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不当利得返還請求権の消滅時効の起算点についての原則は、1で述べたとおり、権利発生 時(すなわち過払金発生時)となるが、近時の下級審裁判例の多くは、過払金が発生した 時点で消滅時効が進行するという判断をしていない。

(1)裁判例

ア 各過払金の発生時とする裁判例 イ 最終貸付日とする裁判例 ウ 取引終了日とする裁判例

ア 各過払金の発生時とする裁判例

高松高判平成19年2月2日(添付資料10 ※別紙省略

◎ 事案の概要

昭58.9.26 当初取引

昭62.3.17 過払金発生(以後最終取引日まで過払状態)

この間の借入金額は合計103万円余、返済金額は合計118円余 ⇒この間の借入金は過払利息と過払元金へ充当される

平3.1.25 以降の借入金は合計75万円余、返済金額は合計287万円余 ⇒以後の借入金は過払利息のみへ充当され過払元金への充当はなし (返済によりひたすら過払元金が増えるのみ)

平4.1.31 最終取引日 平17.9.13 提訴

提訴より10年前に発生した過払金について消滅時効を援用

控訴人(借主)の主張:

被控訴人と控訴との取引は、一定の貸付極度額を設定し、その範囲内で金銭貸借を繰り返 して利用することができるもので、返済については、最低支払額を定めた上、任意での追 加返済を許容するといういわゆるリボルビング契約(包括契約)に基づくものである。個 別の貸付ごとに貸付条件の合意や契約書類の作成が行われておらず、被控訴人による信用 調査も行われていないなどの事情に照らせば、包括契約に基づく一連一体の継続的取引で あって、全体として1口の貸付とみるべきであるから、本件における過払金の不当利得返 還請求権も1個であって、その消滅時効の起算点は、最終取引日の翌日である。

裁判所の判断:

被控訴人と控訴人との間の取引は、控訴人主張のようなリボルビング方式によるものであ ることを認めた上で、基本契約に基づいて設定される貸付極度額は、あくまで与信枠にす ぎず、取引がその限度内にとどまる限りにおいて個別の貸付けに際して契約書の作成や信 用調査等も不要とされているにとどまるものであって、一定の金額についての貸付けの合 意が成立していて、その貸付金の交付が複数回に分割して行われるといったような貸借の 単一性を肯認し得る場合とは異なる。

控訴人の主張の事情だけから本件における被控訴人と控訴人との間の取引が全体として1 口の貸付けであるとまでは認めることはできない(立替払契約において一定の与信枠及び 返済条件を定めた上でその範囲内で利用を繰り返すことができるものとされている場合と の対比からしても、本件における貸借の単一性を肯認することは相当でない。)。

したがって、基本契約に基づき個別の貸付けが繰り返されることにより独立かつ複数の貸

付けが成立し、過払金が発生した時点で他に充当されるべき借入金債務が存在しない場合 にはその都度過払金に係る不当利得返還請求権が発生することになり、その時点から消滅 時効が進行するというべきである。

イ 最終貸付日とする裁判例

最終貸付日を消滅時効の起算点とする理由付けとしては、以下の2通りがある。

(ア)

貸金業者の借主に対する貸付は実質的に1つの貸付けであり、過払金は当然にその 後の貸付金にも充当されることから、原告の不当利得返還請求権は最後の貸付が行われた ときから10年の経過により時効消滅する。

① 徳島地判平成18年12月20日 ② 横浜地川崎支判平成17年2月25日

(イ)過払金発生後の貸付が過払金返還債務の「承認」であり、これにより消滅時効が中 断する

① 長崎地五島支判平成19年8月8日

過払金が発生した場合には、その後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意 が存在したとした上で、消滅時効の起算点を問題とするまでもなく、過払金の一部につ いては、その後の貸付金への充当により消滅するから消滅時効の成立する余地はないと し、充当により消滅しなかった過払金については、仮に、過払金についての不当利得返 還請求権の消滅時効の起算点を過払金が発生する個々の弁済が行われた時であると解し ても、当事者間に過払金を新たな借入金債務に充当する旨の合意があり、かつ、貸主に おいて、当該貸付時に、過払いの状態であることを認識している場合には、貸付けをも って、債務の一部弁済と同様に、過払金についての債務の承認をしたものと評価でき、

