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ホテル全体を対象とする場合、捜索すべき場所としてホテル名を記載した令状は許されるし、経営者の管理権は客室に も及ぶはずである。しかし、宿泊客のいる客室についてはこれは適当ではないとした。すなわち、宿泊客にはプライバシー がある以上、主たる管理権は客にあるというのである。これは教材の 19 事件が、ホテル管理者の依頼があっても、宿泊 客の意思に反して室内に反することは原則として許されないと言うこととも通じる。というわけで、管理権が客にあるとすれ ばホテル甲内という記載では許されないとした。但し、宿泊客からの同意を得ていると認められ、捜査の違法は認められ なかった。

d.捜索・差押えの実行

◎捜索・差押えの手続の概観

①令状の提示(222 条、110 条)処分を受けるものに令状を呈示しなければならない。

②必要な処分(222 条、111 条)錠を外し、封を外すなど必要な処分ができる。

③執行中の出入り禁止(222 条、112 条)反した者は退去させたりすることもできる。

④住居主等の立会い(222 条、114 条)公務所内で令状を執行するときにはこれが必要になる。できないときは隣 人、地方公共団体の職員に頼む。だいたいは消防署の人になる。

⑤被疑者の立会い(222 条 6 項)当事者の立ち合いを定める 113 条は捜査段階では準用されていないので、立会 権はない。しかし捜査上必要がある時、捜査機関が被疑者を立ち会わせることはできる。

⑥夜間執行の禁止(222 条、116 条、117 条)普通は日没後には令状の記載がない限り執行のために邸宅などに 入ることはできない。ただ、日没前に執行を始めた場合や、夜間でも公開され出入りのある場所などは除かれる。

⑦執行の中止と必要な処分(222 条、118 条)執行を中止する必要がある時は、執行が再開して終わるまでその場 所を閉鎖して、看守者を置くことができる。

69 個別に問題になりそうなものを逐一見ていくことにする。

◎令状の提示・捜索場所への立入り

★原則は令状提示を事前に行うべきだが、必要な場合には事後提示でも可能な余地がある。

教材 102 事件(京都五条警察署マスターキー使用捜索事件)

ホテルの部屋に立ち入る時に、令状はあったのだが、令状を提示して任意にドアを開けさせることをせず、いきなりマスタ ーキーでドアをあけたために文句を言われた。

錠を外す措置は「必要な措置」なので、それ自体が許されない措置とは言えないが、しかしマスターキーであけるときに 令状の提示がなされていないというもの。

一般的に言って、令状を提示することは、権限の正当性を示して無用な混乱を防ぎ、さらには無権限の行為をしない という手続きの担保までもする効果がある以上、原則として執行の前に提示を行うべきである。この事前提示の原則 は判決でも確認されている。とするとやはり、開錠等の必要な処分も令状の一環として許される以上、その前に提示 しなければいけないのではないかという気もする。「必要」というのは刑訴では基本的には必要最低限度のものであ るし、いきなりあけることは不意を突くことで、プライバシーを侵害すると言う意味では問題があろう。

これを貫徹して、令状の事前提示は憲法 35 条の定める令状主義そのものを表していると言う立場に立てば、執行は 許されないことになろう。

しかしながら、捜索差押さえを捜査機関の判断ではなく、あくまで裁判官の許可にかからしめることに令状主義の意 味があるとすれば、令状呈示を前置させるというのは、令状により処分を執行できることを前提にして、被処分者の 権利利益を守りつつ執行をおこなうための一つの手段にすぎないと言うことができる。こう見ると、令状を呈示した のでは本来の目的を達せられない、と言うのであれば、令状提示を劣後させてもいいことになろう。

