第 9 章 ファミリネスおよびトップの役割とアントレプレナー的
1. 分析結果の総括
本論文は、これまでほとんど分析対象とされてこなかった日本のファミリービジネスに おけるコーポレート・アントレプレナーシップに注目し、戦略的アントレプレナーシップ の視点から、コーポレート・アントレプレナーシップに影響を与える諸要因とそれら要因 間の関係ならびにそれら要因間になぜ関係が生じるのかというプロセスについて、実証分 析を行った。構成概念の尺度がない要因については、先行研究の知見に基づき質問項目を 作成し、分析を行って尺度を作成した。構成概念の尺度がある要因については、先行研究 の構成概念の尺度が日本のファミリービジネスにあてはまる尺度であるか否かが不明のた め、探索的に分析を行い、尺度を作成した。そして、日本のファミリービジネスにおける コーポレート・アントレプレナーシップに各要因がどのような影響を与え、どの要因がコ ーポレート・アントレプレナーシップの取組みに重要であるかについて実証分析を行い、
そこで得られた分析結果を先行研究と比較した。
第 1 章で本研究の目的を提示し、第 2 章でリサーチ・クエスチョンとリサーチ戦略を提 示し、第 3章でファミリービジネスの先行研究について、第 4章でコーポレート・アント レプレナーシップの先行研究について、第 5 章で戦略的アントレプレナーシップの先行研 究についてレビューを行った。その上で、これらの先行研究からコーポレート・アントレ プレナーシップに影響を与える諸要因を決定し、諸要因からなるプロセスの分析枠組みを 構築し、提示した。提示した分析枠組みは、図5.2の通りである。
図5.2 ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップの
分析枠組み
ファミリネスを 含む経営資源
ア ン ト レ プ レ ナ ー 的 オ リ エ ン テ ー ション
ア ン ト レ プ レ ナ ー 的 パ フ ォ ー マ ン 組織要因 ス
戦 略 的 プ ラ ン ニング アントレプ
レナー的マ インドセッ ト
ト ッ プ の役割
第 6 章では、第7 章以降の章で具体的な実証分析に入る前に、インタビュー調査の事例 としたファミリービジネス7社の特徴と、質問票調査の分析対象であるファミリービジネ ス112社のデータを分析し、全体的な傾向やファミリービジネスの概要や、社内のアントレ プレナーシップ活動の取組みの概要等について整理し、その特徴を記述した。
その結果、ファミリービジネスが企業として目指すゴールは、第1に顧客満足、ついで 利益の確保、事業承継と事業の継続であった。ファミリービジネスがどのようなアントレ プレナーシップ活動に実際に取組んだかについては、既存事業のイノベーションを中心に した機会の発見が主に行われ、既存事業も枠から大幅にはずれることのない持続的イノベ ーションが中心に行われていることが明確となった。
機会を発見するアントレプレナー、発見した機会に意味づけし事業・ビジネスとして実 施するためのトップ・マネジメント、現場においてその事業をコントロールするミドル・
マネジメントという役割を、組織において誰が担っているのかという質問については、112 社中78社において、オーナー経営者自らがトップであり、アントレプレナーであり、さら にミドルの役割を担っていることがわかった。
ファミリービジネスとしての持続的競争力の獲得と保持に、自社として必要なものは何 かという質問への結果は、伝統を守ると同時に、新しい挑戦や革新を行わなければならな いが、革新を行う上で本業からはずれない事業を行うことが重要視されていることが明確 となった。
質問票調査の結果から、日本のファミリービジネスでは、破壊的イノベーションや従業 員などの組織メンバーによるボトムアップによる自律的戦略行動や、創発戦略からなるイ ノベーションではなく、トップ・ダウンによる意図した戦略行動による持続的イノベーシ ョンが中心となっている傾向が高いことがわかった。コーポレート・アントレプレナーシ ップに取組む際も、トップがアントレプレナーであり、そこで発見された機会により、コ ーポレート・アントレプレナーシップに取組んでいることから、誘発された戦略プロセス からなる機会探求行動や優位性探求行動を行っている傾向が高かった。既存事業を重要視 する傾向が高いことから、既存事業の価値を損なうことなく、伝統を守りつつ現行製品や 現行サービスを改良し、市場環境の変化や顧客の嗜好に合わせていくには、持続的イノベ ーションが適していると考えられる。
第 7 章では、アントレプレナー的マインドセットがアントレプレナー的パフォーマンス に与える影響について実証分析を行った。アントレプレナー的マインドセットを構成する 要素としては、変化への意思と意思決定包括性の2 つが発見された。これらの 2つの要素 がアントレプレナー的パフォーマンスに与える影響を分析し、変化への意思はアントレプ レナー的パフォーマンスの向上に正の影響を与えるが、意思決定包括性は負の影響を与え ることを発見した。
欧米のファミリービジネスを対象とした先行研究では、変化への意思と意思決定包括性 の双方とも正の影響を与えていた。欧米の先行研究では、ファミリーの関与が高く、経営
に関与するメンバーが増えるほど、組織に蓄積される知識や経験が増え、情報収集能力が 向上し、様々な視点で物事を捉えることができるようになるため、イノベーションやパフ ォーマンスの向上にプラスの影響を与えるとされる。欧米での先行研究と異なる結果が出 た理由としては、ファミリー・ガバナンスの相違が考えられる。欧米のファミリービジネ スでは、企業として長期に存続すれば数十人、多いと百人単位で株主が存在する(後藤, 2012e)。しかし、日本のファミリービジネスでは、欧米のファミリービジネスと異なり、ほ とんどのファミリービジネスにおいて株主の数が少ない。第 6 章に提示した株主や取締役 の概要を見ても、ファミリーメンバーがファミリービジネスに関与するのは、4~5 人程度 である。そのため、欧米のようにファミリーミーティングを開催してファミリーメンバー の対立を回避したり、何十人という株主によりコミュニケーションを深め(後藤, 2012e)、包 括的に意思決定を行おうとする傾向が低いと推測される。さらに包括的に意思決定を行う には、様々なコストが発生するが、第 6 章の意思決定プロセスにおけるファミリーの関与 の概要では、所有と経営が一致するオーナー経営者の意思決定に一任したり、その決定に 依存する傾向が高いことから、包括的な意思決定にコストをかけるより、オーナー経営者 の意思決定を尊重するか、もしくは依存するというファミリービジネスが多いとみられる。
