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ドキュメント内 現代と念沸 (ページ 160-164)

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し ヨ 押 当 /

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3 ) }

⑤  

③ 

@の博士にある﹁当﹂は︑半音高を頂点とした強い﹁アタリ﹂である︒句頭の部分(最初の﹁南無﹂)にある﹁南﹂

は︑光明寺では﹁ナン﹂とA音にての発声であるが︑増上寺では﹁ンナン﹂とのふりがながあり︑﹁ナ﹂の発声の際に

一度口を閉じ﹁ナ﹂と発声されるので︑この口を閉じた際の﹁ン﹂の発音を強調し﹁ンナ﹂と発声がなされている︒

そして︑この﹁ンナ﹂の発声に声明の妙味があるとされている部分である︒この⑧の博士は︑一番多く八ケ所で用い

られ

てい

る︒

⑮の博士は︑句頭部分にのみ見られる︒

A‑M

﹁ ・ ヨ ﹂

│A lM ω

Al Mω

Al Mω

AlM

と音を巡らし︑途

中で息次ぎをせずに

一息

で﹁

・ ヨ

﹂(

弱い

当り

)﹁

三ツ

ユリ﹂を入れて唱えられる︒

ω ω ω

が﹁三ツ

ユリ

﹂にあたり︑三

クイ切り︑聞を置いて打ち物が打たれる︒度ユルように唱えられる︒最後の部分は︑少しハリ上げ︑

︒の博士

は ︑

A‑M

﹁ ・ ヨ ﹂

│ A

﹁当

﹂と

音を

巡ら

し︑

﹁・

ヨ﹂

(弱

い当

り)

の後

A音に音を戻し半音高の強い当りを

少れる︒この博士は第一句の﹁無﹂にのみ用いられている︒

⑮の博士は︑﹁阿﹂にのみ二回用いられている博士であり︑﹁アイ﹂と発声し︑

AlM

﹁・ ヨ

﹂│

Aと唱えられている︒

{

)

⑤の

博士

は︑

Al

M

﹁・ ヨ

﹂│AlF

│ Aと

音を

巡ら

し︑

AよりFに音を下げた時とF

より

Aに音を上げ元に音を

戻した時に押すように唱えられる︒

⑥の博士は︑二句目の﹁弥﹂にのみ見られる︒@の博士とほとんど同じに唱えられるが︑当りの後︑声を少しハリ︑

打ち物が入れられる︒

@の博士は︑三句目の﹁阿﹂﹁弥﹂に用いられA音にてまっすぐ発声されている︒

オシコミ

⑮の博士は︑三句目の﹁無﹂にのみ用いられ︑引声独特の﹁オシコミ﹂の技法が入っており︑ABlAlGIA

と音が巡らされる︒﹁オシコミ﹂の部分は︑Aより

B

に音

をハ

リ︑

m

﹂の博士の如く声を回転させるイメージにて唱一

えられ︑次の﹁押﹂にてGに音を下げ再度押してAに音が戻される︒

いわゆる﹁投げ節﹂である︒

Alu

A

と声を投げるようにして唱えられる︒

①の

博士

は︑

以上︑引声念仏は九種類の博士を二十二子に当てて︑あい聞に打ち物を打ちながら唱えられ︑それまでの静かな引

声法要の雰囲気を

一変

させるようなお念仏である︒

②﹁六字詰念仏﹂

六字詰念仏は︑﹁南無阿弥阿仏﹂を独特の節まわしにて六回唱えるお念仏であり︑はじめの三句は打ち物(雲版・太

鼓・双盤)を﹁間打ち﹂に入れるが︑後半の三句は﹁頭打ち﹂に打ち物が打たれている︒現在︑鎌倉光明寺と増上寺

に伝承される六字詰念仏を譜面の上から比較してみると︑打ち物の部分で﹁セメ流し﹂の有無︑鈴の打つ箇所︑雷落

しの前のツナギの部分等に相違が見られるのみである︒

しか

しな

がら

実唱にはかなりの相違がある︒現在の増上寺

では︑上音

( G )

にて出音され譜面に一不される如くの拍数で唱えられている︒つまり︑譜面上で拍数を決め誰が唱え

ても同じ拍数で唱えられるように工夫されている︒それ故に︑御忌法要では雲版・太鼓・双盤・

鈴と

三人が声を合わ

せて唱えることが出来るのである︒それに対して︑光明寺の六字詰念仏は現在︑斎藤八十吉氏が伝承者となり︑独唱

にて唱えられている︒光明寺の六字詰念仏の唱え方は︑基本的には譜面の如くの音の巡りであるが︑その中に﹁コプ

シ﹂の知き節まわし︑声の強弱︑長短などが随所に見られ︑多くの技術を伴った唱法である︒増上寺においても︑昭

和十七年の堀井慶雅氏独唱のテlプを拝聴したが︑唱法にも光明寺の斎藤氏の如き独特のものが感じられる︒

この

うな唱え方が現在の増上寺の六字詰念仏に変化したのは︑吉水大信氏の伝承指導の際に譜面を見れば誰にでも同じ旋

律︑調子で唱えられるようにとの意向が示されたものと思われる︒このように六字詰念仏に関しては︑鎌倉光明寺で

は一人の伝承者による多くの技法を伴った六字詰念仏︑増上寺においては皆で共に唱えられる技法をあまり伴わない

六字詰念仏と基本的には同様のものでありながら︑方向性を異にするが故に実唱面でかなりの相違が見られるのであ

ろう

三 ︑その他の念仏

付 三

仏 寺の双盤念仏

三仏寺(横浜市旭区本村町七六)は︑国道十六号線の本村インターチェンジ横に所在する古利である︒この寺の双

盤念仏は︑光明寺系の念仏を伝承しており︑昭和五十二年には︑神奈川県民俗芸能に選定を受け︑その後︑横浜市も

無形民俗文化財として選定をした︒

双盤講は︑斎藤孝夫氏外八名で構成され︑毎年十夜法要と︑大晦日に奉奏するのが恒例になっている︒

双盤は通常二面で一組と数えるが︑この講では一面でも双盤といっている︒現用の双盤は︑四面で戦時中に供出さ

れた三面も戦後新調された︒それにウマと呼ぶ太鼓一張が加わり︑双盤念仏が行われる︒双盤は棒製の木枠に紅白の

布で吊るされ︑撞木で敵く︒太鼓は紅白の布で胴体を巻き︑馬の鞍形の木枠に置くから︑古来からウマと称している︒

双盤の順序は︑太鼓に近いところから︑一番鉦︑二

番鉦

三番鉦︑四番鉦と呼ぶ︒伝承している六字詰念仏の曲目は︑

八曲である

︒ ﹁

座つ

け﹂

﹁念

仏﹂

﹁掛

念仏

﹂﹁

玉入

れ﹂

﹁雷

落し

﹂﹁

大間

落し

﹂﹁

みつ

めご

ろし

﹂﹁

山道

﹂で

全部

演奏

する

と四

十分

らいになるという︒今日までに伝承されてきた双盤念仏には︑昔の人の心が泌み込んでいる︒その心を伝えていくと

ころに伝灯のもつ意味があるようだ︑と住職・吉川瑞浩師は語っている︒

同 延命寺の双盤念仏

延命寺(大田区矢口二│二十六│十七)は︑﹁今泉延命寺双盤講﹂といい︑古くから双盤念仏を行ってきたが︑第二

次大戦により︑双盤鉦および史料を焼失したので︑沿革は明らかでない︒現在の講員は十五名で冬休みを除き毎週月

秘 書 者 域 向 島、主

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三仏宣

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