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「…余罪についてもいわゆる取調べ受忍義務を課した取調べが許されるとする見解は、刑事訴訟法が、逮捕・勾留につ いて、いわゆる事件単位の原則を貫くことにより、被疑者の防御権を手続的に保証しようとしていることに鑑み、採用で きない…」

教材 86 事件(昭和 49 年 12 月9日:東京地裁)

「被疑者が、右事実と関係のない別個の事実(いわゆる余罪)の取調べを受ける場合には、原則として右のような取調べ 受忍義務はなく…」

対して、受忍義務自体を否定する人たちは、そもそも逮捕勾留と取調べは無関係だと言うのだから、ここからは事件 単位説に立ったとしても、余罪の取調べとの間に区別は認めがたい。受忍義務否定説は、本罪の取調べ自体任意だと 考えるからこれまでの説とは全然違う意味でだが、しかしその限りでは、本罪の取調べと区別なく、余罪取調べも許 されて何ら問題がないことになる。

最も、学説には身柄拘束中の被疑者の取調べ受忍義務を否定しつつ、余罪については取調べが許される範囲に限定を 加えようとするものもある。京都大学の鈴木(茂)教授の見解はその一例である。

鈴木氏の考えは次のようなものである。

「取調受忍義務を否定し出頭拒否や退去の権利を認めたとしても、拘束中の被疑者の取調べを単純に『任意処分』と して位置づけてよいかは、ひとつの問題である。……拘束中の被疑者の取調にあたって認められるのは、強制では なく合理的な説得にとどまる。しかし、説得といっても、適法な拘束状態にあること自体が事実上一定の強制的作 用を営むことは否定できない。外界と遮断され弁護人とも必ずしも自由に接触し得ない状態の下での『承諾による 取調』は、それ自体一種の強制処分として把握すべき一面を有するといえよう」

現実の取調べを前提に、そこに何らかの制限を加えようとする議論であることは確かであるが、理論的には精密では ない。鈴木説は簡単に言えば、身柄拘束中の取調べは事実上強制的なものであることを前提に、「強制的なことは逮

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捕勾留の基礎となってない事実にはできないよね」と、取調べの範囲に事件単位の原則による制限を課そうとするわ けである。「拘束中の被疑者の取調は、やはり事件単位の原則の下で考えるのが相当」(『刑事訴訟法の基本問題』71 頁以下)という言葉がそれを裏付ける。

しかし、取調べ受忍義務否定説に立てば、先決問題はそもそも強制的な取調べの排除である。取調べが強制であるこ とを認める受忍義務否定説があるというのは、おかしい。

このように考えると、受忍義務否定説からは限定を導くことは出来ないように思える。そして真に取調べが承諾され ているのであれば、その範囲は必ずしも本罪に限定されることはないように思える。

◎川出教授の見解

ただ、少し別のアプローチから、肯定説と否定説を横断する形で余罪取調べを制限しようとする見解もある。

本学の川出さんの見解がそれだが、すなわち以下のような事を言う。

「起訴前の身柄拘束期間中は、原則として、その理由とされた被疑事実についての捜査を行い、その期間をできるか ぎり短期にとどめねばならない。その前提からすれば、余罪についての取調べのために、身柄拘束の理由とされた 被疑事実についての取調べが中断されている状況がある場合には、起訴前の身柄拘束期間の趣旨から逸脱した行為 により、本来の被疑事実のみの取調べを行った場合よりも、結果的に身柄拘束期間が長期化するという不利益を被 疑者に負わせることになる。それゆえ、そのような余罪の取調べは、たとえそれが任意に行われたものであったと しても、原則として違法となると考えられる」(刑法雑誌 35 巻 1 号)

結局、逮捕勾留の基礎となった事実につき、起訴不起訴の判断をするために本来は拘束するわけであり、そのための 重大な措置である拘束が許されるのは、必要最小限の範囲でなくてはならないというのである。したがって、逮捕勾 留した場合には、その理由とした被疑事実につき出来る限り早急に判断を下し、起訴不起訴を決めなくてはならない。

そうだとすると、逮捕勾留の理由とされている本罪の捜査を中断させ、その遅延をもたらすような余罪の取調べは、

許されないのではないかと言う考え方である。これは受忍義務否定説からも、肯定説からも妥当する考え方ではなか ろうか。いずれにせよ、本罪捜査の遅延をもたらす捜査は許されないことになる。

ここで松尾説に立ち、受忍義務は否定するが出頭滞留義務を認める場合、本罪については出頭滞留義務があるが、余 罪については基本的に出頭滞留義務が課されない取調べのみが許されることになるだろう。余罪についての任意の取 調べであっても、本罪の捜査を中断させ、それを遅延させるようなやりかたはなお許されないことになる。

【参考文献】

◎長沼範良ほか『演習刑事訴訟法』項目 18〔大澤裕〕

◎佐藤隆之「別件逮捕・勾留と余罪取調べ」百選(第8版)

□川出敏裕「別件逮捕・勾留と余罪取調べ」刑法雑誌 35 巻 1 号

□後藤昭「余罪取調べ」井戸田編・総合研究被疑者取調べ

□川出敏裕『別件逮捕・勾留の研究』(東大出版会)

