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中範囲の理論に基づく総合的理論

第五章  中範囲の理論に基づく総合的理論を中核にした       地誌学習の教育内容開発の実際(1)

第一節  中範囲の理論に基づく総合的理論

一  主題の設定一今日のイスラーム社会とイスラーム研究一

 今日のイスラム地域研究は,地理学,歴史学,政治学,経済学,宗教学,社会学,人類 学,都市工学など多くの社会諸科学から研究が行われ,その成果が蓄積されてきている4〕。

それらを概観すると,今日のイスラーム地域研究は,イスラム世界で起こっているさまざ まな社会事象や社会的な行動を「イスラーム復興」の構図の中に位置づけ,説明しようと していることがわかる。例えば,テロなどにみられるイスラーム過激派の行動については,

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一般的にはマスコミなどで「イスラーム原理主義」という言葉で語られる。しかし,今日 のイスラーム研究においては,過激派の行動を,近代化,世俗化の流れの中で生じている 社会矛盾をイスラームの教えに基づいて克服しようとしているイスラーム回帰の動き(=

「イスラム復興」)の中でとらえ,「イスラム復興」の動きの中で政治的にイデオロギー 化したものを「イスラーム主義」とし,さらにその中でもさらに暴力的な行動に訴える一 部のものをイスラーム過激派として位置づけ,説明しようとする。ある意味,今日のよく 語られる「原理主義」という言葉がもつ誤解を払拭することに力が注がれ,研究が進めら れているともいえる。そのような研究の中から説明されるイスラーム世界は,近代化,民 主化の中の「イスラーム復興」といえよう。

ニ イスラーム社会を説明する理論

 1 イスラーム復興の構図一モデルー

 イスラム社会のさまざまな社会事象や社会的行動を説明する「イスラム復興」は,小杉 泰の以下のような構図で広く語られている5〕。このイスラーム復興の構図は,イスラーム 世界における個人の内面の動きやささやかな行動,さらには集団レベルの運動,社会全体 の動きまでも広く射程範囲に入れて説明に用いられる。

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     図14 イスラーム社会一イスラーム復興一

(小杉泰『イスラームとは何か一その宗教・社会・文化一』講談杜現 代新書,1994年より筆者作成)

そして次のように説明される。

・ ムスリム社会でありながら,世俗化が進行しているところへ(a),湾岸戦争など  の欧米との衝撃によって,ムスリム市民として正しい生活を営んでいない現実に対す  る反省が生まれる(b)。(イスラーム覚醒)

・ この覚醒は,礼拝や断食などのイスラームの定める行いを守るなどの個人レベルの  行動や社会福祉の実践など国家による地域サービスの欠如を自助努力で補う集団レベ  ルの行動を生み出す。(イスラーム復興現象)

・ このようなイスラーム復興現象はすぐに社会的実践を伴うために,「運動」と発展  していく (C)。(イスラーム復興運動)

・ そのような運動によって,思想がイデオロギー化したものが,イスラーム主義であ  る(d)。そしてそのような思想を持ち合わせ,過激化した(敵か味方かといった二者  択一の考え方をとる)ものが,テロなどを引き起こしている。

 2 レンティア国家論

 これまで「イスラム復興」を中心に述べてきたが,イスラム世界の地域では中東を中心 として石油を産出する国が多い。それらの国を説明する理論としてrレンティア国家論」

がある。これは,LucianiとBeb1awiによって論じられ,今日では湾岸諸国の政治経済体制 を説明する用語として広く用いられている6〕。この理論は,例えば以下のように説明され

る。

 『LucianiとBeb1awiによると,レンティア国家は以下のように特徴づけられる。まず,レンティア 国家は財源が国内の経済活動とほとんど関係がないという財政上の特徴をもっている。石油収入をレ ントの主要要素とするレンティア国家においては,石油生産に従事する労働者は国内の総労働者の一 部にすぎないが,国内における石油部門以外の生産部門が脆弱であるため,石油収入がその国家の経 済活動に非常に大きな影響を与えるという特徴をもつ。また,石油収入の大半は輸出によって獲得さ れ,国内の生産活動とほとんど関連をもたない。さらに,石油生産と輸出が国営企業で行われる場合,

石油輸出から得られる利益は直接に国家に流入する。この収入がばく大であるため,政府は徴税によ らない財政基盤を獲得することとなる。政府はこの収入を各種のサービスとして国民に配分する。結 果として,ほとんどの国民は石油生産には関与せず,また税負担を追わなくとも,政府を通じて海外 からもたらされる石油収入の利益の分配にあずかることが可能となる。」7〕

