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マウス血管に対する AGP の弛緩応答

第 4 章  AGP の循環系に及ぼす生理作用

第3節  マウス血管に対する AGP の弛緩応答

 以前,AGP が赤血球膜表面に結合していることが報告されている44).すなわち,

AGP は赤血球膜表面に結合することによって,毛細血管を通過するときは潤滑油の役 目をし,さらに膜を安定化させ,AGP 自ら酸化されることで外敵から赤血球を守って いる可能性が示唆された.また,これらの作用に対してシアル酸の影響はなく,糖鎖の ない HSA が AGP よりは弱いものの赤血球保護作用が認められたことから,AGP のペ プチド部分がこのような作用を示している可能性が推察される.

Phe 0.1 µM AGP

7.5 µM 25 µM 75 µM

0.1 g 10 min A

B

Relaxation to AGP (%)

AGP (µM)

100 10

1 10

0 20 30

Fig. 21 Concentration-dependent relaxation with AGP

(A) Representative traces showing the AGP-induced relaxation at indicated concentrations in Phenylephrine (Phe) (0.1µM)-precontracted rings of mouse aorta. Horizontal open and closed bars indicate application of AGP and Phe, respectively. (B) Average concentration-relaxation curves to AGP from experiments as depicted in (A). The relaxations are expressed in per cent of the maximal Phe-induced contraction prior to application of AGP.

Each point represents mean±S.E.M., n=5-26.

ゼ C,筋小胞体のカルシウム放出チャンネル及びカルシウムポンプがリン酸化されるこ とでカルシウム濃度が減少し,平滑筋の弛緩が生じる90).そこで,AGP の血管弛緩作 用が NO を介 して 起こ るか どう か検 討 す る ため に, NO 合 成阻 害剤 であ る NG-nitro-L-arginine methyl ester(L-NAME)前処理後の標本に対する AGP の影響 をみた.さらに,内皮細胞を除去した標本に対する影響も検討した.アセチルコリンは M1受容体を介して NO 合成酵素を活性化し血管を弛緩することが報告されている91). Fig. 22A,C に示すように,フェニレフリン誘導収縮をアセチルコリン(1µM)は弛緩 させたが,L-NAME(1mM)の前処理により報告通り抑制した.しかしながら,AGP の弛緩作用は L-NAME により抑制されなかった.データには示していないが,他の NO 合成阻害剤である NG-monomethyl-L-arginine(0.1mM)においてもアセチルコ リンの弛緩作用は抑制されたが,AGP の弛緩作用は影響されなかった.これらのこと から AGP の弛緩作用に NO は関与しないことが示唆された.また,Fig. 22B,C に示

AGP 75 µM

ACh 1 µM

ACh 1 µM

AGP 75 µM

ACh 1 µM AGP 75 µM

Phe 0.1 µM - Endothelium

B

Phe 0.1 µM

L-NAME 1mM

10 min

0.1 g 10 min

0.1 g A + Endothelium

30

20

10

0

Control L-NAME - Endothelium

Relaxation to AGP (%)

C

Fig. 22 Involvement of NO-dependent pathways in AGP-induced relaxation (A) Representative traces showing the acetylcholine (ACh)- or AGP-induced relaxation in Phe (0.1 µM)-precontracted rings of mouse aorta in the absence and presence of L-NAME (10 mM). (B) Representative traces showing the ACh- or AGP-induced relaxation in the Phe (0.1 µM)-precontracted rings of mouse aorta, of which the endothelium was removed. (C) Average relaxations to AGP (75 µM) in the Phe-precontracted aortic rings under control (open column), L-NAME-treated (hatched column) and endothelium-removed (dotted column) conditions from experiments as depicted in (A) and (B). Values (mean±S.E.M.) are expressed as per cent reversal of the maximal Phe-induced contraction prior to application of AGP.

すように,内皮細胞除去によりアセチルコリンの弛緩作用は抑制されたが,AGP の弛 緩作用への影響は認められず,内皮細胞の寄与はないことが示唆された.これらのこと から AGP の弛緩作用に内皮細胞由来の NO の関与はなく,直接平滑筋細胞に作用する ことが示唆された.