この判例では、目的物として破棄隠匿が容易な覚せい剤が含まれ、実際にその危険性がある事案であった。令状提示 に先立って、破棄隠匿を防ぐ措置をとることが許されてよいと思われる。来意を告げずドアを開けることも、同じく 差押さえにとって必要であったと言える(はーい今出ます~着替えるからまって~といって、覚せい剤を捨ててから 出ればいい)。施錠されたドアを開ける方法としては破壊することもあり得なくはないところ、マスターキーを得た ので破壊しなかったわけで、この方法も他者を害するものではなく、必要最低限のものとして必要性が認められてよ かろう。

◎令状提示と欺罔

教材 101 事件(宅急便配達仮装捜索事件:大阪高裁)

もう名前通りです。宅急便だよ~☆嘘だよ~♪警察やッ切符でとんじゃあ!という事案。

立ち入りに欺罔を用いることはできるかが問題なわけだが、必要な処分だとして適法とした。財産的損害がなく、穏 当な措置として相当性を認めうる余地があるように思う一方、令状執行の方法として相手方に消極的な受任だけでな く、それを超えて積極的な協力を求めることができるかという観点からは問題がある。欺罔により、あくまで相手の 意思に反した作為をさせている点は、積極的な協力をさせることができないと言う立場からは検討が必要であろう。

◎捜索・差押えの範囲に係る諸問題

①捜索の範囲

記載が不特定だと令状が無効になり、それに基づく捜索は違法となる。令状が有効な場合、いかなる範囲で捜索差し 押さえが許されるかが問題になる。先ほどの議論に従えば、管理権、住居権を範囲として、特定した記載が必要であ るし、その範囲において捜索できる。物理的に区分できる場合にはその一部のみを捜索すべき場所とする令状も発付 可能であるし、その場合には同じ管理権の下にある場所でも、記載場所以外の捜索は許されない。

②「場所」に対する令状による「物」の捜索

ある場所に対しての令状があるときに、その場所にあるもの、身体の捜索が許されるかは問題である。

これについての基本的なスタンスは、「裁判官がある場所の捜索を許可する際には、通常はその場所において管理な いし利用されることが想定されるものについても、当然捜索の対象になることを予定している」ということである。

だから、住居や事務所の場所を記載した令状がある場合には、そこにある机やロッカー等の不動・設備的なものの捜 索はできると解されるし、カバンなどの可動物についても、その物が場所と一体として利用に供されるものであると 想定される限りにおいては、同じである。

ただ、その場においても第三者の管理権に属することが明らかなものについては疑義がある。あくまでこのような諸 制度がプライバシーの保護を目的としていることを踏まえると、たとえ捜索場所にあったとしても、そこを管理する 者のプライバシーとは別のプライバシーに属するものについては、別個の令状によるべきというのが筋であろう。

とはいえ、捜索場所の管理権者にその管理が全くゆだねられている場合は(車に乗ってよいと鍵が預けられているな ど)、捜索の必要性が高い割に捜索場所の管理権と独立に保護すべきブライバシーは大きくないとされ、別個の令状 によらずに捜索は許されてよい。

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対して施錠された車(鍵は持ち主)など、管理が第三者に行われているものについては、差し押さえすべきものが紛 れ込むことも少ないし、別個の令状によることが必要であろう。

もう一つの問題として、捜索場所に居合わせた人の捜索は許されるかがある。

しかし、場所には通常身体、着衣は含まれないし、場所の管理権が人に及ぶことはないはずである。身体着衣には、

独立に保護されるべきプライバシーが存在し、場所に対するものよりも重要性が高い。そうすると捜索はできないと 言うべきで、別個の令状が必要である。その場の管理権者であろうが、居合わせた第三者であろうがこれは同じであ る。

③捜索開始後に「場所」に搬入された「物」の捜索

捜索場所にある物も捜索できるということは今述べたが、ものは動くことがある以上、いつの時点で存在したものか が一つ問題になる。この点で、教材 108 事件が参考になる。

教材 108 事件(弘前捜索中宅配便捜索事件:最高裁)

