ハンドドリル先端モニタリングレーダシステムの開発にあたり、主に高速レーダシ ステムと小型アンテナの開発が必要となる。まず、小型アンテナは既に基礎実験にお いて開発したアンテナを利用する。高速レーダシステムにおいては自作する必要があ るが FMCW方式、パルスレーダ方式が挙げられる。20 Hz程度の振動成分を取り出す ためには少なくとも秒間 100 波形を取得出来るレーダシステムを必要とする。FMCW 方式は比較的安価に作成できるもののレーダ波形を得るためにフーリエ変換を必要と するため、秒間100波形のリアルタイムの解析には DSP等の専用ハードが必要になる 可能性があり、直接レーダ波形が得られるパルスレーダシステムが望ましい。そこで パルスレーダ方式の中でも高周波数のサンプリングを比較的容易に安価に行なうこと の可能な等価サンプリング方式を用いた高速パルスレーダのシステム開発を行なった。
5-1 システム概要
一般に GHz 帯の高周波信号を直接サンプリングする方式は高コストであり、SN 比 は低下するものの高速に変化する周期信号に対しその周期よりわずかに長い周期で低 速にサンプリングする等価時間サンプリング方式が一般的である。Fig. 5-1-1 に等価サ ンプリング方式の原理を示す。まず、レーダ波の周期波形の繰り返し周期を T とした とき、通常は T よりはるかに狭いサンプリング周波数を選ぶが、サンプリング周期を
𝑇 + 𝛿𝑇とすれば、2回目のレーダ波の時刻𝛿𝑇の1ポイントがサンプリングできる。2回
目のサンプリングの時刻 は2𝑇 + 2𝛿𝑇となり、このとき周期 T の波形の 2𝛿𝑇 のタイミン グがサンプリングされる。同様に、𝑛回のサンプリングでは 𝑛𝛿𝑇 のタイミングがサン プリングでき、𝛿𝑇を極めて小さく取れば、高周波信号が n 回のパルスで等価的にサン プリングできる等価サンプリングの周期𝑇’を𝑇 + 𝛿𝑇とすれば、𝑛(= 𝑇/𝛿𝑇)パルスの繰り 返しで T 秒分のレーダ波をサンプリング周波数 𝛿𝑇 でサンプリングできる。このとき、
レーダ波形は 𝑛 倍に時間が拡大される。nを100000とすれば、GHz帯の信号がkHz帯 の信号になり、容易にサンプリングできる。
34
そこでシミュレーションを用いて等価サンプリングを原理的に行なうことが可能で あるか検証した。Fig. 5-1-2(a)は赤線の 200MHz の送信パルス列とそれと青線の少しず れた周波数 200.4 MHz の相関用パルス列を生成したものである。これは原理より𝑇 = 5 ns,𝑇’ = 5 − 0.01 ns = 4.99 nsである。Fig. 5-1-2(b)は赤線の送信パルスより受信された 受信パルス列と、相関用パルス列である。これは差分の周波数である 400 kHz の周期 で1波形分のポイントがカバーされ、500パルスで1波形を生成する。そのため、実際 には2.5 μsの波形であるがその一部を表示している。次に、Fig. 5-1-2(c)は(b)の2つの波 形をミキシングした後の波形であり、この波形は𝑛 = 500であるので 5 ns の波形が 2.5 μsに引き延ばされて取得されている。Fig. 5-1-2(d)では実際の5 nsの受信波形とサン プリング後の波形を重ねたものであり、GHz帯の信号を kHz 帯でサンプリングするこ とが可能であることが確認された。
Fig. 5-1-1 等価サンプリング方式のパルスレーダシステム 送信パルス列
受信パルス列 相関用パルス列
低周波成分抽出 ミキシング結果
低速度でのサンプリング
3δT 4δT 2δT
δT 5δT
送信パルスの周期より少し長い
波形の掛け算
積分処理
T 2T 3T 4T 5T
35
(a)
(b)
(c)
(d)
Fig. 5-1-2 等価サンプリングシミュレーション結果
36 5-2 開発システム
次に、Fig. 5-2-1に実際に開発したパルスレーダシステムの概要を示す。
レーダパルスの繰り返し 周期は空間的なエイリアシングを 起こさないよう、実験環境 において計測される不要反射波のうち最も遅い到達時間より長く設定する必要がある。
本システムではアンテナをコンクリートに極めて近づけるため空中への不要放射が 抑 えられ、損失性媒質であるコンクリート内部(伝搬速度 10 cm/ns)を計測対象とするため、
5 ns(200 MHz)を繰り返し周期とした。パルス発生装置は 2 GHz までの繰り返し周波 数でパルス幅 0.1 nsの矩形パルスを生成可能な EPG-210を用いた。これをFig. 5-2-2に 示す。
Fig. 5-2-1 パルスレーダシステム概要 パルス
発生器
AD変換
PRF2 :
199.999MHz パルス 発生器
5ns+δ PRF1:200MHz
Tx
Rx
5ns 5ns
ns ns
ns
-40dB 26dB
-8dB OCXO
サンプリングトリガー: 1 kHz
10 MHz
LPF fc:1.9MHz
ms ms
Clock generator
サンプリングクロック: 250 kHz
Att -10dB
22dB
0.3V
Att -10dB 22dB
PC
Amp.
Amp.
Amp.
