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ドイツの学校における言語教育に関連する諸政策の分析

ドキュメント内 untitled (ページ 100-139)

  本章では、ドイツの学校における言語教育に影響を与える政策について、欧州、連邦、

州といった行政レベルごとに論じていく。この際、専ら移民児童生徒を対象とする政策の みならず、より広い視野で言語教育政策の全体的な趨勢を捉え、必要とあればその背景に ある言語観をも検討の対象としたい。それにより、移民児童生徒の置かれた言語教育環境 の相対的な位置づけが明らかになるからである。

  本章の主題は、多言語社会における教育の方向性の現実を政策面から読み取ることにあ る。ここに登場する言語教育には、位相の異なる次の3種の教育が含まれている。

第一に、言語的少数者のためにのみ用意された言語教育である。母語ならびに多数者言 語をそれぞれ促進させるための特別な教育である。学校教育においては、一般に「母語の 授業」、「母語による授業」、「多数者言語の促進授業」の3種類の特別な措置が用意されて いる。「母語の授業」は、母語の習得を目的にした「母語を、

教える授業」である。これは、

母語の理解を促進するために必要となる文化、地理、歴史、宗教などの知識を学ぶ場にも なりうる。「母語による授業」とは、母語を同じくする子ども同士で編成された学級におい て、かれらの母語により通常の教科が教授される「母語で、

教える授業」である。「多数者言 語の促進授業」は、多数派言語で行われる通常授業への完全な参加を目標に、その言語能 力を強化するものである。

第二に、言語的多数者も含んでの(あるいは主として多数者に向けられた)二言語/多 言語教育である。従来の外国語教育の発展形であり、近年ではEUが推進する「複言語主 義」に基づく言語教育ともなっている。この意味での言語教育は複数の方向からの影響を 受けて発展しており、移民児童生徒にとってその発展は、時に追い風となり、時に逆風と なっている。

第三に、社会における、あるいはより身近に教室における言語的多様性に配慮した言語 教育である。通常授業に追加的な枠組みで行われる促進授業や、新たな科目編成によって 構成される多言語教育ではなく、旧来の授業の枠内で教育内容や教育方法を刷新するもの である。ドイツの場合でいえば、通常学級を担任する教師が教員養成課程ないし継続教育 において「第二言語としてのドイツ語」を履修したり、通常授業に母語教員がティームテ ィーチングの形態で参加して多言語への気づきを児童に促したりするといった体系や実践 がこれに該当する。

以上のように、言語教育の対象および目的はさまざまにあるが、近年のドイツでは総体 として言語教育の重要性に対する認識の高まりを見ることができる。その背景については、

バウシュら(2006)による次の整理が参考になる176

176 バウシュ,K. R./ヘルビヒ=ロイター,B.(オッテン,E./ショアマン,R.協力)(杉 谷眞佐子訳・注)(2006)「複数外国語教育を統合的に推進するための考察――学校教育に おける外国語学習促進へ向けての14テーゼ」関西大学外国語教育研究機構『外国語教育研 究』第12号、p.72

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・  文部大臣会議『外国語教育の基本構想に関する考察』(1994)に基づく外国語の提供を柔 軟にする方法や個別化が可能になったこと

・  「外国語学習の早期開始」の構想に基づく初等教育段階での第一外国語教育の開始

・  拘束力を持つ国際的な評価基準(欧州共通参照枠など)を使用して能力を評価する体制 が進んできたこと

・  明確に提示された(全国共通の)「教育スタンダード」やコア・カリキュラムをめぐる活 発な諸議論、その策定や定期的に実施される学力調査による学力水準維持への努力

・  実科目授業での外国語学習の広がり(二言語使用による教科学習や授業言語に外国語を 使用する方法など)、及び、一人一人が自主的に外国語を学習する機会が増加したこと

・  学校全体における出自言語の語種の多様化及び増加

  これらの傾向をより詳しく説明し、その中で移民児童生徒に関連する言語教育政策はど のように拡充(あるいは縮小)されているかを確認したい。

3-1  国際的な観点における言語関連政策の分析

  ヨーロッパにおいて、国家と言語と教育とは、歴史的にも政治的にも複雑に絡み合い、

力を及ぼし合っている。

3-1-1  欧州評議会の言語関連政策

  欧州評議会177(Europarat, Council of Europe)は、「人権、民主主義、法の支配」という共 通の価値の実現に向けた加盟国間の協調の拡大を目的として、1949年に設立された。設立 間もない1950年には、欧州人権条約(正式名は「人権及び基本的自由の保護のための条約」

Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms)178を成立させ、世界 人権宣言の自由権の保障を確保するための最初の枠組みを形成した。同条約が示した、世 界人権宣言の理念の具象化は、後に国際人権規約の制定等へ継承されていくことになる。

また、同条約についての第一議定書(1952年3月20日署名、1954年5月18日発効)では、

第2条に教育についての権利が記されている。

第2条  何人も、教育についての権利を否定されない。国は、教育及び教授に関連して負う

177 加盟国は、フランス、イタリア、英国、ベルギー、オランダ、スウェーデン、デンマー ク、ノルウェー、アイルランド、ルクセンブルク(以上原加盟国)、ギリシャ、トルコ(1949)、

アイスランド(50)、ドイツ(51)、オーストリア(56)、キプロス(61)、スイス(63)、マ ルタ(65)、ポルトガル(76)、スペイン(77)、リヒテンシュタイン(78)、サンマリノ(88)、

フィンランド(89)、ハンガリー(90)、ポーランド(91)、ブルガリア(92)、エストニア、

リトアニア、スロベニア、チェコ、スロバキア、ルーマニア(93)、アンドラ(94)、ラト ビア、モルドバ、アルバニア、ウクライナ、マケドニア(95)、ロシア、クロアチア(96)、

グルジア(99)、アルメニア、アゼルバイジャン(2001)、ボスニア・ヘルツェゴビナ(2002)、

セルビア(2003)、モナコ(2004)の計46カ国

178 1950年11月4日ローマにて調印、1953年9月3日発効

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いかなる任務の行使においても、自己の宗教的及び哲学的信念に適合する教育及び教授を確 保する父母の権利を尊重しなければならない。

(田畑茂二郎ほか編『国際人権条約・宣言集』東信堂、1994年、p. 357)

1954年に採択された「欧州文化協定」179では、欧州文化の保護とその発展を促進するた め共同行動の政策を取ることが目的に掲げられ、言語学習に関連する内容については第 2 条で次のように述べられている(英語版より筆者訳)。

第2条  各加盟国180は、可能な限り、

a.  自国民が他の加盟国の言語、歴史、文明を学ぶことを奨励し、それら他の加盟国に対し て、領土内でそうした学習を推進するための場所を供与するべきであり、

b.  他の加盟国の領土内における自国の言語、歴史、文明の学習の推進に努め、それらの国 の国民に対して、自国でそうした学習を続けるための場所を供与するべきである。

この条文の精神に則って、言語教育の分野での欧州評議会の活動が進展してきた。1961 年4月、第二回ヨーロッパ教育相会議では、「(諸言語を知ること)は、個々の欧州人にと ってもヨーロッパ全体にとっても、国際協力や我々の共通遺産の保護と発展のために欠か すことができない」とされた181

  1998年3月、欧州評議会の閣僚委員会(Committee of Ministers)182は「言語習得とヨー ロッパ市民権」計画を採択し、加盟国に21世紀の言語政策の発展と実行のための方向付け を提案した。この計画の具体化に向けて、「言語の多様化」についての勧告183が出され、「ヨ ーロッパの言語的多様性は豊かな文化遺産を構成しており、これを保全、擁護していかな くてはならない」と明言された。

  これらの一貫した思想、すなわちヨーロッパの言語的多様性は保護・促進すべき欧州共 通の文化遺産の一つであり、諸言語の教育は相互理解やヨーロッパ文化の発展に寄与する という理解が、近年は条約や憲章というより積極的な形で表れている。

179 European Cultural Convention, CETS No.018(1954年12月19日採択、1955年5月5日発 効)

180 加盟国と訳出した原語はcontracting party(契約当事者)

181 ジオルダン(2004)、p.65

182 欧州評議会の意思決定機関。加盟国外相で構成され、年1回会合(閣僚級、非公開)

を開催。条約や協定、勧告の採択、予算承認等を行い、下部機関として各種運営委員 会・専門家会合を設置(外務省HPより)。

183 欧州評議会議員会議勧告1383号(1998年9月23日採択)。議員会議(Parliamentary

Assembly)とは加盟各国の国会議員で構成(議席数は人口・GNP比で決められ、各国2

〜18議席)される機関。議員及び予備議員各315名、総計630名。会派は社会主義グ ループ(SOC)、欧州人民党グループ(EPP/CD)、欧州自由民主同盟(ALDE)、欧州 民主主義グループ(EDG)、欧州統一左派(UEL)(勢力順)の5つ。年4回の本会議 開催、10の一般委員会その他委員会を通じて活動。立法権を有さない諮問・モニタリ ング機関(外務省HPより)。

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