名前通り。捜索してたらやってきた宅配便をボッシュートできるかが問題になった。捜索場所の管理権者である被疑者が、

その管理する居室で受領したものである点で、もともと場所にあったものとプライバシーの観点から区別する理由はないよ うに思える。しかし弁護人は、令状提示後に搬入されたモノには令状の効力が及ばないと主張した。

令状は蓋然性審査のもとで発付されるわけだが、その時あくまで「審査をくぐって指示された場所と一体をなすもの」

ついての捜索が許可されるのだと言う点に着目すると、令状の審査は場所だけでなく時間的にも及んでいるとして、

令状提示後のモノには令状の効力が及ばないという弁護人の言い分も理解できる。

しかし、令状には一定の期間がある(原則7日)し、その有効期間内のなかでいつ執行するかどうかは、捜査機関の裁 量にゆだねられている。原則 7 日の幅があるのだから、変動しうる令状提示の「時間」を基準にして蓋然性を審査す ることは、そもそも不可能であるし、していないと見るべきである。

結局、有効期間中に捜索場所に差押目的物が存在する蓋然性を審査し、有効期間内の任意の執行時における捜索場所 とそこに存在する者について捜索を許可したものと言わざるを得ない。

もとより令状は、一回の処分を許したものであるから、有効期間内であっても、一回処分をおこなってそれが終了し た後は、再度の処分を行うことは許されない。しかし、処分が終了する、それによってプライバシーが回復するまで は、事態の変動に対応した処分を行うことが禁じられるべき理由はないように思える。

令状提示と言うのは、前回見た判例でも説明されたが、被処分者に裁判の内容を知らせる機会を与え、手続きの明確 性と公正さを担保し、裁判に対する不服申し立ての機会を与えるという趣旨を持つ。これに照らした場合にも、令状 提示後に生じた事態への対応を許さないものではないと解される。

④「場所」に対する令状による人の「身体」の捜索 教材 107 事件(大阪ボストンバッグ捜索事件:最高裁)

室内に対しての捜索差押令状によって、その室内にいた者が手に持っていたバッグをも捜索することの可否が争われた。

もちろん、任意にバッグが提出されたというわけではない。

この判例は、このような捜索を適法だと判断したが、理由については必ずしも明らかにされていない。一つの理解は、

このバッグがもともと捜索場所にあった(捜索対象の「場所」に包摂されていた)から許されたのだという理解である。

ここからは、対象となった人物が場所の管理権者であるかどうかは重要性を有しない。人の身体には特別なプライバ シーが認められるとすれば、この判例を正当化するには以上のような見方が必要だと思われる。もう一つの見方は、

管理権者が所持するバッグだから許されたのだと言う見方である。こうすると、「捜索場所の居住者であるXが所有 していた」と言うのが重要である。このとき、場所への令状から身体への捜索を認めていることになり、身体に特別 なプライバシーが認められないと言う割り切った考え方に立っていることになる。

教材 109 事件(平成6年5月 11 日:東京高裁)

身体への捜索が可能となる条件について、「場所に対する捜索差押許可状の効力は、当該捜索すべき場所に現在する 者が当該差押えるべき物をその着衣・身体に隠匿所持していると疑うに足りる相当な理由があり、許可状の目的とする差 押を有効に実現するためにはその者の着衣・身体を捜索する必要が認められる具体的な状況の下においては、その者 の着衣・身体にも及ぶものと解するのが相当である」と述べた。

捜索対象の「場所」に包摂されると言う理解ができないときであっても、捜索差押に「必要な処分」としての身体の 捜索の可能性は残されている。しかし、そのような身体の捜索が可能となる条件として上記判例で裁判所が提示する のは、このように捜索時における目的物所持の疑いとされている。この判例の理解に対しては、事案の関係では捜索 の開始とは無関係に所持していたものであっても捜索対象になりかねず、批判もある。

【参考文献】

◎川出敏裕「捜索の範囲(1)」百選(第 7 版)

□井上正仁「場所に対する捜索令状と人の身体・所持品の捜索」松尾古稀(下)