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一 O 四

ドキュメント内 真宗研究22号全 (ページ 110-120)

しかし︑現代なお

一方

には

﹁料国および日本に流行した阿弥陀仏信仰がインドに流行したという確証が知られ

てい

ない

︒﹂

と︒

それ

で この批難に答えるために︑阿弥陀経において︑白鵠等の諸衆烏をあげていることについての所以と︑経説

の必然性を明にし︑阿弥陀仏思想は︑根本仏教の本流であることを的示したいのである︒

それに︑先立って︑所論の自明であることを示すために︑極楽の語について三一目したい︒それは︑四念住説は︑諸 行無常︑是生滅法︑生滅々己︑寂滅為楽の四句偏によって要約される︒この第四句は︑浬繋の境であって︑ここに︑

楽 ︑

g w

とある︒釈尊がクシナラに浬繋せられるとき︑阿難はこの小城より大国にとお願いしたのに対し︑この土

E

地は︑往昔大善見転輪聖王︵釈尊の前身︶の城下であってクサl

・パ

ティ

︵烈

5

雪国

口︶

︵香

茅有

城︶

とい

ひ︑

人氏蟻

盛︑その城は七重であった︒

いま

われ︑無上正覚を成じ︑復び性命を捨て︑ここに身を措くといって入滅されたの

であ

る︒

いま︑釈尊の浬繋は︑常楽であり︑楽有︵

E r

E 4

むといわれる︒その極楽の名を他の地方に求める要が

2

ない

ので

ない

か︒

また︑極楽の名義について︑経文には

舎利

弗︑

彼土

何故

︑名

為一

一極

楽﹁

其国

衆生

︑無

レ有

ニ衆

苦﹁

但受

コ諸

楽﹁

故名

一極

楽﹁

七 重 行 樹

︑ 皆 是 四 宝 周 匝 囲 緯

又︑舎利弗︑極楽園士︑

七重

欄楯

七重

羅網

ここに︑宗学上において︑これ等の荘厳︵

4 0

E

︶について︑往生人の心に相応してすなおに解釈すると︑仏道修 行の世界として︑感覚的に説いてあるが︑仏道を象徴的に説いてあるのであるとする二途があるようである︒

いま

︑ その四宝とは︑常楽我浄の四徳を象徴したものであるといわれているが︑それは極めて妥当な見解であるというべき である︒浄土教の基本教理は四念住説であり︑一般には︑身・受・心・法の四法について︑常・楽・我・浄と執ずる