民法147条3号の消滅時効の中断事由又は既に完成した時効を援用することができな い事由に当たるというべきであり、過払金の消滅時効は完成していない。

② 名古屋地一宮判平成16年10月14日

原告は、被告との包括的金銭消費貸借契約に基づいて、借り入れと返済を繰り返して いたものであるから、その結果過払金が生じ、不当利得返還請求権を有するに至った以 後の新たな貸付金は、過払金を清算する趣旨で交付されたものと解するのが相当であり、

貸付けの都度、不当利得返還請求権についての弁済がなされたものと解され、貸付けの 都度、債務の承認がなされ、消滅時効は中断する。

ウ 取引終了日とする裁判例

① 東京高判平成20年8月27日

1個の連続した取引であることを前提に、当事者は一つの貸付けを行う際に、切替え および貸増しのために次の貸付けを行うことを想定しているのであり、複数の権利関係 が発生するような事態が生じることを望まないのが通常であることに照らし、過払金が 発生した場合には、その後に発生する新たな借入金債務に充当する旨の合意が存在する と解すべきであるから、最終取引日まで過払金返還請求権について消滅時効は進行しな い。

② 神戸地判平成20年8月22日

1個の連続した取引であることを前提に、消滅時効の進行が開始する「権利を行使す ることができる時」(民法166条1項)につき、※最大判昭和45年7月15日を引用 した上、利息制限法所定の制限を超える利率による金銭の借入れとその弁済が繰り返さ れる継続的金銭消費貸借取引においては、従前の貸付けに対応する弁済や新たな借入れ が相前後して充当される結果、取引が続く限り、過払金の有無や過払金額は、常に増減 を繰り返して一定しないことになることなどから、過払金返還請求権の行使が現実に期 待できるようになるのは、一連の連続した消費貸借取引の終了時又は借主が過払金の発 生を認識し、その返還を求める意思を明らかにしたときのいずれか早い方であると解す べきである。

※ 最大判昭和45年7月15日は、消滅時効の進行が開始する「権利を行使することが できる時」(民法166条1項)とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないと いうだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであ ることをも必要と解するのが相当であると判示する。

(2)検討(判タ1209号16~17頁)

ア 最終貸付日説は、各過払金発生時説を前提としながら、各個別の貸付を全体として実 質的には一つの貸付と捉えるか、又は、過払金発生後の貸付が過払金返還債務の「承認」

であり、これにより消滅時効が中断するとし、最終貸付日を消滅時効の起算点とする。

「承認」(民法147条3号、156条)とは、「時効の利益を受ける当事者が、時効 によって権利を失う者に対して、その権利の存在することを知っていることを表示する ことと解されており(我妻榮「民法講義・民法総則」(岩波書店、新訂版、1956)470頁)、

借主による債務の一部弁済はその典型例とされる。過払金返還訴訟において、充当計算 の過程で、あたかも新規貸付けを既発生の過払金に対する弁済であるかのように扱うこ

とが通常であることは確かであるが、これを超えて、貸金業者が、新規貸付けにより、

過払金債務の存在を知っていることを借主に表示しているといえるかについては、慎重 な検討が必要であろうと指摘されている。

イ 他方、取引終了日説は、貸金業者、借主間の継続的な取引が一体であることを前提に、

取引終了時をもって消滅時効の起算点とする。

これに対しては、民法166条1項の解釈論との整合性を検討する必要がある。すな わち、伝統的な学説は、民法166条1項の「消滅時効は、権利を行使することができ る時から進行する」との解釈について、権利を行使する上での障害を「事実上の障害」

と「法律上の障害」とに区別し、前者については時効の進行を妨げないとしており、そ の例として、権利者の不在、疾病や権利の存在や行使の可能性を知らない場合を挙げる のが一般的である。また、前掲昭和45年最判の考え方によっても、権利者が主観的に 権利行使できないというのでは足りず、権利の客観的な性質からして、その権利行使が 現実に期待できない場合である必要があると解すべきであるから、過払金がこのような 場合に当たるかは慎重な検討が必要であろうと指摘されている。

第3 一連充当計算と消滅時効との関係

訴え提起時から10年以上前に、先行する取引がいったん完済になった後、一定 の中断期間を経て、同一の貸金業者との取引を再び行った場合

消滅時効の起算点をどのように考えるかについては、以上と同様の議論が妥当する。

問題は、取引の中断期間がある点。

このような場合、消滅時効の起算点がいつと判断されるかは、まず一連充当計算が認めら れるかどうかによる。

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