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ゼミナール教育の実証研究にむけて

本章では1章、2章を踏まえた上で、近年におけるゼミナール教育における学びの姿を実 証的に捉えるための研究枠組み、研究方法を示し、研究対象について説明する。

第1節 研究枠組み

(1)ゼミナール教育研究としての枠組み

第2章の図2-2で整理したように、日本のゼミナール教育は多様であるが、本研究が焦 点を当てるのは教養ゼミナール、プロゼミナール、専門ゼミナールの内、最期にあたる専 門ゼミナールである。教養ゼミナールについては1979年に設立された一般教育学会(現在 は大学教育学会)を中心として研究が進められてきた。また1991年の大学設置基準の大綱 化以降、多くの大学が専門教育課程の一環として低年次の教育を担うようになっており、

その研究ニーズはさほど大きくない。また、プロゼミナールについても2007年に設立され た初年次教育学会を中心として研究成果が蓄積されている。専門ゼミナールに対する実証 的な研究は、2000年代までほとんどみられなかったが(毛利,2006・2007)、2010年代に はいってから、高等教育論の視点による研究(金子,2013)あるいは教育工学の視点によ る研究(伏木田,2011,2013)が蓄積され始めている。その成果は大きく3点に整理する ことができる。

第一に専門ゼミナールが、教育・学習機能としての「学習側面」と、関係性構築機能と しての「共同体側面」の二面性を持っていることである。この論点は毛利(2006・2007)

や船曳(2005)が示し、伏木田(2013)が教員に対する質問紙調査によって実証している。

第二に、この「学習側面」と「共同体側面」の互恵性である。伏木田(2011)は、教員 の指導が十分に行われるほど、専門ゼミナールに参加している学生の共同体意識が高いこ とを示している。同時に共同体意識が全体的に高いほど、学生の成長実感が高くなること も明らかにしている。つまり専門ゼミナールが持つ「学習側面」と「共同体側面」は互い に影響し合っているのである。

第三に、専門ゼミナール教育が専門的な知識を獲得するだけでなく、汎用的な技能の習 得にもつながっていることである。専門ゼミナール教育が全人的な教育として位置付けら れてきたことは本稿第1章でも述べた通りだが、その点を田崎(2001)は改めて認め、現 代社会において希求されるようになった汎用的技能の獲得への効果に言及している。実際、

東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センターが2012年に行った全国大学教員 調査「大学教員の授業観」の結果によると、学士力として明示されている能力の習得に対 する授業・指導の形態の有効性について「汎用的技能の習得」「態度・志向性の修得」はゼ ミ・研究室単位の教育が適していると8割以上が回答しており、他の授業・指導形態と比 較しても群を抜いて高い数値を示している(図3-1)。また伏木田(2013)は専門ゼミナ ール受講生に対する量的調査により、彼らが汎用的技能の成長実感を得ていることを明ら

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図3-1 学士力の修得と授業・指導形態の有効性の関係(%)

(出典)東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター(2012)より筆者作成

このように専門ゼミナールが「学習側面」と「共同体側面」の両側面を持ち、その相乗 効果によって、専門教育だけでなく様々な汎用的技能の習得を可能にしているということ が明らかにされている。しかしこれまでの研究には2つの課題がある。

1つ目は、学生がそのような学習成果をどのような過程と構造の中で身につけていくのか について明らかにされていない点である。80年代の事例報告においても、教員が如何なる 方針の下、どのような教育を行ったのかについて実践当事者の立場から語られたものは存 在する。しかし、学生が如何なる要因でどのように学んでいくのかについて学生視点で具 体的に明らかにしたものは少なく、データに基づいた論証は筆者の管見の限りにおいては 見られない。

2つ目は、専門ゼミナールにおける共同体の形成過程が明らかにされていないことである。

教員と学生の関係性、あるいは学生間の関係性がどのようにして構築され1つの共同体と してのゼミナールが成立するのかに関する研究はなされていない。山田(2009,2010,2011,

