第5章 AGP の輸送蛋白としての機能評価
第2節 ヒト AGP variant に対する薬物の結合特性
塩基性薬物としてオーラミン O103)及びクロルプロマジン104)を,酸性薬物としてア セノクマリン105)を,ステロイドホルモンとしてプロゲステロン46)をそれぞれ用いた.
その構造を Fig. 26 に示し,限外濾過法により各薬物の非結合型薬物濃度を測定し,
Scatchard plot によって結合パラメータを算出した結果を Table 10 に示す.いずれの 薬物も AGP に結合することが明らかになった.次に AGP variant である A 体,F1*S 体を HPLC により分離・精製し,各薬物の AGP variant に対する結合性を評価したと ころ,オーラミン O,クロルプロマジン及びプロゲステロンは A 体,F1*S 体に同程度 結合した.興味深いことに,アセノクマリンは F1*S 体のみに特異的に結合した.これ らの結果から,アセノクマリン以外の 3 つの薬物については,各 variant に対してそれ ぞれ同様の結合サイトが存在することが示唆された.
Fig. 26 Chemical structures of compounds used in this study OH
O
CH
CH2COCH3
O
NO2
Acenocoumarin
CH3COCH3
H H H CH3
O
Progesterone
Auramine O Chlorpromazine
N Cl
CH2CH2CH2N(CH3)2
S (CH3)2N
C NH2+
N(CH3)2
Cl-Table 10 Binding parameters to commercial AGP and F1*S and A variants
Ligand
Commercial AGP F1*S variant A variant
Auramine O
Progesterone Chlorpromazine Acenocoumarin
a) ; not determined. b) ; Pharmcogenetics,6:403-415 (1996).
1.0±0.2
3.5±0.1 23.2±5.7 1.6±0.2 1.0
1.1 1.3 1.2
n K (x105M-1)
1.0±0.1
2.6±0.2 13.5±1.7b)
b) a)
0.9
0.9 0.9
n K (x105M-1)
a)
1.0±0.1
2.4±0.2 1.8±0.1 27.0±2.3b)
b)
0.8
0.7
n K (x105M-1)
1.2 0.9
2-2 ヒト AGP variant に結合した蛍光プローブ・オーラミン O に対する各種薬物の 影響
前項で用いた 4 種の薬物のリガンド相互作用様式について検討を行うために、オーラ ミン O に対する置換実験を限外濾過法を用いて行った(Fig. 27).クロルプロマジン 及びアセノクマリンはオーラミン O の AGP 結合性を低下させた.しかしながら,プロ ゲステロンはオーラミン O の結合性にまったく影響を与えなかった.この結果から,
ヒト AGP 分子上におけるクロルプロマジンとアセノクマリンは,オーラミン O の結合 サイトに,完全にあるいは一部オーバーラップして結合することが示唆された.
B
B
B
B J
J
J
H H H
Binding as %initial
[Ligand] / [AGP]
0 20 40 60 80 100 120
0 1 2 3
Fig. 27 Effects of drugs on the free fraction of auramine O bound to human AGP The following concentrations were used: AGP, 10 µM, auramin O, 10 µM and dugs, 10-30 µM. B, chlorpromazine; J, acenocoumarin; H, progesterone.
次に,結合サイトの識別において有用で簡便な方法である蛍光スペクトル法を用いて,
薬物結合サイトの識別を試みた.すなわち,AGP の塩基性蛍光プローブであるオーラ ミン O に対する置換実験を行った.Fig. 28 には、各 variant におけるクロルプロマジ ン,アセノクマリン,プロゲステロンの置換実験の結果を示した.A 体、F1*S 体にお いて,クロルプロマジンは AGP-オーラミン O の蛍光を同程度消光させた.Table 10 より,アセノクマリンは F1*S 体にのみ結合することが分かっている.実際,アセノク マリンは AGP-オーラミン O の蛍光を F1*S 体のみ消光させた.興味深いことに,プロ ゲステロンは A 体において AGP-オーラミン O の蛍光を消光させたが,市販の AGP 及 び F1*S 体は AGP-オーラミン O の蛍光を増大させた.これら variant に結合したオー ラミン O の蛍光に及ぼすプロゲステロンのこの効果は,異なる結合様式によるものだ ろう.すなわち,プロゲステロンは F1*S 体においてオーラミン O と競合結合するが,
A 体ではオーラミン O と独立して結合し,オーラミン O の蛍光特性に何らかの影響を
与える位置に結合しているものと考えられる.
以上のことから,市販の AGP に結合したオーラミン O の蛍光変化は F1*S 体,A 体 の両者,または片方に結合したオーラミン O の蛍光変化とほとんど同じだった.すな わち,各 variant の分離にコストと時間がかかることを考え合わせると,AGP 分子上の 結合サイトの簡便な分類には第 5 章第 1 節での仮説通り,市販の AGP で十分である.
Fig. 28 Effects of drugs on the fluorescence of auramine O bound to human AGP variants The following concentrations were used: AGP, 3 µM, auramin O, 3 µM and dugs, 1-9 µM.
