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本論文ではオタク文化の中でも特にコスプレ文化に注目する。コスプレという言葉が人 口に膾炙していたとしても、具体的なイメージが湧きづらいものだと思われる。そのた め、本章ではコスプレ文化について基礎知識から、より詳細な解説を加えておきたい。

第1節 コスプレの基礎知識

そもそもコスプレとはコスチューム・プレイの略称で「アニメ、マンガ、ゲームなどの キャラクターに扮することを示す語」(岡部 2014: 373)であり、コスプレイヤー(または レイヤー)はコスプレを実際に行う人々を指す呼称である。

日本にいるコスプレイヤーは「大半は女性で、大学生や20代の社会人など、他に本業 を持っている普通の人々である」(岡部 2014: 372)とされている。彼女たちが親しんでい るコスプレの一般的な手順について、田中東子(2017)の整理を参考に紹介すると表 2の 通りになる28

表 2 コスプレの一般的な手順

① 扮装するキャラクターや作品、撮影のモチーフとなる作中の場面などを決める

② 衣装やウィッグ、造形と呼ばれる小道具類を準備する(自作する場合と購入する 場合とがある)

③ 1人か2人など少人数で行うか、大人数で行うか、どこで撮影するかなどを計画 する

④ 写真撮影が許可されている場所に行き、メイクなども含めて衣装を着る

⑤ 写真撮影を行う

⑥ 撮影した写真に編集・加工を施し、専用SNSなどにアップロードする

28 田中はコスプレにおける「合わせ」という言葉を誤って使用しているため、その部分の 記述を削除して掲載した。

この表を見ると、コスプレが単に衣装を着てキャラクターに扮するという行為ではな く、キャラクターのコスチュームに身を包む前後の時間も含めたものであることが理解で きる。ここで注意しなければならないのは、世間一般で使用される「コスプレ」という言 葉には、このようなコスプレイヤーによるコスプレの実践以外の意味も含まれるというこ とである。

そのことを理解するために、矢野経済研究所が2017年に発表した「オタク」市場に関 する調査レポートのプレスリリースを取り上げたい。プレスリリースの中では、オタク市 場を具体的に構成する15の分野の1つに「コスプレ衣装」が挙げられている。そこでの 分析は下記の通りである。

宴会やパーティをはじめ、ハロウィンなどのイベントを契機に、一般的な趣味として 定着してきているが、インターネット通販などにより低価格化が進行していることか ら、市場は縮小傾向にある29

このレポートの中では宴会やパーティ、ハロウィンイベントもコスプレに含まれるよう な書き方がされているが、ここに世間の認識とコスプレイヤーとの認識のギャップが見て 取れる。コスプレ文化の外にいる人間から見れば、コスプレイベントなどでキャラクター 衣装に身を包んでいるコスプレイヤーと、ハロウィン時期に街中でゾンビやアニメキャラ クターなどの格好をしている若者たちは同一視される。しかし、コスプレイヤーの中で は、前者と後者とでは、「コスプレ」と「仮装」という明確な区別がなされているのであ る。

たとえば、2014年から毎年ハロウィン時期に「池袋ハロウィンコスプレフェス」という コスプレイベントが開催されている。このイベントを運営する株式会社ドワンゴの広報部 に所属する古嶋遼は、ネットニュースの取材に対して、何人かのコスプレイヤーたちが渋 谷や六本木で行われているハロウィンの仮装と自分たちのコスプレとを同一視されたくな

29 「オタク」市場に関する調査を実施(2017年)プレスリリース全文 | ニュース・トピ ックス | 市場調査とマーケティングの矢野経済研究所

https://www.yano.co.jp/press/download.php/001773 なお、縮小傾向にあるコスプレ衣

装市場であっても2017年の予測市場規模は350億円となっており、この数字は同レポー ト中のフィギュア(325億円)やプラモデル(277億円)といった領域のものよりも大き い。

いと語っていたと証言する。そのうえで古嶋は、自身が考える仮装とコスプレの違いにつ いて次のように解説している。

私見ですが、イベントなどに参加するために衣装を着るのが“仮装”。ハロウィンなら ゾンビや吸血鬼、カボチャなどの恰好をします。しかしレイヤーさんの場合は、好き な作品のキャラになりきる。つまり、“作品への愛着”を表現する方法なんだと思いま す。30

