• 検索結果がありません。

   ∫

,・A   上市

    一へ   2000

(v・プ 、 〆

      、.●}

     鷲家団 吉野村

  トロへ へ

  ♪ k

〆》@  、

  木津  ノ       )       〆

東吉衝

     ●購

       ●

     吉野山     大滝

  、、A・㌔。^ \ 迫

一    、川公園

㎜一

      2400       }

。   1。b認oo ソ

」===========」       3200

大豆生      2000        し

。井光    、.

      

。和。ニィグ

伯母谷〇

  c一 〇

3600

・謝・泌

 弓、

八㎡平

  、   ノ  ■  ,

 4

【15】東熊野街道と街道集落(柏木)

(出典)川上村教育委員会『川上村史 通史編』,1989

【16】川上村における人工林,私有林の割合

(1)森林面積及び蓄積

区 分 国有林 民有林

公有林 私有林 小計

面積(㌶) 715 464 24421 , 24885 , 25600 , 蓄積(m3) 70966 , 146,480 8416618,     ,

8,563,098 8634064,     ,

(2)民有林樹種別面積及び蓄積

樹 種 人工林 天然林 立木地計

面積 蓄積 面積 蓄積 面積 蓄積

無立木

n

針葉樹 16675 , 7355306,    , 353 91893 , 17028 , 7446547,    ,

広葉樹 6 652 7,719 1,l15,936 8,371 1116588,    ,

16681 , 7,355,306 8,072 1207829,     ,

25,399 8563135,    , 132

(出典)平成12年度奈良県林業統計

【171樽丸づくり

(出典)森庄一郎著・土倉梅造監修『完全復刻

【18】杉の罪業基準

吉野林業全書』日本林業調査会,1983,p.126

  9.000

ァ6・000 リ7.000 ァ 6.000 x 5ρ00

{14・ooo y 3.000

@2.000

@1.000

ゴ     9.000本/肋  植 栽: 90年{父麹剛

@       .

見込み

       205  10 7  12 16

253%2 40 50 60  707580  90

平均樹齢高 7霞  5.0   7.5  9.5 !重8  14.2    16.7    ig.3       2L7       23.4      26」      28.0

平均胸高直径 ご卿!      正3.2       20.0      25亀7      29.6       38.4       45.04.2   6.G  80 104         里5.9 回 数 1  2 3 一必要に応じて

枝下高 餌L5  3.0 4.0

回数 自   1    2   3   4    5      6       7        8        9       10

除間伐

本数 12001,3001501,1408鉛 770     550       290      210       130 720 間伐率 %  童4   18  22   24   24     29      29         2望       20      17

【19】借地林業制度と山守制度

■悟繍國度は土地の脳制度

,仕椛はじめとする醐轍舗の制度旧地林 叢制度と山守制度があります。このうち借地林業制度は園 地の賃貸契約制度で、村の山繍肴≒訪嗣外の資本家に 山林(土地)を貸して楢称資金を出してもら駄木を桟って 収入があがったとぎに借地料として収入の何%かを受け 取る契約を交わします。つまり、土地の所有権(設置}者は 村の人.土地使用権者は村外の資本家1諏ります。

 億地林業制度は江戸時代前期に始められたとされてい ます。この制度の溝ズとと報こ村外の資本家の.力によって

   ビん ゆい  ら     り ニ もり

木材の販売路は拡大し、吉野林業は尭展していきました。

《徳地林業翻度のしくみ》

村外の資本家

 〔辺地の使用権者)

(木を宵ててもらう)

休を剛てる,

筏錬崩

書率

  峯

率率

  拳

村の人

(土地の所有権者)

蟻.借地綜集翻展のしくみの一例です。

■山尋制度は山林の管理制度

 借地林業制度か尭遼してくると、資本家は土地所有権を     いロげべ

購入して山主になるようになつτぎますbし力叱く山主とな った資本家は村外に住むために、直接山林を管理するζと かできません。そこで、資本家は村の人のなかから山林管        やぼ しり理を頼む人を選びます。この山林管理制度が山守制度で、

頼まれた人を山守といいます。

      しり

 山守に選ばれるのは村の信頼のおける人で、廟らも山 林を所有し、林業経営の経験があること力條件になります。

山守は山主の代理となって山林を児守り、山比事をする人

(そまびと)を瀧い入れて満秣にあたりますb山守には夜つ た木の亮上高の数%が山主から支払われるしくみです◎

{山守制厘のしくみ》

村外の資本家

 ⊂土地の所有権蓄).