B, commercial AGP; J, F1*S variant; H, A variant.
Fluorescence as % initial
B B
BB
B B B
B B B J
JJ
J J J JJ J J H
HH
H H H
H H HH 0
20 40 60 80 100 120
0 1 2 3
Chlorpromazine
B
B B B BB B B B B J
J J
J J J JJ J J H H H H H H H H H H
0 20 40 60 80 100 120
0 1 2 3
[Ligand] / [AGP]
Acenocoumarin
B B
B BB B BB BB
J JJ
JJJJ JJ J
H H H H H H H H H H 0
50 100 150 200 250 300
0 1 2 3
Progesterone
2-3 ヒト AGP に対する薬物の結合様式
複数の薬物が蛋白質に結合するとき,薬物と結合した蛋白質の構造変化や薬物間の静 電的相互作用が起こるか,あるいは同一もしくは一部重なり合っているリガンド結合領 域へ両薬物が結合すれば,薬物の結合性は変化することがある.薬物 A,B が蛋白質と 共存するときの結合定数の変化は,Kragh-Hansen らが用いた競合結合の理論曲線に より解析することができる106).すなわち,AGP 分子上でのプローブ及び薬物の結合様 式は,以下に示す式から得られる理論曲線にフィッティングさせることにより考察でき る.そこで,これらの位置関係などを明らかにするために,競合理論曲線による検討を 試みた.
rA = KA・[Af]
1+KA・[Af]+KB・[Bf] rB = KB・[Bf]
1+KB・[Bf]+KA・[Af]
ここで,rA,rB はそれぞれ薬物 A,B の蛋白一分子当たりに結合するモル数,KA,KB
は薬物 A,B の結合定数,Af,Bfは薬物 A,B の遊離薬物濃度を示している.Fig. 29 にこれらの方法に基づいて解析した結果の一例を示す.Fig. 29A に,オーラミン O に 対するクロルプロマジンの相互作用様式を示し,Fig. 29B にプロゲステロンの相互作用 様式を示す.図中の実線は、相互作用様式において競合を仮定したときの理論曲線を示 す。クロルプロマジン存在下におけるオーラミン O の結合性は,クロルプロマジンと オーラミン O の競合置換を仮定した理論曲線によく一致していることから、AGP 分子 上のオーラミン O とクロルプロマジンの結合サイトは,完全にあるいは一部オーバー ラップしており,一方プロゲステロンにおいてはオーラミン O の結合性に全く影響を 与えていないことから,異なった結合サイトに互いに独立して結合している可能性がさ らに強く示唆された。
r Auramine O
[Auramine O] free (μM) 0
0.2 0.4 0.6 0.8
0 1 2 3
(A)
[Auramine O] free (μM) 0
0.2 0.4 0.6 0.8
0 1 2 3
(B)
Fig. 29 The binding of auramine O to human AGP in the presence of chlorpromazine (A) and progesterone (B)
(---): Theoretical curve, assuming the independent binding of 2 ligands, as deduced from binding parameters. (—): Theoretical curves, assuming competitive binding of 2 ligands.
Table 11 に他のリガンドの相互作用様式について,Kragh-Hansen モデルに従い解 析した結果を示す.AGP 分子上でオーラミン O-クロルプロマジン,オーラミン O-ア セノクマリン,クロルプロマジン-アセノクマリン,クロルプロマジン-プロゲステロン,
アセノクマリン-プロゲステロンは互いに競合置換し,同一あるいは一部オーバーラッ プした位置で結合していることが示唆された.しかしながら,オーラミン O とプロゲ ステロンは独立してそれぞれ結合することが示唆された.
以上の結果から Fig. 30 に示すように,オーラミン O-クロルプロマジン,オーラミ ン O-アセノクマリン,クロルプロマジン-アセノクマリン,クロルプロマジン-プロゲ ステロン,アセノクマリン-プロゲステロンは Tillement が提唱した 1 つの結合サイト で競合するという仮説 102)に一致するものと考えられる.しかしながら,オーラミン O とプロゲステロンは独立した2つの結合サイトにそれぞれ結合するか,もしくは 1 つの
結合サイトに 2 つのリガンドが独立して結合する可能性が示唆された.
○; competitive displacement, ●; co-binding.
Table 11 Binding patterns of the ligand - ligand interaction to human AGP as assumed from the theoretical curve
Human Complex
Auramine O - Chlorpromazine Auramine O - Acenocoumarin Auramine O - Progesterone Chlorpromazine - Acenocoumarin Chlorpromazine - Progesterone Acenocoumarin - Progesterone
Fig. 30 Proposed drug binding site on human AGP variants
AO : auramine O, CPZ : chlorpromazine, AC : acenocoumarin, PG : progesterone.
AO-CPZ, AO-AC, CPZ-AC, CPZ-PG, AC-PG system
Competitive displacement AGP
L L
AO-PG system
co -Binding AGP
L
L AGP
L L
or
L:Ligand