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し ヨ 押 当 /
¥ / / J 2
・ヨ
﹃ /
/・
3 ) }
⑤
⑤
③
@の博士にある﹁当﹂は︑半音高を頂点とした強い﹁アタリ﹂である︒句頭の部分(最初の﹁南無﹂)にある﹁南﹂
は︑光明寺では﹁ナン﹂とA音にての発声であるが︑増上寺では﹁ンナン﹂とのふりがながあり︑﹁ナ﹂の発声の際に
一度口を閉じ﹁ナ﹂と発声されるので︑この口を閉じた際の﹁ン﹂の発音を強調し﹁ンナ﹂と発声がなされている︒
そして︑この﹁ンナ﹂の発声に声明の妙味があるとされている部分である︒この⑧の博士は︑一番多く八ケ所で用い
られ
てい
る︒
⑮の博士は︑句頭部分にのみ見られる︒
A‑M
﹁ ・ ヨ ﹂
│A lM ω
ー
Al Mω
ー
Al Mω
ー
AlM
と音を巡らし︑途
中で息次ぎをせずに
一息
で﹁
・ ヨ
﹂(
弱い
当り
)﹁
三ツ
ユリ﹂を入れて唱えられる︒
ω ω ω
が﹁三ツ
ユリ
﹂にあたり︑三
クイ切り︑聞を置いて打ち物が打たれる︒度ユルように唱えられる︒最後の部分は︑少しハリ上げ︑
︒の博士
は ︑
A‑M
﹁ ・ ヨ ﹂
│ A
﹁当
﹂と
音を
巡ら
し︑
﹁・
ヨ﹂
(弱
い当
り)
の後
︑
A音に音を戻し半音高の強い当りを
少れる︒この博士は第一句の﹁無﹂にのみ用いられている︒
⑮の博士は︑﹁阿﹂にのみ二回用いられている博士であり︑﹁アイ﹂と発声し︑
AlM
﹁・ ヨ
﹂│
Aと唱えられている︒
{ヨ
押当)
⑤の
博士
は︑
Al
M
﹁・ ヨ
﹂│AlF
│ Aと
音を
巡ら
し︑
AよりFに音を下げた時とF
より
Aに音を上げ元に音を
戻した時に押すように唱えられる︒
⑥の博士は︑二句目の﹁弥﹂にのみ見られる︒@の博士とほとんど同じに唱えられるが︑当りの後︑声を少しハリ︑
打ち物が入れられる︒
@の博士は︑三句目の﹁阿﹂﹁弥﹂に用いられA音にてまっすぐ発声されている︒
﹁オシコミ﹂
押 押
⑮の博士は︑三句目の﹁無﹂にのみ用いられ︑引声独特の﹁オシコミ﹂の技法が入っており︑AーBlAlGIA
と音が巡らされる︒﹁オシコミ﹂の部分は︑Aより
B
に音
をハ
リ︑
﹁
m
﹂の博士の如く声を回転させるイメージにて唱一えられ︑次の﹁押﹂にてGに音を下げ再度押してAに音が戻される︒
いわゆる﹁投げ節﹂である︒
Alu
ーA
と声を投げるようにして唱えられる︒①の
博士
は︑
以上︑引声念仏は九種類の博士を二十二子に当てて︑あい聞に打ち物を打ちながら唱えられ︑それまでの静かな引
声法要の雰囲気を
一変
させるようなお念仏である︒
②﹁六字詰念仏﹂
ナ ム ア ミ ダ デ
六字詰念仏は︑﹁南無阿弥阿仏﹂を独特の節まわしにて六回唱えるお念仏であり︑はじめの三句は打ち物(雲版・太
鼓・双盤)を﹁間打ち﹂に入れるが︑後半の三句は﹁頭打ち﹂に打ち物が打たれている︒現在︑鎌倉光明寺と増上寺
に伝承される六字詰念仏を譜面の上から比較してみると︑打ち物の部分で﹁セメ流し﹂の有無︑鈴の打つ箇所︑雷落
しの前のツナギの部分等に相違が見られるのみである︒
しか
