• 検索結果がありません。

第 2 章 メンタルヘルス維持・向上への社会的取り組み

第 3 節 働き方の改善によるメンタルヘルスへの影響

3. 余暇の効果

これまでの研究において,仕事外の活動(i.e., 日常生活もしくは週末のレクリエーショ ン活動や余暇)が持つ効果は,以下の二つの理論によって説明されている。一つが Effort-Recovery Theory(Meijman & Mulder, 1998)である。この理論によれば,高労働負荷や対人 摩擦などのストレスの多い労働条件に直面している人は,疾患,欠勤や生産効率の低下な どを示す一方で,週末に映画を見たり,休暇を取ったりすることで,そうしたネガティブ な効果を低減することができるとしている。もう一つが資源維持理論(Hobfoll, 2004)で

30

ある。ここでは,仕事外の活動は,1) 余暇を取ることでストレスの多い仕事による内的資 源(i.e., 活力や精神エネルギー)のさらなる枯渇を防ぎ,2)仕事外の時間中の余暇やレク リエーション活動は,従業員の内的資源の獲得を促す,という二つのプロセスによる回復 効果をもたらすとしている。

甲斐・永松・志和・杉本・小松・須山(2009)は,勤労者に仕事以外で月1回以上,定 期的に運動・スポーツや体を動かす活動を行っているかについて質問することで,余暇身 体活動の有無,職業性ストレスと抑うつの関係を検討した。彼らの結果では,年齢や時間 外労働などの交絡要因を調整しても,余暇身体活動が月4回未満の場合は,職業性ストレ スが多い群ほど抑うつ傾向者の割合が高く,余暇身体活動が月4回以上の場合は職業性ス トレスが多い群でも,抑うつ傾向者の割合が有意に高いことは認められなかった。このこ とから,職業性ストレスが高い状態にあっても,余暇に身体活動を行うことは勤労者のう つ対策において意義がある可能性が示唆されている。また,神庭(2016)は,対人援助職 という多忙でストレスが高いと言われる職業では,日々の余暇の質を高めストレスから回 復することが心身の健康の維持・増進にとって重要であると述べている。

さらに,Fritz & Sonnentag (2005)は,週末の活動とその週明け後のストレス反応と業務パ フォーマンスとの関係を検討した。その結果,週末に社会的活動に従事した場合には,週 明け後のストレス反応が低下する一方,業務パフォーマンスは上昇したことが示された。

この研究における,社会的活動は,他者関係を促進させるような活動や行動を意味してお り,こうした社会的活動が週明けの健康やパフォーマンスに良い影響を及ぼす要因につい て,① 仕事以外の活動に関わることで仕事のストレス要因から離れられること。② 職場 の人間関係に比べて感情のコントロールに向ける努力が少なくて済むこと。③ 周囲から のさまざまな援助が得られる機会となること。の3点が挙げられている(島津,2015)。 また,職場以外の友人,家族や友人との会話や身体活動を伴う交流は,心身の回復を促す という(Gump & Matthews, 2000)。さらにDahlgren, Kecklund & Åkerstedt(2005)は,一時 的であっても,休暇は仕事に関連する疲労からの回復には必要であると指摘している。

また,余暇の取得には従業員の心身の健康に対するポジティブな効果があることが報告 されている(De Bloom, Geurts and Kompier, 2013)。彼らはその理由について,余暇が自ら

31

の状況を再認識させ,自身の仕事について積極的に考える機会になることでストレスを和 らげると説明した。同時に,余暇中の仕事や家族との諍いは,逆にストレスを増大させる ことを指摘した。

一方,Shimazu, Sonnentag, Kubota & Kawakami(2012)は,日本人の労働者2520人を対 象に,リカバリー経験と心身の健康や仕事のパフォーマンスの関連を比較したところ,リ カバリー経験が多いほど,心理的ストレス反応や身体愁訴が低く,パフォーマンスが高い ことを明らかにしている。このリカバリー経験は,就業中のストレスな経験によって生じ るストレス反応やそれらの体験によって,消費された心理社会的資源を元の水準に戻すた めの活動を指し(Geurts & Sonnentag, 2006; Sonnentag & Fritz, 2007),これまで述べてきた 余暇や休暇に当たる。

このリカバリー経験には,「心理的距離」,「リラックス」,「熟達」,「コントロール」の 4種類があるとされている(島津,2015)。「心理的距離」は,仕事から物理的にも精神的 にも離れている状態であり,仕事のことや問題を考えない状態(e.g., 退勤後の余暇に仕事 の事柄や問題を考えない),「リラックス」は心身の活動量を意図的に軽減させている状態

(e.g., 家でくつろぐ),「熟達」は余暇時間で自己啓発(e.g., 新しいことを学ぶ),「コント ロール」は余暇の時間に何をどのように行うかを自分で決められる程度を意味する(e.g., 余暇のスケジュールを自分で決定する)。ワーク・ライフ・バランスや余暇などの仕事以 外の要因を包括的に捉えることによって,メンタルヘルスの問題へのより効果的な援助が 可能になると期待されている。