ただ衣装を着るのではなく、そこに「なりきる」という演技性が伴うのがコスプレなの である31。そして池袋ハロウィンコスプレフェスは、なりきりたいコスプレイヤーのため のハロウィンイベントなのであった。しかし、世間的に見た時には、キャラクターになり きっているかどうかは特に区別されず、衣装に身を包むことを全般的にコスプレと呼ぶよ うである。本論文でも、そうした世間の広範な語の使い方ではなく、コスプレイヤーたち がキャラクターになりきる、演技性が伴った行為という意味でコスプレを取り扱う。

さて、池袋ハロウィンコスプレフェスでは、ある程度エリアは限定されるものの、池袋 の街の中でコスプレをしたまま歩き回ることができる。コスプレイヤーたちは、街中で写 真撮影や飲食店利用を自由に行える。しかしながら、このようなイベントは例外的なもの である。実は日本国内では、指定された会場や場所以外でのコスプレは原則として禁止さ れており、自宅からコスプレをした状態で出かけて会場までの公道を歩くことや、会場か らコスプレ衣装のまま自宅へ帰ることも禁止されている(貝沼 2016; 田中 2017; 岡部

2014)。コスプレをしてもよいエリアの指定が街全体と他のイベントよりも緩い池袋ハロ

ウィンコスプレフェスであったとしても、自宅からコスプレをしたまま参加することや衣 装を着たままでの帰宅は禁止されており、そのことはイベントのルール・注意事項にも明 記されている32。こうした決まりごとは、イベント側が個別に定めているというよりも、

30 「運営に聞く『池袋ハロウィン』開催の意義 “コスプレ”と“仮装”の明確な違いを提 示」ORICON NEWS https://www.oricon.co.jp/special/50392/

31 コスプレイヤーたちに、「あなたにとってコスプレとはなんですか?」と尋ねると、「作 品づくり」や「創作的な活動」といった回答が得られたという記述が存在する(田中

2017: 136)。演技性が伴うということも、コスプレを創作活動たらしめている要件の1つ

なのかもしれない。

32 注意事項 | 池袋ハロウィンコスプレフェス2017 http://ikebukurocosplay.jp/rule/

「コスプレイヤーやイベント組織自身が作り上げてきた遵守されるべきマナーやルール」

(岡部 2014 :386)である。つまり、コスプレという文化の内部にいるコスプレイヤーた ちにとっての、自分たちが作り上げた暗黙のルールとして広く共有されているのである。

こうしたルールが作られた背景には、コスプレを見慣れていない人たちにコスプレイヤー が怖がられたり、コスプレの題材となった作品に悪いイメージが付くことを防ぐという狙 いがある33

第2節 先行研究の批判的検討

近年、コスプレは学問的な題材として扱われることが多くなっている。ここにいくつか 例を挙げてみたい。田中東子(2009, 2017)はコスプレ文化の現況について、国内外の動 向も踏まえながら紹介しており、最終的にポスト・ラディカル・フェミニズム、参加型フ ァン文化、2.5次元文化といった文脈の中にコスプレを位置づけている。岡部大介

(2014)は、文化的な実践としてのコスプレがいかにして達成されるかについて、インタ ビューや同行調査を通じて得られた女性コスプレイヤーの発話から、コスプレ・コミュニ ティにみられる学びについて焦点をあて取り上げた。貝沼明華(2017)は、コスプレイヤ ーが写真を撮影し、そのあと他者と共有するという行為をコミュニケーションとして見な し、そこからコスプレの意味世界を読解した。貝沼はこの他にもコスプレイヤーにとって の日常性/非日常性に関する研究を行っており、コスプレを多角的に検討している(貝沼 2016, 2018)。

上記に挙げた研究は、コスプレという文化を様々な角度から分析したものであり、コス プレという題材の奥深さがうかがい知れる。しかし、どの研究でも注目するのはコスプレ イヤーがコスプレを実践している最中であり、コスプレイヤーがコスプレをしていない時 間についてはほとんど扱っていない。当たり前だが、彼女たちはコスプレ衣装を身にまと っていない時間であっても衣服を着て日常生活を送る。

ところで、そもそもコスプレイヤーたちはコスプレ衣装をどうやって手元に用意するの だろうか。この点に関しては、先に挙げた先行研究の中でもいくつか説明がなされてい る。岡部の研究では、人気キャラクターのコスチュームは市販されていること、衣装の製 作を請け負う企業や個人もいることを紹介した上で、それでもコスプレイヤーの多くがコ スチュームを自分たちで自作(DIY)34していると指摘する。それはコスチューム制作が

33 『COSPLAY MODE』2014年09月号、ファミマ・ドット・コム、P.99を参照。