⎜⎜ 下関市と山口県の取り組みを中心に ⎜⎜
髙 嶋 正 晴
I. 本稿の目的
本稿は、関門地域および山口県を中心に、2004年度に実施された中国人観光客誘致事業などにつ いて、その内容や経緯を概略し、今後の展望や課題について検討することを目的とする。
昨年2004年9月、中国・山東省への訪日団体観光ビザ発給が解禁されたが、これに対応するかた ちで下関市および山口県、門司港レトロ室が連携し、かつ、官民協力をはかって「山東省観光客誘 致キャンペーン」という誘致事業を展開した。その主要なものとしては、まずビザ解禁に先んじて 7月中旬に行なわれた山東省済南市および青島市における観光説明会、そして、その後11月下旬に 行なわれた山東省旅行業者およびメディアへの PR 目的の招聘事業、があった。そして、下関市はこ れらの事業の間に、ビザ解禁直後の10月上旬、山東省・青島市からの訪日団体観光客の第一陣を受 け入れた。
以下では、こうした一連の事業および訪日団体観光客の受入に関連して開かれた諸会議の記録や、
報道資料、下関市および山口県などの担当行政諸部局やその他民間の諸企業に対するヒアリング調 査などをもとにしながら、このたびの誘致政策の概要を示すとともに、その経緯・実施、受入体制 などについても検証し、今後の展望に向けて提言を行うこととしたい。
Ⅱ. インバウンド送出国としての中国への注目
中国からのインバウンド誘致は、とくに最近になって、日本の各自治体において注目を集めてい る。中国は、単に世界の工場として目覚しい成長を遂げてきただけでなく、消費市場としてもます ます規模を拡大しつつあり、世界的にその潜在力と重要性が広く認識され、まさに「中国特需」と して、中国市場をめぐる熾烈な「グローバル・メガ・コンペティション」が繰り広げられてきてい る。国際観光旅行に関しても、1998年から2002年までのわずか5年のうちに、中国の出国者総数は、
およそ842万人から1660万人へとほぼ倍増しており、その間の日本への出国者数もまた同じく約27万 人から45万人へと倍増に近い伸びを示している 。国際観光機関(WTO)の予測によれば、中国は2020 年までに、1億人を送り出す世界第4位の送出国の地位になるとされ、すでに、この中国市場をめ ぐっては、日本はヨーロッパとオーストラリアをその主要な競合相手として、グローバルなデスティ ネーション競争を展開してきており、こうした競争は今後ますます激化していくものとみられる 。 関門地域および山口県と、中国、とりわけ山東省との結びつきは、日中の国際交流環境の変化と もあいまって、昨年大きな転機を迎えたといってよい。そもそも、山東省とは、山口県が1982年に 友好協定を取り結び、また、北九州市とともに関門地域を構成する下関市は、青島市と1979年から
姉妹都市の関係にある 。いずれも20年をこえる交流の実績を重ねてきているが、昨年はとりわけ、
下関市と青島市の姉妹都市関係がちょうど四半世紀という大きな節目の年であった。それを記念し て、秋には両市で盛大に交流事業が行なわれもした。なお、下関市と青島市を結ぶオリエントフェ リー「ゆうとぴあ号」の存在意義についても、ここで特筆しておきたい。というのも、この下関〜青 島航路は、関門地域および山口県の有する重要な国際航路の1つであるというだけではない。この 航路はそもそも、下関市と青島市の友好都市協定締結をうけて翌1980年に不定期航路として出発し たものであり、実にこれこそは、そうした山口県および関門地域と、山東省および青島市とを結ぶ 友好の実績の象徴であるといっても過言ではなく、昨年の記念交流事業においても、下関市民らの 一団約260名を乗せて往復するなど大いに活用された。
そして、このような友好関係を基盤としての観光誘致を後押しする、日中の国際交流環境の変化 が2つあった。1つは、2004年9月15日に日本政府によって、山東省が団体観光旅行の指定地域と なった、すなわち、団体観光旅行のビザが解禁されたことである。2000年9月に、日本政府は団体 観光旅行ビザを北京市、上海市および広東省に許可していたが、今回新たに、天津市、江蘇省、浙 江省および遼寧省とともに山東省についても許可したのである。山東省は、中国沿岸部のもっとも 豊かな省の1つとして知られており、近年の GDP 成長率は中国全土で広東省に次いで第2位を記 録するほど著しく、したがって、海外旅行に出かけるに足る経済力があるものと容易に推察される。
ともあれ、日本外務省は7月23日にこれを正式に発表し 、それをうけて、8月上旬、北京の日本大 使館で、山東省内の海外旅行取り扱い旅行業者26社に対して説明が行なわれた。これは、中国の大 型連休の1つである「国慶節」(中華人民共和国成立記念日、2004年の連続休暇は10月1日〜7日)
