04 たとえ素人には馴染みにくくと も、伝統文化を愛する人達の心に 深く響き続ける商品を開発すること も重要だ!
03 市場ニーズに合った商品開発 のためには、伝統文化に始めて触 れた人の感動を冷静に観察するな ど、総合的なマネジメントが必要だ 05 先祖代々の伝統文化の知恵 を、文献を元に掘り起こし、学問的 なレベルに体系化して共有し、日本 の伝統文化を再興する 02 伝統文化の精神をよみがえら せ、日常生活と地域の活性化、後 継者育成に取り入れる 01 既存 又は、新しい市場にマス メディアを通じて、新しい技術を融 合した方向性の伝統産業を流通さ せる
008 伝統文化を生かすことは、伝 統技術を押し売りすることではな い。ハイテク技術を伝統文化に生 かすことも必要
012 伝統文化は、電気などのエネ ルギーをあまり使わず、地球にや さしい産業である
013 伝統文化における特化した材 料の調達方法を確保する
K J D K A E H G F C K B
J I H G F E D C B
A B C D E F G H I J K B C F G H E A K D J K A
図 71 ラベル集 め傾 向 一 覧 (左 は作 業 対 象 ラベル、A〜K は参 加 者 )
どのようにつくったか
グループ KJ 法 で2段 階 目 (青 表 札 )まで参 加 者 全 員 で組 み立 て(左 の8枚 のラベル)、最 終 の3段 階 目 を個 人 作 業 で組 み立 ててもらった。
個 人 作 業 後 、図 解 をもとに口 頭 発 表 会 を開 き、お互 いが学 び合 えるように、
全 員 の図 解 を電 子 化 し、配 布 した。
図 解 化 の作 業 にめんどうくささを感 じなかった。なぜならば、2段 目 までは全 員 同 じで、最 終 段 階 だけを組 み立 てればよいだけのことであったからだ。
全 員 の図 解 化 を完 成 し、配 布 したとき、ラベル集 めのばらつき具 合 を知 りた いとふと思 った。前 例 はない。どうしたものかと考 えたが妙 案 が浮 かばない。
エクセル上 で、ラベ ルと名 前 をたて横 にランダムに配 して、 各 人 が集 めたラ ベルのセットに●▲×の記 号 をつけてみた。
出 来 上 がった表 を眺 めているうちに、ほとんどのメンバーが選 んだ2枚 のセッ トが浮 かび上 がってきた。この要 領 で他 のセットの集 まり具 合 に注 目 すると、選 択 を二 分 するセットが浮 かび上 がってきた。
これ らの ラベルセッ ト を上 下 に 並 べ、 黄 色 、ピン ク、 青 色 、 最 後 に 少 数 派 を 紫 色 で識 別 してみた。
その他 に、これらのセットを縦 断 的 に飛 び飛 びにセットになっているものがあ ることに気 づいた。これらが分 かりやすいように表 示 するために、赤 丸 で表 示 す ることにした。
ラベル集 めの傾 向 をこのようなかたちで表 示 しえたのは、本 手 法 が初 めての 試 みであると考 える。
同 じ元 ラベルによる複 数 の作 業 者 のデータを取 ることができなかったと考 え られる。本 論 分 の提 案 手 法 である、グループ作 業 をリアルタイムにたどる個 人 作 業 としてのシミュレーションにより、ラベル集 めの傾 向 を可 視 化 することができ た。
解 釈
この表 をインストラクターとしての立 場 からみるならば、意 味 の相 対 的 により 近 いラベル集 め作 法 を意 識 して作 業 をしているとおおむね判 断 できる。このよ うな表 は、インストラクターにとっては、指 導 に対 する評 価 として捉 えることがで きる。
表 を見 ると、色 別 の横 の分 布 が目 につくが、個 々人 のレベルで縦 の分 布 を 見 ると、全 く同 じラベル集 めは B、C と F、G だけである。すなわち11分 の2しか 同 じラベル集 めをしていないということである。元 ラベルである紫 色 のラベル集 めのバラエティーさは、目 を引 く。この二 枚 のラベルの読 みのレベルが全 体 感 に大 きな影 響 を与 えたのではないかと思 われる。
しかし、もっとばらばらのラベル集 めになっているのではないかと思 われたの で、このように比 較 的 はっきりした傾 向 が見 られたことは驚 きであった。
2004 年 3 月 15 日 メール:Y から筆 者 へ
先 日 はご苦 労 様 でした。日 曜 はいけなくてすみませんでした。