ので

ある

が︑

それ等はみな因縁性であるので︑真如法︑或は空性︑或は︑念仏と観じて︑ここに︑諸法を超克して︑

それは浬繋の四徳であるとともに︑それは﹁至心﹂なる一心開覚の世界である︒

それ故に︑真宗々学よりいは工︑浄土和讃に

安楽仏土の依正は︑法蔵願力のなせるなり

無上天下にたぐひなし︑大心海を帰命せよ︒

と︑あるが︑それは︑その帰結である︒

仏説妙法白鳥経

開 如 レ 是

︑ 仏 在 一 一 舎 衛 園

︑ 祇 樹 給 孤 独 園 吋

5 M Y

仏告一一比丘﹁一時仏︑在一一優堕羅国﹁河名一一屈然﹁在一一辺尼拘類樹﹁適得レ道時︑白念︑

従二

憂滋

苦不

可意

﹁能

得申

度減

目亦

致↓

一正

法勺

何等為一一正法﹁為一一四意止吋何等為一一四意止一若比丘︑身身観止行︑自意知︑従一一世間痴不可意一能離︑

身 身 相 観 止

︑ 内 身 外 身 身 身 相 観 止 行

︑ 白 意 知

︑ 従 コ 世 間 痴 不 可 意 斗 距 離

︑ 痛 意 法 亦 如 レ 是

若行

者︑

壁画

意一

離便

従一

一行

法−

離︑

己従

一一

行法

一離

便従

ニ行

道一

離︑

己従

一一

行道

一離

便離

ニ甘

露﹁

離一

一甘

露一

巳便

不レ

得レ

ν

度ニ生老死憂悩﹁亦不レ得レ離レ苦︑亦不レ得レ要︒若行者有一一四意止一能度便能受︑得レ道者行︑己能受得レ道者行︑

便能得レ道︑己得レ度便能滅↓一老病死憂悩一便能得レ度レ苦︑亦得レ要︒

党︑

便知

一一

我所

念﹁

讐如

ニ健

人申

レ管

屈復

申﹁

党如

レ是

従一

一天

上一

止一

一我

前一

己止

便説

我如

レ是

如ニ

仏念

﹁如

一一

仏言

﹁道

一翠

︑令

レ得

一一

清浄

一令

レ得

レ離

一一

憂滋

苦不

可意

﹁能

得一

一度

滅一

能致

↓一

正法

吋能

致一

一 時 ︑

人行

道一

翠︑

令下

行者

外 ︑

身ノ

阿弥

陀経

の諸

衆烏

につ

いて

O五

阿弥陀経の諸衆烏について

O六

四意止了身身観止行︑自意知︑従一一世間痴不可意一離︑外身身身相観止︑内身・外身身身相観止行︑自意知︑

従=

世間

痴︑

不可

意一

能離

︑痛

・意

・法

亦如

レ是

︑若

行者

従一

面意

一離

便従

一一

法行

一離

︑巳

従一

一法

行一

離︑

便従

一一

行道

一離

︑巳

従ユ

行道

一離

便離

一一

甘露

﹁巳

離ニ

甘露

一便

不レ

得レ

離一

一生

老死

憂悩

一亦

不レ

得レ

離レ

苦︑

亦不

レ得

一一

苦要

﹁是

為レ

知一

一是

行方

便吋

腐足在一一水中二翠令一−一白仏説一一我正行一

但受

一一

是言

﹁当

一一

一為

使一

一白

計一

為二翠生死憂要一

己上頭得レ度レ世亦従レ是

是本清浄無為

従コ

若干

法一

受依

レ行

仏説

如レ

是︒

諸部派所伝の諸経

一︑

医闘

砂怯

悼鳴

一経

出ニ

道教

一為

レ哀

故︑

ν亦 今

道 従 度 眼 包 後 者ノ~度

7 五恋

死 とζ

尽グ是

腐足

在一

一水

中二

翠︑

党天

︑第

O

一︑雑阿合経︑失訳人名︑附呉貌二録︑第四経︵大・二︑四九四︑上中︶

一翠は一契︑即ち一法旬︑

二︑第九九︑雑阿合経︑宋天笠三蔵︑求那政陀羅訳︑第一一八九経︵大・二︑コ一一二己究天︑真如法

第九九︑雑阿合経︑第二四巻︑第五論︑道品︑第一︑第六

O

五 経 六

O

八経

︵大

・二

一 七 O

下|

一七

一上

﹀参

一ニ

︑第

OO

︑別訳雑阿合経︑失訳人名︑今附秦録︑第一

O

二︵

大・

二︑

四一

O︑中下︶空性?︵如鶴飛空逝︶

四 ︑

ω

−Z

・ む −

H∞ ・ 切

sr

B

H U E

− ︿ − −

u

5

d

四 念 住 説 に つ い て さて︑右に掲げた四念住説は︑釈尊が︑成道したまえる時の心中の所念を究天とともに開顕した説法である︒前半 は釈尊の開説であり︑後半は究天の随応する開示であって︑函蓋相応するところである︒

また︑この説法は釈尊の入滅に際して説かれた︑自灯明︵自帰依︶︑

法灯

明︵

法帰

依︶

の説

法で

ある

ので

あっ

て︑

五比丘にとかれた︑初転法輪の四聖諦説とともに︑釈尊の二大説法である︒

而し

て︑

ここ

に︑

現在

︑ 四部派の所伝を見ることができるのであるが︑

つまびらかに︑照応するに︑それぞれその

経語

が異

って

いて

︑ その何れが根本とするかは︑何人も決定し得ないのである︒其等はそれぞれ独立の生命価値を有 するものなのである︒その一をもって︑正しいとして︑他を批判することは許されない︒

