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ステレオのパラドクス

ドキュメント内 2018 年度 博士学位申請論文 (ページ 116-147)

——『ナッシュビル』 (1975)における宣伝カーの音声

はじめに 

ここまで本論文では、『雨にぬれた舗道』以降のアルトマン作品において、独特な音響が 使用されていることを指摘し、それが特異な物語を生み出していることを検証してきた。

そうすることで、〈初期アルトマン映画〉という独自の時期区分の有効性を示そうとしてき た。最終章となる本章で論じるのは、モノラル方式からステレオ方式へと移行した後に発 表された、『ナッシュビル』(Nashville、1975)である。この映画を分析することによって、

〈初期アルトマン映画〉を特徴づけていた諸要素がその音響フォーマットの変更によって どのように変容するのかを解明する。

『ナッシュビル』は、テネシー州ナッシュヴィルを舞台として、政権交代を目指す大統 領候補ハル・フィリップ・ウォーカーの選挙キャンペーンにまつわる様々な出来事を描い た作品である。キャンペーンの目玉として、地元で人気のカントリー音楽の歌手たちによ る後援コンサートが開催されるまでの5日間に及ぶ経緯に焦点が当てられる。本作を特徴 づけるのは、総勢24人に及ぶ主要な登場人物たちによって展開される、極めて複雑な物語 形式である。たとえばデイヴィッド・ボードウェルは本作を「ネットワーク・ナラティヴ

(network narratives)」という特殊な物語形式のひとつとして捉えている。すなわち、「Aは Bの友人でCの兄弟であり、Dの家主でEの恋人でもある。一方で、EはDの姉妹でBの 雇い主である」というような「細分化されたつながり」から構築されるような物語である1

『ナッシュビル』では24人が複雑に関わり合いながら、数多くのエピソードが紡がれてい き、最終的にコンサートのシーンで集合することになる。

このような『ナッシュビル』の入り組んだ物語形式は、本作で使用される「重なり合う 会話」の技法と関連づけられて論じられてきた。序論でも言及したが、リック・アルトマ ンは、論文「24トラックの物語?——ロバート・アルトマンの『ナッシュビル』」において、

本作における複数の台詞の重なり方を議論している。古典的ハリウッド映画では、中心と なる1つの物語を直線的に提示することが求められる。それゆえ、物語を最も効率よく伝 達するような台詞が、最終的なミックスの段階において優先され、前景化されることとな る。リック・アルトマンは、これを階層化された音響と呼ぶ。一方で『ナッシュビル』の サウンドトラックでは、音は非階層的に重なり合っており、多層的な音響が構築されてい る。このようなミックスによって、観客は自らの関心に応じて聴く音を自由に選択するこ

1 David Bordwell, The Way Hollywood Tells It: Story and Style in Modern Movies (Berkeley: University of California Press, 2006), 99-100.

とができるようになるというのだ。『ナッシュビル』は、このような「音の民主化

(democratization of sound)」を具現化する可能性をそなえた作品であることが論じられる2

観客による能動的な聴取にかんして、リック・アルトマンの議論が問題を抱えていたの は、序論で指摘したとおりである。本章において検討するのは、そのことではない。結末 のシークエンスにおいて「音の民主化」が挫折するのに伴い、この映画が一元的な物語と して統合されることを作品の瑕疵と看做して批判している点である。それまで多層的に重 なり合っていた『ナッシュビル』の音は、最後のパルテノン神殿のシークエンスに入った 途端、古典的ハリウッド映画と同様の階層的な録音へと変化する。会話する複数のグルー プが映っているのにもかかわらず、物語上重要である登場人物たちの会話が優先されたり、

コンサート中も聴衆の声が聞こえてくることはなく、ステージ上の演奏だけが提示される。

つまりこのシークエンスのサウンドトラックは、ケニー(デヴィッド・ヘイワード)によ る歌手バーバラ・ジーン(ロニー・ブレイクリー)への銃撃という、単一の出来事を物語 ることに従属しているのだ。『ナッシュビル』は革新的な音響を有していながら、最終的に は古典的な録音および語りから抜け出すことができなかった、リック・アルトマンはその 点を批判的に論じているのである3