2012)はゼミナール教育における学生間の関係性について研究しているが、先輩・後輩関 係に限定した文化継承の過程を明らかにしたものであり、教員との関係や同学年の横のつ ながりを含めたゼミナール教育全体における学びの過程や共同体の形成過程を明らかにし たものとは言い難い。

以上の2つの過程は、先行研究の知見によれば相互に関わり合っていると考えられる。

すなわち共同体の形成過程と学習成果の獲得過程が相互に関わり合っている可能性が高く、

そのつながりを踏まえながら検討していく必要があろう。本研究では以上の2つの課題を、

その相互関係も踏まえながら明らかにする。

0 20 40 60 80 100

知識・理解の習得 汎用的能力の修得 態度・志向性の修得 研究能力の修得 卒業研究・卒論指導 ゼミ・研究室単位の少人数授業 工夫した大人数講義

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(2)学習共同体研究としての枠組み

ここで大学教育における共同体という概念についても検討する。近年、教育機関におけ る共同的な学びの場に関する議論が盛んになっていることを受け、杉原(2006)はその諸 概念を3つの視点で整理し、それらを包括する概念として大学教育における「学習共同体」

を論じている。

第1の視点は、「学問/教育共同体」である。これは19世紀初期にベルリン大学で構想 されたフンボルト理念に端を発する概念であり、教師と学生が共に研究することを通じて 教え学ぶ新しい関係性と教育の在り方を説いたものであった。ヤスパーズはこれを受け継 ぎ「大学は、研究者と学生の共同体の中で真理を探究するという課題を担っております」(福 井,1999)と語り、徹底的な問いと絶対的なものにおける無知に基づく産婆的教育として のソクラテス的教育の必要性を訴えた。これに対しオルテガは共同体論的学びの場は否定 しないまでも、エリートのみを対象とした共同体の同質性や実社会との乖離を問題視し、

その限界を指摘した。一方でハーバーマスらは公共的生活圏の観点から学問/教育共同体 の意義を再評価している。これらの議論を踏まえ、杉原はその協働的探求と教育の公共性 の観点からその意義を評価しているが、「学問/教育共同体」を現代の大学教育の文脈で考 える場合の課題を2つ提示している。1つ目は教養教育課程において、協働的探求の基盤と なる専門知を探究活動にいかに組み込んでいくかを考えつつ、それをいかに学習者のこれ までの経験や現在の立場と関連させるかと言った課題である。2つ目は専門教育課程におい て、職業訓練を提供する人材開発の場としての課題である。杉原はレディングスの論(青 木・斉藤,2000)を元に大学教育が職業的人材開発のみに収束する危険性を唱え、「学問/

教育共同体」によって何が学ばれているかについて検証する必要性を説いている。

第2の視点が「学びの共同体」である。これは、デューイによる「探究共同体」の概念 やヴィゴツキーの発達心理学理論などを背景として、教育学者の佐藤学が提唱し広まった ものである。対話的コミュニケーションを通じて成立する大人と子どもたちが育ちあう場 を意味し、学校と地域社会、教師と子どもの双方向的対話的な循環としての位置づけを持 つ。「学びの共同体」と「学問/教育共同体」には双方向的対話という一致点がある一方で、

大学内外の人々や社会との連携や異質な者同士のコミュニケーションの有無は相違点とし ている。以上を踏まえ、「学びの共同体」を現代の大学教育の文脈で考える場合の課題を3 つ提示している。1つ目は、共同の対話的実践が、高度に専門化した学問における専門知を 持つ教員と、その領域の基礎知識が不足している学生との間でいかに成立しうるかという 課題である。2つ目は、大学教育において小学校・中学校のような「学級」の存在がない中 で、共に学び合う場をいかに構築しうるのかという課題である。3つ目は、大学内の諸領域 同士や大学内と大学外の地域社会がいかに連携しうるのかという課題である。

第3の視点が「実践共同体」である。これは、レイヴとヴェンガーの「正統的周辺参加」

において用いられた概念であり、多様な関心や考えを持った人たちが共に実践を行う集ま りを指す。実践共同体は学習の分析単位であり事実概念であるという点が、その構築を目