−中国現地での旅行会社ヒアリング調査を中心に−
山 本 興 治
Ⅰ. 本稿の目的
本稿は、日本の、そして関門地域でのインバウンド観光振興を政策上の最終目的としながら、さ しあたりは、訪日旅行商品を扱う中国旅行会社への現地ヒアリング調査によってその課題にアプ ローチする。すなわち、対中国インバウンド振興の課題は種々の対象と領域に及ぶにしても、訪日 旅行を希望する中国人に該当商品を直接販売しているのは中国政府から対日アウトバウンド取扱を 許可された中国籍の旅行会社 であり、より具体的には、その社の訪日旅行企画・手配担当者や営業 所カウンター販売員である、という事実に着目したい。
中国人の外国旅行は久しく自由でなかった。原則上、「公務」や「商務」を理由にビザを取ってやっ と出国できる時代が続いた。そうした風土のもとでは、旅行会社は顧客の注文通りに動くだけの仲 介業で本来のアウトバウンド旅行会社は育たない。
訪日旅行に関わっては、2000年9月を嚆矢として観光ビザでの旅行−個人旅行はダメで団体旅行 限定ではあっても、また地域限定付きであっても−が可能になったという事実がひとつの画期であ る。特に、「公費」あるいは「社費」出張ではなく「自費」旅行であること、また公務やビジネスを 理由とした旅行ではなく、純粋形の「観光」旅行である点に着目したい。そして、一般国民のそう いう種の旅行である点にこそ、旅行業者が単なる仲介業の域から脱して、本来のサービス創造メー カーとして発展する契機を垣間見たいのである。
第2節では、中国人のアウトバウンド(outbound、以下、単にアウトと略す場合がある)現況を 概観する。中国人の国内旅行や外国人のインバウンド(inbound、以下、単にインという場合がある)
との関係、ADS(approved destination status、観光目的対象)国別のアウト状況、対日のマーケッ ト関係等を、マクロにみてみたい。第3節では、そのようなアウトバウンド状況を規定する中国の 法律や政策、あるいは逆に ADS 側の事情をみてみたい。双方の法的・政治的状況は、中国の外国旅 行希望者に影響するとともに、旅行業者も規制している。
第4節では、ヒアリングできた訪日旅行取扱旅行社15社を中心に、中国旅行社の特徴、その経営 体質を検討したい。日本の旅行業者との比較を念頭におきながら、他方では中国現地毎に相違があ るかも知れない。また第5節では、各社から入手した広告ビラや地元紙での広告記事面を参照して、
訪日ツアー商品分析を試みる。その上で、商品の企画・宣伝・販売に関わる中国旅行社の経営能力 と意欲を考察して閉じたい。
Ⅱ. 中国人のアウトバウンド現況概観
日本の国際観光振興機構 (JNTO)資料で、過去10年間の中国人訪日旅行者数は順調な伸びを示 し、サーズの流行等で撹乱要因のあった2003年の一時的停滞を解消して、2004年は一挙に60万人台 に達した 。この数字は、10年前の約3倍、5年前の2倍以上といった増え方である。そして、対日 のみならず中国のアウトバウンド全体が、1999年の923万人から2003年の2,022万人へと5年で急伸 している。高松は、この5年間の中国アウトバウンドマーケットを、アウトの「テン・ミリオン計 画」があっさり達成された1986〜1990年当時の日本になぞらえて、「この道はいつか通った道」と注 意を促している。以下では、中国アウトバウンド現況、特に訪日アウトの諸特徴を簡略に列記して みる。
まず、アウト総数(2003年2,022万人)の総人口比が1%台程度と、東アジアの日・韓・台に比べ ても1ケタ低い。未だ低開発国並みの水準だといえる。しかし、国内旅行(2002年8.78億人)数は 人口比で68%と、日本の半分程度の水準まで来ている。周知のように、休暇増、所得増も記録更新 中だ。だとしたら、絶対的にも相対的にも中国アウト伸張のポテンシャリテイは極めて高いといえ る。
第2に、中国は「イン先行、アウト後発」で現在の日本とは対照的である。2001年の数字ではイ ン3,317万人、アウト1,213万人と不均衡が著しい。この点、後述するように中国旅行会社の経営体 質にも反映してくるが、国際旅行収支の慢性的黒字を含めて外貨準備高が世界有数になった今、
WTO加盟後の改革開放政策を一段と進めようとする圧力がこの分野でも強まってこよう。だとし たら、自国国策上も中国アウトは成長が期待できる。
第3に、第2で述べた特徴は対日市場においてより顕著である。2002年は訪中日本人、訪日中国 人とも過去最高だったが前者は293万人、後者は45万人と全くのアンバランスである。日本人の訪中 アウトがアウト総数の17%台と第1位なのに比し、中国人の訪日アウトはアウト総数の2%台にす ぎない。日本の VJC(Visit Japan Campaign、ようこそ日本へキャンペーン)で、中国が筆頭の ターゲットとなる所以である。
