第3章 思春期の美術教育カリキュラムの作成
第2節 カリキュラム作成の視点と手順
1.カリキュラム作成における各学年の基盤
第1節で考案した「カリキュラムの作成モデル」に照らして、具
体的に「中学校の美術教育カリキュラム」の作成の視点と手順を明
らかにする。
手順の一つとして検討しなければならないのは、各学年のカリキ ュラムの基盤となるところを明確にすることである。つまり、発達 段階と造形要素とコミニュケーションによってできる顕在的カリキ ュラムの空間と、それに潜在的カリキュラムを総合した各学年の把 握が必要となるのである。
よって、中学校の各学年の基盤を以下に示す事とする。
〈中学校1年〉
中学校1年生は、 「カリキュラムの作成モデル」の発達段階から 見れば、勤勉性に対応する学童期にあり、コミュニケーション形態 は 近隣、学校内の人間 とのコミュニケーションが中心であるか ら、学校内の人間である教師の指導によって、学年・学級内の仲間 とのコミュニケーションを中心とする 集団づくり が行い易い時 期である。従って、4月のスタートから、学級内の生徒間のコミュ ニケーションを活発にし、ある目的を持った活動に打ち込むことが できる集団づくりを目指す事によって、勤勉性を持った、心が開か れた集団を作り出すことが可能である。
美術の授業に於いても、このような集団づくりに従えば、生徒は
「ものを造る(生産する)」という目的を持った活動に打ち込み、
その結果「仕事を完成させる」喜びや 達成感 を得ることが出来 る。そのための第一歩として、まず「表出」が行われ易い環境をつ くる事を目指す必要がある。
そのためには、生徒の 劣等感 を無くすことである。特に視覚 的写実性の発達段階にあるため視覚的表現に技術的な面から 劣等 感 を持ち易いし、すでに持っている者も多い。しかし、これは単 なる技術であり、目的を達成するための手段であることが認識でき
を獲得することが第一となる。
その「目的」は仲間や教師との伝達のコミュニケーションの中に 求めることができる。伝達のコミュニケーションの中には、自分が 得た「情報」を 他者に伝えたいという気持ち が存在する。この
「情報」とは、 最も自分につながっている意味あるもの として の、他者にとっても価値があると考えられる「情報」である。それ を、自分のものとして捜し求める事により目的意識が生まれる。
教師はこのような目的意識を捉えて、情報を 他者に伝えたいと いう気持ち に働きかけて、まず、 「表出」させるのである。従っ て、この 気持ち の発見が重要となる。そこで、この 気持ち の発見につながる「主題」を設定し、それに添って生徒の 気持ち
捉えていく必要がある。
では、 「主題」は、どのようなものがふさわしいであろうか。
中学校1年生というのは、子どもが社会性に目覚める大きな節目で あると思える。入学してきた生徒には、社会の中で大人料金を支払う など現実的な価値観も伴い、様々であるが、子どもから大人への成長 観が見られる。またそれによって背伸びもするが、それ故に新鮮でダ イナミックな人間性があらわれる。この時期を捉えて、社会への出発 点となるような人生の真の価値観を形成するための主題を考える必要
がある。
そういった意味に於いて、オリエンテーションから始まる学級指導 や学級づくりと同様に、美術教育においても、これからの3年間の段 階を追って、自分の主題をはっきりさせ、一つ一つの作品に心を込め ていき、一つ乗り越えるごとに自己評価をし、自分で主題を見つけ、
研究し、自分の表現を確立させるという目標を徐々に持たせていくの である。そういう過程の第一歩として《自分を知り、目標を持つ》と いう意味から、1年生では「人間」に関する主題を設定することがふ
さわしいと考える。
こうして、 「主題」から自分の 気持ちや心 を捉えて「表出」が 行われれば、集団の中で、 「共感」の場が必ず芽生え、とにかく「自 分を出さなければみんなに伝わらない」という事と、 「それぞれの生 徒の多様な価値を認めていく事」の大切さが理解されてくる。そこに、
芸術的「表現」の指導を行えば、人間の生命力あふれるダイナミック な感動を味わうことができる。この芸術的「表現」の指導は、1年生 では、視覚による直接的「表現」指導より、触覚や聴下等にかかわる 他の授業や行事などを通してこれまでの経験が統合できるような、深 い「感動」を具体的に味わわせながら、次第に、より満足のいく視覚 的「表現」へと向かわせることが必要ではないかと思われる。
〈中学校2年〉
