• 検索結果がありません。

ドイツの地域産業戦略とわが国の地域産業振興への応用(吉村英俊、德永篤司)

ドキュメント内 JGR1894_10987.pdf (ページ 188-200)

― 地域の産学連携と新事業創出促進の視点から ―

吉村英俊、德永篤司

はじめに

地域産業経済の主役は「企業」である。これら企業においては永続的に繁栄していくという企業 の使命を遂行するために、内部に蓄積された技術・ノウハウを新規成長産業へと絶えず積極的に応用 していかなければならない。

この企業の新事業創出をより円滑に推進するために、昨今、国内外を問わず「産学連携」を効果 的な手段として導入・推進している。一般に、これまでわが国では産学連携システムを形成するため にアメリカを手本として、 TLO(Technology Licensing Organization;技術移転機関)やイン キュベータをはじめ、各種制度やしくみを導入・整備してきた。しかし、アメリカとは国の規模や 形態、国民のビヘイビアや気質において異にするところが多くあり、そのまま受け入れることはで きないことが分かってきた。

一方、EU においても同様に、産学連携をこれまで推進してきており、ドイツでは昨今アメリカを 凌ぐ勢いで大学発ベンチャーが生まれている 。とくにドイツは国の規模や国民気質等がわが国と 比較的よく似ており、また現在、わが国が指向している地方分権が連邦制によってすでに確立され ている国であり、良きライバルとして参考にすべき国であると考えられる。

そこで今回、平成15年度に引き続き実施したドイツの産学連携機関の調査結果をもとに、ドイツ の地域産業戦略を3つのカテゴリー;イ)競争優位な産業分野の形成、ロ)新産業創出育成による 産業構造の転換、ハ)大学を中心にした産業の振興に分けて論じ、その後、わが国の地域の産業振 興への応用について考察する。

Ⅰ. ドイツの地域産業戦略

1. 競争優位な産業分野の形成

⑴ 戦略の考え方

これは国内外のコンペティターとなる地域と比較して得意な分野を持ち、その分野でリーダーと なるべく、確固たる競争優位な状況を形成するものである。

これはかつて「鉄の街」として日本の近代化を牽引した北九州市のとった戦略であるともいえる。

まず、当該地域の内部環境である強みと弱みを見極め、強みを強化し、ターゲットとする地域に対 して比較優位な状況をつくる。次に、この優位な状況を維持・拡大していくために、強みをより強 化して当該分野でより優位に立つ、いいかえれば既存市場の中でシェアを伸ばすようにする。もう 一方は強みを活かして当該分野の領域を拡大していく、つまり市場自体を拡大していくものである。

考え方は企業の競争戦略と同じにする が、企業がひとつの同質体で構成され、経 営目標を共有することにより、コンセンサ スを得ることが比較的容易であるのに対 し、地域を単位とする場合、そこには目的 を異にする多くの利害関係団体が存在し、

コンセンサスを得てひとつの方向に向かわ

せることが難しい。この場合、行政をはじめ公的機関が中心になって、関係機関を調整することが 必要であり、わが国においては1999年に施行された「新事業創出促進法」のもと、都道府県及び政 令指定都市を中心に地域プラットフォーム が構築され、国もそれらの充実強化を図るために、イン キュベーションマネジャーを養成するなど、数々の支援を施している。しかし、筆者らの北九州市 での経験によれば、それぞれの機関が独自の方針を有しており、これをひとつの方向に向かわせる のは至難の業といえる。

ここでは以下のドイツの3つの地域をみることでこの戦略を検証する。一つ目はライフサイエン ス分野を得意とする学術研究機関の研究シーズをもとに確固たる地位を築いているハイデルベルク である。二つ目はダイムラークライスラーなど世界的に有名な自動車関連の企業が集積し、これら 企業が地域経済を牽引するシュツットガルトである。最後が金融及び陸海空の交通インフラ、メッ セなど、都市の活力源が集中するフランクフルトである。

⑵ ライフサイエンスを得意とするハイデルベルク

ハイデルベルク市 は人口13万人、フランクフルトから南へ約100km の位置にあり、わが国にお いては風光明媚な観光地として広く知られている。一方、産業面に目を向けてみると、ライフサイ エンス分野の世界有数の学術研究機関が集積し、EU 有数のメッカとなっている。

ハイデルベルクがライフサイエンスの分野に特化し、その名が国内外に知れわたるようになった 背景には3つの理由が考えられる。

一つ目は素地となるべきライフサイエンス分野の高度な学術研究機関の集積である。具体的には イ)ハイデルベルク大学、ロ)ドイツ癌研究センター、ハ)ヨーロッパ分子生物学研究所、ニ)マッ クスプランク研究所ハイデルベルク分子生物学センターなどの国際的に権威ある研究機関が所在 し、多くの有益な研究成果を生み出していること。