(4)被疑者取調べの手続 ここからは、被疑者の取調べがどのようにして行われるか、またその際のルールを見ていくことにする。

a.黙秘権の告知

刑訴法 198 条 2 項には、取調べに関する若干の規定が置かれている。

【参照】刑事訴訟法第 198 条2項

前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければ ならない

ここでは、憲法が定める不利益供述の禁止のみならず、自己の意思に反する供述の禁止と、その告知をも認めている 点に注意しよう。このとき、たとえば黙秘権の「不告知」があった場合、どうなるのだろうか。

教材 449 事件(昭和 25 年 11 月 21 日:最高裁)

黙秘権の告知は、法律が憲法を一歩進めて規定したものであり、この告知を怠ったとしても違憲ではないものとしている。

また、刑訴法 319 条1項は、「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意に されたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない」としているが、ただちにこれにあたるような強制的な 自白にはならないとした。

なんにせよ、取調べの場が圧迫的であることは疑いがなく、その場で供述の自由を実質的に確保するためには非常に 重要な手続きであると言える。したがって、上に言う一般論は正しいにしても、具体的な状況いかんでは強制にあた る可能性はあるといえよう。そして、告知しなかったということは違憲とはならずとも、違法ではあるから、違法収 集証拠の排除法則による証拠排除を考える余地はまだありうるように思える。この点はまたやります。

60 b.調書の作成

198 条は、3項から5項で調書の作成につき規定している。

取調べの結果、被疑者の供述が得られた場合にはこれを調書に録取することができる。そして、調書に録取した場合 には、録取した調書を被疑者に閲覧または読み聞かせさせ、誤りがないかどうか確かめないといけないとされる。も し被疑者が増減変更の申立をした場合には、その旨を調書に記載しなくてはならない。誤りがないと求めた場合には 署名押印が求められるが、これはあくまで被疑者の任意である。署名押印があると、後の公判において、証拠とされ る可能性が出てくる。

※刑事訴訟法 322 条は、供述書又は供述を録取した調書が「被告人に不利益な事実の承認」を内容とする時に、そ れに証拠能力を認める要件として「署名若しくは押印」のあるもの又は「特に信用すべき状況の下にされた」もの であることを定める。

c.取調べの適正化

ただ、取調べに関するルールが適当ではないのではないかということが言われている。確かに現行法では、黙秘権の 告知以外の具体的な取り調べ方法についてのルールがないため、裁判所による自白の証拠能力に関する事後的な判断 を待たねばならない。もちろん、裁判所の判断が集積すればそれである程度のルール化がなされるが、それはある具 体的な取り調べの際に捜査官に一義的に「自分には何ができるのか」を明察させるものではない。

◎制限

そのために、しばしば現場では無理な取り調べが生じやすいということも事実である。この点については取調べの時 刻や時間の制限等、より具体的な取調べ方法による規制を、法律あるいはそれに準じる形で整備する必要があるとい う問題提起がなされてきたところである。

そして近年いくつかの著名な無罪事件の反省から、「警察捜査における取調べ適正化指針」と「被疑者取調べ適正化 のための監督に関する規則」というものができ、捜査部門以外の部門による取調べに関する監督がなされるようにな り、監督対象行為も類型化された。

取調べ時間等の管理の厳格化としては、①午後 10 時から翌日の午前 5 時までの間に取調べを行おうとする場合、② 休憩時間を除き、1 日当たり 8 時間を超えて取調べを行おうとする場合について、警察本部長又は警察署長の事前の 承認の要求を受けないときは監督対象となるルールが置かれている。

【参照】具体的に監督対象とされる行為

・やむを得ない場合を除き、身体に接触すること

・直接又は間接に有形力を行使すること

・殊更に不安を覚えさせ、又は困惑させるような言動をすること

・一定の姿勢又は動作をとるよう不当に要求すること

・便宜を供与し、又は供与することを申し出、若しくは約束すること

・人の尊厳を著しく害するような言動をすること

◎取調べの可視性

通常は取り調べのプロセスは、調書と言う形でしか明らかにならない。しかし調書作成の現状は、198 条に見たよう に、かなりが捜査官の裁量にゆだねられるものであり、実際の所必ずしも作成はされない。被疑者が黙秘している間 は、調書が作成されていないこともあるし、まとめて一通の調書とかにすることもある。

また、調書は一問一答形式ではなく、捜査官が物語式にまとめた被疑者の言葉でつづられる。これは必ずしも被疑者 の聴取の過程を十分に明らかにするものではないところである。

このように、外部の目に取調べを明らかにする手段は十分ではなく、その不可視性や密室性は無理な捜査を助長させ たり、事後的な取調べの適否を判断しにくくさせているのではと批判されてきたのである。

この点ではその後、司法制度改革の一環として、取調べ状況記録制度が導入された。これは身柄拘束中の被疑者等を 取り調べた場合、取調べの都度その担当者・時間・場所・調書作成の有無と数・他の特記事項をまとめた取調べ状況 報告書を作成し、保存すると言うものである。警察については現在国家公安委員会規則である犯罪捜査規範 182 条 の 2 に、検察については法務大臣訓令「取調べ状況の記録等に関する訓令」に基づいて、この記録制度が運用され ている。

◎取調べの録画録音

まあ可視性向上のための提案としてより直接的なのはビデオ録画・テープ録音の導入であるから、それについても少 し述べておく。これにつき、従前は真相解明が困難になるという反対論も根強く存在していたのは確かである。一言 一句が録画されるもとでは、被疑者も捜査官も身構えた発言しかできず、取調べの前提となる相互の信頼関係の醸成 に至りにくくなるといわれたり、取調べにおいては、記録しないことを条件に真相の供述を始められることも少なく