中学校2年生は、 「カリキュラムの作成モデル」の発達段階から見 れば、アイデンティティに対応する思春期に入ってくる。ゆえに、コ ミュニケーション形態は 仲間グループ とのコミュニケーションが 中心であるから、それまでの家庭や学校の暖かい保護的世界から独立 しようとして、教師の指導から離れようとする傾向が出てくる。従っ て、教師が中心となる集団づくりから、 「自分たちで主題を設定し、
討論・追求しながら自分たちの文化・表現をつくる。」という集団へ と移行して行く事が必要である。
「自分たちで主題を設定する」ということは、過去との時間的つな がりの中で、自分達の生活を問直し、自分達の力で真の人間的価値を 旧い出して行くという事である。この自分達の成長を 捉え直す 過 程に於いて、自分の身の回りの環境から学んできた道筋をたどるので あり、当然、自然認識の歴史である美術の歴史を必然的にたどる事に
なる。
従って、生徒は、美術の歴史としての人間と自然のかかわりを学び、
これまでの人間が何を主題として 真の人間的価値 を見い出して来
れを 捉え直し ながら、自分の表現方法とする方向へ導かれなけれ
ばならない。
そのためには、本物の美術作品や文化財に触れる機会を持つと共に、
研究し、討論する過程が必要である。なぜなら、これまでに自然との 直接i体験が少ない現代の子供達は、間接的知識の情報操作による「表 現」に流れ易く、 真の人間的価値 を見い出すことを見失いがちで ある。ゆえに、より身近な自然物から直接的に 人間と自然のかかわ り を学びとる方法を学び取らせなくてはならない。
それと共に、 真の人間的価値 を見い出すためのより深い表現が 求められるようになる。それには、例えば、油彩画などを描く事によ
り、失敗しながら何度も修正し、絵画表現の大切な要素を身につけた り、それと比較しながら、水彩表現では注意深く慎重に材料や道具を 扱い、にじみ、ぼかしや重色の失敗を小学校での貴重な体験とし、水 彩本来のみずみずしい美しさを追求することもできる。そうした試行 錯誤(何度もやってみて成就感を味わうことと、小学校で経験したこ とをさらに深めること)を保証した学習環境を設定する事によって、
より深い「表現」が得られるものと考える。
〈中学校3年〉
中学校3年生は、 「カリキュラムの作成モデル」の発達段階から見 れば、アイデンティティに対応する思春期にある。ゆえに、コミュニ ケーション形態は 仲間グループ とのコミュニケーションが中心で あるが、より個人の問題として、 「権威に対する態度を決定し、指導 性と服従性を学ぶ。」 「様々な役割を演じ、自信を持つ。」 「遠い目 標に向かって仕事をする意識を絶えず持ち、未来の生活についての明
白な展望を持つ。」 (注1)というような自己の生活の問直し「自分 とは何か」を考えることが必要となる。つまり、過去と未来の時間的 つながりの中で、自分の力で真の人間的価値を見いだし、 「自分」で
「自分」をつくらなければならないのである。そのためには、様々な
仲間グループ とのコミュニケーションに於ける討論を通して、他 者とのかかわりの中で自己を捉える必要がある。そしてその中で、自 己の弱さや欠点を自覚し、新たな自己の人間的価値や社会に対する使 命感などを人生的意味において捉え直すのである。
義務教育の最後の段階である3年生において、それまでに培ってき た集団・環境において、《自分達の文化を作り、社会に向かって自分 の考えを持つ》つまり、自分達独自の文化を作ろうとするなかで、個 々に自分の表現方法を獲得し、社会に向かって「発信」することを目 標とする。例えば、卒業式における自分達の「合唱」や「壁画」など の発表はこの方向に位置する代表的なものであり、このようなとりく みの中で、生徒達は、自分の発達段階を徐々にイメージしながら自我 を確立していくのである。ゆえにこの段階のテーマを「社会・情報」
とする。
この段階における視覚的情報操作は、捉えた情報(テーマ)から自 分にとって良いものを選択し、社会へ 発信 する過程の中で行われ、
討論・鑑賞・評価を通して、価値を発見していく。つまり、この段階 において、形式的操作や概念操作による抽象的論理的思考が出来るよ うになり、課題解決の喜びや科学的方法の獲得がもたらされ、美術に 於いても「表出」から「表現」への過程が造形要素の操作によってさ
らに追求される。それによって選択的創造的な文化の再生産がおこな われ、文化の継承によるアイデンティティは持続され、自己のアイデ
ンティティが獲得されるのである。
(注1)岩波講…座『子供の発達と教育3』岩波書店1979年p。81
2、カリキュラム編成の具体化
以上のような、各学年の基盤に立って、カリキュラム編成を具体化 しなければならない。その場合、具体的なカリキュラム編成は、縦軸