32 第 4 節 本研究の目的と構成

本研究は,個人の抑うつおよびメンタルヘルスの悪化を予防し,心の健康を促進するた めの新たな方略を検証することを目的とする。上述の通り,本邦における精神的健康に対 する予防的取り組みが遅れていること(e.g., 西河・坂本, 2005),近年のメンタルヘルス対 策が職場内の要因に焦点が当てられていることを踏まえ,本論文では職場外の活動として の余暇に注目する。このような視点からの検討は,疾患として医学的な治療を施す必要が あるうつ病のような重篤な状態に陥らず,メンタルヘルスを一定のレベルに維持しつつ働 き続けるための示唆を提供すると考えられるからである。次ページに,本論文の構成図を Figure 2-3として示す。

本論文は,メンタルヘルス悪化へ陥らないための余暇を用いた予防・改善方略の確立を 目指す上で必要な知見を得るための基礎的研究として位置づけられる。そこで,次の第2 部では,その導入としてメンタルヘルス悪化や抑うつに至る要因の検討から入る。始めに 第3章では,さまざまな要因の内,余暇による向上が可能と考えられる社会的スキルを取 り上げる。この社会的スキルの中でも,特に自己開示とメンタルヘルスの関わりについて 第3章で検討する。

次いで第4章では,コーピングとの関わりが深く,抑うつ気分に対処するための思考や 行動様式を指す反応スタイル(松本, 2008)を取り上げる。コーピングの一つとして,気 晴らし活動があり(庄司・庄司, 1992),気晴らしは余暇の大きな動機の一つとされている ことから(石田, 1995),この反応スタイルとメンタルヘルスの関わりについて検討する。

第3部を構成する3つの章では,適応的な気晴らしのより具体的な方略としての余暇が メンタルヘルスに及ぼす影響を検討する。第5章では,余暇の過ごし方,主観的幸福感と 抑うつの関係を検証する。余暇の充実と個人のメンタルヘルスとの関係を示すことは,企 業が従業員の余暇取得を推進するきっかけになることが期待される。

第6章では,本邦の企業従業員を対象に,実際の余暇行動前後に伴うメンタルヘルスの 変化について論じる。週末の短期旅行によるメンタルヘルスの向上・維持の効果を,心理 的指標と生理的指標の両面から検証する。

33

さらに第7章では,調査参加者数と調査期間を拡大した上で,余暇がメンタルヘルスに 及ぼす影響を詳細に検討する。夏季休暇前,直後とその一ヶ月後に質問紙調査を行い,個 人の精神的健康が休暇を挟み,どのように変化するのかを実証的に明らかにする。

総括としての第4部では,本研究で得られた知見をまとめた上で,個人のメンタルヘル スの予防や改善に役立てるための重要な観点を提示する。また,本研究の実践的含意につ いて述べた上で,今後の研究の発展のために,検討すべき課題について明らかにしていき たい。

Figure 2-3. 本研究の構成図 第1部 序論

第1章 問題の所在

第2章 メンタルヘルス維持・向上への社会的取り組み

第2部 余暇に関連したメンタルヘルスの規定因

第3章 自己開示と対人ストレッサーが抑うつに及ぼす影響(研究1)

第4章 反応スタイルが抑うつに及ぼす影響(研究2)

第3部 余暇によるメンタルヘルスの維持・向上 第5章 余暇が主観的幸福感と抑うつに及ぼす影響(研究3)

第6章 余暇における短期旅行とメンタルヘルスとの関連(研究4-1, 4-2) 第7章 余暇によるメンタルヘルスの維持・向上要因の検討(研究5)

第4部 総括

第8章 総合考察

第1節 本研究の目的と各章で得られた知見 第2節 本研究からの実践的示唆

第3節 今後の展望

実証研究

余暇の効果の検証

34

なお,本論文は,既に公表された以下の研究で構成されている。

研究1(3章) 自己開示と対人ストレッサーが抑うつに及ぼす影響

川久保 惇・小口 孝司 (2015). 自己開示と対人ストレッサーが抑うつに及ぼす影響 立 教大学心理学研究, 58, 13-22.

研究2(4章) 反応スタイルが抑うつに及ぼす影響

川久保 惇・小口 孝司 (2014). 反応スタイルの性別・年代差および抑うつに及ぼす影響 日本グループ・ダイナミクス学会第61回大会発表論文集, 172-173.

Kawakubo, A., & Oguchi, T. (2016). Examining the effects of response styles on depression among Japanese adults, Proceedings of the 17th Annual Meeting of the Society for Personality and Social Psychology, p.129.

研究3(5章) 余暇が主観的幸福感と抑うつに及ぼす影響

川久保 惇・小口 孝司 (2015). 余暇における他者との交流が主観的幸福感および抑うつ

に及ぼす影響 ストレス科学研究, 30, 69-76.

研究4-1(6章) 余暇がメンタルヘルスに及ぼす生理的影響

川久保 惇・小口 孝司 (2015). メンタルヘルス・ツーリズムとしての短期旅行が従業員

の精神的健康に及ぼす影響 日本国際観光学会論文集, 22, 179-185.

研究4-2(6章) 余暇がメンタルヘルスに及ぼす生理的影響

Kawakubo, A., Kasuga, H., & Oguchi, T. (2017). Effects of a short-stay vacation on the mental health of Japanese employees, Asia Pacific Journal of Tourism Research, 22, 565-578.