二つ目は学術研究機関の研究成果を産業化するために、テクノロジーパークを整備し、そのイン キュベータが産学官の交流拠点としてうまく機能していることである。ハードウエアとしてのテク ノロジーパークはわが国においても従来から整備されており、もはや記述に値するものではないが、

ポイントはテクノロジーパーク内のインキュベータが単なる箱モノではなく、企業及び学術研究機 関から真に必要とされているということである。

ここハイデルベルクのテクノロジーパーク は1985年にライフサイエンスにかかわるドイツ最古 のテクノロジーパークとして整備され、これまで2回拡張されてきた。ここの特徴は入居企業を含

図1‑1 目指すべき方向

む約200もの会員の存在であり、これらがネットワークを形成し、このインキュベータを介して会員 間の連携を緊密化している。企業同士、研究所同士、産学連携などお互いに刺激し合いながら winwin の関係を創造する好循環な環境を生み出している。今回調査した入居企業によれば、このイ ンキュベータに入居することのメリットを、会員を中心に多くの企業とコンタクトをもつ機会があ り、とくに販売において有効である、また地域に高度な学術研究機関や関連施設が集積しているこ とから、提携関係をより緊密にすることができるとしている。良質なネットワークの形成の要因は、

同パークを企画運営するスタッフと会員自らにある。まず、インキュベータは若干2名のスタッフ により企画運営されている。ニュースレターの発行などによる情報提供や各種セミナー・フォーラ ムの開催など、とくに注目すべき施策は行っていないが、このパークの責任者はライフサイエンス の分野において国内外に広くネットワークを有し、かつハイデルベルク市の経済部門の責任者とし て、産業政策上、このテクノロジーパークを重要視せざるを得ない立場にある。またもう一方のス タッフにおいても、経営学の修士号を有しているといった専門性のみならず、この仕事を天職といっ て憚らないほどやる気に満ち溢れている。会員に対してはわが国の幾つかのインキュベータにみる ような過保護的なサポートは行っておらず、広く機会を提供することに専念しており、よって会員 もインキュベータに依存することなく、自らの責任のもとで事業を展開している。なお、インキュ ベータにおいても、テナントの入居管理といった定常業務をアウトソーシングし、財政面では会員 の会費等により自立を図り、市や商工会議所に依存することなく独自に事業を営んでいる。

三つ目は国のバイオテクノロジー振興プログラムである「ビオレギオ 」に採択され、資金面を中 心に国から支援が提供されることにより、研究開発をはじめ、各種事業を円滑に進めることができ ることである。このことにより優秀な研究者や企業を呼び寄せることができ、よりよい環境づくり を加速させている。

以上のハイデルベルクの事例から、競争優位な状況を形成する要因と手順を次のように整理する ことができる。

Step 1 優れたシーズが豊富にあり、次々と生まれる環境がある

−学術研究機関の集積がある

Step 2 これらのシーズを活かすしくみがある

−インキュベータが存在し、産学官の交流拠点としてキャタライザーの役割を担う Step 3 知的創造サイクルを加速させる仕掛けがある。

−リスクの高い研究開発を支援する補助金などがある

⑶ 自動車を得意とするシュツットガルト

シュツットガルト地域 はドイツ南西部に位置し、バーデン・ヴュルテンベルク州の州都である シュツットガルト市を中心に179の地方自治体により構成され、6つの郡に分かれている。ダイム ラークライスラーや IBM、ヒューレットパッカードといった世界有数の企業や学術研究機関が集積 するドイツ屈指のハイテク工業地域である。

シュツットガルト地域が自動車産業を得意とすることになったのは、時計産業が反映していた当 地において、スイスをはじめとする近隣諸国の台頭により産業構造の転換を迫られたことによる。

このとき時計産業で培ってきた精密部品加工の技術を当時発明された内燃機関に応用したのがきっ かけとなり、さらに当時の州政府が教育と研究が重要であるとの認識から、当該分野に多大な投資 を行ったことにより、その発展が加速された。

現在の自動車産業における世界屈指の地位を確保している背景には3つの理由が考えられる。

一つ目は自動車産業に関連する企業の集積である。ダイムラークライスラーを中心に、ボッシュ、

ポルシェなど、世界に冠たる企業とこれらの関連企業が散在し、地域経済を牽引している。これら 自動車産業の集積がモーメントの中心となり、研究開発や域外からの投資が進んでいる。わが国で いえば、トヨタを中心に日本電装やアイシン精機といった優良企業や、大中小様々な関連企業が集 積する愛知県に近いといえる。なお、当地域は製造業が盛んな地域であるが、他地域同様にサービ

図1‑2 ハイデルベルク・モデル

ドキュメント内 JGR1894_10987.pdf (ページ 188-200)