時の訪日団体観光促進を念頭においての措置であったと言ってよいであろう。そしてもう1つは、
同年9月1日からの中国の修学旅行生に対するビザ免除措置の実施である 。こうして、中国・山東 省からの観光誘致は、いよいよ本格化することとなった。
とくに、この山東省へのビザ解禁は、一昨年暮れより関門地域および山口県の関係者の間で、ほ ぼ実現が間違いないものと見られていたもので、このたびの誘致事業もそうした視野から開始され たものだった。中国人観光客の誘致活動は、先に触れた北京市、上海市および広東省に団体観光ビ ザが解禁されて以来、日本の諸自治体や諸観光施設によって積極的に展開されてきており、たとえ ば九州では長崎県など一定の成果をあげている自治体もある 。山東省および青島市との結びつきが 深く、かつ、オリエントフェリーというアクセス手段をもつ関門地域と山口県にとっては、まさし くこの山東省への訪日団体観光旅行ビザ解禁が待たれていたのである。
Ⅲ. 山東省および青島市からの観光客誘致政策の開始
山口県および下関市の中国向けの観光誘致事業は、おもに山東省および青島市をそのターゲット としている。その理由としては、前節にみたように、長年の友好交流の実績があるということ、そ して、オリエントフェリー社の「ゆうとぴあ号」による青島〜下関の国際定期航路のアクセス手段 があるということが挙げられる。とりわけ、この国際フェリーは、定期航路(現在週2便)である
がゆえに安定した旅客輸送が見込まれ、したがって、積極的に活用することによって山口県および 関門地域への立ち寄りを確実に増やすものと見込まれている。
1 山口県での山東省観光客誘致政策の開始
山口県が山東省に対して観光誘致を本格的に働きかけたのは、友好協定締結20周年にあたる2002 年のことである。同年10月、二井関成・山口県知事が、20周年記念行事に出席のために県友好訪中 代表団および県議会友好代表団とともに山東省を訪問した際に、張高麗・山東省長と会談した。そ の会談のなかで、今後の両県省の友好・協力関係について、経済交流や環境保全交流、農林交流、
文化交流などと併せて、観光交流の分野においても協力を進めることが合意され、とりわけ両県省 が相互に観光客誘致活動などを支援し合い、双方の観光事業のいっそうの発展をはかることが盛り 込まれた。
こうして、山口県による観光誘致活動が始動するわけであるが、そうした活動はまた、「国際元気 県やまぐち」をスローガンとして、山口県が翌2003年に策定した「新・やまぐち国際化推進ビジョ ン」においても明確に、国際化推進の施策として位置づけられることとなる。そこでは、地域経済 の国際化の推進の一環として、「経済交流の促進」と並んで、「国際観光の促進」が挙げられており、
施策の具体的方向としては、⑴「外国人観光客の受け入れ態勢の充実」、⑵「海外宣伝活動の推進」、
⑶「国際コンベンションの振興」の3つを柱としている。本稿で取り上げる誘致事業は、まさにこ うしたビジョンに一致するものであって、これら3つの柱のうち、とりわけ⑵の「海外宣伝活動の 推進」に該当するものといえよう 。
このような国際観光推進の方向性は、翌2004年3月に策定された「やまぐち未来デザイン21・第 四次実行計画」において、とりわけ中国山東省を重点地域として位置づけるかたちでさらに強化さ れることとなった 。そこでは、なによりもまず、重点事業として、山東省に対して「戦略的な観光 宣伝活動を行なうとともに、近隣各県や観光関係団体等とも連携した観光情報の発信や国際広域観 光ルート、外国人観光客の受入体制の整備を進め、東アジアをターゲットにした観光客の誘致活動 を実施」することが明確にされた 。そして、具体的な誘致活動計画として、2004年度においては観 光説明会、2005年度には旅行エージェントの招聘、2006年度には観光展、2007年度には山東省市民 のモニターツアーの実施が掲げられていた。
これら一連の流れをうけて、2004年度、商工労働部の観光交流課の観光物産振興班を担当課とし て、「中国山東省観光客誘致キャンペーン推進事業」(県予算額2,000万円、国際観光交流事業予算の 21%)を新規事業として行うかたちで、 国際観光交流事業」が拡大されることとなった 。
2 下関市での青島市観光客誘致政策の開始
下関市では、国際観光振興策は、2001年度を初年度とする第四次下関市総合計画に定めた6つの 施策の大綱のうちの1つである「地域の特性を生かした産業振興」(「ぐんぐん産業プロジェクト」)
の施策として明快に位置づけられてきた 。とはいえ、中国からの観光客誘致が国際観光振興策とし て明示され、その活動が本格化するのは、山口県と同様に2004年春からである。2004年3月2日の