しな
がら
︑
実唱にはかなりの相違がある︒現在の増上寺
では︑上音
( G )
にて出音され譜面に一不される如くの拍数で唱えられている︒つまり︑譜面上で拍数を決め誰が唱え
ても同じ拍数で唱えられるように工夫されている︒それ故に︑御忌法要では雲版・太鼓・双盤・
鈴と
三人が声を合わ
せて唱えることが出来るのである︒それに対して︑光明寺の六字詰念仏は現在︑斎藤八十吉氏が伝承者となり︑独唱
にて唱えられている︒光明寺の六字詰念仏の唱え方は︑基本的には譜面の如くの音の巡りであるが︑その中に﹁コプ
シ﹂の知き節まわし︑声の強弱︑長短などが随所に見られ︑多くの技術を伴った唱法である︒増上寺においても︑昭
和十七年の堀井慶雅氏独唱のテlプを拝聴したが︑唱法にも光明寺の斎藤氏の如き独特のものが感じられる︒
この
よ
うな唱え方が現在の増上寺の六字詰念仏に変化したのは︑吉水大信氏の伝承指導の際に譜面を見れば誰にでも同じ旋
律︑調子で唱えられるようにとの意向が示されたものと思われる︒このように六字詰念仏に関しては︑鎌倉光明寺で
は一人の伝承者による多くの技法を伴った六字詰念仏︑増上寺においては皆で共に唱えられる技法をあまり伴わない
六字詰念仏と基本的には同様のものでありながら︑方向性を異にするが故に実唱面でかなりの相違が見られるのであ
ろう
︒
三 ︑その他の念仏
付 三
仏 寺の双盤念仏
三仏寺(横浜市旭区本村町七六)は︑国道十六号線の本村インターチェンジ横に所在する古利である︒この寺の双
盤念仏は︑光明寺系の念仏を伝承しており︑昭和五十二年には︑神奈川県民俗芸能に選定を受け︑その後︑横浜市も
無形民俗文化財として選定をした︒
双盤講は︑斎藤孝夫氏外八名で構成され︑毎年十夜法要と︑大晦日に奉奏するのが恒例になっている︒
双盤は通常二面で一組と数えるが︑この講では一面でも双盤といっている︒現用の双盤は︑四面で戦時中に供出さ
れた三面も戦後新調された︒それにウマと呼ぶ太鼓一張が加わり︑双盤念仏が行われる︒双盤は棒製の木枠に紅白の
布で吊るされ︑撞木で敵く︒太鼓は紅白の布で胴体を巻き︑馬の鞍形の木枠に置くから︑古来からウマと称している︒
双盤の順序は︑太鼓に近いところから︑一番鉦︑二
番鉦
︑
三番鉦︑四番鉦と呼ぶ︒伝承している六字詰念仏の曲目は︑
八曲である
︒ ﹁
座つ
け﹂
﹁念
仏﹂
﹁掛
念仏
﹂﹁
玉入
れ﹂
﹁雷
落し
﹂﹁
大間
落し
﹂﹁
みつ
めご
ろし
﹂﹁
山道
﹂で
全部
演奏
する
と四
十分
ぐ
らいになるという︒今日までに伝承されてきた双盤念仏には︑昔の人の心が泌み込んでいる︒その心を伝えていくと
ころに伝灯のもつ意味があるようだ︑と住職・吉川瑞浩師は語っている︒
同 延命寺の双盤念仏
延命寺(大田区矢口二│二十六│十七)は︑﹁今泉延命寺双盤講﹂といい︑古くから双盤念仏を行ってきたが︑第二
次大戦により︑双盤鉦および史料を焼失したので︑沿革は明らかでない︒現在の講員は十五名で冬休みを除き毎週月
秘 書 者 域 向 島、主
ヌヌ盤会イム
三仏宣
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