(出典)山幸彦のもくもく館(川上村林業資料館)『木の本』,1993,p。17

【20】日本におけるスギの品種

.置日本における  スギの品種

  叢緑は吉野杉を  移植した林業地 クモトオシλギ  ナガキスギ   小国スギ      クサスギ     サワラスギ    ニシソノスギ     ヨシダクロ     オドリスギ 山田黒.(ヤマダクロ)

     薩摩スギ        黄心      津川スギ  大和(ヤマト)λギ     ヤマダスギ      福島スギ      馬肥スギ

   ハ女スギ    倉谷スギ    カゴズギ    ネジカワ   イワオスギ   能古見スギ    鍾瀬スギ   英彦山スギ   宝珠山スギ 日田(ヒタ)スギ

沖ノ山スギ  奥津スギ  新庄スギ  田浪スギ  東回スギ 匹児スギ 八郎スギ 寂地スギ 市木スギ

      富島スギ 渾合谷(カワイダニ)スギ      マスヤマスギ

 船越スギ 妙晃スギ 穴粟スギ トミススギ 隠岐

 白釦スギ  六厩スギ イケダスギ 石馬自ズギ 北山スギ 朽木スギ 芦生スギ

屋久スギ

樫杉(ムラスギ}

   三川スギ 立山スギ サワスギ クマスギ

         魚梁瀬スギ

愛媛漿愛藍移華 カゲヤマスギ 簿壁漿木鎖林藁

 鱒ケ沢スギ   秋田スギ

イワカワスギ   桃洞スギ   鷲宿スギ  山ノ内スギ   サガスギ 鳥海ムラスギ

  丹沢スギ   須山スギ.

  天城スギ 静簡県天竜躰業 鳳釆寺スギ

(出典).山幸彦のもくもく館(川上村林業資料館)『木の本』,.1993,p.7

【2玉】吉野杉ができるまで

①採取     其

    〆

L

③苗づくり

   ,    

   コ   ロ

響汐

②種の選別,乾燥 固五。三二

...=ご蕊嘔

総一

④地明け

⑤植林 ⑥枝打ち

⑦間伐

三九+五茅

⑧皆伐

(出典)森庄一郎著・土倉梅造監修『完全復刻 吉野林業全書』日本林業調査会,1983,pp.36・85より抜粋

【221山仕事の道具

①杉檜種子採取肩下苗木伏セノ要具 ②苗木植付,山林修理,材木出シノ要具

③地車釣持木馬出シノ要具 ④三人木挽ノ要具

【23】土倉庄三郎(1)

1840年 1855年 1869年 1873年 1883年 1887年 1889年 1890年 1895年 1898年 1898年 1899年 1900年 1905年 1908年 1917年 1921年

=良の 心こ

 現在の川上村大滝に生まれる  家業(林業)および公務に就く

(父に山林経営・林業技術を学び,15歳の若さで家督を相続している)

 いかだ運送の便をよくするため,吉野川を改修

 青山20分の1を計画(吉野郡内樋口から国社峠・伯母峰峠を越え,上北山に抜ける東 熊野街道の整備を決意。工事資金は村内外の有力山林所有者で負担するよう提案。

 五社峠越え陸路完成

 山林視察のため全国各地を旅行  群馬県伊香保山中の造林開始

 第3回内国勧業博覧会(東京)に,いかだ二連と吉野材を出品

 奈良公園に造林開始(伐採木の収入を奈良公園の管理・運営費にあてるよう提案)

兵庫県但馬地方に植林を開始  「吉野林業全書」を刊行  滋賀県伊香郡西浅い村に造林

 還暦 山県有朋から「樹喜王」の称号を贈られる,川上村村長に就任  台湾に植林を始める

 全国各地より植林視察者続々と来宅

 7月19日・,髄性肝臓ガンのため死去(享年77歳)

 林学博士本多静六氏らが呼びかけ,川上村大滝の通称「鎧掛け岩」に,「土倉翁造林頬 徳記念」の文字が刻印された碑が完成した。

(出典)土倉祥子「評伝 土倉庄三郎」朝日テレビニュース社,1966

【23】土倉庄三郎(2)

土倉庄三郎 「土倉翁造林頒徳記念」

(出典)川上村林業建設課『川上村の林業』2001,p.10

【24】木材搬幽方法

①肩上げ持ち

熱」.

箋簸

銘z

関連したドキュメント