また、日本のファミリービジネスでは、欧米ほど数多くのファミリーメンバーがビジネス に関与しておらず、メンバー間での意思疎通を事前に行う必要性が欧米より低いため、フ ァミリーメンバーの意思や意向をまとめるためにコストをかける必要性が低い思われる。
日本のファミリービジネスでは、株主や取締役であっても、実際に経営に携わっていない ファミリーメンバーもいるため、これらのメンバーの意思や意見を包括的に捉える必要が、
欧米ほどないと推測される。
さらに、アントレプレナー的マインドセットとアントレプレナー的パフォーマンスの関 係において、戦略的プランニングの媒介効果について分析した。その結果、戦略的プラン ニングは、変化への意思とアントレプレナー的パフォーマンスの間を媒介することが示さ れた。これは、日本のファミリービジネスでは、欧米よりも既存事業を重視する傾向が強 い可能性があり、事業存続、組織の存続のため、絶えず変化を求め、それを組織の戦略と して検討しているためと推測される。また、日本のファミリービジネスにおけるコーポレ ート・アントレプレナーシップでは、変化への意思を、戦略的プランニングにより組織が ゴールやビジョンに取り入れ、ファミリーメンバーと従業員を含む組織メンバーに認識さ せて、組織メンバーがコーポレート・アントレプレナーシップに積極的に参加するように し、組織が存続するための変化をファミリービジネスとして組織も組織メンバーも受け入 れていると推測される。
第 8 章では、アントレプレナー的オリエンテーションとアントレプレナー的パフォーマ ンスの関係について実証分析を行った。アントレプレナー的オリエンテーションを構成す る要素としては、革新性、競争上の積極性、先進性およびリスクテーキングの 4 つが発見 された。競争上の積極性以外の 3 要素は、アントレプレナー的パフォーマンスに正の影響
を与えることが確認された。革新性、先進性およびリスクテーキングは、信頼性や妥当性 が確認されているCovin & Slevin (1989)の3つの尺度と同じであり、オリジナル尺度と同じ 因子が発見されたことで、日本のファミリービジネスの組織のアントレプレナー的行動を 測る尺度として、この3つの因子が有効であることが明らかになった。
欧米の先行研究では、ファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシ ップのパフォーマンスの向上に影響を与える因子として、革新性と先進性がより重要視さ れ、リスクテーキングはあまり重要ではないとされていた。しかし、本論文の結果では、
革新性が最も重要であり、先進性だけでなくリスクテーキングも重要であることが示され た。質問票調査の結果、既存事業や既存組織を維持し存続してきた日本のファミリービジ ネスでは、イノベーションにおいても既存事業や現行製品や現行サービスの改善や改良を 中心とした持続的イノベーションが主に行われ、新製品や新サービスの投入についても、
リスクをコントロールしつつ段階的にイノベーションを行うことを好む傾向が高いと推測 されることから、リスクテーキングに対して慎重であり、これが重要な因子とされたと思 われる。
日本のファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレナーシップでは、欧米 の先行研究と同じく、革新性が最もアントレプレナー的パフォーマンスに正の影響を与え るが、リスクテーキングも正の影響を与えることから、発見した機会に対して保有する資 源が無駄に使用されず、不適切な配分が行われることがないよう慎重に配慮し、十分に時 間をかけて情報を収集した上でリスクテーキングを行っていると推測される。そして本業 を重視し、既存事業に対しイノベーションや新規事業への取組みに関する事業リスクを回 避し(後藤, 2012b)、イノベーションや新規事業への取組みが既存事業に負の影響や損害を与 えないことを重要視し、その上でリスクを取るだけでなく、リスクをコントロールし軽減 させるよう積極的に対応していると推測される(嶋田, 2013)。
日本のファミリービジネスにおけるコーポレート・アントレプレーシップでは、競争上 の積極性がアントレプレナー的パフォーマンスに影響を与えないことから、地域に根差し たファミリービジネスでは、他社と積極的に競争するより地域の協働により発展し、顧客 満足を得て存続していくという組織的なアントレプレナー的行動が強いと推測される。地 域を支え、単独で生き残るより他の企業とともに協働し、互いの強みを相乗的に発揮して 弱みを補完しあい、地域の共有資産を構築し、ネットワークを広げて、それぞれのファミ リービジネスが発展しているためであり(池澤, 2011)、地域や他企業との共存共栄を図るこ とが重要である。しかし、長期に存続している老舗も多く、これらの老舗はファミリービ ジネスとして先行者優位を持っている可能性があり、先進性がアントレプレナー的パフォ ーマンスに正の影響を与えることから、これらのファミリービジネスでは、顧客のニーズ や変化を捉えて対応し、先行者優位の保持するために新しい機会の探索に努めていると推 測される。
第 9 章では、ファミリネスを含む経営資源の束および資源を適切に配分し利用するため