第4に、中国アウトバウンドを ADS 国順に整理してみると、開放度が別格の香港、マカオを除い て、第3位のタイから9位の日本まで76〜45万人の幅で大きな差がない(2002年)。そして、既述の ように2004年の訪日中国人は60万人台に達したから、順位は大きく上昇した 。つまり、日本の対中 国インバウンド政策や日・中旅行会社の経営戦略如何に期待しうる余地も大きいのである。
第5に、訪日旅行目的別で中国人は、他国に比し「観光客」の比率が著しく低い。2003年の数字 で、中国人は観光客が21.4%にすぎないのに対し、韓国人はそれが62.9%、台湾人に至っては86.8%
がそれとなっている 。ちなみに、中国人の訪日旅行目的で最も多いのは「その他客」で、これが50.5%
と過半を占める。JNTO作成統計でこの「その他客」とは、観光、商用目的を除く入国外国人で、
留学生等を含むものの主には役人の公務出張客である。
他方、先述の観光客には「親戚友人訪問」客を含んでいる。ビザ区分ではこちらの方が圧倒的多 数で、狭義の観光客、すなわち2000年9月の訪日団体観光旅行解禁後、観光ビザで入国した観光客
は、2002年が34,468人、2003年が30,499人、2004年は47,000人程度にすぎない 。つまり、この狭義 の観光客は未だ訪日中国人の1割にも達していない。数字的に少数にも関わらず、そのポテンシャ リテイを含めて、日本のインバウンド振興の立場からはこの数字にこそ着目すべきだと思う。
結果的に、ここで概観した中国アウトバウンドの諸状況は、日本の対中国インバウンド振興にとっ てほぼプラスのベクトルを示しているように思える。
Ⅲ. 中国のアウトバウンド関連法およびその政策と旅行業界
中国アウトバウンド関連法を論じる場合 、「旅行社管理条例」および「中国公民自費出国旅遊管理 暫定弁法」が施行された1997年がひとつの画期である。前者は、改革開放政策の進展に付随する無 許可の旅行会社や過当競争を排して業界を秩序づけようとするものであった。旅行業者の分類が変 更され、旧来の「一類(インバウンド旅行業務の直接取扱+中国人アウトバウンド取扱可能)」、「二 類(一類が扱うインバウンドの地上手配のみ取扱可能)」および「三類(中国人の国内旅行のみ取扱 可能)」から、「国際旅行社(旧一類・二類に相当)」および「国内旅行社(旧三類に相当)」の二種 類になった。なお、2002年末現在の旅行業者数は国際旅行社が1,349社、国内旅行社が10,203社であ る 。
従来、アウトバウンド取扱資格をもっている一類旅行社は9社のみといわれていたが、実際は不 明だった。国家旅遊局は1997年6月、67社に同資格を認定した。さらに、2002年7月には従来のア ウトバウンド資格業者を含む528社を中国公民自費外国旅行取扱業者として認定した。訪日アウトに 関しては、2000年9月、2市1省(北京市、上海市、広東省)住民に自費団体観光旅行が許可され た第1次解禁時には、21社のみが資格業者だった。しかし、2004年9月の第2次解禁(天津市、遼 寧省、山東省、江蘇省、浙江省)に際して一挙229社に拡大された。
中国公民自費出国旅遊管理暫定弁法」の方は、2002年7月、発展的に「中国公民出国旅遊管理弁 法」へと置換された。特徴的な点を抜粋してみると、まず、アウトバウンド資格を得るには①国際 旅行社資格取得後1年を経過していること、②インバウンドの業績が高いこと、③経営上、違法行 為がなくサービスの質に問題がないこと(第3条)と謳っている。また、国務院が毎年、省、直轄 市あたりのアウトバウンド数を確定伝達し、その後地方政府が各社のインバウンド実績等を勘案し て各社アウト数を割当る(第6条)。つまり、この通りだと全くの「計画経済」なのだが…。そして、
旅行者の外国不法滞在の厳禁、不法滞在発生の場合は添乗員とその旅行社が所在地大使館もしくは 領事館への報告、調査協力義務が定められている(第22条)。
このように、中国政府はインバウンドの推移、外貨獲得高の状況をみながら段階的にアウトバウ ンドを解禁すると宣言している。端的に「有計画、有組織、有控制」(計画的、組織的、制限的)と いう言葉が、そのアウトバウンド政策を象徴している 。
上述のように、1997年の暫定弁法によって観光目的での団体旅行が許可されたわけだが、渡航先 は自由に選択できるわけではなくて「観光目的対象国」(ADS)に限定される。とはいえ中国政府は、
この暫定規則が施行される以前にあっても「親族訪問」を名目として私用外国旅行を許可してきた。