3-3 AGP による弛緩反応に及ぼす細胞外カルシウムの影響

 次に AGP の弛緩作用にカルシウムが依存するかどうか検討するために,カルシウム 濃度を通常の 1.5mM と高濃度の 10mM にした栄養液を作成し,両者における AGP の 作用を比較した.Fig. 23 に示すように,細胞外カルシウム濃度を10mM にすると,フェ ニレフリン誘導収縮に対する AGP の弛緩作用が 1.5mM のときより増大した.一方,

Fig. 23 Effect of increased extracellular Ca2+ on AGP-induced relaxation (A) Representative traces showing the ACh- or AGP-induced relaxation in Phe (0.1 µM)-precontracted aortic rings in control (2 mM) and high concentrations (10 mM) of extracellular Ca2+. (B) Average relaxations to AGP (75 µM) in the Phe-precontracted rings in control (open column) and high concentrations (hatched column) of extracellular Ca2+ from experiments as depicted in (A).

Values (mean±S.E.M.) are expressed as per cent reversal of the maximal Phe-induced contraction prior to application of AGP. *P < 0.001 vs. control.

AGP 75 µM

ACh 1 µM

Phe 0.1 µM ACh 1 µM

AGP 75 µM

10 mM Ca2+

80 60 40 20 0

Relaxation to AGP (%)

Control 10 mM Ca2+

A

B

*

アセチルコリンではまったく差異が認められなかった.データには示していないが,栄 養液,つまり細胞外のナトリウムをリチウムに変えて,1 価のカチオンの影響を検討し たが,AGP の弛緩作用に 1 価のカチオンは影響しないことが示唆された.

 第 3 章で述べたように,AGP の糖鎖に含まれるシアリルルイス X 残基は炎症中,白 血球と内皮細胞の接着におけるセレクチンリガンドとして重要な役割を果たしている.

また,セレクチンはアミノ末端に C 型レクチン様ドメインを有しており,シアリルルイ ス X のような内因性リガンドとカルシウム依存的に結合する61).実際,トロンビンに より活性化した血小板や内皮細胞の表面に発現した P-セレクチンのレクチン様ドメイ ンがカルシウムにより構造変化を受けることによって白血球の糖鎖を認識し 92),さら に,白血球や内皮細胞の L-セレクチンや E-セレクチンには P-セレクチンと同様なレク チン様ドメインにカルシウム結合サイトがあり,カルシウムの結合が細胞接着を活性化 することが報告されている93).つまり,カルシウムはセレクチンファミリーのすべて のメンバーでリガンド認識能を促進する.これらのことから,細胞外カルシウムがマウ ス大動脈表面の平滑筋細胞上の AGP 認識サイトに影響を与え,AGP の弛緩作用を促進 する可能性が示唆された.

3-4 AGP による弛緩反応に及ぼすヘパリンの影響

 ヘパリンはカルシウムに依存してセレクチンと結合し,シアリルルイス X 残基のセレ クチンへの結合を阻害することが知られている94,95).そこで,ヘパリンの前処理によっ て,フェニレフリン誘導収縮に対する AGP の弛緩作用に影響を与えるかどうか検討し た.Fig. 24 に示すように,ヘパリン(100unit/mL)は AGP の弛緩作用を抑制した.

また,アセチルコリンの弛緩作用には影響を与えなかった.ヘパリンはシアリルルイス X 残基を含むリガンドとセレクチンの結合を特異的に阻害し,急性炎症中腹腔内への好 中球の流入を減少させることが報告されているので94,95),今回の結果は,ヘパリンが 平滑筋細胞表面に発現したレクチン様ドメインと AGP のシアリルルイス X 残基との結 合を阻害した結果起こった可能性が考えられる.

3-5 高カリウム溶液誘導収縮に対する AGP の弛緩応答

 AGP の弛緩作用が前処理の方法によって変わるかどうか検討するために高濃度のカ リウム溶液で前処理を行い,フェニレフリンによる前処理のときと比較した.Fig. 25 に示すように,栄養液中のカリウムを通常の 5mM から 60mM まで増やした高カリウ ム溶液の方がフェニレフリンを前処理したときより AGP の弛緩作用の程度は小さかっ た.なお,細胞外カリウム濃度を増やすと平滑筋細胞膜が脱分極し,電位依存性カルシ ウムチャンネルが活性化されて開き,カルシウムが細胞内へ流入するため細胞内カルシ ウム濃度が上昇して収縮する96).すなわち,今回の結果から AGP の弛緩作用は電位依 存性カルシウムチャンネルよりむしろα1受容体の活性による収縮反応に対して効果が あることが示唆された.