感 心 したのは、父 兄 ・コーチの熱 心 な態 度 と低 学 年 の適 応 です。
深 夜 に及 ぶ事 前 トレーニングではよどみない流 れるような三 村 さんの
指 導 ぶりに感 心 いたしました。さすがでした。
誰 でもわかる明 確 な表 現 になっていれば、 ラベルどうしの遠 い・ 近 いの位 置 関 係 は そ んな にぶれ ない ものだ と い うこと に 少 々驚 き まし た 。 感 覚 の 狂 い が 生 ず る の で は な く 表 現 が 狂 い を 生 じ さ せ る だ け で あ る こ と を し り ま し た 。 そ う な る と 、 言 葉 の表 現 には特 に注 意 しないといけないことをしりました。
前 出 の「わかりあう技 法 」講 習 会 の前 の晩 に、指 導 者 十 数 人 にパルス討 論 の実 技 指 導 をした。 このメールは、そばで一 部 始 終 を観 察 していた知 人 の感 想 である。
「扱 うすべ てのラベルの集 合 全 体 は、いわばひとつの世 界 であり、ひとつの 全 体 をなす宇 宙 なのである。その世 界 全 体 の声 を聴 き届 けた上 で、最 も志 の 近 いラベル同 士 を集 めるべき」という川 喜 田 のラベル集 めの指 示 は、Y 氏 の指 摘 のように、ひとの感 覚 はもともとそんなにぶれないものだということに確 信 を持 っているからこその指 示 なのだといえる。
だからこそ、ラベル集 めは、全 体 をなす宇 宙 のなかで行 われるべきものなの である。集 まったラベルを宇 宙 の外 に出 すという行 為 は、自 殺 行 為 であるとい える。ひとの鋭 い感 性 は、虫 食 いでも全 体 をなす宇 宙 の中 で、最 も志 の近 いラ ベル同 士 を集 めていくのである。
また、表 現 が狂 いを生 じさせているという Y の指 摘 は、川 喜 田 の、元 ラベル を一 義 的 にしか意 味 が取 れないように一 事 項 適 格 圧 縮 表 現 をせよということに 相 通 ずるものであろう。
KJ 法 のラベル操 作 工 程 を理 解 したとしても、作 業 それ自 体 の最 大 のつまづ きは、元 ラベル表 現 の不 正 確 さによるものである。インストラクションの成 否 は、
ひとえに元 ラベル表 現 の成 否 そのものである。
KJ 法 の上 達 法 をよく聞 かれるが、ある事 象 を適 格 に表 現 することを常 日 頃 心 がけて自 分 を鍛 えることと、一 貫 して答 えている。
学 校 教 育 でも、この点 をしっかり認 識 する必 要 がある。これは、KJ 法 とは関 係 なく、だれにでも必 要 なことである。表 現 しきれるということは、状 況 を正 確 に 観 察 取 材 できるということである。状 況 をしっかり認 識 できるということは、状 況 の判 断 をすることが出 来 るということである。状 況 の判 断 が出 来 るということは、
行 動 に移 せるということである。これが生 きる力 の本 質 ではなかろうか。
日 本 語 で表 現 しきる訓 練 なくしては、生 きる力 などつくはずがない。
知 識 科 学 研 究
知 識 流 行 の時 勢 だが、この表 のようにラベル集 め傾 向 が一 覧 できるようにす ることは、知 識 科 学 研 究 の方 法 としても意 味 があるのではないかと思 われる。こ の 方 法 は 、 プ ロ グ ラ ミ ン グ を し て 自 動 的 に 表 示 す る こ と は 難 し く な い は ず で あ る。
合 意 形 成
この一 覧 をみた D 氏 は、同 じ部 分 には着 目 せず、むしろ互 いの相 違 を見 出 し、グループ KJ 法 で合 意 することも大 事 だが、このように違 いを認 識 することこ そが合 意 形 成 には重 要 とコメントした。
グループ KJ 法 は、参 加 者 に意 識 の高 揚 をもたらす。その結 果 、KJ 法 が広 まりだした早 期 に、この効 用 だけに着 目 して目 的 はどうでもよいという心 情 陶 酔 に浸 るものも現 れた。目 的 追 求 の前 段 としての意 識 高 揚 による合 意 形 成 の手 段 として、企 業 によっては、同 様 の目 的 でグループ KJ 法 が利 用 されたと聞 い ている。
わずか8束 の個 人 作 業 によるラベル集 めでも、個 々人 の個 性 が現 れることが 分 かった。