150kHz
Fig. 5-2-2 パルスジェネレータ
37
また、生成パルスの周波数特性をスペクトルアナライザで計測したものを Fig. 5-2-3 に示す。スペクトルアナライザの設定はスパン199.95 MHz~200.05 MHzである。また、
IFを100 Hzとした。図より200 MHzに鋭いピークが確認できる。
生成されたパルスは送信アンプであるミニサーキット社のワイドバンドアンプ
ZVA-183-s(Fig. 5-2-4) 送受信アンテナ、受信アンプであるミニサーキット社の低ノイズアン
プZX60-83LN12+(Fig. 5-2-6)通過後、GHz 帯レーダ波形が等価サンプリングされる。
Fig. 5-2-3 送信用パルス波周波数特性 0
-60
-80
-100 -40 -20
Power [dBm]
Fig. 5-2-4 送信用アンプ Fig. 5-2-5 アンプ特性 (データシートより引用)
38
等価サンプリングは、繰り返し周波数199.999 MHz のサンプリングパルスを用いる。
これをFig. 5-2-4同様スペクトルアナライザで周波数特性を計測しFig. 5-2-8に示す。
図より 199.999 MHz にピークが確認できる。また、サンプリングパルスは送信パルス
と同形の矩形パルスで繰り返し周期が1 ms 長い。
サンプリングパルスとレーダ波形をミキサ(Fig. 5-2-9)によりミキシングし、低周波成
分を1.9 MHz をカットオフとするローパスフィルタ(Fig. 5-2-11)により取り出したのち、
AD 変換することで実現する。
Fig. 5-2-6 受信用アンプ Fig. 5-2-7 受信用アンプ特性 (データシートより引用)
Fig. 5-2-8 相関用パルス波周波数特性 0
-60
-80
-100 -40 -20
Power [dBm]
39
送信パルスはアンテナによりレーダ信号として受信された後,繰り返し周波数
199.999 MHz のサンプリングパルス(送信パルスと同形の矩形パルスで繰り返し周期
が 25 fs 長い)と波形の乗算(ミキシング)を行い、低周波成分を取り出す。回目のサ ンプリングパルスではレーダパルスに対し遅れるため、パルスにより 1 周期分 (5 ns) の レーダ波形が周期に引き伸ばされて生成される。本システムでは計測対象が損失性媒 質であるコンクリートであるため、可探距離を極めて短くでき、レーダパルスの繰り 返し周期を5 ns (周波数200 MHz) 程度に高速化させることで、従来のレーダに比べパ ルス繰り返し数を増加させ、SN 比を向上させた。また、低周波化により白色雑音電力 に比例する信号帯域幅も低下できる。AD 変換器は 12 bit であり、標本化周波数は 150 kHz であるため、1 波形は 150 ポイントで構成される。
ここで、AD 変換時の量子化 bit 数は 12 bit、サンプリング周波数は 150 kHz とした。
サンプリングパルスとレーダパルスの周波数差が 1 kHz であるため、5 ns の繰り返し周 期のレーダ波形が 1 ms の繰り返し周期に引き伸ばされてサンプリングされることにな る。このとき、1 波形を生成するには 200,000 個のレーダパルスが用いられており、レ ーダ波形の振幅が LPF の効果により積分され低周波化される。
Fig. 5-2-9 受信用 LPF
Fig. 5-2-10 受信用 LPF 特性 (データシートより引用)
Fig. 5-2-11 等価サンプリング用ミキサ
40
5-3 レーダのインパルス応答とダイナミックレンジ
Fig. 5-3-1に本システムの完成図を示す。また、Fig. 5-3-2に本システムにおいて、送
受信アンプ間に 40 dB の減衰器を直結させた応答特性を示す。図はレーダシステムの インパルスパルス応答からヒルベルト変換により複素レーダ波形を得た後、絶対値を 取った包絡線波形であり、横軸は 1 ms を 5 ns に換算している。パルス幅は 0.25 ns で あり、65 mV 程度のピーク電圧が計測された。
Fig. 5-3-1 レーダシステム全体図
Fig. 5-3-2 レーダインパルス応答
41
Fig. 5-3-3にインパルス応答の周波数特性を示す。この特性は 1 ms の繰り返しパルス
を 4 秒間計測し、4000 波形を同期加算することにより取得した。 帯域幅は 0.5~4 GHz 程度であり、RC レーダの信号帯域として一般に用いられる数 GHz の帯域をカバーし ている。また、信号レベルは−46 dBV であり、ダイナミックレンジの上限となる、ミ キサの飽和限界は−42 dBV であった。 また、本システムのダイナミックレンジの下限 は AD 変換器の白色雑音で決まり、現状の AD 変換器(Contec 社、AI-1204Z-PCI)で
は、−132 dBV が白色雑音レベルと考えられる。 送受信アンテナを介した場合、アン
テナの結合ロスや伝搬による減衰により、かぶり 4 cm の鉄筋の反射波は40 dB程度の 減衰を受けるため、鉄筋の反射波として 90 dB の SN 比が得られることがわかる。今 後、ミキサ後のローパスフィルタを 100 kHz 程度とし、AD 変換器をより低雑音にする ことにより20 dB程度の SN 比向上は可能である。
一般に、等価サンプリングシステムのノイズ源は AD 変換器のノイズに加え、パル
ス発生器に入力する 200 MHz のクロック信号のジッタ―が影響する。特に、本システ ムではレーダパルスクロックとサンプリングパルスクロックは周期差が 25 fs と極めて 小さく、当初、予定していた PLL 回路を用いたクロック生成ではジッタ―が 25 fs に比 べて極めて大きかったため、タイミング誤差が繰り返し周期に蓄積され、レーダ波形 の繰り返し周期が大きくゆらぐなど安定したレーダ波形の取得は困難であった。そこ で、Fig. 5-3-4に示した1 kHz の周波数差を持ちつつ、90 fs 程度の超低ジッタを有する シリコンラボ社のクロックジェネレータ SI5340IC を用いてクロック生成することで高 速、高ダイナミックレンジなレーダシステムを実現した。
Fig. 5-3-3 パルス波形の周波数特性
42
Fig. 5-3-4 クロックジェネレータ