 造を質的に転換させ」(竹村 2004: 63)ていた時期でもあった。そうした時期において、

それまでの日本文化を「地」とすれば、新しい文化がサブカルチャーとして、つまり

「図」として東京から生まれ全国に波及していったのである。思い起こせば、第4章で確 認した山口昌男の議論に登場する三越百貨店も東京の日本橋から全国に新たな文化を発信 していったものであった。また和田博文(2011)による資生堂の研究では、銀座に誕生し た資生堂がモダン文化の中核としてモード・ファッション・化粧・髪型といった女性文化 のみならず、商業デザイン・美術・食文化までを発信していったことが明らかにされてい る。このように下位文化として新たに登場した文化が日本全国に普及していったのであ る。

しかしながら当時は下位文化であったものが、今日には通念的かつ支配的な文化になっ てしまっているもの事実である。そうした今日の状況において地方独自の文化も存在して いる。一例を挙げれば、福岡にあるライブ喫茶「照和」は、石橋凌、井上陽水、海援隊、

甲斐バンド、チューリップ、長渕剛など数多くのミュージシャンを輩出している(増淵 2012)。これは、当時の福岡において独自の下位文化として音楽文化が存在しており、そ のための文化装置として照和が機能していたということである。このとき、東京発文化を

「地」として、こうした地方文化を「図」とする見方も成立しよう。

しかし、やはり今日において東京への文化的一極集中が起きていることは疑いようがな い。フィッシャーが指摘した通り、人口の集中が下位文化の生誕に関係しているのであれ ば、日本で最も人口密度の高い東京において非通念的で非支配的な文化が生まれる可能性 は最も高い。そこで、まずは東京圏を対象に文化装置概念の有効性を確かめるのが最も実 現性があると言えるだろう。

本論文では事例として秋葉原、お台場、池袋、埼玉県宮代町の4つの地域と世界遺産と いう1つの事例を取り上げるが、それぞれの事例に文化装置論との兼ね合いで役割を有し ている。まず秋葉原は、コスプレ文化にとっての文化装置がどのようなものかを明らかに することを目的とした事例である。秋葉原の街に存在する「オタク趣味の専門店」がそれ

コスプレ文化に絞って論じていく。次にお台場であるが、秋葉原が店舗として常設的に文 化装置が用意されている街なのに対して、仮設的に用意されるイベント会場を専有して行 われるコスプレイベントなどが文化装置として機能するのか、そうした一時専有型の文化 装置が地域にどのような波及効果を与えるのかについて検討を行う。池袋では、豊島区が コスプレ文化を活用した街づくりを行っている。そこで文化装置を活用した文化振興――

地域で文化が育まれること――は実現されるのかを検討したい。埼玉県宮代町は、東京か ら1時間程度のベッドタウンとしての性質が強いが、現在コスプレ文化を活用した地域活 性化を目指している。その試みを文化装置から評価するということをしてみたい。これら 4つの事例は日常/非日常と、政策的に成功/失敗という2軸でもって整理することが可 能である(図 5 4つのエリアの分類)。日常と非日常という区分は、オタクやコスプレイ ヤーたちにとって日常的に訪れる場所か、それとも非日常すなわちイベント時などに訪れ る場所なのかという区別である。また政策的に成功と失敗というのは、本論文で目指す文 化装置論的政策論の観点から各事例を捉えた時の評価である。そのためすべての事例で政 策的な取り組みが行われている訳ではなく、あくまで本論文で各事例を政策の観点から成 功と失敗の二分法で評価したならば、という便宜的な分類でしかないため注意が必要であ る

図 5 4つのエリアの分類

ここまで4つの地域について確認したが、最後に具体的な地域ではなく現象として世界 遺産を会場に行われるコスプレイベントを取り上げ、文化装置がきっかけで起こるコスプ レ文化とその外側にある文化とのコンフリクトの可能性について論じたい。

第7章 秋葉原:コスプレ文化にとって