Fig. 24 Effect of heparin on AGP-induced relaxation

(A) Representative traces showing the ACh- or AGP-induced relaxation in Phe (0.1 µM)-precontracted aortic rings in the absence and presence of heparin (100 unit/mL). (B) Average relaxations to AGP (75 µM) in the Phe-precontracted rings in the absence (open column) and in the presence (dotted column) of heparin from experiments as depicted in (A). Values (mean±S.E.M.) are expressed as per cent reversal of the maximal contraction prior to application of AGP. *P < 0.05 vs. control.

AGP 75 µM

ACh 1 µM

Phe 0.1 µM

Heparin AGP

75 µM ACh

1 µM

0.1 g 10 min

30

20

10

0

Relaxation to AGP (%)

Control Heparin

* A

B

 最近,唐木らは平滑筋細胞でα 1 受容体刺激による非選択的カチオンチャンネルが収 縮に関与することを示し,平滑筋細胞のα 1受容体活性化はイノシトール 3 リン酸依存 性のカルシウム放出と非選択的カチオンチャンネルを介したカルシウム流入によって,

細胞内カルシウム濃度の増加を導くことを報告した97).これらのことから,AGP の弛 緩作用はイノシトール3 リン酸依存性のカルシウム放出阻害,及び非選択的カチオンチャ ンネルの阻害,作用としては小さいが電位依存性カルシウムチャンネルの阻害によって 起こることが示唆された.

 また,第 3 章で AGP が fMLP による好中球の遊走や活性酸素種生成を抑制したが,

fMLP は G 蛋白質受容体を介してカルシウムチャンネルに影響を与え,細胞内カルシウ ム濃度を上昇させ,好中球を活性化させる報告もあり98),本章で得られた結果と考え

合わせると,AGP の好中球活性抑制にはカルシウムチャンネルの阻害も考えられる.

Phe 0.1 µM High K+ 60 mM

AGP 75 µM AGP 75 µM

0.1 g 10 min

30

20

10

0

Relaxation to AGP (%)

Control High K+

* A

B

Fig. 25 Relaxations to AGP in aortic rings precontracted with K+ solution (A) Representative traces showing the AGP-induced relaxation in Phe (0.1 µM)-and high K+ (60 mM)-precontracted aortic rings. (B) Average relaxation to AGP (75 µM) in the Phe-precontracted (open column) and high K+-precontracted (dotted column) rings from experiments as depicted in (A). Values (mean±S.E.M.) are expressed as per cent reversal of the maximal Phe- induced contraction prior to application of AGP. *P < 0.01 vs. control.

第4節 小括

 本章では,血液循環動態に対する AGP の影響を検討する目的で,AGP が赤血球の変 形能や膜安定化に作用を及ぼすかどうか検討し,さらに活性酸素種による赤血球破壊を 保護できるかどうか検討した.また,マウスから摘出した胸部大動脈の張力応答に対し AGP がどのように影響するか検討した.その結果,以下の知見が得られた.

1)AGP は赤血球の 5µm 幅のマイクロチャンネル通過時間を短縮し,浸透圧低下によ る溶血を抑制した.さらに,H2O2 による赤血球破壊を抑制した.これらのことから,

赤血球に対して AGP は変形能改善作用,膜安定化作用,抗酸化作用があることが示唆 された.一方,シアル酸にはまったくこのような作用はなく,糖鎖がない HSA におい て作用があったことから,AGP の赤血球保護効果にはペプチド部分が大きく関与して いる可能性が推察された.

2)AGP はマウス大動脈平滑筋細胞のレクチン様ドメインにカルシウム依存的に結合し,

血管拡張作用を示すことが示唆された.また,その作用機序として,イノシトール 3 リ ン酸依存性のカルシウム放出阻害,及び非選択的カチオンチャンネルの阻害,作用とし ては小さいが電位依存性カルシウムチャンネルの阻害が示唆された.

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