ただ

︑相

い互

照し

て︑

その独立の経典の経意を開園することだけが許されるものである︒

そのどの経典をもって正依とするかは︑各人別々なのである︒

しか

し︑

それが仏教経典のもつ意義なのである︒

次に

その

四念

住説

とは

いうまでもなく︑われわれの

身・受︵感情︶・心・法の四法については

一般

には

身は

常な

り︑

受は

楽な

り︑

心は我なり︑法は浄なりとするを︑

ついでの如く︑無常・苦・無我・不浄と教えるのであ

それを別相観というのであるが︑総じて観ずる総相観については︑それぞれ異なるのである︒ る ︒

﹁臆

足在

一−

水中

二翠

﹂と

いう

よう

に︑

いま

第︑

一経

にお

いて

は︑

一草

︑即

ち一

契︑

一法

句と

する

第二

経は

︑真

如法

とす

る︒

第三経は︑経文に顕わに見ることはできないが︑

その臆説に見るが如く︑空性とするのでないかと想定する︒その

阿弥

陀経

の諸

衆鳥

につ

いて

O七

阿弥

陀経

の諸

衆鳥

につ

いて

O八

時説そのものの相違を見のがしてならない︒

第四

経は

R

z

− ︑

J

J

一趣

︵巾

E U

田口

同︶

道と

のみ

あっ

て︑

その総相の内容を把握しかねるのである︒それは︑無我をも

って

する

ので

あろ

うか

︒ 四 阿 難 尊 者 の 独 尊 性 と 三 心

次に︑第一の経典において︑

にわ

かに

︑こ

の経

典に

接し

て︑

その経意を窺い知ることは極めて困難である︒

すなわち︑始めに︑仏の所念である﹁人は行道一望なり﹂とは︑何を意味するのであるか︒行道とは何であるのか︒

﹁腐

足在

一一

水中

二翠

﹂と

いう

︒正

しく

何を

意味

する

ので

あろ

うか

﹁是本清浄無為﹂というなど︑浄土教発展の根源に逢着するをおぼ それが︑さらに︑究天に説かしめて︑

この

備に

おい

て﹁

出ニ

道教

一為

レ京

故﹂

とい

ひ︑

える

ので

ある

その語義を知るためには︑阿難尊者の独尊性並に三心具足の意義による手掛りなしにはただちに︑経意を知ること

はできないのである︒それによって︑先づ︑阿難尊者の独尊性について考えよう︒

阿難

の独

尊性

につ

いて

は︑

セイロン上座部である増支部︑第一四︑是一品に

一︑多聞第一︑二︑正念︵

g

巳︶第一︑三︑正行︵

m E

︶︵

悟解

﹀第

一︑

四︑

総持

F

E

︵堅

固︶

第一

五︑近侍第

一と

する

この中︑多聞第一と近侍第一については︑阿難を語るものは︑誰もがいうが︑その他についてあまり語る人は少な

ぃ︒この﹁多聞﹂とは経蔵結集の立役者︑

﹁近

侍﹂

とは

﹁釈

尊﹂

に仕

え︑

その

伝道

の終

り︑

クシナラに浬繋への旅

路︑

病に

悩み

五体故車の革ひもにゆわいているにひとしい仏陀をいといつつ︑沙羅壁樹林に入滅するまで二五年で

あった︒これ等のことは誰でも知るところである︒

しかる︑正念・正行︑総持について語る人は少ない︒荻原博士は︑それについて︑憶念・悟解・堅固等和訳されて

おり

セイロン上座部の所伝の訳としては正しいであろう︒

いま︑浄土系において︑それ等の語義は異なるようである︒

③ それについて﹁阿難の根本性格について﹂によって︑略述しよう︒ し

かし

第一正念である︒原語は

g H

であ

るの

で︑

念でも正念でもよい︒大経魂訳では﹁深正念﹂とする︒浄土教の正念は﹁念仏﹂を正念とするからである︒

第二︑正行とする︒官民の語は︑蔵訳において巳O

ぬヱ

出と

訳さ

れ︑

荻原博士の

﹁悟

L

とさ

れ︑

観察の義であ

る︒

大経

の三

誓備

では

﹁修

究行

﹂と

あり

﹁念

仏を

称う

るこ

と﹂

をい

うも

ので

ある

第三︑総持について︑その原語

FE

である︒この語は多義がある︒堅固の義︑或は︑定・慧等の義もある︒市し

て︑次に述べる如く︑至心と訳される︒

次に︑阿難尊者の三心具足を示す文は︑雑阿合経︑いま︑問題としている︑真如法を総相とするものである︒その

第二

三巻

は︑

アショl

カ王

︵在

位︑

切の

NE

JN

ωN

︶の

因縁

を語

る︒

ここ

で︑

かれ

は︑

教授師ウパグプタの案内により︑

仏陀の聖跡並びに大弟子等の塔を巡拝している︒

いま

阿難

の塔

にい

たり

て︑

復︑

示一

一阿

難塔

一語

レ王

一士

一口

︑此

是阿

難塔

︑応

供養

︑王

目︑

彼有

何功

徳︑

答日

︑此

人是

侍レ

仏者

︑多

聞第

一選

集仏

経︑

而説

偏目

奉持牟尼鉢︑念・至・能決断︑多聞之大海弁才柔軟言能悦天人衆

とある︒ここに﹁念・至・能決断﹂として︑教主仏陀の教法を伝統する尊者阿難の仏法に対する決断心を的示してい る

阿弥

陀経

の諸

衆烏

につ

いて

一 O

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