パルテノン神殿のシークエンスへと移行した後から作品の音響的スタイルが変化し、映 画が単一の物語へと還元されるという指摘自体は妥当であり、そこで行なわれている分析 に対して異論はない。問題は、結末においてそのような録音ないし語りが採用されている ことをどのように解釈するかという点にある。『ナッシュビル』は、果たして本当に「音の 民主化」をその極致にまで到達させることを企てており、それに失敗したのだと言えるの だろうか。ジェイ・ベックは、リック・アルトマンに反論するかたちで、次のように述べ ている。この映画は、「トラウマが生じたその瞬間において回復されるような、国民の統一 性という虚偽の感覚を作り上げようとする最終的な試みによって締めくくられている」4。 本章は、このベックの見解と立場を同じくする。つまり、「音の民主化」が最終的に退けら れるのは「失敗」なのではなく、『ナッシュビル』はそのようなアイロニカルな作品として 成立しているのではないか。本章の目的は、そのアイロニーがどのようなものであり、い かにして映画的に表象されているかを明らかにすることにある。

作品を分析するにあたって本章が着目するのは、全体を通じて繰り返し聞こえてくる、

大統領候補ウォーカーの演説を流す宣伝カーの音声である。これは〈初期アルトマン映画〉

2 Rick Altman, "24-Track Narrative? Robert Altman’s Nashville," CiNéMAS: revue d’études cinématographiques 1, no. 3 (1991), 104-118.

3 Altman, "24-Track Narrative?" 121-125.

4 Jay Beck, "The Democratic Voice: Altman's Sound Aesthetics in the 1970s," in A Companion to Robert Altman, ed.

Adrian Danks (Malden: Wiley Blackwell, 2015), 206.

を特徴づけていた装置を介した音声の一種なのだが、『ナッシュビル』はステレオ音響を採 用することによって、この音声に〈初期アルトマン映画〉とは異なる機能を付与している。

そしてこの音は、24人の登場人物のうちのある1人の登場人物と特に関連づけられる——

すなわち「追随」を行なう。その人物とはケニーである。本章では、宣伝カーの音声とケ ニーの両者がいずれも、この映画の物語世界におけるある種の「外部」であることを指摘 し、ひいては両者の結合が〈初期アルトマン映画〉とは別種の物語の複数性を生み出して いることを論じる。

第1節では、映画テクストに即して宣伝カーの音声を詳細に分析し、その空間的位置に ついて考察する。第2節では、まず、この音声がケニーに対しどのようにして追随を行な っているかを検討する。そのようにして語られるのが、「暗殺者」としてのケニーの物語で ある。この節では、彼が政治的対象を標的としていたという根拠を、映像と音響のなかに 見出していく。このような手順を通じて、結末において生じる、物語の一元的な統合とい うアイロニーがいかなるものであるのかを明らかにすると同時に、その根本的な要因がス テレオ音響にあるということを指摘する。

議論の前に、『ナッシュビル』のあらすじを示しておく。だが、すでに述べたように、本 作には24人もの主要登場人物が存在し、彼らのエピソードが複雑に入り組んでいることか ら、筋の通った要約を提示するのは極めて困難である。そのため、ここでは『ナッシュビ ル』の中核をなしているように思われる3つのエピソードに限定して、作品の物語内容を 確認しておく。

第一は、歌手バーバラをめぐる物語である。ここで背景となるのは、ナッシュヴィルで 絶大な人気を誇るバーバラを政治利用しようと考える選挙キャンペーンの首謀者、トリプ レット(マイケル・マーフィー)らウォーカー側の人間たちと、それを頑なに拒否するバ ーバラの夫でありマネージャーでもあるバーネット(アレン・ガーフィールド)との対立 である。そのなかにあって、当事者として立たされたバーバラは、次第に精神的に衰弱し ていくことになる。最終的に、彼女は後援コンサートのステージに立つものの、客席から ケニーに撃たれることとなる。

第二は、トム(キース・キャラダイン)とリネア(リリー・トムリン)の不倫関係にま つわるエピソードである。人気フォーク・トリオのメンバーであるトムは、グループのメ ンバーで既婚者のマリー(クリスティナ・レインズ)や、自称BBCのリポーターであるオ パール(ジェラルディン・チャップリン)と関係を持ち、ミュージシャンの追っかけに夢 中のマーサ(シェリー・デュヴァル)からも誘惑されている。しかし彼は、ゴスペル歌手 であり障害を抱えた二児の母であるリネアに幾度も電話をかけ、懸命に口説き続ける。結

ドキュメント内 2018 年度 博士学位申請論文 (ページ 116-147)

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