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 r政府が税収に依存しない,換言すれば国民が税負担を免れているという状況は,レンティア国家 論におけるレント収入と「非民主的」状況をめぐる議論の中心となっている。非税収入という財源を 獲得した政府は,国内の経済活動と結びついた諸団体の意向に比較的左右されずに支出政策を策定す ることが可能となる。納税義務を免れた国民は政治参加要求を申し立てることなく(「代表なくして課 税なし」),また政府は各種サービスの提供を通じて国民の忠誠を買う。これにより,非民主的な政治 体制が維持されると説明される。」8〕

 このようなレンティア国家の例としては,サウジアラビア,イラン,クウェート,オマ ーン,UAEなどがあげられる。

 以上のような「イスラーム復興の構図」と「レンティア国家論」は,イスラーム社会と いう限定された地域における社会を説明する,有効な中範囲の理論と言える。レンティア 国家論が,石油を産出する国家にさらに限定されるのに対して,特に,「イスラーム復興 の構図」は,イスラーム世界における個人の内面の動きやささやかな行動,さらには集団 レベルの運動,社会全体の動きまでも広く射程範囲に入れて説明に用いられる有効な中範 囲の理論と言える。そのため,この理論を,総合的理論として教育内容の中核にすること がもっとも有効と考える。

三  対象地域設定の理由

 このようなイスラーム社会を,理論を中核にした地誌学習の対象地域として取り上げる 理由は,次のように説明できる。

 ①「イスラーム復興の構図」や「レンティア国家論」といった,イスラーム社会を説   明する有効な中範囲の理論が成果として報告されている。

 ② ①の理論を説明するための事例となる事象が,サウジアラビア,イラン,トルコな   とで存在する。

 ③学習者にとって,イスラーム世界は,「9.11」の同時多発テロ以降,関心が高   まっている地域であり,同時に「怖い存在」と誤解していたり,理解しにくい「わか   らない」地域,社会として遠ざけたりしがちな地域である。しかし,rなぜ,テロを

 起こすのか?」と無関心ではいられない,本当は知りたい地域,社会でもある。そう  いった意味で,学習者の知的好奇心を喚起する可能性は非常に高い。

④「イスラーム復興の構図」によって,イスラーム社会を取り上げ,探求させること  は,学習者にとって,以下のような教育的な意味や意義を持つ可能性を開くであろう。

  イスラーム社会を説明する理論のうち,特に「イスラーム社会一イスラーム復興一  の構図(モデル)」は,自己の社会認識を相対化させるための理論といえる。なぜな  らそれは,まず「権力作用の批判・吟味の可能性」をもっているといえるからである。

 この構図は,外に近代化・世俗化(脱イスラーム化),内にイスラーム化という異なる  力が働いていることを示している。そしてそれらの力関係によってイスラーム社会の  人々の思想,生活や行動などが規定され,立ち現れてくるイスラーム社会の諸相を段  階的に表現し,説明している。それゆえにこの構図を習得し,活用することは,それ  らの権力作用がどのようにはたらいて,社会にどのような諸相をもたらしているか,

 といった権力作用の批判・吟味を可能とする。

  次に,この構図は「自己の社会との対話の可能性」をもっているといえる。この構  図を用いて,単純に,「イスラーム」の部分を「日本」に置き換えることはできない。

 人々の思想,生活や行動を規定する権力作用が「イスラーム」と「日本」では異なる,

 と同時にイスラームの独自性がそこに見られるからである。しかし,異なる文化や杜  会をもつわれわれがこのrイスラーム復興の構図」を理解できるのは,イスラーム社  会が内にイスラーム化,外に世俗化(脱イスラーム化)という相反する力の働きによ  って段階的な諸相を見せているように,われわれの社会も,内に伝統・ナショナリズ  ム,外にグローバル化のカが働き,厳密さは多少欠くかもしれないが,社会の諸相の  中で覚醒や運動という,事実そのものは異なるけれども同じような共感できる傾向性  や共通性が見られるからである。それは,われわれの社会の中に見られる生活様式や  行動などを相対化させる可能性をもつ。

  さらに,「自己の内面との対話の可能性」として,この構図は,人々の思想をイス  ラーム主義へとより純化させていく過程となっており,イスラーム社会に生きる人々  の内面の変化に深く関わっている。それはもちろん「イスラーム」と「日本」との相  異はあるが,伝統への憧憬やアイデンティティの確認の欲求,ナショナリズムヘの傾  倒など,自己の内面にみられる変化との対話の可能性をもっているといえよう。

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